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    東の魔法使いが嵐の谷で二組に別れて授業準備をする話。ヒースクリフとネロ、シノとファウストの会話。子供たち視点。

    「ほ、本当に探していいのかな」
    「先生が探せって言ったんだからさ、んな気にすんなって」

    宥められても手を出せないヒースクリフを見かねたネロが、苦笑混じりにヒースはこっちと棚を開けてくれる。躊躇いは継続しつつ敷居はぐんと低くなって、ほっとしながらありがとうと礼を口にした。
    本人不在のまま先生の私物を漁る、どうにも気おくれしてしまう。けれど目的がはっきりしているのは確かだと、ヒースクリフはひとつ大きく息をして標本のようなものが並ぶ棚へと手を伸ばした。偉いと背を撫でてくれたネロの手が、優しくて頼もしかった。

    授業の一環で、とある魔法薬を作ることになった。
    ファウストは魔法舎での精製を前提としていたが、嵐の谷で作りたいとごねたのはシノだ。ファウストの家の近くで材料を見かけたことがある、現地調達できれば手っ取り早い。ヒースクリフは慌てて我儘を言うなと咎めたが、多少思案しつつファウストは思いのほか軽く承諾した。
    鮮度による違いも授業のひとつになるだろうと受け入れたファウストにやったと喜んだシノは今、先生と共に森へ主原料を調達に行っている。シノの手綱を握りつつ、ファウストはヒースクリフとネロにも指示を出した。保管庫からその他の材料を探し出すこと、それが家に残った生徒への課題であった。

    こじんまりとしつつも頑丈そうな保管庫は家の隣にあり、この中を探せとファウストは言い残していった。
    あくまで授業であるという姿勢を崩さないファウストの手前指示を受け入れたが、本人が不在なのに家探しのような事には拭いきれない抵抗感があった。任務先などではさらっと物色するネロも、知人の領域だとヒースクリフと似たような心境になるんじゃないかとなんとなく思う。けれどヒースクリフの横で棚をがさごそとしているネロは自然体に見えて、そこにふたりの距離感が垣間見えた気がしてちょっとだけ嬉しい。
    そんな余計なことを考えているうちに気後れをうまく薄められたようで、よしとひとつ息をして集中しようと努める。指定された材料は3つ、森に向かった2人が帰ってくるまでに探し出さなくては。

    これはどう?違うかな?とネロと確認しあって、課題に真面目に取り組んでいるときちんと言えるぐらいには真剣だったと思う。
    けれど保管物の探索を進めていくうちに、ヒースクリフの脳内には徐々にある印象が浮かんでくる。先生に対して失礼すぎると必死に振り払っていたところにネロの小さな笑い声が聞こえて、過剰にびくっとしてしまった。
    そんなヒースクリフに気付いているのかどうなのか、手に取った瓶に目をやりながらネロがのんびりと言う。

    「ファウストってさ」
    「う、うん」
    「案外だらしないよな」
    「っ!」

    そんな単語は口が裂けても言えやしないけれど、似たり寄ったりな事が浮かんでいたのは確かで、咄嗟に言葉が出てこない。ここにいるのがシノだったらほぼ反射で即否定するだろうが、ネロにそれが通用するとは思えなかった。
    冷や汗をかくヒースクリフに柔らかい薄茶の目を向けて、ネロはへらりと笑う。軽い調子はきっとわざとだと気付けば少しずつ落ち着いてきて、けれど同意していいのかどうかとやっぱり迷う。

    棚への詰め込まれ方が、かなり雑多。そんな感想を持ってしまった事は否定できない。
    ファウストが管理しているのだ、保管方法には何も問題がないのだろう。けれどジャンルがまったく違うものが隣同士で並んでいたりと、拍子抜けというか戸惑いというかを何度も感じてしまったのは事実だった。
    いやでも、この並べ方は先生なりの法則があるのかもしれないと思いつつ、魔法舎のファウストの部屋が浮かんできてぐるぐるとしてしまう。きっと百面相をしているヒースクリフを見て、ネロが小さく噴き出した。

    「ごめんごめん、困らせたな」
    「えっと」
    「ほら、こういうとこ意外でかわいいよなって話」

    さらりと言われてぽかんとして、言葉がじわり届いてわっとなった。えっ、今もしかしてのろけられた?とあわあわしたが、ネロはやっぱり普段通り。だからこれは生徒と生徒の会話だと無理矢理に沸き立つ心を宥めて、ヒースクリフは首をすくめておずおずと同意した。

    「先生にかわいいなんて、烏滸がましいなって思うけれど」
    「うん」
    「その···ちょっと、わかる気もする」

    魔法舎のファウストの部屋には、床に様々な呪具が置かれている。何かしらの魔術的な意味がある配置なんだと、出会った当初は敬遠と緊張から部屋を訪ねる事も恐る恐るであったことをよく覚えている。
    けれど、もしかして魔法はほぼ関係ないのかもしれないと思い始めたのは、本棚を見せてもらえるようになってからだ。本自体の扱いは丁寧、それは一目見てわかった。けれど並びがなんというかこう、雑というか。
    ファウストに教えられて魔法に対する知識が増えれば増えるほどに、並び替えたいなと整頓好きな血が騒ぎ、けれど先生の私物を勝手に入れ替えるなんてと今まで手を出したことは無い。そわりとするけれどぐっと我慢している。
    そんな日々を共に過ごす中での印象を思い出して、なんとなくほわりと心が温かくなる。尊敬している先生のちょっと抜けたところ、かわいいと形容したくなる自分がいることは確かだった。
    恐縮する気持ちを捨て切れてはいないヒースクリフに、だよなとネロは気負いない笑みを向けてくれる。全部が全部同じではないだろうけれど、共有できる認識を持っている人がいることにも心が温まって、それでやっとヒースクリフも小さく笑えた。

    作業を再開しようかと手を動かしつつ、けれど先ほどまでとは違い会話ができる余裕ができていた。やっぱり必要以上に緊張していたんだなとちょっと恥ずかしくなって、それをほぐしてくれたネロに感謝しながら話題を続ける。

    「ネロは、整理整頓が上手だよね」
    「まぁ、料理する時には整ってた方がやりやすいからな。ヒースもそうだろ」
    「うん。細かい作業をする時に、机がきれいな方が落ち着くかな」

    あるべき場所にあるべきものがある、その状態が落ち着くタイプ。ネロと共通点があるとちょっと嬉しい。
    ファウストとネロとヒースクリフと、東の魔法使いはもう一人いる。この流れでヒースクリフの幼馴染みの名前が出るのは自然だった。

    「シノの部屋もすっきりしてるよな、作りかけの罠以外」
    「あはは、罠はそうだね。部屋のこと、ネロに褒められたって喜んでたよ」
    「そんなこともあったなぁ。先生やシャイロックにも褒められたんだって?でも最初の頃より、あいつの部屋にも少しずつ物が増えてきたみてぇだけどな」

    深い意味はないのだろう、けれど不意打ちなネロの言葉に心がきゅっとした。沈黙に違和感を覚えたのか、ネロが不思議そうにヒースクリフを見てくる。誤魔化そうかと少し悩み、けれどネロならばとヒースクリフは小さな声で訳を口にした。

    「シノの、お気に入りの物を入れる箱を知ってる?」
    「あぁ、見せられたことがあるよ。すげぇ自慢げでさ、かわいかったな」
    「魔法舎の部屋みたいに、いろんな人に見せてるみたいだよね。···その箱、作ったのは俺なんだけど」
    「うん、それ含めて自慢された」
    「お気に入りを入れる箱が欲しいって頼まれて、嬉しかったなって」

    シノは、自分の物を持とうとしない。シャーウッドの森の小屋も簡素、必要最低限。そんな姿勢に口出しできないことは知っていて、でも寂しいと思っていたことは確かで。
    だから、自分の物を入れる箱がほしいとねだられて、きっとシノが想像できないほどヒースクリフは嬉しかったのだ。お気に入りのものがある事、それを手元に置こうとする事。腕一杯に抱えてほしい、抱えきれないほどに増やしてほしい。ちょっとだけ寂しい気もするけれど、それ以上にお気に入りの中で笑うシノが見たいんだと、友人としてそう願っている。
    上手く言葉にできそうもなくて黙ってしまったが、きっとネロには通じている。柔らかく微笑んで、やっぱりのんびりとした口調で言った。

    「シノはさ、先生タイプかもな」
    「うん?」
    「意外と物を増やして、整頓が苦手だったりして」
    「あはは、そうかも。···そんなシノも、見たいかも」
    「見れるよ、そのうちさ」

    ネロの声が優しくて、喉の奥がきゅっとして言葉につまったまま、それでもヒースクリフは一度大きく頷いた。
    大切な人の事を共有できる大切な人がいることが嬉しくて、早く4人で話がしたいと思った。森の2人はまだ時間がかかるかな、材料ついでにカブトムシを連れてきそうだなぁなんて言うネロに、あははとヒースクリフは声を出して笑った。







    「ファウスト」

    枝の上から呼び掛ける。シノの方を向いたファウストにこれと枝の根元を指差せば、箒を使わずふわり浮いて隣にやってきた。一見鳥の巣に見えるそれを見分し、シノに目を向けてくる。

    「おまえにはどちらに見える?シノ」
    「疑似餌の方だな。うまく出来ているが、巣にしては密度がありすぎる」
    「他に気付いた点は?」

    思い付く限りの違和感を並べれば、ファウストは視点の補強とでもいうように言葉を返してくる。打って響く応えが小気味よくて、知識があるやつとの会話には、不思議な充足感が伴う事をすでに知っている。だから道理の通った知識を得る意味も最近分かってきた気もするが、それでもやっぱり今みたいな実技の方が何倍も楽しいとは心底思う。
    答えられる事は答えた、どうだと答え合わせをせがめば、色眼鏡の奥で目元が緩んだ。

    「正解だ。やはり目がいいな」
    「ふふん。この種はシャーウッドの森でも見たことがある」

    正当な賛辞に得意な気持ちになって胸を張り、同時に素直な感嘆を覚えていることも確かだった。

    「ここまで大物を見たのは初めてだ。やはり嵐の谷だからなのか?」
    「そうかもね」

    否定するには不思議の力が溢れていると、この地に住まう魔法使いは言った。
    主家より役目を賜っている我が森を誇りに思っているが、それでもこの谷は一等に特別であると、魔法使いとしても森番としても認めている。目新しいものは勿論、シャーウッドの森と同じ種であっても明らかな違いがあるものも多い。興味を惹かれるし楽しいし、平たく言えば気に入ったとそのまま伝えた時のファウストはちょっと面白い顔をしていた。
    そんなファウストも今は堅物な先生の顔をしており、けれどいつものように指示を出そうとはせず、シノに判断を促してきた。

    「この巣にするの?シノ」
    「そうだな···」

    大物であることは間違いない。けれど、と周りを見渡して、もう一度疑似餌の巣を見て、シノは首を横に振った。

    「他を探す」
    「なぜ?」
    「いい狩り場に陣取った褒美だな」

    強い個体を狩るのは勿体ないと言えば、ファウストからの反論はなくシノの結論を受け入れた。
    今日はおまえの判断に従おうと事前に言われていたことではあれど、自分の先生がこうも物分かりがいいと得意な気持ちになるものだ。ふふんと笑い、次を探すぞとファウストの返事を待たずに木から飛び降りた。



    鳥の巣に似た疑似餌は、その形状通り主に鳥を誘い出すためのものだった。
    営巣を始めたタイミングか卵を産むのを待ち、巣は球体の檻へと形を変える。シャーウッドの森で偶然その瞬間を見掛けたことがあり、警戒しつつ興味を持ち気配を消して観察したことを覚えている。
    この罠を作った奴はどんな姿をしているのか、わくわくと待っていたが、それは認識違いであった事もすでに知っていた。
    そう時をかけずに見付けた先程よりは小振りな疑似巣を観察しながら、枝に並んで腰掛けたファウストに質問する。

    「食虫植物、のようなものなのか?」
    「概ねその認識でいい。しかし植物と捉えるか動物と捉えるか、議論のひとつになっていると聞いたことがある」
    「は?動物ではないだろう」
    「それぞれに好みがあるみたいだからね」
    「好み?」
    「鳥だけを摂取するか、卵を産むのを待つか、卵を狙う蛇を好むか」
    「蛇も食うのか、こいつら」

    へぇと感心して好奇心のまま指でつつきかける。けれど寸でで止めて無言でファウストを見れば、ふふと笑いいい判断だと頷いた。

    「鳥、卵、蛇。殆んどの目撃例がその三点だが、稀ではあれど別のものを捕える例もあるらしい」
    「···魔法使い、というよりも人体かマナ石か。補食対象なのか?」
    「さぁ、聞いたことはない。けれどきみが好まれないという保証もないな」
    「ふん、びびったわけじゃないぜ」
    「知っているよ。シノは勇敢で、ちゃんと慎重な判断力を持っている子どもだ」
    「褒めるなら子ども扱いするな」

    ふんも顎を上げれば、何故かファウストは口をむにとさせる。この表情は何度か見たことがあるが、しかめ面をしようとしたのか笑おうとしたのか毎回よくわからない。
    その理由を尋ねる間もなく、ファウストは箒を片手に取り出した。柄に腰掛け少し離れた位置で浮遊するファウストに会得し、シノは枝の上で立ち上がり大鎌を呼び出す。疑似巣と樹皮の境目、そこを見据えながらファウストの教義を聞いた。

    「今回必要な部位は?」
    「巣、つまり表に出ている部分だけでいい」
    「注意点は?」
    「接地面を指の第一間接程度えぐり、木の削った部分を魔法で蓋をする」
    「保護する理由は?」
    「疑似巣の茎が伸びてくるのを防ぐため。分泌液は周囲を溶かす」
    「上出来だ、シノ」
    「ふふん」

    率直に褒められて気分がよくなる。陰気なくせに、気乗りさせるのがうまいのだうちの先生は。
    勇んだ心を持ったまま冷静に沈着に、口に馴染んだ呪文を唱え一閃薙いだ。



    刈り取った疑似巣を簡易な結界で包む。球体が安定するというファウストの助言により丸い形を作り、維持の訓練がてら他の材料を集めに暫く森を散策することになった。丸···球···とイメージしながらの保持は中々に神経を使うものであり、けれどファウストの手を借りるものかと意気込んでいる。
    そのうちになんとなくコツが掴めてきた気がして、周囲に目を向ける余裕が出てきた。目に止まるものを片っ端から隣の年寄りに質問すれば、淀むことなく答えてくれる。こちらにも問い掛けをするあたり先生役らしく、しかしその雰囲気が不意に溶けた。なんだと顔を向ければ、ファウストは何故か笑っていた。

    「なんだよ、にやついて」
    「いや。随分と、この谷の精霊たちに好かれたようだなと」
    「は?なにを言っている」
    「結界の維持が容易になっていないか」

    指摘されてハッと両手で保持する球体を見る。最初よりもずっと正円で均等で、得意な気持ちになりたいのに、ファウストの言がそうさせてくれない。シノはむうと口を尖らせた。

    「やり易くなったとは思っていたが、精霊のお節介だとはわからなかった」
    「いや、きみの成長は確かにあるよ。魔法のコツを掴むことが上手いからな、シノは」
    「ふふん、だろう?」
    「座学による知識があればそれがさらに補強される」
    「おい、気分よくさせておけよ」

    一言多いと顔をしかめれば、間違ったことは言っていないとファウストは澄まし顔だ。実技を増やせともはや条件反射のように噛み付きたくなったが、今はそれよりも気になることがある。
    改めて結界をよくよく見てみれば、確かに精霊たちが妙に力を貸してくれているようだ。なぜ、と首を傾げるしかない。

    「なんでこんなことになっている。住人であるあんたが隣にいるからか?」
    「それだけじゃない。シノ個人が気に入られたようだ」
    「だからなんで」
    「僕に質問するとき、森の手入れの視点に立っている事には気付いてる?」
    「森の···?」

    まったく心当たりがない。訝しげな表情をしているであろうシノに、今度はファウストが首を傾げた。

    「疑似巣を探している最中にも、箒に乗りながら枝や葉を落としていただろう」
    「そうだったか?」
    「なんだ、無意識だったのか。日を入れるための間伐をしているのかと感心して見ていた」
    「確かにシャーウッドの森では、同じような手入れをしているけれど」
    「習慣になるほど、森番という役目を全うしていたということだね」

    その働きが谷の精霊たちに気に入られたようだとファウストは言う。褒められているとふんぞり返ろうとしたが、なんだか急に喉がきゅっとする感覚がして、内心戸惑いながらシノはふいと顔を背けた。

    役目をブランシェット家に与えられた、それはシノの誇りだ。美しい主家に相応しいよう森を整えて、導けるようまたは惑わせるよう把握して、番人として尽くしているという自負がある。
    胸を張ってシャーウッドの森の番人であると言える。それを別の土地で気に入られたこの状況は、なんというか不意打ちで。培ってきた知識と経験を認められた、こんな落ち着かない気分になるのか。嫌かと聞かれれば嫌ではないと言えるかもしれない、けれど慣れていない、どうしたらいいか分からなくなる。

    何も言わないファウストの気配は穏やかで、知らないものには慎重でいいと言っていたなとなんとなく頭に浮かぶ。
    そう思ったらむずむずと擽ったさのようなもの残りつつ調子が戻ってきて、ファウストの方に顔を戻しふんと鼻を鳴らした。

    「見る目があるな、谷の精霊たちは」
    「そうかもね」

    僕が教えたからなと言わないあたり、こいつらしいと思う。ファウストの生徒だと言われることは悪くない気分になったと思うし、同時に同じようなむずむずも伴う気もする。
    まぁどうでもいいとわざとらしく放り出して、手っ取り早い話題かつ興味が沸いてきたので、この谷が他の生徒をどう捉えているか聞くことにした。

    「オレが気に入られているぐらいだから、ヒースはもっとお気に入りだろう?」
    「あの子の控え目な資質は、東の精霊に好まれやすいのは確かだ」
    「なんだ、含みがあるな」

    オレに主君に文句があるのかと睨めば、ファウストは年を経たものの顔でじっと目を向けてきた。なんだよいきなりとたじろぎそうになるが、意地で我慢する。色眼鏡の奥で愉しげ気配が瞳に過った気がしたが、真剣な雰囲気のままファウストはシノに告げる。

    「あの子の見目は、善悪種族区別なくあるゆる存在から注視されるものだ」
    「当たり前だ、ヒースクリフだぞ」
    「きみが一番分かっているか。···魅いられることのないよう、拐かされることのないよう、きみも友人として気にしてあげなさい」
    「言われるまでもない。従者として何があろうともあいつを守る」
    「そう」

    静かに頷いたファウストは、やっぱりシノの決意を嗤わない。おまえに何が出来るなんて言わないし、言葉をそのまま聞いていることがわかる。なんだかまた心の妙なところがきゅうとした気がして、でも今度は目を逸らしてやるかと頑張った。
    ファウストはいつもどおりだと思うのに、なんだか今日はやけに調子が狂わされる、それが悔しかった。悔しかったけれど、この感覚は敢えて放って置ける、そんな甘えが許される気がすると心の何処かで思っている。それもやっぱりなんだか悔しくて、だから無理矢理に話題を続けた。

    「ネロは?」
    「うん?」
    「ネロはこの谷に気に入られているのか?」

    苦し紛れであることは否定できないけれど、東のもう一人に興味があることは本当だった。なんたってあの男は、シノとヒースクリフよりもこの谷の馴染みなのだから。
    その理由である魔法使いは、なんの気負いもなくあっさりと頷いた。

    「あぁ、猫たちに懐かれているな」
    「は?猫?あんたの家の?」
    「あの子たちは恐らく、精霊の中でもかなり上位の存在だから。つられた他の精霊からも好意的に見られているんじゃないか」

    他人事のように言うし、言葉を尽くしたヒースクリフとシノの理由とは毛色が違いすぎる気がするのだが。それを間違いなく分かっているであろうファウストはなんとも涼しい顔をしていて、寧ろ特別感があるなとからかい混じりに下から覗き込んでみる。なに?と小首を傾げたファウストはやっぱりいつもどおりだった。

    「なんであんたの猫にネロが気に入られてるんだ?」
    「さぁ。餌が美味いからじゃないか」
    「ふうん」

    ひゅう、と短く口笛を吹いた。鳥の真似?とさらりと流される。ふんと笑い、それ以上は突っ込まないことにした。仲良くやっているならそれでいいし、鳥の声と勘違いし暴れ始めた疑似巣の制御に集中しなければならない。ファウストの手を借りずにしのげば、よくやったと端的に褒めてくる。その言葉に胸を張って歩く。
    座学好きのファウストは、テストで習得具合を確認しないと不安だと生徒の前でもはっきりと公言している。けれど、シノにとっては。教示を受けた先生に認められ褒められること、それが何よりも授業の成果なのだ。

    成長を実感できることが、これほど安堵するものだとは知らなかった。ファウストと、時々ネロの言葉がそれを裏付けてくれる。ヒースクリフの声ではない大人の言葉がするりと届くことが不思議で、それに抗うにはファウストとネロの眼差しに馴染みすぎていた。
    シノの警戒心を煽らない距離感で見守られている、なんで今この瞬間にまざまざと実感するんだと自分に突っ込んで。ちょっと居心地が悪くてでも何処か高揚する心のまま、両手でしゅるり正円を描いた。



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    sauco_trigo

    REHABILIファウストの誕生日直前、建国の魔法使いの聖誕祭にわく中央の市場で買い物をするシノとヒースクリフとネロの話。
    シノ中心で東の魔法使いたちの話、続く予定。
    世界線は箱庭と同じ。時系列が「やわらかな夜に」と「箱庭の星月夜」の間でカプ以前。
    市場に溢れる目移りも鼻移りもする出店の数々に、歩きながらあれもこれもと買い込んでいたらすぐに両手一杯になってしまった。シノの左右にいるヒースクリフとネロに渡すふりをしながら足を止めずに魔法で少しずつ消して、そのうちのひとつは食ってみろと実際にそれぞれ手渡した。ヒースクリフは戸惑った顔をしている。

    「美味しそうだけど···食べ歩きは苦手だから···」
    「何も考えずにかじりつけばいい。おまえなら何をしても様になるから、それだけで周りの連中が振り向くぜ」
    「い、意味がわからない」
    「はは、シノらしいな。ヒースも難しく考えないでさ、作りたてを味わうのも食い歩きの醍醐味だって」

    ほれと手本のようネロがホットドッグにかじりついた。右腕は買い込んだ食材で塞がっており、左手だけで包みを下げている。やっぱり器用なやつだと感心しつつ、ネロに誘われてわたわたと両手で持ったドーナツを食べようとしているヒースクリフはかわいい。
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