「貴方じゃないとだめなんです…!」 春。四月。
先日中等部の入学式を終え、今日は高等部の式があった。また新しい1年がスタートする今日の良き日に、自然と気分が高揚してくる。
窓の外を見下ろせば、桜の花びらが舞う中庭に新入生と見られる生徒が親や友人達と楽しそうに会話を楽しみながら歩いている。
微笑ましいその光景を眺めながら、さて自分も残りの書類に取りかかるかと換気を終えて窓を閉めようとした時だ。集まっている新入生の中に目立つ宍色の髪の少年を見つけ、ガタッと音を立てて席を立つ。
「…っ、おい、宇髄!あの少年を知っているか?あの、変わった色の髪の…!」
校門の外へと向かう後ろ姿に焦り、偶然隣にいた同僚の宇髄につかみかかる勢いで尋ねると大層驚かれたが「あぁ。あいつな」とすぐに答えてくれる辺り有名人なのか。
「新入生の鱗滝だろ?確か用務員の鱗滝さんの養子で同学年に姉がいるって噂だな。…冨岡、知り合いなのか?お前が生徒個人に興味を持つなんて珍しいな」
「…あ、いや。…知らない、」
(鱗滝…やはり錆兎か!)
どくんと心臓からの血が逆流するかのような衝撃に目眩がする。
ここでは前世の記憶など必要ないのだ。幾度となく己に言い聞かせてきた言葉をまた繰り返す。
周りの皆が今を生きている中で俺だけが前世の記憶を持ち、その枷を引きずりながら生活をしている。最初は苦しんだし、他の人間の記憶も呼び覚ましたいと思っていたが、今ではもうそこに執着はない。いや、忘れたくなったというのが正しいのかもしれない。それほどその記憶達は重すぎたんだ…忘れられるものなら忘れたい。
辛くて辛くて何度も人生を投げ出しそうになった前世で、俺が一番悲しく衝撃を受けた親友の死…。会いたくて堪らなかった人物を目の前にして冷静さを失っているのを自覚するが止められない。
「冨岡?なんだよお前、変だぞ?顔色も悪いし具合が悪いなら保健室ぐらい付き添うが…。」
「いや、大丈夫だ。すまない…残った仕事は家で続きをやるから今日はもう帰って休む。」
桜並木にはもうあの姿はいない。
一年の担任を受け持つ事もなく、式へは挨拶の関係で参加していたもののともすれば気付く事もなかったというのに今ここで出会えた幸運に深く感謝する。
広大な敷地に中等部と高等部を併設しているここ、キメツ学園では一つの職員棟を挟んでそれぞれ校舎が分けられている。今まで中等部で錆兎の姿を見たことはなかったので外部からの途中入学なのだろう。
錆兎がここに入学してきたということはこれからまた会う機会も増えるということを意味している。錆兎に記憶があってもなくてもどうでもいい。早くあの少年と話がしたい、逸る心が期待に膨れるのをじっとこらえる。
(錆兎、早くお前に会いたいよ。会わす顔なんてないのかもしれないけど、今度こそお前には幸せになってほしい)
***
俺からの一方的な視点で言うところの「運命の再会」を果たしたあの日から約三年。錆兎はすっかり立派な青年へと成長した。
前世の記憶はやはり持っておらず、俺が顧問を務める剣道部に入部届けを持ってきた時にお互い自己紹介をしたのが初対面だった。
「鱗滝錆兎です。本日からよろしくお願いします。」と爽やかな声で挨拶され、長い間会いたいと焦がれていた錆兎の懐かしい笑顔に、生徒相手だというのに不覚にも胸がときめいてしまった。
あれから月日は流れ、数々の大会で名を轟かせてきた錆兎だったが高校三年の全国大会を三連覇という見事な成績を残して引退した。思えばついに三年間、担任どころか担当の体育の授業さえ受け持つ機会がなく、なかなか会う事のない自分達をほぼ毎日のように結びつけてくれた剣道には感謝しかない。剣の道を捨てずに今生でも続けてきて良かったと心から思った。
おかげで早朝と放課後にはその姿を見ることができ、話す話題にも事欠かない。ついうっかり錆兎にばかり視線が向いてしまうのを気にしながら、立場は違えど側にいられることが嬉しかった。
ある秋の日。
今日は日曜日だが、大学も推薦で決まっている錆兎が後輩の指導という名目で途中から練習に参加してくれていた。今日は運がいい。錆兎が引退してからというもの、俺が寂しかったのは勿論だが、他の部員達も同じ気持ちだったようでなんだか活気が足りないように感じていたのだ。
(早く三年生のいないこの現状に慣れなければならないのだが、たまには良いだろう。錆兎がいてくれれば特に指導する必要もないのだし、暇だな…。花壇の雑草でも抜いてくるか。)
本音を言えば錆兎の姿をずっと見ていたいが、執着し過ぎれば卒業という名の別れが辛くなるだけだ。あっという間の三年間だったなとため息をつき、サンダルを突っ掛けて外に出る。
秋の気配が色濃いけやきの大木を見上げながら大きく伸びをして目的の花壇で作業を始める。道場の裏手にあるこの花壇は地味な場所にあるせいか園芸部にも忘れられがちで、たまに花に水やりをしたり雑草を抜いたりするのだが俺はこういう地味な作業が結構好きだった。
「お疲れさまでした!錆兎先輩!」
「ありがとうございました!先輩!」
「おう。俺も久しぶりに皆と打ち合えて楽しかった。少し体が鈍ったみたいだからまた来てもいいか?」
一時間くらい経っただろうか。
無言で花壇の雑草を抜いていると、道場の方からそんなやり取りが聞こえてきたからそろそろ練習も終わりにするのだろう。
顧問である俺が何かをするでもなく、錆兎がきちんと順序だてて切り盛りしてくれるので安心だ。まぁいつも俺がいてもいなくてもあまり変わらないのだが。
今日は錆兎が来ているので皆俺の事など気にも止めないだろうが挨拶くらいはしてくるかと後片付けに取り掛かった途端。
ぽつりと二、三滴の雨粒が地面に落ちたのを切っ掛けに、突然バケツの水をひっくり返したかのようなどしゃ降りの雨に見舞われる。えっ…と驚いているわずか一瞬の間で全身ずぶ濡れになってしまった。
「…やってしまった。これでは道場に上がれない。」
かといってこのまま生徒に何も言わずに帰ることもできずに入り口で誰かにタオルを持って来てくれと頼もうとしたら、ちょうど帰宅寸前だったらしい錆兎と鉢合わせになった。
「…鱗滝、もう帰るのか。」
「先生…っ!ずぶ濡れじゃないですか!外そんなに…?」
「一瞬でこうだ…ひどい雨だろ。今帰るとお前も濡れるぞ。」
錆兎は持っていた鞄の中からさっとスポーツタオルを取り出し、どうぞと俺に差し出してくれる。
「これよかったら使ってください、ちゃんと洗ってあるやつなので。」
「…」
教師の俺にまでそんな優しさを見せる錆兎に昔の面影を重ねて胸が痛い。錆兎は昔から面倒見が良くていつも助けてもらっていたな。しかし大人としてここで甘えるわけにはいかないだろう。
自分のタオルがあるから大丈夫だと言うと、「ダメですよ。ほら、早くしないと風邪引きますから。失礼します。」と意外にも力強い言葉が返ってきて、ぱさりと柔らかなタオルが頭に掛けられる。
(あ。…錆兎の匂い…)
ふんわりと香る柔軟剤の甘い匂いが鼻を掠める。じわりと体温が上がってくる感じに早くここから立ち去らなければ教師として非常にまずい事を口走ってしまいそうだと危機を感じた。
「鱗滝…ありがとう。タオルはまた後日返させてもらう。今日は折角来てくれたのにこんな天気になってしまって…タオルまで借りてしまって申し訳ないが、どうかまた気が向いたらあいつらと手合わせしてやって欲しい。」
「はい。こちらこそもう引退してるのに何度も遊びに来てしまってすみません。やっぱり俺にはここが一番落ち着く場所です。」
「そうか。お前が来てくれると楽できて助かるし部員達も喜ぶ。いつでも歓迎だ。」
「ははっ、先生にそう言って貰えるとまたすぐにでも来たくなっちゃうな…。」
「あぁ。是非頼む。」
「……………………」
「鱗滝、どうした?」
会話の途中で急に黙りこんだ錆兎が、俺の胸元をじっと見つめて固まっている。何かおかしいだろうかとTシャツを見るが何ともない。
その時、錆兎を見送ろうと他の部員達が道場の入り口に集まってくる足音と数人の話し声が耳に届くと、金縛りから解かれたように錆兎がものすごい早さで着ていたジャージを脱いで俺に掛ける。
「…っ、義勇…!っこれ!」
「えっ。」
「あっ、鱗滝先輩!これから皆で一緒に…ってあれ?トミセン?なんで先輩のジャージ着てるの?てか今…ぎゆうって…?」
先頭集団を筆頭に数人の部員達がぞろぞろと入り口に集結し、更に遅れて二、三人が顔を出すと錆兎のジャージを着せられている所を見られてしまい、さらにわらわらと部員達が集まってくる。
「あっ、と、冨岡先生が濡れてたから…風邪引くかなって。あとぎ、ぎゆう…ぎゅう…牛肉!今日は夕飯が焼き肉だから楽しみだなって話をしてたんだ!じゃあ、今日は帰るな!」
「ええー?!ちょっ…先輩、待って…」
有無を言わせない爽やかな笑顔で引き留めようとする後輩たちに手を振り、道場の引き戸を開けて帰っていく錆兎を呆然と見送る。落胆する部員達を背に俺はじっとしていられなかった。
外は先程よりは小雨になってきたものの、変わらず雨が降り続いている。
紺色の傘を差した後ろ姿に、頭で考えるよりも先に言葉がでていた。
「鱗だ…錆兎!」
俺の声に立ち止まり、ゆっくりと振り返った錆兎はさっきまでの笑顔が消え無表情で近寄りがたい雰囲気だった。なにかを圧し殺したような…自分を抑え込んでいる様子で、生徒相手だというのに声をかけるのを一瞬怯む。
「…先生…だから、濡れるって…どうして…」
「小雨になった、平気だ。それより、お前、さっき…」
「今度は俺から傘を奪うつもりですか?さっさと戻ってもらわないと俺が困ります。」
「…っ、」
さっき、俺を名前で呼んだだろう。と聞きたかった。しかし、錆兎から困ると言われれば黙って戻るしかない。傘を持ってこれば良かったのだろうか。話さえも拒まれるのはつらい…だがそうこうしている今も錆兎が傘を掛けてくれているお陰で俺は濡れずにすんでいるのだが、大柄な自分のせいで錆兎の肩が濡れていく。
「…ごめん。すぐ戻る。俺に傘はいらないから…最後に、一つだけ…錆兎は前世の記憶って、信じるか?」
「はい?突然何を…。先生今日は少し疲れているんじゃないですか?」
「!」
拒まれた…本当にわからないのか、はぐらかしているのか。
もうこれ以上は引き留められない。観念して錆兎の傘から一歩下がる。頭の中は混乱していてもうどうしたらいいのかわからなかった。
「先生さ、もう少しそれ着てて?俺のジャージなんて注目集めるし嫌だろうけどせめて着替えるまでは。部員達の中には女子もいるし、思春期の男子高校生には刺激が強すぎるっていうか…」
「…なん、の話だ…」
「透けてるんだよ、ココ」
「え…?」
とんとんと、乳首の辺りを指し示されぽかんとする。え?え?俺の…しかもこんな厳つい男の乳首が透けて見えたところで一体何だと言うのだ。動揺しまくりの俺に苦笑いして、失礼しますと一礼して背を向ける。
あーくそ、今までの苦労がとか、今日の俺は0点だとかぶつぶつ呟く錆兎の声がだんだん小さくなっていくと同時に、俺の胸の中にはふつふつと喜びが沸き上がってくる。
小さな疑問はやがて大きな期待へと膨らみ、じわりと喜びに胸が震えた。
(錆兎は…俺を覚えているんじゃないか?)
数百年ぶりに俺の名前を呼んでくれたあの声が胸に喜びを灯す。
もう一度、生まれ変わってまた会えたらその時は…。前世から育んでいたこの気持ちを打ち明ける勇気はないが、せめてまた友達になれたらと思っていた。
錆兎が俺を覚えていなかったら諦めて自分も今の関係で満足しようと決めていたから今までずっと側で見守る事しかできなかった。だがもし許されるのならもっと深い所へ踏み込んでも良いだろうか?
錆兎が貸してくれたタオルとジャージが夢のような出来事を現実だと実感させてくれる。
いつまでもここにいて大切なこれらを濡らしてはいけないと、着替えを取りに道場とは別方向の職員棟へと逃げるように走っていった。
****
「さび、…鱗滝、こないだはありがとう。これ、洗濯してきた。」
差し出した紙袋に入っているのは先日錆兎が貸してくれたタオルとジャージだ。最近の高校生は発育がいい、借り物のジャージはサイズがピッタリでいつの間に身長を抜かれたのか、今では錆兎を少し見上げるほどだ。
基本うちの学校ではジャージ登校は認められているが、そんな生徒は希で雨の日ぐらいしか見かけないのでジャージを借りることができたのはラッキーだった。さすがに制服を借りるのは無理がある。
放課後の図書室で一人本を読んでいる錆兎を見つけたのは校内を探し始めてすぐだった。目立たぬよう、図書室の隅へと移動して紙袋を渡す。笑顔で受け取ってくれた錆兎はもういつもの礼儀正しい優等生だ。
「なぁ、鱗滝、その…お礼に今日夕飯でもどうだろうか?牛…というか焼き肉が好きなんだろ?」
俺の言葉にぴくりと肩が揺れたのは考えすぎだろうか。錆兎の笑顔は変わらない。
「ははっ、先生にご馳走してもらえるなんて嬉しいな!でもそんなの、全然気にすることじゃないですよ。お礼なんて要りませんから!それに…昨日夕飯が焼き肉だったんでもう満足です。うちは夕飯が当番制なんで今日は俺が飯を作らないといけないから早く家に帰らないと。」
「そうか…でも二日くらい続いても平気だろう?鱗滝さんにはもう話をしてあるから心配するな。家の事は気にせずにゆっくりしてこいって言ってたぞ?」
「…どうして、先生が義父さんと。」
「将棋友達なんだ。今日も昼休みに用務員室へ行ったからその時に聞いておいた。」
「そう、ですか。」
あ。今ちょっと笑顔が凍りついた。引いたか。さすがにこれではストーカーと思われても仕方がない。
「でもやっぱり遠慮しておきます。教師が特定の生徒に食事を奢るなんて誰かに見られたりしたら問題ですし。」
「そんなの俺とお前が黙っていればバレないだろう?そんなに重苦しく考えるな。…あっ、しまった。職員会議の時間だ。じゃあ、鱗滝、また後で。」
「え?あっ、ちょ、俺行くなんて一言も…」
今日は副顧問の先生に部活を見てもらえるから職員会議が終わればすぐ帰れる。それまでもう少しだけ待っててくれとだけ言い残し、一方的に捲し立てて相手から何か言われる前に退散する。
断られるのだけは嫌だと祈るように終わらせた会議のあと、不安な気持ちを圧し殺して戻った先、図書室は無人で利用時間はとっくに過ぎていた。
(しまった。遅すぎたか…どうしよう、剣道部のLINEがあるから錆兎へ連絡は取れるが、これは職権乱用で流石にしつこいだろうな。)
はぁと重苦しいため息をつきながら職員用の下駄箱へ向かうと、そこに錆兎のスマホの番号が書かれたメモを見つけて喜びに膝から崩れ落ちた。
****
今日のためにネットで調べて予約しておいた焼き肉料理店は、週末を終えたばかりの月曜日だというのに大変混雑していた。
窓際の奥の席へと案内され、錆兎と向かい合って席に着く。一旦家に戻ってから学校の最寄りの駅まで出向いてくれた錆兎は白いパーカーにジーパンというラフな格好だったが、いつも見慣れた制服と違って新鮮で格好いい。
適当に頼んだコース料理に錆兎がぎょっとしていたが、さすがに頼みすぎただろうか。
「ちょ、先生…このファミリーコース4人前って…俺、そんなに食べれませんよ。」
「む。そうか…いや、大丈夫だ。何とかなる。」
「はは…先生てば大雑把だな…」
錆兎の笑顔が眩しくて直視できない。こないだの話の続きをしたいと思って誘ったのだが、また不機嫌にさせてしまったらと思うとなかなか切り出せず、運ばれてきた肉を焼きながら黙々と二人で食べ続ける。
「先生、野菜も食べないと。」
「あぁ。…でも肉が焦げるぞ。」
「一気に焼きすぎなんですよ。それに先生肉しか食べてない…もう少しゆっくり…」
トングをやんわりと取り上げられてしまい、仕方がなく他のものにも箸を伸ばす。
錆兎に肉を焼いてやりたかったという好意は失敗したらしく、主導権を明け渡してからはスムーズに食事も進んでいったので大人として恥ずかしい。
「錆兎、もう食べれない。」
「うっ…まだもう1皿残ってますよ。それに…」
「……?」
「どうして俺のこと名前呼びするんです?学校ではちゃんと鱗滝って言うのに。」
「それは…錆兎が俺を名前で呼んだからだ。」
「呼んでません。冨岡先生。」
「呼んだ…義勇と。」
「あれは…っ、牛肉で納得したから今日ここに連れてきてくれたんじゃないんですか?!あんまりしつこいと学校に言いつけますよ。」
「………っ!」
しつこい?…錆兎から言われたショックでぽとりと手から箸が落ちる。幸いにもテーブルの上だったので被害はないが、その言葉の意味を考えると今日の食事も相手からしてみればやはり迷惑だったのかと軽率な己の行動に気が沈むのだ。
ズキンと心臓が縮むような息苦しさと、勝手に一人で浮かれていた自分がひどく恥ずかしくて居たたまれない。
「あっ、いや、先生ごめんなさい。俺ちょっと言い過ぎたな…。えっと、しつこいと言うのはこれからも続けばという意味で…今はすごく楽しいですし、先生と仲良くなれるのも嬉しいですよ?!」
「さび…鱗滝…」
「そんな悲しそうな顔をしないでください!名前で呼ばれるのも嫌じゃなくて…むしろ嬉しいです。ただ、周りから不審がられた時に先生が困るんじゃないかって…あぁ、もう!」
ガタッと席を立つと、錆兎は俺の隣の席に素早く移動してきてポケットからハンカチを取り出すと俺の目元に押し付ける。
何をしているんだと思ったが、濡れた頬の感覚に自分が涙をこぼしているのだと漸く気づく。
「…っ、?」
大の大人が、しかも教師が生徒によりによって涙を拭かれている。信じられないかもしれないが、俺が今まで生きてきた中で泣いたのはたったの三回、錆兎に初めて会った時と、全国大会で三連覇を成し遂げた時、そして今だけだ。全てに錆兎が関係している。
一度目と二度目は学校のトイレで一人でこっそり嬉し涙を流したが、今回の出来事は我慢の余地もなく勝手に感情を昂らせてしまい、この有り様だ。みっともないことこの上ない。
目元に当てられたハンカチをやんわりと押し戻し、自分の服の袖で涙を拭ってから努めて冷静を装う。
意を決して顔を上げると予想外に近い錆兎の心配そうな顔が目の前にあり、胸の辺りがまたきゅんと締め付けられる。
「す、すまない…もう平気だ。」
「はぁ…びっくりした。心臓に悪い。」
「悪かった。最近涙腺が緩くて…歳だな。」
「先生まだ若いでしょ。…名前は、二人きりの時だけなら良いですよ。」
「っ、本当か?!」
困ったように笑う藤色の瞳が優しくて、なんだかまた泣きたくなってしまうのをグッと堪える。錆兎は大きく頷くとまた向かいの席に戻ってしまったが、さっきよりも心の距離は近付いた気がして落ち着かない。
「では俺のことも…」
「できません。そこはきっちりと冨岡先生って呼びますからね。」
「…そうか。」
「卒業まであと約五ヶ月?我慢してください。そうしたら…」
「そうしたら?」
「…っ、ほら先生、お肉焼けましたよ。野菜で巻いたらうまいから。」
「ん。」
サンチェという大きめの葉で包んだカルビ肉を差し出され、皿を差し出そうとしたがいつの間にか片付けられていて見当たらない。
(卒業したら俺のことも名前で呼んでくれるのだろうか。昔みたいに。)
はっきりと錆兎の口から聞きたいが、またしつこくして嫌われでもしたらと思うと言い出せなくて、自分の不甲斐なさにまた気分は深く沈む。
「……」
いつの間にか下げられていたらしく取り皿が見当たらないのでご飯茶碗でいいかと差し出すと、それはスルーされたらしく目の前に錆兎の手が来て困惑する。
(…まさか、これは。)
「先生、早く。」
えーい、ままよと口を開けると勢い良くサンチェと肉が突っ込まれ、唇に錆兎の指が触れた気がした。
自分の置かれている状況を察知して一気に頬が熱くなり、下を向いて口の中のものを咀嚼するのが精一杯だ。味なんてはっきり言ってわからなかった。
「すみません、俺ちょっとトイレ。」
ガタッと席をたつ錆兎がすれ違いざまに見えた時、耳まで赤かったのは気のせいだろうか。
暫く錆兎は戻って来ず、やっと現れたときにテーブルの上に置かれた4人分のデザートのアイスを見てひきつった笑みを浮かべていた。
「せ、先生…これどうしたの。」
「すまん。アイスもセットに入っていたらしい。」
「…………はははっ…頂きます。」
***
何とか全てを完食し、会計の時に自分の分は払わせてくれと言う錆兎と揉めたが、誘ったのは俺だしこれはお礼なのだからと言うと大人しくごちそうさまでしたと頭を下げてくれる。
外は既に暗く、家まで車で送りたいと言うとやんわりと断られる。またもやしつこいかと思ったが家が知りたいからと言えば住所を教えられてしまったので正直にもう少し一緒に居たいからと言えば、本日何回目かの困った笑顔で了承してくれるのだった。
車の中では、主に車の話題で盛り上がった。免許の取り方から欲しい車の車種など若者らしい話題も新鮮だったし、錆兎の興味のある物は何でも知りたい。会話は途切れることなく、普段から寡黙だと称される自分には珍しい。それも錆兎のコミュニケーション力のおかげなのだろう。
「先生、今日は色々話せて楽しかったです。家まで送ってくれてありがとうございました。」
「俺の方こそ…楽しかった。」
「また学校で。おやすみなさい。」
「…おやすみ。錆兎。」
別れ際に笑顔で手を振って去っていく錆兎を見て、どんどん膨れ上がっていく恋心が抑えきれなくなっていくのが怖かった。
生徒となんてあり得ない。しかも男だ。でも錆兎は前世の辛い記憶の中で一番会いたかった相手で、特別で…錆兎が居なくなってしまった後もその存在を思い出さなかった日など1日もない。当時の感情は恋愛などと呼べるような甘ったるいものではなかったがまた巡り会うことが叶った今、この想いはどんどん形をなそうとしている。
(というか、もう認めざるを得ないな…。好き、なんだ錆兎。)
こんなに誰かを幸せにしたい、笑顔が見たいと思う相手は錆兎が初めてだ。恋愛経験ゼロな為、上手く自分の気持ちをコントロールできずに醜態を晒してしまったが今後は焦らずじっくりお互いを知っていけばいい。
想いが通じ合わなくてもいい。
側でその笑顔を見る事だけ許して貰えればそれでもう十分だから。
鍵を開けて家の中に入っていく長身の後ろ姿が見えなくなるまで見つめ続け、小さくため息を着く。錆兎に迷惑はかけないようにするから…せめて想う事だけは許して欲しい。
帰りの車内でも思い浮かぶのは錆兎の事ばかりだった。
***
錆兎と改めてラインを交換した。…と言っても個人的な理由で使うことがなかっただけで知ってはいたのだが今後は部活に関係なく好きな時に話ができるのだ。
好きだという気持ちを自覚した今、少しでも会って話がしたかったがまだ教師と生徒。必要以上に接点を持ってはいけないと学校ではなるべく錆兎に会わないようにし、プライベートでの誘いも一切していない。その代わりといってはなんだが一日一回だけ、錆兎にラインを送る事を了承してもらえたのが今日の収穫だ。
「おい冨岡、何か良いことでもあったのか。」
「いや。なにもない。」
「え。お前めっちゃ一人笑いが怖ぇんだけど。…ムフフってどんな笑いかただよ。」
隣の席に座っているのは同僚の宇髄だ。そんなに変か。いつもマイペースで仕事をしてるのかしてないのかわからない奴だが今日は何やら忙しそうにキーボードと向かい合っている。
明日は中高合同の文化祭だからだろう。前夜祭などと今から浮かれているクラスもあって職員室もいつもよりも和やかな雰囲気だった。
俺はクラス担任を受け持っていないので剣道部の出し物の方を少し手伝うくらいで当日は特に予定もない。どちらかというと今日の方が本校舎の見回りと施錠係りの担当なので忙しいくらいだ。
いつもよりも人が残っているであろう本校舎へは早めに声をかけて回らねばならないだろう。ちょうど仕上げてしまいたかった書類がいくつかあったので見回りの時間まで職員室で時間を潰し、十九時を過ぎた辺りで校舎を巡回する。
各教室施錠が済んでいる所がほとんどで、明かりが付いている教室のみ、早く帰れと急かすが明日の準備が終わらないと泣きつかれれば仕方がないので手伝っているとあっという間に時間は過ぎてしまう。
「…やっぱり残っていたな。錆兎だけか?」
「はい。すみません、今片付けも終わったので帰るところです。冨岡先生が見回りだって義父さんから聞いてたから少しくらいなら遅くなっても平気かなって甘えちゃいました。」
「そうか…明日が本番なんだろう?すごいな、このセット…こんなに大がかりな物を作り出すのは大変だっただろうな。」
「うちのクラスは美術部員達が二人もいますからね。あとは演劇部と放送部と…明日が楽しみです。先生も是非うちのクラスの劇を見にきてくださいね!」
「もちろんだ。錆兎は出ないのか?」
「俺は出ませんよ。大道具なので裏方を少しだけ。」
勿体ない。錆兎目当てにたくさんの生徒が集まるだろうにと思ったが、それはそれで女子から絶大な人気を誇る錆兎が人目に晒されるのは複雑なのでほっとする。
「錆兎は、恋人はいるのか。」
「突然なんですか?先生、俺の高校生活がずっと部活一色だったの知ってるでしょ。」
「それは…でももう引退しただろう。答えたくないなら別に…」
「居ませんよ。好きな人はいますけど。」
「……」
目の前に置かれた厚めのベニヤ板には森の景色が描かれていた。奥行きから深い森へ続くのだろうと想像される見事なこの絵が高校生の画力で作られたものなのだから驚きだ。他にも色々な仕掛けがしてあるらしく、教室のあちこちに散らばった小道具の数々に興味が湧く。明日は一番にここにこよう。
「これは…穴が空いているがいいのか?」
森の風景が描かれた板の地面からおよそ2,30センチの所に大きめの円がくり貫かれているのが目に留まった。
「あっ、それ。すっかり忘れてた…!最後にその抜け道?通り穴に人が通れるかどうかの確認だけしても良いですか?」
「あぁ。ずいぶん狭いな…錆兎には無理じゃないのか?」
「実際に通るのは小さな女子なんですけど、他の人から見えなくするためにギリギリ小さく作ってしまって…無理ですかね、やっぱり。」
「俺でも良ければやってみるか?」
「良いんですか?強度とか位置とかも実は試してみたかったんで是非お願いします!」
「よし、わかった。」
俺は大柄な成人男性だが、錆兎に比べれば少しは肩幅も上背も劣るので平気だろう。念のため着ていたジャージの上着も脱いでTシャツ1枚になり、その穴の前で屈み込む。
「…どう?行けそうです、か…」
「意外と見た目よりも小さいかもな。どれ。」
一応体育教師なので体は柔らかい方だ。一番の難関だと思われる肩幅は腕を伸ばして頭部と一緒にくぐり抜け、あとは余裕だと思っていた矢先。予想外の所で引っ掛かる。
「む?」
「へ。あれ?先生…?」
ぐいぐいと通り抜けようと力を込めるが胸の辺りで引っ掛かる。一瞬戻ろうか迷ったが、息を思い切り吐いて肺を萎め何とかクリアしたと安堵したら今度は腰骨が引っ掛かかってこっちは完全にアウトの予感だ。
「………さ、びと。抜け、ない…あっ!」
軽いパニック状態に陥っていると振動でベニヤ板が揺れ、ガタガタという音と共に隣接していた他の小道具が倒れて頭部に鈍い衝撃が走る。
「…っ、義勇!」
「…!!」
板のこちら側、すぐ側に錆兎の慌てた声が聞こえ、目の前に心配そうな顔がみえる。
跪いて俺の頭に落ちてきた枝や果物の小道具を拾い、ズキズキと痛む頭を擦ってくれる。
「っ、ごめん!大丈夫か?どこか痛む所は…」
「平気だ。それより錆兎、いま俺の名前!」
ハッとして頭の手を引っ込めてしまうのを咄嗟に掴んで引き留める。このチャンスを逃したくない。
「錆兎っ、お前もやはり前世の記憶があるんだろう?!なぜ今まで黙ってたんだ。俺はずっとお前に会いたかった…!」
「…」
「何故何も言ってくれない?もう俺とは関わりたくない?頼むから、また俺と…友達になってくれないか。」
長い沈黙が流れ、その間も時間はどんどん過ぎていく。下半身は膝を付き、穴の所で体重を支えてもらっているとはいえ片手一本で上半身を支えるのは辛かった。仕方がなく錆兎の手を離すと、それを合図とばかりに寡黙だった錆兎がぽつりぽつりと話し始める。
「最初はただの夢だと思っていた。小さい頃から度々見てきた朧気な、前世の記憶。そういえば聞こえはいいけど実際はすごく悲しくて痛くて怖くて…何度も魘されては目が覚めるんだ。だからなるべくその事は考えないようにして生きてきた。義勇に会うまでは。」
「錆兎…」
「義勇に初めて会った時、眠ってもいないのに頭の中にはっきりと夢の中の出来事が映し出されて、確信した。動揺したけど、義勇の俺を見る目があまりにも必死だったから…思い出せて良かったと思ってる。」
「錆兎…錆兎、ごめん。俺…あの時…。」
「ストップだ義勇。お前は何も悪くない。前世の記憶があったからお前とまたこうして会えた。ただそれだけだ。これから先は新しい関係が始まるんだからもう過去の事は忘れてくれ。俺が気になってるのはひとつだけだ。」
ふっと錆兎の眉が潜められて悲しそうに弧を描く。
「…なぁ義勇。どうして俺達こんなに歳が離れてるんだろうな。俺の方が早く死んだのだから先に生まれ変わっても良いはずだろう?なのになんでだって…同い年に生まれたかったよ。俺も、ずっと義勇に会いたかった。」
ずっと聞きたかった言葉を与えられ、置かれている状況も忘れて胸の奥がじわりと潤む。
泣きそうになる俺を錆兎はじっと見つめて微笑むと、話はまた今度だと立ち上がって壁の向こうにある下半身の方へと行ってしまった。
「積もる話しはたくさんあるがとりあえずここから抜け出そうか、義勇。すまないがもうこれを一から作り直す時間はない。義勇か板のどちらかにすり減ってもらうしかないな。ヤスリで穴の周囲を削ってもいいか?」
「あぁ。頼む…すまない、こんなとこで抜け出せないとは不覚だ…」
「あ、いや。頼んだのは俺の方だし…こんな格好にさせて悪い。」
すっかり昔の…慣れ親しんだ口調が懐かしくて心地よい。義勇と名前を呼ばれるだけで嬉しくて笑みが浮かんでしまうのだ。
「よりによってなぜ後ろに回るんだ、錆兎!こちらからではダメなのか?」
「すまん、そっちは影になってて見えにくい」
行くぞ、と声がかかり腰に錆兎の体温を感じる。足にも体のどこかが接触してるのだろう。久々に触れた錆兎にこんなときだというのにドキドキして落ち着かない。
脇腹の辺りをヤスリを持った手が掠め、その手を動かされるとくすぐったさに身を捩って変な声が出てしまうのを抑えられない。
「や、め…ふは、錆兎、そこ、だめ…」
「あっこら、変な声を出すなよ、義勇。あと動くなって…壊れるだろ。」
「ひゃ、だって…あは、くすぐったいんだよ、ん、いや…」
「おい。それはわざとか。」
「へ…?」
くすくすと脇腹の辺りをヤスリで擦る度に腹筋が揺れ、身動ぎしたせいでTシャツの裾が捲れているのか腹回りがスースーする。
笑いを堪えたくても脇腹を擽られるのに慣れていない体は勝手に反応してしまい、錆兎に尻をぺちんと叩かれた。
「っあ!や、錆兎…?」
「全く、お前はどうしていつもそうやって俺を煽るんだ。せっかくいい生徒でいようと決心したのに…!」
「あおる…?」
「ああ。透けた乳首を見た時も、焼肉屋で泣かれた時も、帰り道でもっと一緒にいたいと言われた時も俺がどれだけ自分の気持ちを抑え込んだかお前はちゃんとわかっているのか…?」
「え。」
知らなかった。…というか、今もわからないのが本音だ。その言い方だとまるで期待しても良いのかと思ってしまうではないか。
「俺だって、ずっと会いたかったと言っただろう。好きなんだよ、義勇。」
「さ、錆兎!」
剥き出しの腰の少し上に何かが当たる。その感触が唇のような気がして喜びにそこから痺れるような快感がじんわりと拡がっていく。顔が見たい。抱き締めたい。俺も錆兎が好きだと全身で応えてそれから、それから…!
溢れ出す気持ちを自覚したばかりでうまく感情がセーブできない。
「…義勇、こんな時にごめん。少しだけ触ってもいいか?お前の姿があまりにも…その、可愛くて我慢の限界だ。」
「え…それは…俺も錆兎を感じたい、でも」
「でも?」
「えっと…下半身が見えなくてもどかしい…錆兎になら何をされても構わないが…心許ない…」
「ふっ、そうだな…気持ちはわかるがこの姿は無防備でとても…その、えろくてだな、義勇。」
許せと短い謝罪のあと、一瞬体温が離れ教室の扉が内側から施錠される音が聞こえた。再び戻ってきた錆兎によって容赦なく下半身のズボンが下着と共に膝の辺りまでずり下ろされる。
外気に晒された素肌が冷たくて肌に緊張が走る。
見えないことがこんなに不安だとは思わなかった。尻を撫で回す掌を感じ、羞恥に足をもじもじと動かしてみるが錆兎の足に阻まれているらしく動きも制限されているようだ。
「あっ、…え。何…?さ、びと、何を…」
聞こえてくるのは荒い息遣いと衣擦れの音。まさかこのままここで最後まで…?!お互いの気持ちは確認し合った、好きな者同士セックスするのは自然な流れだが初めてなのに顔が見れないのは寂しい…。たった壁一枚の隔たりがこんなにも錆兎との距離を感じさせるとは思わなかった。
「触るぞ。服とかセットとか汚しちゃうからイク時は言ってくれ。」
「や、やめ…うあっ、あっ、いゃ、…」
「義勇の…ココすげぇ小さいかも…。えろい。」
「ど、どこを見て…!う…っ、あ!」
腰骨を固定され、両足をぴたりとくっつけた状態で股の間に何か熱くて固いものが押し付けられる。それが錆兎の性器だと脳が理解した途端、ぐぐっと裏スジを擦られて突然与えられた性感に全身の肌が粟立った。
「あっ、さびと…!ん、あん、ひゃっ…」
「ぎゆう、ぎゆ、う…はぁ…。」
とろりと先端から熱いものが漏れる感覚に泣きそうになる。こんな快楽は知らない。思えば誰かとこんな風に肌を合わせるなんて初めてだ。
壁が、錆兎の腰の動きに合わせてガタガタと揺れる。壊さぬようにしなければと思うがもう自分の意思で動かせる所なんてどこにもない。
「あつい…さびとの、かたくてきもちい…っ、あ、ちくび、も、こすれて…ここ、やだ…」
「乳首?あぁ…腰を引き寄せすぎたな、ごめん。でも、気持ちいいだろ?義勇もこんなにここ濡らしてるじゃないか。」
「っああっ!!や、さわら、な、で…」
大事な所をきゅっと握られ、腰が跳ねる。鋭い快感は自分で慰めた時の比ではない。ビリビリと脳まで刺激する鋭さに腰が蕩けてしまいそうだ。
いつの間にかスムーズに繰り返される挿送に錆兎からも先走りの体液が出ている事を知ってしまう。自分の体で興奮して貰える喜びに恥ずかしさも我慢できると己の心に言い聞かせ、与えられる快楽に身を投じた。
「ん、あっ、いっ、イク…さびとっ、いっちゃ…」
「ん。俺も…一緒にイこうな、義勇。」
一層激しくなった腰遣いに、肌と肌がぶつかる音が重なり性器をしごかれながらあっけなく錆兎の掌の中で達した。
はぁはぁと整わない息を目をつぶって落ち着かせ、ぐったりと重力に身を任せていると腰を引かれ、少しずつ後ろに引っ張られる。肩のところでやはりつかえたが、手を頭の上に延ばしてと言われその通りにしてみるとあんなに苦労しても通れなかった所がするりと潜れて驚いてしまう。
「…あれ?通れた…錆兎。ありがとう。」
ほっとしたのと、大好きな錆兎の顔が見れた嬉しさで笑顔が自然とこぼれ落ちる。
くしゃりと頭を撫でられて錆兎の顔が近付いてきて目を丸くする。まさかキスか?!とドキドキしていると、額にちゅっと柔らかい唇の感触がして触れられた箇所がじんじん熱を持っているようだ。
「そんな顔するな。さすがにこれ以上は無理だ…我慢できそうにない。続きはまた今度。」
「さ、錆兎!今日はうちに泊まっていかないか?!夕飯!作る、から…!!」
我ながら必死だった。部屋はたいして掃除もしていないし、冷蔵庫はほぼ空っぽ。コンビニ弁当が常の自分に料理の腕前なんて皆無だったがどうしても錆兎と離れがたいのだ。あとになって自分の立場を思い出して後悔するかもしれないが、もっとずっと錆兎を独り占めしたい。
「義勇…教師が生徒を家に連れ込んで大丈夫なのか?」
「う。それを言われると…」
「まぁお互いが気を付けていれば平気かな。俺は義勇ともっと先まで進みたいけどいきなりだよな。今日はここまでで満足するとしよう。」
「…俺は満足できていない。もっとしたい、錆兎をもっと深いところで感じたい…抱いて、くれ…!!」
恥も外聞もなく頭を下げ、抱いてくれと懇願する俺をどう思われただろう。もし顔を上げてそこに錆兎の困った顔があったら立ち直れない。ドキドキとうるさい心臓の音が邪魔で錆兎がなにかを言っているが良く聞こえず、そのまま動けないでいると力強い腕に引き寄せられ、温かい懐に顔を埋める。
汗と制汗剤の混ざった匂いにくらくらとめまいがする。
「俺でいいのか?もう離せなくなるぞ、義勇。」
「うん。…錆兎がいい。ずっと…好きだったんだ。錆兎…」
「可愛いな。お前がこんなに可愛いなんて他の誰にも知られたくない。」
立てるか?と背中を支えられるが腰が抜けて上手く立てずにふらついてしまう。
肩を抱かれ、もたれ掛かるようにして寄り添いながら何とか教室を後にしたのだった。
***
どきどきどきどき…今日は心臓に負担をかけすぎている。このままでは憤死しないだろうかと心配になるくらい脈が早いしきっと顔も赤く体温は上昇しているに違いない。
あの後、言葉少なに錆兎を自分の車に乗せて帰宅した。何か会話をしようと思うが頭のなかは混乱を極めていて、終始無言。今夜の成り行きが信じられないのだ。
(俺の部屋に錆兎がいる…これは夢か。)
途中のコンビニで軽く買い物をし、帰宅した途端に玄関先で肩を掴まれた。壁に押し付けられ唇を重ねながら上着を脱がされたところで、足に力が入らずにずるずると壁づたいに崩れ落ちていく。
このまま流されてしまいたかったがここは玄関だ。力を振り絞って風呂に行きたいと訴えれば喉の奥から唸り声のような音を発して拘束の手を緩めてもらえたのでほっとした。
手早く一日の汗を流して、髪を洗う。待たせている間に帰ってしまわないかとそればかりが心配だった。
まだ濡れ鼠の状態で出てきた俺と交代で今度は錆兎が風呂場へ向かう。シャワーの流れる音を聞きながら手持ち無沙汰に錆兎の制服をハンガーにかけてみたり、買ってきた下着や歯ブラシなどを脱衣所に用意したり。着替えとして俺のスェットを貸そうか迷って、一番お気に入りのやつを出しておいた。
「義勇?」
「うわっ!す、すまないっ!」
ガチャッと浴室の扉が開く音に硬直する。振り返ったらそこには全裸の錆兎と鉢合わせてしまうのだろう、暖かい湯気が流れてくるのを肌で感じる。見たい…意識すればするほどその裸を想像して恥ずかしくなってしまう。慌てて錆兎とは正反対のほう、つまり脱衣所から出るドアへと手を伸ばし何とかそこから脱出する。
「…シャワー借りた。色々用意してくれてありがとう義勇。」
寝室へ入ってきた錆兎は珍しそうに俺の部屋を見回した後、何もないなと笑ってベッドに座っていた俺の隣に腰かけた。ふわりと香るシャンプーの匂いが同じで更には俺の服を着ている。それだけで何だか同棲でもしているかのような錯覚に陥ってしまい、幸せに顔が緩んだ。
一呼吸置いたことでお互い少しは冷静さを取り戻し、気恥ずかしさを感じながら見つめ合う。触れて欲しいという脳内を見透かされたかのようなタイミングで太股に手が置かれ、するりと内股を撫でられビクッと反応してしまう。
「…っ、さびと…」
顔を上げると少し緊張した面持ちでじっと見つめられ、太股を撫でていた手が肩にかかる。近付いてくる端正な顔、キスの予感に思わずぎゅっと目を閉じその瞬間が来るのを今か今かと待ちわびる。
「…………?」
しかし、いつまでたっても唇は愛しい人の体温を感じられず、そうっと目を開けると苦虫を噛み潰したような表情の錆兎に既視感を覚えてギクッとする。
「おーまーえー。髪びしょびしょじゃないかっ!」
「えっ?えっ?そんなこと…」
「今十一月だぞっ?夜は冷えるしちゃんと乾かさないと風邪引くだろ。只でさえ長いんだから…っ、肩のとこ服も濡れてるじゃないか。」
「う。…ごめん。」
本日二度目となるお預けをくらった錆兎だったが、洗面所からドライヤーを持ってきて俺の髪を丁寧に乾かしてくれるあたりやはり俺の恋人は優しかった。
ベッドに腰かけて床に座る俺を両足の間に挟みこんで、熱くないかとしきりに心配しながら優しい手付きで髪を乾かしてくれ、あまりの気持ちよさに目を閉じるとくすりと笑われてしまう。
「義勇、もしかして眠いのか?」
「眠くない…錆兎と、するまでは寝ない。」
「お。いい心がけだな。楽しみにしてるよ、先生。」
「あっ、それを言うなと…。」
「ははっ、冗談だって。はい、出来上がり。」
「ありがとう錆兎。」
「…もう、待てないぞ?」
「うん。それは俺も同じだ。」
言うなり両脇に手を差し入れられて錆兎の膝の上に座らされ、背後から抱きすくめられてしまう。うなじに錆兎の息がかかり、髪を掻き分けてそこに唇を落とされると甘い痺れが背中を駆け上がる。
「んっ…錆兎、好き。」
じゅっときつくそこを吸われ、微かな痛みを感じたので噛まれたのかもしれないが、痺れるような痛みももはや快感だった。
同時にTシャツの中に侵入してきた掌が胸をまさぐり、女性のような柔らかな膨らみなど持たない所を揉みしだく。
「んふっ、く、すぐった…あっ、こら…や、っ、あんっ…」
「義勇、意外と胸あるな…柔らかいし感度もいい。」
「えっ?!な、何を言って…」
「ここはどうだ?」
「んんっ」
きゅっと胸の先端を摘ままれると変な声が出そうになって慌てて両手で口を塞ぐ。
突然与えられた刺激は股間に直結しているようで、ぐにぐにとそこを捏ねられる度に熱い吐息が溢れて下半身が疼いてしまう。
「まっ…て、さびと、そこずっと…触られるのは…恥ずかしい…」
「待てない。恥ずかしがるお前も可愛いから止めるのは無理だが…まだ始まったばかりだぞ。大丈夫なのか?全部…俺のものにして良いんだよな。」
そう言われてしまうと、この先を想像してしまってますます羞恥に拍車がかかる。耳の近くで囁かれた低音も色っぽく、一瞬でふにゃりと全身から力が抜けて全身で錆兎にもたれ掛かる。
「ふっ、仕方がないな…、ココすごく尖って可愛らしくなったけどまた次にするか。」
「あっ…あつい…服…ぬぐ、錆兎も…」
「わかった。」
ベッドにそっと横たえさせられ、ボーッとしながら目の前で服を脱ぎはじめた錆兎を視線で追う。
パサリと服をベッドの下に放り、逞しい褐色の肌が露になるとずくりと下半身が重苦しくなった。
(うわ…錆兎、格好いい…すごいいい身体してる…!腹筋もあんなに割れてて…本当に高校生なのか?!)
続いて下着と一緒にズボンも脱ぎ捨てる。既に勃ちあがって上を向いている陰茎から目が離せない。
体格に見合った、規格外のソレ。男として誇らしいとうっとりとしていた俺はその時はまだその大きさに泣かされる事になるとは思ってもみなかったのだ。
(手足も長くて惚れ惚れするのにアレまで大きいなんて、どれだけ…)
「義勇、」
「……え。」
「すまない、それ全部聞こえている。声に出てるが大丈夫か?」
「ええっ?!だ、だいじょうぶではない。わ、忘れてくれ…」
無理いうなと笑われ、今度は俺のTシャツを脱がすべく裾を持ち上げられる。錆兎が脱いでいる間に自分も脱いでしまうべきだったのについ見とれてしまっていて、これでは脱がせてもらうのを期待していたみたいではないか。慌てて自分で脱ごうと身体を起こし、手伝ってもらいながらも全裸になる。
「義勇の裸も綺麗だよ。傷一つ無い…安心した。」
愛おしそうに目を細められ、ぎゅぅぅと胸が締め付けられる。傷が無い所などなかった前世に比べて、今は何て平和なのだろう。
早く錆兎を全身で感じたくて、両手を伸ばすと待ち望んでいた抱擁が与えられ、肌の温もりが嬉しくて不意にまた泣きたくなる。
「錆兎…好きだ。愛してる…」
「俺も。愛してるよ義勇。」
引き寄せられるように重なった唇に思いの丈を込めて求め合う。誰かと肌を重ねるのが初めてなら口づけだって錆兎とが初めてだ。
一人が寂しいとは思わなかったが、錆兎という宝物を見つけてしまった今はもう少しも離れたくない。肌の隙間があるのも嫌で両手両足でもって錆兎の身体にしがみつく。
触れ合った股間が擦れて気持ちいい。
「あんまり力を込められると動けないんだが…義勇、すまない。」
「あっ?え!やだ、さび、と…行かないで…」
「うん?ちょっと力を緩めてくれるだけでいい…くち、もう少し開けれるか?」
「う、うん…」
口を開ける?どういうことだと疑問に思いながらも言われた通りにしてみると、開いた唇の間から錆兎の舌が口内に入ってきて驚きのあまりに危うく噛んでしまいそうになる。
「んぅ…」
どうしたら良いのかわからず硬直する俺に、錆兎のそれはお構いなしに絡んでくる。歯列をなぞられ上顎を擽られるとどんどん全身が熱くなり、息が上がってくる。自分だけ興奮している状況が恥ずかしいが、目を閉じていて錆兎がどんな顔をしているのかわからない。
息苦しさにぷはっと息つぎをしたらくすりと笑われ、酸欠状態でぼーっとしていると大きな掌が股間のモノを二つ纏めて扱きだした。
「んあっ、や、んぅ…!」
脳天まで突き抜けるような鋭い快感が脊髄を伝って走り抜け、じわりと先端から熱い体液が溢れるのを止められない。
「さ、さびと…っ、ん、ふぅ、」
ゆるゆると竿同士を擦り付けるかのようなぬるい愛撫だったが、慣れない刺激に勝手に腰が揺れてしまう。息が出来なくて唇を離そうとすると頭を固定され、尚も深く求めてくる舌に翻弄される。与えられる唾液すら甘いと脳が認識しだしこくりと喉を鳴らして飲み込めば、もっとほしくなってしまいまるで媚薬のようだと怖くなる。
「ん、かわいいな…義勇。そろそろこっちも、触っていいか?」
「あっ、もっと…きす、したいよ、さびと…」
「ふふっ、わかった。…義勇はキスが好きなんだな。俺もだ。」
しかし唇が降りてきたのは額で、身体を離されてしまいどこへ行ってしまうのかと目で追えばコンビニの袋のなかから何やら四角い小箱を取り出していた。ごそごそと何かを…コンドームとローション買ってたのか、錆兎。
手早く薄い膜を陰茎に装着し、掌に粘度の高い液体を垂らしている。教室での行為からソレがどこに使われるのかは理解していたので驚きはない。予想どうり後孔に延びてきた指に周囲をなぞるように確かめられ、ぐにゅっと指が挿入される。
「あぁ…ん…、」
「どう?辛くないか。」
「うん…だいじょぶ…錆兎の、すきにして…」
「…っ、またお前はそういうことを…!痛かったらすぐ、言ってくれ。」
痛みはない。固くて長い錆兎の指が直腸の襞を掻き分けて奥を暴こうと慎重に探っているのが伝わってくる。
力を抜いて錆兎の指を受け入れる。違和感はかなりあるが、いつの間にか余裕が消えている錆兎の必死な顔をもっと眺めていたいし、この先もっと違う表情が見れるのならば何をされても我慢しようと心に決める。
「ふぅ…くっ、あ…っ、」
「ぎゆう…」
入り口が痛みを一心に訴え、指が増やされたのだと直感する。圧迫感がかなり増し、シーツを握りしめる指に力がこもる。
錆兎も額に汗をかき、眉間の皺が濃くなった。
「さびと…っ、」
返事の変わりにキスが与えられ、体内の異物を誤魔化すように夢中で舌を絡めあった。
荒い息のなか、それでも唇が恋しくてくらりと酸欠した頭が意識を手放しそうになる。
悪戯なもう片方の手は胸の飾りを撫で回し、体のあちこちで与えられる刺激に神経が焼ききれそうだった。
「義勇、本当に、俺でいいんだな…、貰うぞ。」
「うん…っ、うれ、しいよ…さびと…」
「一生…大事にするっ…!」
「…っわ、、あっ、うあっ!!…んっ!ああ!」
あまりの衝撃に何が起きたのかわからなかった。下半身が熱い。痛い。焼けつくようなぴりりとした緊張感のある痛みがこわくて逃げたいのに身体がちっとも動かない。
自分が何をされているのかわからない。
錆兎の顔が見たくて、でもぼやけた視界では見えなくて…そのシルエットにしがみつく。頭を抱え込まれて頬を暖かくて湿った何かが触れてくる。頬擦りされながら涙を舐めてもらい、初めて自分が泣いているのだと認識した。
「な、泣くな…ぎゆう、そんなにいたいか…」
「ふぇ、あっ、おなか…くるしい…あっ、あっ、」
「抜くから、ちょっとまってくれるか」
「や、だ…っ!ごめ、だい、じょ、ぶだから…っ、」
「でも」
「やだ…、さびと、もっと…!」
身体を裂かれるかのような痛みは想像を遥かに越えていた。先程までの甘ったるいぬるま湯に浸かるような痛みとも快感ともつかない刺激とはけた外れの鋭い痛みは後孔からひきつれるようにじんじんと響き、錆兎の性器をぎゅうぎゅうと締め上げる。
「ご、ごめ…さびと、いたいよね、おれ、うまくできなくて…」
ごめんと続けるつもりだった口は大きな掌で塞がれる。こんなにキツく締めては錆兎だって快感を得るどころか痛いだろうし、何よりもこんなにみっともなく泣きじゃくる自分を見ては興が冷めるだろうと思うと悲しくなる。
早く何とかしなければと思うがどうしたら良いのかわからなくて焦ると、口を覆っていた錆兎の手が外され両手で顔を包み込まれる。
「ぎーゆう、そんなに泣いたら目が溶けるぞ。あとその顔は色気がやばいから…ごめんな、俺のコレ、ちっとも言うこと聞きやしない。もっと小さければ義勇をこんなに泣かせずに済んだな…」
「…ぅ、やだ…ちが、さびと、は、わるくない…」
「義勇を泣かせた。」
「ないて、な…」
「ふっ、可愛いな…義勇が一番かわいい。泣いてる顔もすごく綺麗だ。」
慈しみ溢れる瞳にじっと見詰められ、粘膜がきゅんと蠢いた。落ち着いた菫の瞳に映る自分がとても淫らで、これのどこが綺麗だと疑いたくなるほどぐちゃぐちゃな顔をしている。
涙が溢れる度に口が吸いとってくれ、目蓋や鼻先、唇をあやすように啄められる。髪を撫でる手は優しくてだんだん身体の力が抜けて呼吸も深く吸い込めるようになってくる。
「…落ち着いたか?」
「うん…錆兎の、が…身体のなかでどくどくしてる…」
「ふふっ、まだ実は半分も入ってない…」
「えっ…」
こんなに苦しいのに?!驚いて硬直する俺にまた苦笑いしてキスをくれる。
いつの間にか錆兎の方がびっしょりと全身に汗をかいていた。
滴る汗が顎に落ちて、その刺激にびくっとする。男だから、今どれほど錆兎が我慢してくれているのかわかる。もう傷ついても良いから全部挿入してもらいたいのに、どこまでも優しい恋人はゆっくりコトを勧めてくれるのがもどかしくて申し訳ない。
「あの、…いいぞ…?錆兎、全部…いれて?」
「うん…ぎゆう、痛いのはどこだ?」
「…入り口?なんかぴりぴりする…」
「そうか、切れたらだめだから、慎重にする。…他は?」
「…おなか、くるしい…内臓が出てきそうでこわい…」
「わかった…吐きそうになったら言ってくれ。あとは…?」
「さびとの顔が…見たい、のに見ると胸がドキドキしてナカが勝手に…あっ、」
ぐんっと体内の質量が重くなって触れる角度が変わり、壁に当たる刺激が強くなる。はぁはぁと息を吐いて圧迫感をやり過ごそうとするとぽたりぽたりとまた汗が首筋に落ちてきた。
「うっ…、きつ…、でも義勇がドキドキしてくれると気持ちいい、から…ずっと俺から目を反らさないで…?できるか、義勇…」
「っ、うん…!さびと、きもちよく、したい…」
よしよし、イイコだと耳にキスをされ、どちらが年上だかわからない。緩く陰茎をしごかれて忘れかけていた快感がじわりと再燃してくると次第に入り口が綻んでくるようだ。
その好機を感じたのか、錆兎の性器がずるずると狭い道を押し分けてくる。
生々しい感触に目を閉じればこらと顔を覗き込まれ、情欲を堪えた男っぽい表情に胸をときめかせる。
「ふ、っ、…くっ、」
眉間に寄せた皺がかっこいい。切れ長の瞳も、汗がこめかみを伝う艶かしさも、ごくりと喉を鳴らして溢れる欲に耐える姿も全て好きだ。
「あ、…、ん、ふかい…うぅ…」
「ん、全部入った。もう…イきそうだ、…すっげ…ナカ、うねって…やばいな…」
「あっ、そんな、とこ、…あっ、あっ、」
ぐちゅぐちゅと前を刺激されて後の感覚が鈍ってくる。痛みが快感にすり替えられ、圧迫感が薄れてくると今度は射精感が高まってくる。
「あ…あん、あっ、ひゃ、だ、め…」
「すげーいい。ぎゆう…おれ、もう…」
「うんっ、おれも、イクっ、でちゃう…!さびと、」
「ぎゆ…っ、くっ…」
パンパンっと肌が激しく尻に当たり、性器をしごく手が早くなる。力を抜いて、与えられる快感に集中しようとした瞬間、体内でひどく感じる所を固い肉棒でつつかれ、あまりの衝撃に息がつまる。
「ああっ…!なに、…う、ぁ、っ!!」
「…っ、ぎゆう…?」
「あっ、そこ、やだっ!!さびと、そこは、だめ…っ!」
脳天まで突き抜ける快感が鋭すぎて頭が焼ききれそうだった。錆兎の固い性器がある1点をつつくと腰が抜けるほどの刺激が全身を一瞬でだめにする。続けてそこを狙われたらどうなってしまうかこわくて逃げをうつが、腰を掴んだ腕がそれを許してくれずに何度もそこばかりを狙われ、閉じれなくなった口から唾液と嬌声が抑えられない。みっともなく喘ぎながら、だめと、イイを繰り返し、痺れる腰を揺すってみる。
「いい、やだ、きもちいい…!さびと、もう、だめっ、イク、イくっ…」
「っ、いいよ、イって…」
痛いくらいに性器を擦られ、先端の孔に指を立てられながら迸る精液に頭のネジが吹っ切れた。我慢できずに絶頂を迎えると、抱き締めた錆兎の身体が小さく震えて同時に達したのだと嬉しくなる。
弛緩していく身体から重みを受け取り、キャパシティを越えてピクリとも動かないからだと思考を放棄し、揺れる意識を手放した。
このままずっと錆兎を全身で感じていたい…。
幸せの余韻に浸りながらゆっくりと意識の底に沈んで行く。
***
ヴーヴーと耳元で振動音が響いている。
聞きなれない音に反応できずに片目を開けると、視界の端から褐色の腕が現れてその音源をさらっていった。再度訪れた快適な眠りの世界に戻ろうと、開いた目蓋を閉じかけ、ふと違和感を感じて不思議に思う。
(…ここはどこだ、俺の…部屋か?)
見慣れた自分の部屋にいつもと違う光景が広がっている。壁にかけられた学生服、テーブルの上には2人分のグラスや散乱している衣服、背後から抱きすくめられている為、背中側に人肌の温もりを感じたその瞬間。はっきりと微睡みの中から覚醒した。
ハッとして後ろを振り向くと、そこには愛しい想い人が眠そうな眼差しを向けてくる。いつもの勝ち気さや鋭さは微塵もなく、こんな気の緩んだ顔を見ることを許してもらえた喜びに胸が震えた。
「んん…、おはよ、義勇。起きれるか?今日は文化祭だな…学校、行かないと。」
「お、おはよう錆兎!大丈夫、これくらいなら日常茶飯事だ。」
「…そうか?」
昨夜の寝不足を心配されているのかと思っての返事だったが、遅刻しないようにと身体を起こしたとたん、ずきりと走った痛みにすぐさまベッドに突っ伏してしまう。なんなんだこの鈍い痛みは。体のあちこちが悲鳴をあげているようだ。
「義勇?本当に大丈夫なのか?」
「だい、じょう、ぶだ…」
「嘘つくなよ。」
「ほんとうだ…これくらい、前世での痛みに比べたらなんてことはない…。」
「こらこら。それとこれとは話が別だろ。」
体は痛い。主に腰骨と尾骨、そしてあらぬところがひきつるように痛みを訴え起き上がることを阻んでいる。しかし今日は大事な文化祭当日。いつまでもこうしてはいられないと再度起き上がろうとして…伸びてきた腕に捕まり腰の辺りに抱きつかれて体の痛みよりも心臓の高鳴りの方が衝撃が強い。
「…っ、さびと、あの、腕を離し…」
「まだいいだろう…?義勇。初めて一緒に迎えた朝だ。もう少しここに居てくれ…」
「錆兎…。」
背中にこつんと額が押し付けられてまだ眠そうな声が聞こえてくる。
その声の主に、朝日の中できらきらと輝く宍色の髪に負けないほど眩しい笑顔を向けられ、ストンと心臓をハートの矢で射ぬかれる。
好奇心が抑えられなくなり、ふわふわの髪に触ってみると、気持ち良さそうに目を細めて微笑まれて、初めて錆兎が年相応の少年に見えた。
(かわいい…。)
「朝食を作ろうって…思ったんだけど…」
「うー…。そういえば昨日は何も食べてないもんな…。じゃあ、義勇からキスして。そしたら…我慢する。」
「…っ、うん…っ!」
腹は減った。でも本音を言えば空腹を訴えてくる腹よりも、珍しく甘える年下の恋人を優先したいという気持ちの方が大きかった。
蕩けるような甘さを含んだ瞳に見詰められながら頬に手を添え、顔を近づける。
触れるだけの口づけを交わすと、夕べ散々求めあったキスが思い出されて切なくなる。
たっぷりと十秒間は唇を触れあわせ、名残惜しさを隠しもせずにゆっくりと離れる。
可愛い年下の恋人は言うことを聞いてあげた筈なのになぜかむすっとしているのは気のせいか?
「…ぜんっぜん足りないし、むしろもっと欲しくなる…が、あまり無理をさせてもだめだな。くっそ、今日はこれで我慢する…ありがとう義勇。」
「俺も足りない…錆兎ともっとくっついていたい…」
「またそんな可愛いことをいう。…卒業するまではそんなに頻繁には会えないよ、せんせ。」
わざと先生なんて言い方をしてそれとなく距離を置こうとしているが、言っている錆兎の方が寂しそうだ。でも本来は立場上、俺が言わなければならない台詞を代弁してくれる辺り、やっぱり錆兎はかっこいいし、精神年齢は俺と同い年かそれ以上で、その正しさに改めて惚れ直してしまう。
「錆兎はモテるから心配だ…ラインならしてもいいか?」
「はぁ?俺が?!義勇の方がモテてるぞ。知らないのか?俺のクラスにはトミセンファンクラブってのがあるくらいだ。」
「…初耳だ。」
「ぷっ、他のクラスにもあるみたいだから気を付けろよ。ラインはいつでも待ってるし、俺もする。」
「何をどうやって気を付けろと…。でも良かった。俺はもう錆兎のものだ。返品はできないし、俺は一途だからな。一生側に居ると思ってくれ。」
「それは願ったり叶ったりだ。俺も一途だからな、義勇。なんせ前世からずっとお前しか見ていない。お前に伝えたかったことやしてやりたかったこと、これから少しずつ叶えていくから覚悟してくれ。」
「錆兎…うれしい。」
くすくすと笑いながら起き上がるとまた腕を引かれ、ベッドに逆戻りだ。もう何度も繰り返しているやり取りをまた繰り返し…やっぱりそれでも離れがたい。
結局時間ぎりぎりまでベットでいちゃいちゃしてしまい、家を出たのはかなり遅くなってしまった。朝食は昨夜コンビニで調達していたおにぎりやらサンドイッチを大慌てで食べ、鏡を見て必要最低限の身なりを整える。
何年もかけて実らせた初恋を、今度こそもう手放すまいと心に決め、朝の日差しを受けて煌めく恋人を見つめる。眩しい笑顔に手を振りながら、また一歩を踏み出すのであった。
終