Scent Commandーcontinuation8 事件から数日。壬生はようやく退院を果たした。
とはいっても、元々はただの検査入院だ。怪我はそこまで酷くはない。大事を取って、との入院だと達也は聞いている。
「驚いた・・・まさか、貴方が来てくれるなんて」
そう言って、おずおずと言ったように花束を受け取った壬生は、なんとも言えないような表情をしていた。勿論、達也だって同じ気持ちである。
彼女の退院祝いをするつもりなど、なかった。
「桐原先輩のお邪魔にもなりそうでしたので」
達也がそう言ってそっと視線を逸らせば、明らかに桐原は気まずそうな表情を浮かべていた。達也がここに居るということ自体が信じられないのだろう。
「エリカの情報だと、毎日お見舞いに来られていたそうですね」
「なっ?!」
桐原がそんなにもまめな性格だったとは、随分と驚きである。達也は百面相を繰り広げている桐原を他所に、再度壬生へと向きなおった。
「具合もよさそうで、何よりです」
「えぇ・・・ありがとね、司波君」
壬生がそう言って微笑む。そうすれば、何かを聞きつけたかのように、一人の男が近づいてきた。達也も見知った顔である。
「やはり、貴方のご息女でしたか・・・壬生さん」
「え・・・?」
壬生も、桐原も達也のその言葉に振り返った。その先にいる人物など、一人しか想像できない。そう、壬生の実父-壬生勇三である。
内閣府情報管理局に勤めている、元軍人。軍の元で育った達也ならば、知り合いであって当然の人物である。現在は外事課長で、外国犯罪組織を担当しているため、達也との交流は減った。が、師の一人であることに違いはなかった。
「あぁ、久しぶりだね。達也君」
勇三はそう言って達也の手を取り、それから彼の頬を親指の腹で撫でた。目元をゆっくりとさすり、その整った顔立ちを確認していく。
「随分と、成長した」
「もう16になりましたので」
誇るように達也がそう言えば、勇三は何とも言えないような表情をした。随分と酷い、泣きそうな顔である。
「君が学校に行っている、と聞いて驚いたよ」
「風間少佐が尽力してくださったので・・・マスターと共に」
達也はそう言って瞳を伏せる。自分は、何もしていない。何も褒められるようなことはしていない。行動をせずとも、行動せざるを得ない状況に、いつも立たされる。
「だから、気にしないでください。感謝されるには値しませんので」
「・・・君は、何時もそうだな」
壬生勇三は、いつもわかってあげられない。達也の時も、壬生紗耶香の時も。どれだけ魔法によって悩まされ、傷ついてきたのかを、知ることができなかった。
「君の時にも、君のような人がいれば、な」
勇三はそう言って、達也の頭を二度優しく叩いた。
「たまには私の家にも来なさい。風間以上にご馳走を用意して待っているよ」