Scent Commandーcontinuation5 講堂へと侵入してきた敵を一掃した達也は、すぐさまに図書館の方へと向かった。
というのも、図書館のは機密文書が多く存在している。魔法を表立っては否定していない連中だ。最悪の場合、それらの文献を持っていかれる可能性が否めなかった。
達也は渡辺にその場を任せ、即座に講堂を飛び出す。
生徒でなければ手加減無用な相手である。正面突破をするのは容易かった。
「早い到着だな」
「お兄様が少し早すぎるだけです」
そう言ってにっこり微笑んだのは、どうやら講堂を飛び出した時から後を追っていたらしい深雪であった。
彼女はこれでも実力者である。この道を駆け抜けてくることは容易かっただろう。達也は心の中で称賛を送るだけにとどめ、目の前に聳え立つ図書館を見た。
達也もまだ入学して少ししか経っていないが、随分と世話になっている場所だ。できることならあまり傷つけることなく、目的を果たしたい。
「階段の上り口に二人。階段を上り切ったところに一人。二階特別閲覧室に四人」
すん、と鼻を鳴らし、達也は閉じていた瞳を開けた。すでに渡辺が展開した魔法の範囲外へと来てしまった。全力での交戦はできないだろう。
「お前の手を、借りることになりそうだ」
達也がそう、少し申し訳なさそうな表情を浮かべれば、むしろこの時を待ちわびていたかの用な表情を、深雪は浮かべて見せた。
「私にできることでしたら・・・いくらでもお貸しいたしますわ」
天使のような笑みを浮かべ、深雪は快く了承する。達也はそれに再度難しい表情を浮かべたが、これ以上追求するようなことはしなかった。
「特別閲覧室で、何をしているのでしょう?」
「おそらく、魔法大学が貯蔵する機密文書を盗み出そうとしているのだろう」
達也が第一高校に入学を決めた理由の一つだ。相当高度なロックを掛けられているだろうが、第一高校の生徒がいる時点で、何点かは突破されたようなもの。
達也は深くため息を吐き出し、立ち上がった。
「深雪は、ここの防衛を頼む」
「畏まりました」
深雪が頷くのを見る前に、達也はカウンターの淵に足を掛け、飛び出した。
「何者だっ?!」
慌てて上り口にいた二人が飛び出してくるが、恰好の餌食である。一人は魔法の効果が乗った蹴りによって腹を蹴り上げられ、一人は無系統魔法の一つ、共鳴によって倒れた。
階段を飛ばすように上り、最短ルートで特別閲覧室へと駆ける。扉くらい、あとでどうとでもなる。達也はそう結論付け、その勢いのまま扉へと体を当て、無理矢理こじ開けた。
「なんっ・・・?!」
扉の近くにいた一人が、壊れた扉の下敷きになり沈黙。達也が入った勢いで蹴り飛ばした一人が、画面に頭を強打して沈黙。
達也は適当な所に足を掛け、記録用キューブとハッキングデバイスを分解した。
「そこまでだ」
出口をわざと開けたのは、誘い込むための罠である。この先に深雪が待っている以上、彼らが脱出できないことなど、わかりきったことであるのだが。
「司波君・・・」
どうやら、壬生の配属場所はここだったらしい。達也は一瞥するだけにとどめ、残った一人のテロリストへとCADの照準を合わせた。
誰もが等しく優遇される平等な世界。そんなものはあり得ないのだ。才能も適正も無視して平等な世界があるとするならば、それは誰もが等しく冷遇された世界。これが他人から与えられた、耳当たりの良い理念の現実。
「俺は出来がよくありません・・・けれど、それでも認めてくれる人がいるんです。マスターは、その一人だ」
俺を救った。
俺を助けた。
俺を見た。
俺を見つけた。
俺を、
「認めてくれたんです」
達也はそう言って微笑む。
魔法だけがすべてではない。これは壬生が言った言葉だ。そして達也は壬生を認めていた。剣の腕を、その容姿を。
それが壬生の魅力であり、壬生自身なのだから。
ゴキッ、と嫌な音がした。
壬生ははっとなって顔を上げたが、もしかすると上げなかった方がよかったのかもしれない。転げ落ちたもう一人のテロリスト。
「ひっ・・・」
壬生は足を引きずって後退する。けれど、達也はそれを追おうとはしなかった。
結局、壬生を捉えたのはエリカであった。
千葉エリカ。百家本流の家流であり、自己加速・自己加重魔法を用いた白兵戦技で知られている名門の次女。達也と同じ、E組の生徒であった。
首謀の一人である司甲は、渡辺が派遣した巽と沢木の二人によって捕えられ、第一高校における事件は終幕へと向かった。
とは言っても、事件が全て解決したわけではない。達也は一人、保健室へと向かう道で一人ぼんやりと考え事をしていた。