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    シノ親愛スト4話「ファウストが星を読んで、シノが生まれた日を見つける」話。
    https://poipiku.com/2949133/9742589.htmlの続き

    「シノ」

    授業終わり、教室から出ていこうとしていた時の事だ。終わった終わったと頭上に上げていた両腕をそのままに、シノは教壇を振り返る。
    最後尾だったシノ以外にはファウストの声が聞こえなかったのか、ネロとヒースクリフはそのまま出ていってしまう。失敗したと踵をじりと出口へと向けながら、シノは最上級にも近い警戒心で先生を睨み付けた。

    「なんだよ、今日のテストはそこまで悪い点数じゃなかっただろ」
    「威張れるほどではないがな」
    「補習とかいうなよ?逃げるからな」
    「堂々と宣言するんじゃない」

    全くと呆れた様子のファウストは、しかしどこか可笑しそうでもあった。補習の気配はなさそうだとちょっとだけ警戒をとけば、ファウストは口許を妙な具合に歪ませる。誤魔化すように眼鏡を押し上げ、いつもどおりの口調で言った。

    「今日の夜、時間はある?」
    「は?夜?」
    「夕飯のあと」
    「それなら、特にやることは決めていない」

    具体的な時間帯を示され、警戒心が薄れていたことと相俟って素直に答えてしまった。用向きを聞いてからにすれば良かったとは後の祭で、補習と言われたら逃げ道を塞がれた気がする。
    それならとことん拒否してやると身構えていると、耐えきれぬというように結局は笑ったファウストが言った。

    「そこまで期待されると、補習をしてあげなくてはという気になってくるな」
    「そんな気まぐれ今すぐ捨てろ」
    「ふふ。今夜は補習ではないと断言するから、付き合ってくれる?」
    「···オレだけ?」
    「そう、きみだけ」

    はっきりと請われて、警戒心よりも戸惑いが先に来た。同時に抵抗感が殆んどない自分にも戸惑った。
    何をさせられるか分からないのに、どうやらファウストの誘いに乗ろうとしているらしい。
    この陰気な年上の魔法使いは、シノのことを騙したり無茶なことをさせるような大人ではない。そんな認識を持っていることが、思わぬ形で露呈をして何だかむず痒くなってくる。
    それをそのまま表に出すのは格好が悪すぎて、シノは逆に堂々と胸を張って鷹揚に受け入れた。

    「いいぜ、付き合ってやるよ」
    「ありがとう」

    柔らかな声音のファウストの礼は、やっぱりなんだかむずむずとして更にふんぞり返って見せた。





    魔法舎の屋上から森を見下ろしていると、時折淡い光が見えた。
    魔法植物の発光、もしくは魔法使いが魔法を使った合図が主な光源だ。その違いはなんとなくわかるが、魔法使いが誰なのかまでは分からない。
    年寄りどもが見たら分かるのかと何とはなしに考えていると、背後からシノを呼び出した年寄りの声がした。
    振り返れば、練習着の上着を厚手のものに変えたファウストがそこにいた。立ち上がったシノも練習着で、その装いを見たファウストは眼鏡に手を当て溜め息をはいた。

    「暖かい格好をしてきなさいと言っただろう」
    「魔法でどうにでもなる。オレは体感調整が上手いぜ」
    「それは知っている」

    路上などの野外で暮らした経験に根差したものだ、その巧みさには自負がある。雨避けや風避けだってうまいことやってみせる。そうして生き抜いたからブランシェットに辿り着けた、シノにとっての自信でもある。
    背景を知っていてもなお怯まず、それをそのまま認めながらもやはりファウストは苦言を呈してきた。

    「体感調整は僅かであれ魔力を消費している。その負荷を少しでも軽くするため、気候に合わせた服装を選びなさいと言っている」
    「大袈裟だとは思うが、まぁ納得はできる理由だな」
    「素直でよろしい」

    生き残るための術と言われれば聞くに値する。言いくるめられた気がして少しつまらないが、そんなシノにお構いなしでファウストの手に現れたマフラーをぐるぐると巻かれた。ぬくいなと本能的に安堵はあるが、子供扱いにちょっとムッとした。

    「やっぱり大袈裟だと思う」
    「マフラーぐらい巻いておきなさい。手袋は···」
    「してる。末端はちゃんと守る」
    「賢いな」

    端的に褒められて気分がよくなる。ふふんとマフラーに埋もれた顎を上げてみせれば、苦笑ぎみのファウストの手の中に今度は箒が現れた。
    それに続いてシノも箒を呼び出す。ひとつ頷いたファウストが夜空に顔を向けた。

    「月のない夜空の夜間飛行になる。充分に気を付けてついておいで」





    忌々しい存在ではあれど、闇夜を照らす《大いなる厄災》は、灯りを得られぬ者にとっては貴重な光源であったことは確かだ。だからシノも、こうして月のない夜空を飛ぶことを今まで無意識に避けていた気がする。
    けれど実際に箒に跨がり暗い夜空を駈ってみれば、案外と爽快な気分になった。
    月の浮かばぬ夜空、冬の澄んだ空気に星空がよく映える。そのただ中を飛んでいるシノはどこまでも魔法使いだった。

    何より今のシノには明確な導があるのだ。星々を邪魔しないような淡い光が少し前に揺らめいている。
    ファウストが点した魔法の灯りを追えばいい、そんな安心感が打ち消せないことは少し悔しい。
    それでもこの状況で噛み付くのはあまりに格好がつかないし、何より沈黙の中で星間を泳ぐことが心地よかったから。
    今この時間が悪くないと言うことだけはそのままに認めた。

    魔法舎を飛び立つ前に言われていた、30分という目安どおりに目的地へ到着したらしい。空を眺めていたシノに、下を見ろとファウストが声をかけてきた。
    夜間飛行が終わってしまったと残念に思うよりも、目下に現れた景色に目を奪われた。
    木々の中にぽっかりと空いた丸い空間、湛えられた水は星を映す鏡のようで。その美しさに、シノは素直に感心した。

    「こんな湖があったんだな」
    「南の魔法使いたちが、釣り場を探して偶然見付けたらしい」
    「なんだ、今夜の目的は夜釣りか?」
    「違う」

    どうやら降り立ちもしないらしい。湖面から三階分程度の高さを維持したまま、正円に近い湖の中心でファウストは止まった。
    箒で近付いてきたファウストが、魔法で現したらしい手提げの袋をシノへと差し出してきた。

    「なんだ?ランチバッグ?」
    「水筒には暖かいスープが入っている。紙の包みは軽い夜食」
    「やった。気がきくな、ファウスト」

    絶賛成長期なのだ、食い物ならば大歓迎だ。嬉々として受け取ったシノにちょっと眉を下げたファウストが、命令というよりもお願いに近い声音で指示を出してきた。

    「全部食べていいから、しばらくここで待っていて」
    「は?ここって···湖の真ん中?」
    「そう。きみならば停止したまま容易く浮いていられるだろう?」
    「そんなことは余裕だけど」

    妙な要請に変な顔をしていると、指を振ったファウストに加暖の魔法をかけられた。
    冬をしのげる程度の温度から春ぐらいのぽかぽかになって、ここまでいらないのにと子供扱いにやっぱりムッとする。

    「余計な世話だ」
    「念のため。そう時間はかからないから、大人しく待っていなさい」

    不満げなシノごとよしと頷いたファウストが、髪をふわりとさせながらすっと下降していった。
    飛ぶ姿も姿勢がいいとは前から思っていたが、それにしても静かな滑空であった。この静かな夜に相応しいとなんとはなしに思う。

    なんにせよ置いてきぼりにされた。わけがわからんと、やけ食いの気持ちで包みの中身であったバゲットサンドにかぶりつけば、口の中に広がったチキンの旨みにすぐ機嫌が良くなった。
    保温の魔法がかかっていたのだろう、暖かで香ばしさまでそのままだ。レタスとハニーマスタードもチキンにもパンにもよく合った。
    水筒の中身は敢えてであろう具のないコンソメスープで、これもまたうまい。その風味は夕飯だったポトフを彷彿とさせて、つまりスープもサンドもネロの味であった。
    今回の夜間飛行にはどうやらネロも絡んでいるらしい。帰ったらおかわりをねだりがてら問い詰めてやらなくては。

    勿論シノを連れ出した張本人から先に聞き出すけどなと上から眺めていると、ファウストはそう広くはない湖の縁を、箒から降りないまま低速で回っていた。静かな飛行に波風もたたず、時折淡い魔法の光が水面に揺らめいている。
    ここまでシノを連れてきておきながら、説明もなしにひとりで何をしてるんだとやっぱり呆れもある。でもまぁうまい夜食もあるしと言い付けどおりに待ってしまうのは、大人しくしていなさいとおやつを与えられた子供のようで癪ではあるが。

    今夜の月は真夜中にのぼるとファウストが言っていた。故に今の空には星だけが瞬いている。
    その夜空が、無風の湖面に映っていた。美しい星々をすべて映し出すには真ん中に浮いているシノが邪魔で、けれど動くなと言われているので避けることは出来ない。
    だから、そのまま堪能することにする。上も下も無数の星々に包まれて、天地すべての中心にいるような感覚は悪くない。
    同時に思う、この空間にいるヒースクリフを見てみたい。シノはこの場から退いて、少し離れた場所で眺めたい。ヒースクリフこそ、世界の中心に相応しいのだから。

    サンドの最後のひとかけらを口に放り込み、スープを飲み干すタイミングを見計らったようにファウストが戻ってきた。
    シノが完食したのだ、バッグは自分で持ち帰ろうと思ったが、当たり前のように受け取ったファウストがその軽さに満足したようだ。

    「大人しく待っていたようだな」
    「あんたは随分とのんびり飛んでいた」
    「準備のためにね」
    「で、オレの出番はまだか?」
    「もうすぐ」

    ファウストが指を鳴らすと、シノとファウストの間に平たくて円い物体が現れた。
    平面を上に向けて浮いたそれは、両手で抱えられるかどうかの大きさをいる。ファウストの魔道具である鏡かと思ったが、下の湖が透けて見えるのでガラスか何かが張られているらしい。
    突如現れた道具の説明がないまま、手袋を脱いで両手を縁に置くように促される。
    抵抗する理由はなく、言われるがまま晒した指先で縁に触れる。素肌に伝わる金属の冷たさに冬を思いだし、温まった頭が冷えた。
    ファウストも両手の手袋を外し、向かいの縁に手を掛ける。そしてシノが問いかける前に、魔道具を出さぬまま呪文を唱えた。

    「サティルクナード・ムルクリード」

    円縁の所々に、ぽうと光が灯る。魔法舎の森に灯る魔法使いの発現が誰か分からずとも、この灯火は東の先生の魔法だと理屈ではなく認識して。ついさっき見下ろしていたそれと同じだと気付き、湖面に揺らめいた光と等しい位置だと察した時には、透明だったガラスに何かが浮き上がり始めた。
    無数の小さな光に目を見張り、シノは呟く。

    「星···夜空か?」
    「そうだよ」
    「へぇ。どういう仕組みなんだ?」
    「説明する前に、きみの出番だ」
    「やっとか」

    神秘的なガラスに目を奪われながらも、待ちに待った出番だと大鎌を呼び出そうとした。けれど縁から手を離すなと止められて、そのままでいいとファウストが言った。

    「縁に手を掛けたまま、魔法を使って」
    「魔法?どんな?」
    「祝福の魔法をかける要領でいい。この円盤にきみの魔力を与えて」

    円盤に祝福とかなんだそれはと思いつつ、例えとしてはわかりやすい。結局目的はわからないが、好奇心の赴くままシノは己の呪文を唱えた。

    「マッツァー・スディーパス」

    シノの魔力に饗応するように、星の光が強くなった。
    眩しい程ではない光でも暗闇に慣れた目には刺激が強くて、眇めたと視界と同時に動き始めた星に息を飲む。
    星間は変わらず、しかし空と湖からずれていく。回転する夜空に少しずつ現れる星が変わっていると気付いた。巡り巡る円盤の宙。吸い込まれるような感覚に時を忘れた。

    瞬きをしていたかも定かではない。それほどまでに目が離せなかった、幾度となく繰り返された星の巡りが不意に止まる。
    余韻の最中聞こえたファウストの声に、シノはハッと我に返った。

    「4月14日」

    顔をあげると、いつの間にか眼鏡を外していたファウストがじっと円盤を見ている。頰を照らす淡い光に睫の影を落としながら、滔々と言葉を紡いだ。

    「ウィリリスの星図、極星より14の距離。春の夜空が17巡った」

    仄かな星に灯る紫の瞳が、真っ直ぐにシノを見つめる。そして神秘の気配をすっと消し、よく知る顔で微笑んだ。

    「17年前の4月14日、きみが生まれた日だ」
    「···?」
    「シノ・シャーウッドの誕生日は4月14日だと、この星盤が示している」

    そのままいつもの調子で星の読み方を説明するファウストの声音は先生のそれで、習慣のように耳を傾けてしまう。
    気持ちは追い付かない、けれどそのうちにファウストの言葉の意味を認識し始めて。説明の最中少し掠れた声で呟いた。

    「オレの、誕生日···?」
    「そう。春生まれのようだね」
    「なんで···」

    何を聞きたかったのか自分でもわからない。言葉につまったシノを咎めることも嗤う事もなく、ファウストは事も無げに言う。

    「今夜は月の入りが遅く風もない。星を読むのに丁度よかった」

    ファウストの視線が下に落ちる。つられてシノも下を向けば、止まったままの星図がそこにあった。
    この星が。オレが生み捨てられたいつかの日、広がっていた星空なのか。
    じわりとじわりと理解していき、すとんと落ちた瞬間···星の並びと大きさ、光の奥行までぶわり脳に流れ込む。こんな仄かな光なのに瞳が焼けそうだ。いや、きっと焼き付いた。

    そのまま、長い時間だったか短い時間だったのか。
    魔法使いならば誰しもが感じる月の気配が東の空から漂ってきた頃、ファウストの呪文が耳に届いた。ふっと光が絶える。
    鎮まった円盤そのものも消えて、金属から離れた指がじんとした。
    咄嗟に握り締めた手からじんじんと疼きが広がって、体中に血が通っているようだ。

    シノの肩をマフラーが滑る。すっと伸びてきたファウストの手で巻き直された。
    いつの間にか眼鏡を掛けていた瞳と至近距離で目が合った。色眼鏡越しでもわかる程にその眼差しは優しくて、それを向けられているのは他でもないシノなんだと思うと、もうどうしたらいいかわからなくなる。
    喉の辺りがきゅっとして、言葉がなにも出てこない。

    それでもこんな暗い夜にサングラスだなんていういつもの装備だと認識すれば、なんだか可笑しくて徐々に調子も戻ってくる。大人の手と瞳から逃れたシノは、箒で夜空をくるりと宙返りした。
    ファウストより高い位置で両手を広げ、大きな声で宣言した。

    「4月14日!覚えておけよ、ファウスト」
    「僕が読んだんだ、忘れることはないさ」
    「あんたの生徒の名が祝日になる日だ、首を洗って待っていろ」
    「首を洗う意味はわからないが···楽しみにしているよ、シノ」

    子どもの戯言だと、嘲笑う事のない大人に見守られている。
    心に届いてもそのまますべてを受け入れるには、ブランシェットに、魔法舎に辿り着くまでの経験が邪魔をしている。
    それでもこの先、きっとこの言葉も声も眼差しも、シノを奮い立たせるひとつとなる。そう思えた。

    いつの日か、中央の建国の魔法使いよりもずっと。東の英雄の先生としての名の方が広く知られるようにしてやる、なんて。
    照れくさくて言葉には出来なかったけれど、ファウストが生まれた冬の星空の下。世界に落とされた日を得た己に誓った。
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    REHABILIファウストの誕生日直前、建国の魔法使いの聖誕祭にわく中央の市場で買い物をするシノとヒースクリフとネロの話。
    シノ中心で東の魔法使いたちの話、続く予定。
    世界線は箱庭と同じ。時系列が「やわらかな夜に」と「箱庭の星月夜」の間でカプ以前。
    市場に溢れる目移りも鼻移りもする出店の数々に、歩きながらあれもこれもと買い込んでいたらすぐに両手一杯になってしまった。シノの左右にいるヒースクリフとネロに渡すふりをしながら足を止めずに魔法で少しずつ消して、そのうちのひとつは食ってみろと実際にそれぞれ手渡した。ヒースクリフは戸惑った顔をしている。

    「美味しそうだけど···食べ歩きは苦手だから···」
    「何も考えずにかじりつけばいい。おまえなら何をしても様になるから、それだけで周りの連中が振り向くぜ」
    「い、意味がわからない」
    「はは、シノらしいな。ヒースも難しく考えないでさ、作りたてを味わうのも食い歩きの醍醐味だって」

    ほれと手本のようネロがホットドッグにかじりついた。右腕は買い込んだ食材で塞がっており、左手だけで包みを下げている。やっぱり器用なやつだと感心しつつ、ネロに誘われてわたわたと両手で持ったドーナツを食べようとしているヒースクリフはかわいい。
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