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    自分用書きかけ倉庫。何の手直しもしていない、いつか書けたらいいなの健忘録。ぶつ切り。その他。

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    ゆじ拾い。
    最初の方もう直したい。
    ちょいた。

    2021.9.5 ちょい書き足し。…最初のいつだったかわからん。これ日付出ないもんな。

    センスないから直すかもなのでタイトル未定で。 この子は、俺の弟だ。
     弟だと言うことは、この子は俺のものだ。



     元来、弟以外に食指が動くことはなかった。
     そして、愛する2人の弟を失ったのは不幸な事故だった。
     あの時何故己は2人の側に在らなかったのか。弟を思い行動する事、弟を愛し慈しみ導く事、弟の健やかな生活を整える事、弟の愛おしい笑顔が溢れる日常を培う事、弟を守る事。その全てを全うする事は叶わなかった。
     茫然ともう温度のない2つの手を取り、その指先を握るしか出来なかった。悪夢のような現実は今もなお続いており、自分が何故未だこの世に留まっているのか本気で分からない。既に亡くなった母と、俺達を棄てたあの男。その代わりと言ってはなんだが、弟達は俺が養っていた。弟達との生活の為に、不自由なく暮らせるようにと貯めた金は今も殆ど手を付けていない。自分の為にどう使えと言うのか。
     何をする気力も湧かず、締め切った家に籠る毎日。それでも惰性のように仕事は続けていた。在宅で出来る上に、人との関わりは極力減らしていた。そのため、組み込まれた動作を延々と熟す機械のように繰り返す。
     そんな俺が本当に珍しく外に出たその日。その出会い、それはまさに天啓だったのかもしれない。いや、天などと。あれは弟が俺を呼んだに違いないのだ。
     普段殆どを宅配で済ますのに、何故かふと自分の足で久しぶりに煙草でも買いに行こうかと近くのコンビニまで歩を進めた。薄っすらと闇の気配が漂い、街灯がチカチカと煩い。ぼんやりと定まらない視線でのらりと歩く先に、小さな人影を見つけた。
     鬱蒼と茂る雑記林が微かに揺れ動く。その先に飲み込まれ、殆どが姿を隠した中で唯一見えた小さな手のひら。
     まだ幼さを残すそのまろい手の輝きに、強烈に視線を奪われた。
     気付いた時には手の内にあった柔らかな感触と、零れ落ちそうな程に見開いた輝く琥珀の瞳にひと息に血が沸き立ったかと震えた。
    「えーと、お兄ちゃん、どしたん?」
     困惑したように首を傾げて、眉を垂れ笑みを浮かべる小さな、小さな、子供。瞬間の悦楽。
     ああ、なんだ。
     こんな所に居たのか。
    「帰るぞ」
     小さなその手を傷付けないよう、だが決して離さぬように力を込める。
     事態を飲み込めないまま、だがさして抵抗はせずその子供は付いてきた。
    「え?ちょ、どこに?」
    「うちに帰るに決まっているだろう」
     益々困惑を深めた子供…俺の“弟”に、何を当然の事をと眉を寄せる。
     まだ腰の辺りまでもないその身体では、家まで歩くのは少々辛いかもしれない。ゆったりと立ち止まると、一緒に止まってじっとこちらを見つめてくるくりりとした瞳にふと笑みが溢れる。
     そっと腕に腰掛けさせるよう抱えると、慌てて身体を寄せてくる。
    「危ないから、首に掴まっていろ」
     素直に巻きついてくるその細い腕。なるべく揺らさないよう、でもなるべく早くと帰路を辿る。
    「こんな時間にこんな所で、何をしていたんだ?」
    「え?あー…まいご?…あーと、お兄ちゃんは?」
    「1人で出歩くからだ。次からは必ず俺も一緒に出かけよう」
     ゆらゆらと忙しなく動く瞳に、困った子だと頭を撫でてやる。
     目を瞑って受け入れるその姿に、胸の内から多幸感が沸いてくる。
    「俺は、なんと呼べばいい?」
    「え、」
    「名前。俺の名は、脹相だ」
     なかなか言葉が飲み込めないのか、ぽかんとした表情を浮かべる。その様もなんと愛おしいものなのだろうか。もごもごと、ちょおそー、ちょーそーお兄ちゃん、と小声で呼んでくれている。それだけの事で勝手に目からは涙が溢れてきた。
    「え?わ、泣かないで。おれは、ゆうじだよ。ちょーそーお兄ちゃん」
     俺の涙に動揺したユウジは、一所懸命俺の頭を撫でて涙をその手で拭ってくれる。
     優しく、温かい子だと止まらない涙はそのままに大丈夫だと、ありがとうと告げる。
     なんとも人懐っこいこの子は、ぽつりぽつりと話をしてくれた。
     林の中に猫を追いかけて入って行ったこと。体力には自信があるらしく、猫と出会った場所は随分と遠く何処から来たのかもはや分からないこと。そして、ここに来た所以。
    「…そうか」
     どうやら、ユウジは本日天涯孤独の身となったらしい。唯一の肉親の祖父と死に別れ、頼れる親戚も居らず取り敢えずの保護施設の職員だと言うものが来たらしい。しかし、幼いユウジから聞くだけでも察せられる余り質の良くない人種のようだった。職員のことを語るこの幼い子供は、暗い表情で悲しみに顔を歪め萎縮していたのだから。だが、今重要なのはユウジがこんな所で一人置き去りにされているということだ。
     滾る怒りに身が震える。何故この子が人の悪意に晒され、独り不安に怯えなければならないのか。漏れ出る怒気に悠仁が震えるのを感じて深く息を吐く。弟を怯えさせるとは、兄としてあるまじき行為だ。折角弟を目の前にして、怒りにばかり囚われるのは勿体無い。
     そう言えば、猫を追いかけ道なき道を進んでここまで来たのだろう、汗と土のにおいに気付いた。帰ったら先ずは風呂か。家に何か食べる物はあっただろうか。一人になってから料理はしていないが、何処か汚れの目立つこの子をこのまま連れてまたコンビニへ赴くのも気が向かない。つらつらと考えながらも、家にユウジを迎え入れることを優先した。
    「ユウジ、すまないがもう少し我慢してくれ」
     その淡い色の髪が揺れるこめかみに一つ口付けを落とす。
     両目を瞑って擽ったそうに身を捩る姿がまた可愛らしく、二度三度と繰り返し柔い肌を唇で楽しんだ。


     家に着くとユウジを抱いたまま風呂に湯を張り、台所を漁って見付けたパックの白米を出し鍋に湯を足して煮る。卵でも有れば良かったが、生憎見つかった食材と言えば葱と海苔位だった。無いよりはマシだろうと、刻んだ葱を加えて煮て皿に盛った後に海苔を散らす。
     テーブルへ置いたところで風呂の準備も出来たらしい。まだ熱いそれに触れないように言い置いて湯を止めに行く。帰ってくると、言いつけを守って座らせた状態から指先一つも動いていないユウジの姿があった。
     それ自体は褒められるべきことだが、その様子に眉を顰める。俺の言い方も悪かったかもしれないが、聞き分けが良過ぎて心配になる。もっと子供らしくしてくれていいのに、と。きっとこの子は我儘の一つも言わないまま過ごしてきたのだろう。小さな頭を撫でて良い子だと言いながら、どうしたらもっと気を抜いてもらえるだろうかと考える。
     取り皿に少量のおじやを取り分け、冷ましながら口元へ持っていくと戸惑い気味に大きな目がこちらを見上げていた。
    「味気ないかもしれないが、今日の所はこれで我慢してくれ」
     そう言って促すとおずおずと口の中に入れてくれた。
     余程腹が減っていたのか、一口食べると後は次、次と求めあっという間に完食してしまった。そのまま少し休ませて、ユウジが着られるような服がないかを探す。小さい頃に壊相と血塗が着ていた服を取ってあったので、その中から数枚抜き取り選んでもらうことにする。生憎、下着類まではなかった為それは我慢してもらうしかない。
     待たせて悪かったと肩に手を置いて、風呂へと促す。脱衣を手伝っていると、ちょーそーお兄ちゃんは一緒に入らないの?と聞かれる。ユウジを綺麗にすることしか考えていなかったが、確かに一緒に入った方が都合がいいかもしれない。頷くと自分も服を脱ぐ。浴室に入ると、先ずは弱めのシャワーで汚れを簡単に濯ぐ。手でシャンプーを泡立てると髪を洗っていくがみるみる泡が茶色く汚れ、泡立ちが悪くなる。
    「ユウジ、少し目を瞑っていてくれるか?」
    「うん」
     一度流すことにしてそう伝えると、ぎゅっと目を閉じてその上から両手で目を押さえていた。なんとも微笑ましくて、自然に笑みを浮かべながら優しく流す。もう一回な、と声をかけて洗うと先程とは打って変わって泡立ちがいい。マッサージするように頭を揉んでやるとふにゃふにゃと気持ちよさそうに声を漏らした。次いで、体に移る。子供の肌はデリケートだからと、よく泡立てたボディソープを手で塗り広げていく。小さな手の間から、腕、首、背中、腹と入念に、洗い残しのないよう。ふるふると震えながら泡のついた手で口を押さえようとしていたのでそっと阻止する。
     ごめんな、擽ったいなと言いつつ口に泡が入るから駄目だと言い置くと後はなるべく手早く洗った。少しぬるめのシャワーで流すと、自分も簡単に体を洗う。おれが洗うのてつだう?と可愛く聞いてくれるのが嬉しいが、今回は遠慮した。早く湯に浸かって欲しい。次頼むな、と言うと目を丸くした後はにかむように笑って見せてくれた。ユウジに湯が跳ねないよう気を付けながら泡を流したあと、そっと抱えて湯に浸かる。湯が触れる一瞬、ユウジがびくりと震えたので熱かったかと焦る。ぬるめにしていたと思ったがと、咄嗟に引き上げるとえ?と言うような顔で振り向かれた。
    「熱かったか?」
    「んーん、おゆに入るのひさしぶりだったから」
     そう言うと、早く入ろうと促される。どうやら、亡くなったと言う祖父は随分と入院生活が長かったらしい。そして、幼いユウジは家でただ一人の生活を続けていたため、勿体ないからと風呂は湯を張らずシャワーで済ましていたそうだ。そして、話を聞くとこの幼さで洗濯から料理まで家事一式は出来るようだった。祖父の気配が残る家で独り、健気に再び二人で暮らす生活を夢見て過ごしていたかと思うと胸が痛い。肌に直接伝わる温もりをぎゅと抱き締める。
     どうしたの、ちょーそーお兄ちゃんと悠仁は擽ったそうに笑った。
     そのまま少し話し込んでしまって、このままだと逆上せてしまうと湯船を出る。腰にタオルを巻いてから、悠仁には柔らかなバスタオルで全身を包み、流れる水気を拭う。髪も同じくタオルで拭きながら、並べた服を見せどれが良い?好きなのを選んで着るといいと言うと控えめにパーカーを指差した。頷くとそれに合わせて柔らかな生地の短パンを一つ手に取る。そこで、下着がない事を謝るともじもじとしながら大丈夫だと答えてくれた。明日一緒に買いに行こうな、と声をかける。そして、ドライヤーでユウジの髪を乾かしてから己を顧みる。急遽自分も入る事にしたため、着替えがない。腰にタオルを巻いただけの状態でユウジを抱き寝室へと向かう。ベットに座らせ適当な服を着てからユウジを見ると、ころんとそのままベットで寝ていた。今日は色々あって疲れてしまったのだろう、起こさないように位置を直し貰い物のタオルケットを掛ける。あどけない寝顔が可愛らしく、いつまでも見ていたいがそうもいかない。ユウジを迎え入れる為に色々と準備をしなければならないのだから。己が一人で全てを済ませたい所だが、急いて不具合があってはならない。そっと部屋を出て気が進まないが、こういった事にも精通している知り合いに連絡を入れた。

     自分からは積極的に関わり合いたくない輩にユウジの為とは言え長々と口煩く絡まれ、これだから年寄りは話が長くていけないとぶつぶつ文句を言いながらうんざりした気持ちで部屋に戻る。すると途端、足元に軽い衝撃を感じた。見るとユウジが必死にしがみ付いている。驚いて、どうしたんだと声を掛けると泣きそうな声でどこに行っていたのかと問われる。
     寝て起きたら見慣れない場所に一人残され不安になったらしい。いくらよく寝ていたとは言え、一人にするべきでは無かったと後悔する。
    「すまない、ちょっと用があって電話をしていたんだ」
     ゆっくりと背中を摩りながら落ち着くのを待つ。ぎゅーぎゅーと硬く握っていた手が緩み、俯いたままごめんなさいとか細い声がする。ユウジが謝る事はない、俺が悪かったんだと頬に手を当て目線を合わせると、額に一つ口付ける。不安から興奮して真っ赤になった、熱い体温を冷ますように頬、鼻、瞼へとキスを贈る。ふるふると身悶え、ちょーそーお兄ちゃんって、ちゅー好きだね。とくすくす笑いながら言われて、ユウジにだからなと答える。最後にもう一度、ふっくらとした頬に触れてから離れる。
    「今日はうちに泊まろうな」
     そう言って水を飲ませて、忘れていた歯磨きをユウジの口にはちょっと大きい歯ブラシで何とかしてやり、トイレに行かせる。そうしてまた俺のベットに寝かせ、自分も隣に入る。柔い体温を包むように抱き締めるとユウジがもぞもぞと動いて見上げてくる。
    「いっしょにねるの?」
    「嫌か?」
     不安になりながらも聞くと、ぶんぶんと勢いよく首を振って嬉しいと笑顔を見せてくれる。ああ、なんて幸せなのだろうと噛み締めながら小さな胸に頭を擦り付けた。擽ったいときゃっきゃとはしゃぐユウジが名実共に早くうちの子になればいいと、脹相はふんわり自分と同じ柔らかなボディーソープが香る体を抱きしめて思った。



     明くる朝、先に起きたのは悠仁であった。
     ぱちりと目を覚まし、その眼前に整った大人の顔が見えて両手で口を押さえ悲鳴を飲み込む。ばくばくと煩い心臓を押さえて、そう言えば昨日ちょーそーお兄ちゃんのうちに泊めてもらったんだっけと納得する。改めて見回してみると、すっきりとした広い部屋だ。風呂もリビングも悠仁が見てきた中で一番広い。脹相以外の人の気配はなく、昨日だって誰にも会わなかった。もしかして、ちょーそーお兄ちゃんも一人なのかな…と悠仁は目の前で静かに眠る脹相の頭を撫でる。時折翳る脹相の瞳には、自分と同じものが住み着いている気がしていた。
     拙い手付きでさらさらとした髪を撫でていると、脹相がぴくりと瞼を震わす。どうやら頭を擽られる刺激で起きたらしい。緩慢に瞼を持ち上げると、寝起きで霞む視界に小さな腕とぼやけても愛らしいふくふくとした顔が見えて一気に覚醒する。
    「すまない、ユウジ。起きていたのか」
     すっかり寝入ってしまったと、大きな手で柔らかな淡い色の髪を撫でる。まん丸な頭の形まで愛おしいと思うのは末期だろうか。
     おれもいま起きたところだよ、おはよう。と綻ぶように笑って悠仁が頬にキスを贈ってくれる。それに脹相はピシリと固まるとぎこちなく視線を悠仁の小さな口に固定した。すっかり動かなくなった脹相にどうしたのかと首を傾げ不安になり、してはならない事をしたのかと今度は焦る。てっきり昨日脹相がたくさんしてくれたから喜んでくれると思ったのにと、あわあわと意味なく手を振り回してそれでも何も言ってくれない脹相に泣きそうになりながらごめんなさい、もうしないからと謝る。それに慌てたのは脹相だ。違うんだ、びっくりしただけで嬉しい。まさか悠仁からしてもらえるなどとは思っていなかったからうまく飲み込めなくて、もうしないなんて言わないでくれ、悠仁から触れられたいと悠仁を真似て頬に口付けながら矢継ぎ早に捲し立てては幼い子供に必死に懇願する。あまりに形振り構わず縋るその姿に悠仁は可笑しくなって、よかったと先程とは反対の頬にキスを贈ると脹相はほっとしたように破顔した。
    「今日はユウジの服を買いに行こう」
     あと、食料も。そう、家中探してやっと見つけた消費期限ギリギリのロールパンを千切りながら脹相は悠仁に優しい目を向ける。そのまま食べるのもいいが焼いて温かい方がユウジも喜ぶかも知れない。どうせならトースターも買っておこうと、もそもそと柔らかさの残るそれを感じる珈琲で流し込みながら考える。目の前では悠仁が一所懸命口を動かし、時々牛乳多めの甘いカフェオレを飲んでほぅっと息を吐いている。砂糖の類が奇跡的にあって良かったと目尻を下げながら、脹相は膨らんだ可愛らしいほっぺに付いているパン屑を摘み自分の口に入れる。
     ぱちくりと瞬きをした後、恥ずかしそうに照れ笑いする悠仁に勝る物など今の脹相には思い付かなかった。

     食後の休憩を取り、軽く身支度を整えた後は待ちに待った買い物だ。可愛らしいクリーム色のポロシャツに、愛らしいすべすべの膝小僧が見える丈の濃いめの茶色い短パン。血塗が使っていたハンカチと小さながま口財布を入れたまあるいオレンジ色のポシェットを下げた姿は文句なしに誰の目から見ても可愛いだろうと一人深く頷いた。
    「ちょーそーお兄ちゃん、これ、おれが持っててもいいの?」
     悠仁は不安そうに覗き込みながら脹相を伺う。垂れた眉がいじらしく、その眉間にちゅっと吸い付く。
    「ユウジに使って欲しいんだ」
     きっとその方があの子達も喜ぶ。そう、優しくもどこか切なげに微笑む脹相に子供ながら何かを感じ取って口を噤む。そうして一言ありがとうとだけはにかんで見せると、蕩けるような眼差しで抱き上げてくれた。それを見て良かった今は辛そうじゃないとほっとして悠仁も笑って見せる。
     そのままこの家に連れ帰って来た時と同じく、危なげなく片腕で支えるとふくふくの頬にまたキスをする。柔らかな感触にうっとりとしながら財布と携帯、以前何かの折に貰ったエコバッグだけ持って部屋を出る。玄関まで来るとそこにある小さな草臥れたスニーカーを見て靴も買わねばと固く誓う。必要な物も与えたい物も挙げれば切りがない程ある。日用品から食料、衣服に嗜好品に至るまで。今日は長丁場になりそうだと考えたところでふと思い直す。体力に自信があるような事は言っていたが、何せまだ幼い上に前日までの疲れと慣れない環境に身を置いている現状を鑑みるとあまり無理をさせるべきではない。どうせ、悠仁とはどうせ長い付き合いになるのだから今日は必要最低限に抑えるか。と、すっかり自分が引き取る事前提で脹相は頭の中で話を進める。それ以外の選択肢など端から脹相にはないし、その為に密かに準備を整えている。だからこそ人間性に於いて全く理解できないししようとも思わない面倒な、けれども能力だけには信用の置けるあの男に連絡を取ったのだ。どんな手段を使ってでも確実に悠仁を弟として迎える為に。
     至極優し気な笑顔で瞳の奥の仄暗い執着を隠す。ガチャリと鍵を掛け、まずは何処から行こうかと悠仁の顔を覗き込む。でも、おれお金もってないよと遠慮がちに主張する悠仁に何も心配する事はないと頭を撫でる。出会った瞬間にもう脹相は悠仁の為に生きる、弟最優先のただのお兄ちゃんという生き物になったのだ。悠仁の為なら何でもするし、何でも捧げる。そういう生き物に。ただ一つ、悠仁さえ側に在ればそれでいい。それでも言いづらそうにしている悠仁の足元を見て、じゃあ最初は新しい靴にしようとさっさと行き先を決める。悠仁はそれを聞くと何か言いた気に口をもごもごとさせ、居心地悪そうに短くふっくらとした指を擦り合わせ上目で窺ってくる。
    「俺からのプレゼントは迷惑か?」
    「そんなわけない!」
     脹相が眉を垂れこれでもかと落ち込んだように悲しげな表情を作ると、悠仁は即座に否定した。余りに大きな声にびっくりしてぱちくりと目を瞬かせる。真剣な表情の悠仁を見て顔を綻ばせると、なら、いい。とつるりとした額に唇で軽く触れる。照れたように頬を染めて下を向く悠仁が可愛くて死滅していたはずの脹相の表情筋は昨日から緩みっぱなしだ。良いものを揃えてやりたい気持ちは山々だが、あまりあちこち連れ回すのも得策ではない。今回はひとまず近くの比較的大きな複合施設で全てを揃える事にして迷いのない足取りで目的地へと向かった。

     困ったな。そう言って難しい顔をする脹相にさっきから悠仁ははらはらしっぱなしだ。脹相の手にはオレンジのTシャツ、少し灰色が入ったような暗い青のTシャツ、白いシンプルなTシャツ、柔らかな若草色のTシャツがずらりと並べられていた。ひとつひとつを悠仁に宛てがいながらどれも似合うな、と零したその一言で幼いその子の空気はピンと張り詰める。
     先程の靴屋の店舗での一件を思い出して青褪めた。あそこでも脹相は数種類の靴を取り出してきては悩み、結局全部いいから全部買おうと五つの靴箱を抱いてレジに向かおうとしていた。そんなに要らないと止める悠仁に構わず、だってどれも悠仁にぴったりだと邪気のない無垢な顔で言う脹相に悠仁は言葉を失った。その隙を見て会計を済まそうとする困った大人の袖を引いて、すぐ大きくなる、履けなくなるのが勿体ないと説得すると渋々数を減らした。しかし結局は白いゴム紐のスニーカーと、赤いすぽんと履ける足首までの靴の二つを購入していた。厳選に厳選を重ねた、これ以上は譲れないと宣う脹相に今度は悠仁が折れたのだ。そのまま白いスニーカーを履かされて、元のボロボロの草臥れた靴は白いスニーカーが入っていた靴箱に大事に収められている。やけに丁寧に扱う脹相に不思議そうにしていると、悠仁の私物だからな、大事に仕舞っておくと嬉しそうに語っていた。正直あちこち擦り切れ洗っても取れない頑固な汚れの染み付いた、なんなら穴まで空いているそれを後生大事に取っておく必要はない。捨てていいよと言う悠仁に、捨てる位なら俺が貰うと首を振られた。困惑する悠仁を置き去りに、脹相はほくほくと満足そうであった。
     弟との思い出の品。その一点に於いて脹相には収集癖があった。悠仁が着ている血塗や壊相の服然り。二人が生きていた頃にはしっかり者の次男や天然な三男が溜まりがちなそれらを定期的に処分して脹相の涙を誘っていたが、今やそれを止める者はいない。昨日出会ったばかりの悠仁にそんな事分かる筈もなく、いくら広いとは言えどもあの家がすぐに埋まってしまうのではないかと言う程悠仁の物で溢れる未来を止められるのは本人だけなのだが言うだけ無駄というものだ。
     どこか逃避するかのように近い過去に耽っていた悠仁の側で脹相が動く気配を察知する。何かを決意した様子で口を開く前に、悠仁は主張する。
    「ちょーそーお兄ちゃん、おれオレンジのと白いのがいいな!」
    「そうか、ならこれは二枚ずつ買おう」
     ガンッと頭を殴られたような気分になって悠仁は力なく首を振る。そうじゃない。いそいそと更に手を伸ばす脹相のそれにちんまりとした手を懸命に伸ばして止める。
    「おれ、うちにも自分のふくあるよ」
     それを聞いて脹相は目をぱしぱしと私瞬かせるとハッとしたように表情を変える。それに安堵して悠仁が続けようとしたのを待たず脹相が話し出していた。
    「確かに、被らない方がいいな。Tシャツはいくらあってもいいだろうが、ユウジは他にどんな服を持っているんだ?」
     どんな形で、何色の服なんだ?そう優しく微笑む脹相に半ば恐怖を感じる。もう十分だ、何も要らない。その一言が出てこない。なにせ、一つ否定するごとに脹相のその整った造形が悲しみに歪むのを見るのが悠仁には耐えられなかった。ありがとうと礼を言った時の、心底嬉しそうな蕩けた笑顔が堪らなく好きだった。だが、限度というものがある。この先どうなるのかなんて悠仁には分からなかったが、自分の家に帰らなければならない事は何となく察している。脹相には脹相の生活があり、見も知らぬ自分との接点はあの時彷徨う悠仁の手をすくってくれたその一点に尽きる。別れは必然で、ここまでしてもらっても返せるものはないし目に見える思い出は切なさを加速させる何よりのスパイスだ。たった二日、それにも満たない小さな交流ですっかり悠仁の心は脹相に寄っていた。これ以上脹相を好きになるのも、脹相を連想させるものが増えるのも胸がきゅっとして寂しくなるだけだ。幼いながらにどうしようも無い別れがある事を、最期に祖父が教えてくれていた。それに人に甘えるだとか我が儘を言うだとかいう事をこれまで殆どしてきていない悠仁に取って、脹相がこんなにも自分に何かをしてくれるというのが嬉しくも不思議でならず戸惑いを隠せずにいるのだ。
     目の前で悠仁が口を開くのをしゃがんで健気に待つ脹相に、控えめに近付いてぎゅと抱き着く。耳に口を寄せてぼそぼそと、そんなにいろいろはいらないけどちょーそーお兄ちゃんといっしょのふくが一こほしいな。と悠仁は控えめに口にすると首筋にぐりぐりと柔らかな頬を押し付けた。その肌が常より熱を帯びているように感じて、それに当てられるように脹相の淡い色の肌も首から何から朱に染まる。こんなにも可愛らしい生き物、弟の他にある筈がない。ユウジ……‼︎そう場違いに大きな声を出して注目を集めながら只管ぎゅっと抱き締める。柔い体がしなりぴたりと脹相の形に添う。お兄ちゃん、お店ではしずかに!なんてちょっと強い注意する声で嗜められては、なんて出来た良い子なのかと益々強く掻き抱く。ふわりと悠仁の体が宙に浮くとこれ以上なく密着したまま悠仁が望むお揃いの服を探す。脹相はあれが似合いそうだ、これが可愛いと悠仁にばかり合わせようとするから自棄に可愛らし過ぎたり色合いが明るい物ばかりを選びたがった。元々顔の造作が整っている為似合わなくもないのだが、いかんせんイメージに合わないし、何より脹相の持っている服の傾向からしてきっと好みから外れている。結局、悠仁が選んだ淡いくすんだ桜色の開襟シャツを買うことにした。白の線で植物の蔦が這うようなデザインが片側の前見ごろから胸にかけてを控えめに主張している。落ち着いた雰囲気をしており色合いがレトロで可愛らしくなりすぎず、意外と脹相にも似合っていたので悠仁としては大満足だった。脹相もどこか悠仁の柔らかな髪の色に似たこのシャツを気に入り、予備だと同じ物を二着購入していた。ほくほくと満足気に、大事そうに買ったばかりの服が入った袋を抱き締める。そうして綻ぶように笑顔を見せる脹相に、悠仁は嬉しいやら恥ずかしいやらでほわりと頬を染めてむず痒そうな笑みを浮かべていた。ちらちらと何度も脹相の顔を確認しては、くふふと口元をそのふくふくとした両手で隠して笑っている。その姿を瞳に焼き付けてまた脹相は相好を崩した。買った物を大事に片手で抱え直して、空いた方の手を悠仁に伸ばす。一瞬きょとんとした顔を見せた後満面の笑みを浮かべて小さな手が脹相の大きなゴツゴツとした手を握る。悠仁の歩みに合わせてゆっくりと次の店舗に進んで行った。
     その後も下着類や歯ブラシ、シャンプーにボディータオル、ブランケットやら枕に、カップや皿などの食器、果てやノートや筆記用具に鞄やボールや本、クレヨンや縫いぐるみ等の玩具に至るまでを買い揃える脹相に何か物言いた気な悠仁だったが最早諦めたのか買う事自体を止める事はなかった。ただ、少しでもその量を減らそうとあれやこれやと言葉を尽くすのだが気付けば両手一杯抱え切れないほどの荷物に段々と顔色が悪くなっていく。それを見て脹相は流石に疲れたかと、連れ回して悪かったと少々的外れな事を謝ってくる。まあ、行く先々で物が増える事を考えると全くの間違いではないのだが。
     取り敢えずは少し休憩しようと、ソフトクリームを買ってイートインのスペースに並ぶ。大荷物がかなりの場所を占拠していたが、平日なのが幸いしてか人は少なく目を引くのは確かだが非難される事はなかった。久しぶりに食べる甘味の類に悠仁は夢中になって口の周りを白く汚していた。二つは食べ切れないだろうがこちらも気になっていたのを察した脹相が買ったチョコレート味のソフトクリームも味見させて貰い、悠仁の顔は輝くばかりであった。遠慮がちではあるものの、やはり子供らしく年相応な所もあると脹相は酷く安心した。
     ソフトクリームを食べ終えて口の周りの汚れを拭いてやると、後は食料だけ買って帰ろうと物に埋もれた脹相がそれでも悠仁と手を握る為片手を伸ばす。脹相の顔が見えない位に堆く積まれた荷物を見て悠仁は引き攣り笑いを浮かべて手を握る。確かここまで歩いて来たはずだ。更に、ご飯の買い物もまだ残っている。こんな荷物を持って帰りは大丈夫なのかとその幼い頭を悩ませた。
     やはりこの状態での買い物は難しく、本来の用途とは違うがカートに買った物を載せて買い物かごを手に持って食材を吟味する。
    「昨日今日と碌な物を食べさせてやれなかったからな。ユウジは何が食べたい?」
     しゃがみ込んだ脹相が真面目な顔で悠仁の顔を覗き込む。まだまだ気を遣ってばっかりの悠仁はうろうろと落ち着きなく視線を彷徨わせると困ったように眉が垂れ下がった。そんな顔も勿論可愛いと思うのだが、脹相もここは引かなかった。悠仁の好みが知りたいし、何より自分の意思を脹相に対して伝えて欲しかったから。ジィっと黒い目玉が二つ、悠仁の琥珀色の甘い瞳を見ている。悠仁だって本当の所何だってよかった。年齢の割に好き嫌いは無いし、何なら脹相と食べられるのなら何でも嬉しい。でもそれを伝えるのも何だか恥ずかしくって、彷徨かせた視線の先、偶々目に入った唐揚げのパックを指差す。
    「アレがいい」
     ふくふくとした愛らしい指の先を辿ると惣菜コーナーで幅を利かせている定番のおかず。確かに子供にも人気の品だろう。本当なら悠仁の食べる物は全て脹相の手で作ってやりたいが、揚げ物は少々敷居が高い。下味の付け方から置き時間等も考えるとここは素直にプロの手を借りるべきだろう。こくりと頷くと何時につくりましたと主張の激しいシールの貼られたそれを一つかごの中へと入れた。これからは料理の腕も磨かなければと密かに、でも固く決意しながら。
     その後は卵や玉ねぎ、人参に鶏肉牛肉、パスタに切り身魚などの食材から醤油に味噌、塩に胡椒などの調味料まで買い揃える。普段料理をしない脹相の家には本当に碌なものがなかったのだ。簡単な物なら脹相にだって作れるし、これからは練習の日々となろう。あれこれと思い付く限り購入を決める。次から次へとかごを埋めていく内、そうだ夜はオムライスにでも挑戦しようとケチャップ片手にチキンライスに必要なのは鶏肉と玉ねぎ以外に何だったかと思案した。途中、子供なら好きかも知れないとクリームシチューの素もかごの中へと放る。またまた増える購入品に慄いた悠仁は、遂に早くおうちかえろう?と少し青くなった顔で上目遣いに脹相へと願い出た。効果はてきめんで、すまない、そうだよな、疲れたよなとすぐにレジへと向かった。二人で持参したエコバッグへとパンパンに物を詰めて、おてつだいする、と言う悠仁にお揃いで買った服の袋を持たせる。大事な物だから、悠仁が守ってくれと脹相が言うと照れて顔を赤くしながらも勇ましく頷いた。そして山のような荷物を物ともせず、脹相は嬉しそうに悠仁と二人並んで家へと帰って行った。


     悠仁リクエストの唐揚げを皿に移してテーブルへと置きながら、脹相は悠仁に声をかける。
    「大事な話があるんだ。お昼を食べた後に、時間を貰えるか?」
    「…………うん」
     二人分の箸を並べる途中の形で動きを止めて、ぽかんと口を開けてから悠仁は神妙に頷いた。きっと、さよならの話だ。そう予感して眉根がキュッと寄る。唇を引き結んで俯くと、脹相の箸を自分の箸の向かいに置いた。
     悠仁は幼さの割りによく考えてよく気がつく子だった。それは悠仁自身の性格もあったし、育った環境にも起因していた。元々の性格に加えて両親の不在、祖父の病気。自分で殆んどを熟さなければいけない故の時間のなさから、同年代の友人を作る事も難しかった。一方で祖父の入院から大人と接する機会は多く、だからこそ磨かれた処世術でもある。祖父が亡くなった事でそれはより鋭敏に機能する。大人の気遣いも憐みも、察するのは得意だった。けれども脹相からはそれを感じない。いや、悠仁を案じる気持ちは確かに感じ取っていた。だがまず飛び込んでくるのは深い愛情であったから、悠仁はすぐに懐いてしまったのだ。それがとてもとても欲しかったものだったから。
     たった二日の出来事だ。時間にするともっと短い。改めて実感するほんの僅かな交流期間、なのにこんなにも悲しい。ゆらゆら揺れる思考を押し付け、折角の二人で過ごす時間を悲しいだけで終わらせたく無いと必死に頭を切り替える。楽しい事だけ、今は考えて居たかった。脹相が自分の為に選んでくれた真っ赤なミニトマトが飾られたサラダと、ウインナーと野菜がゴロゴロ入ったコンソメスープ。ほかほか湯気を立てるご飯は今度は炊き立てだ。心なしか脹相の優しい笑顔も少し強張って見える。それでも二人手を合わせていただきますをして食べ始めたが後に待つ話が気になって美味しいはずのご飯の味もよく分からない儘に昼食が終わってしまった。
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    tada_00_

    DONE #お兄ちゃんワンドロ

    お題『吸血鬼』
    心持ち脹虎。
    吸血表現あり。
    生まれ変わり。
    吸血鬼だけど日本。あと、勝手に血の代用品捏造。
    心が広く、なんでも受け入れたるぜ!という頼もしい方のみお進みください。

    ここを使って投稿するの初めてなので何か不作法してたら申し訳ありません。
    芳しき血の香り 町外れと言うよりは、もはや森の入り口というような所に薔薇の花に囲まれた一軒の日本家屋があった。それは大層立派な屋敷で、広い平家に広大な庭まであるいつからそこにあるのかもわからないほど古い家だった。家の周りには生垣の代わりに真っ赤な無数の薔薇が、まるで侵入を拒むように密に植えられている。日本家屋と言ったら桜やら松やら椿やらそういったものの方が似合うのではないかとは思うものの、不思議としっくりとその場に馴染んでいた。
     そこにはその屋敷に見合うように旧華族だから武家だかの由緒正しき末裔が住んでいるとかで有名だったが、住人の姿を見た者は誰一人として居なかった。そんな曰く付き、みたいな立派で古い屋敷など好奇心旺盛な子供や若者には格好のアトラクションで。よくはないことだと分かってはいても不法侵入を果たす者はぽつりぽつりと後を絶たなかった。そうすると決まって行方不明になったり、運のいい者は帰ってきたりもしたものの記憶をなくしたりと不可解なことが起こるので次第に誰も近寄らなくなっていた。確か、帰って来られた者の共通点は家の長子ではない。とかであった気がするがあまり関係もなさそうだと、人々は無事とは言えなくとも怪我もなく戻って来た者の所以に首を傾げていたが。それでもいつしか長男長女は特に近寄ってはならないとその地域では伝え聞かされるようになった。
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