幼児退行エンスナおトイレ我慢(をしてない編) ローレンツには、エンフィールドとカールの二人から直々にお叱りが下った。発端は先刻、一時間前の事だった。スナイダーに興味を示したローレンツが、徹夜で罠を張って自作の装置を起動した。その場には絶対高貴によく似た光が生まれ、眩しさにスナイダーが目を瞑ると、安全ゴーグルをつけていたローレンツ以外が顔を伏せるレベルの爆発が起こった。
「んがぁあああ!!!何すんだ!!!」
爆発とは言ったものの、ほんのり暖かい風が一瞬のみ爆風となっただけで、被害は罠を仕掛けられたスナイダーのみだった。反動で天井に隠れていたベルガーが落下して怒り狂っていたが、傍に落ちていた服を踏んだ途端に恐怖した顔で大人しくなった。もくもくと上がる蒸気の中から、ボダボダのワイシャツ一枚となったスナイダーが素足で現れた。モチモチとした肌を赤く染め、悲しそうに潤んだ目をこちらに向けて、ひとこと言い放った。
「……どこ、おにいちゃん……」
スナイダーは、六歳程の幼児になっていた。
ローレンツはその場に駆けつけたエンフィールドの見たことない顔に震えだし、スナイダーを少し落ち着かせてから抱っこしているカールから叱責を受けた。
「やれやれ……やってくれたね、ローレンツ……後輩をこんな姿にしてしまうとは、僕の監督不行届きもいい所だよ……」
談話室に集まったエンフィールド、カール、ローレンツの三人は、幼児退行したスナイダーの様子見と今後の話し合いをしていた。
当のスナイダーは、小さくなる以前の記憶がちまちまで、断片的なところしか分からないようだった。王宮での出来事は細かに覚えているようだが、士官学校での思い出は頑張らないと出てこない様子で、エンフィールドは頭を抱えた。
「……ん?スナイダー?」
項垂れるエンフィールドの髪を心配そうにペチペチ、ニギニギとやわっこい手で触れて、エンフィールドが笑顔で話しかけると恥ずかしがってカールの胸に顔を埋めてしまった。
「あははっ!ほら、君のお兄さんだろう?」
幼児退行した姿はあまりにも可愛くて、カールとエンフィールドは思わず顔が緩んでしまう。その後はローレンツも反省している様子だった為、恭遠からの外出禁止令がローレンツに下った事で彼は事なきを得た。
現在は、子供の扱いに慣れていそうな貴銃士達が勢揃いして、ちいちゃなスナイダーを食堂で囲っていた。
「好きな物買って来るっすよ!」
「なにもいらん」
「ねぇねぇ!マカロンは?」
「たべない」
「バーガーも買ってくるぞ!」
「いやだ」
「す、すりおろした林檎とか……」
「……くう」
「それは在坂も食べる」
「やらん」
スナイダーに難しい注文を色々言われてタバティエールが小首を傾げた結果、エンフィールドのパサパサした無味無臭スコーンとスプリングフィールドのすりおろし林檎に決まった。お皿に盛られてやってきたそれを小さな口で零していくも、傍らでジョージがそれを拾って食べていた。
「みずがないぞ、どこだ」
「ああ、わりぃ……今やるよ」
小さい体では食べづらいだろうと、邑田の命令で八九がイス代わりに膝に乗せていた。兄のエンフィールドに殺されないか緊張したが、ホカホカとした子供体温が少しだけ心地良かった。
今はケンタッキーが仮に作った子供服を着ているが、何時戻るかはローレンツにかかっているため下着を初めとした必要な服を買いに行くことにした。エンフィールドは食べ終えたスナイダーの口を拭いて、八九の膝から抱っこで持ち上げると鼻歌を交えながら連れて行ってしまった。
「……温いな」
名残惜しさに八九は膝をさすった。
「ほんまにキショいで、八九……」
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「おい、エンフィールド。あれがほしい」
「え?……あれ?」
珍しく曇りが晴れたロンドンの街で、二人は買い物をしていた。街の人に話しかけられると、スナイダーは毎回恥ずかしがって兄の影に隠れていた。そんなスナイダーが、スナイダーの顔ほどある恐竜のフィギュアを指さした。それはくすんだ青色の、ティラノサウルスだった。
「スナイダー……君、恐竜ご好きだったのか……じゃあ、服を買った帰りに寄ろうか!」
元気よく頷き、スナイダーはエンフィールドの手を握った。普段では絶対に見せない行動に、エンフィールドの頬は緩まずに居られなかった。カールはというと、今のスナイダーなら食べるかなと用意されたタバティエール作のオランジェットに舌鼓を打っている。もちろん、オレンジの皮が渋い、苦い、と言って食べなかった。
「恐竜の形なら……味のないクッキーも食べてくれるのかな……」
エンフィールドはもくもくと考えていたが、突然スナイダーの足が止まった。
「……スナイダー?疲れちゃったかな?」
エンフィールドがしゃがんで、優しく話しかけてもスナイダーは俯いて答えない。悩んだ顔をするエンフィールドに、スナイダーは言った。
「……おしっこ」
「……はい?」
エンフィールドの顔からは血の気が引いて、表情も背筋も凍った。