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    mukibutu_09

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    mukibutu_09

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    雪が積もった朝の話。あとで確実に風邪引いてる。
    元時空、時系列は奈美が大学一年生、一人暮らし奈美と居候してるウォルター。

    積雪ふと目が覚めた。ひんやりとした空気を感じながら枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。無機質な時計が、布団の中で十分に温まっていたはずの手から熱を奪い去っていく。たまらず時間を確認するよりも先に時計を布団の中へ放り込む。冷えた右手を温かい左手でさすっているうちに、おぼろげな意識は覚醒へと向かう。今日は土曜日。特に授業も無いので昼前までぐっすりと寝るつもりでいたが、さて、カーテンの隙間から差し込む光を見るには、どうも昼ではなさそうで。そろそろ時計も温まっただろうかと布団の中を手探りで探し、時計を掴む。引っ張り出せばデジタル表示の時計は朝七時を示していた。休日にしては随分と早い時間の起床に戸惑いを隠せないまま、もそりと一人用ベッドから身体を起こす。

    「寒」

    ついつい漏れ出た独り言はシンと室内に溶ける。独り言に反応が無いので同居人はどこぞへ出かけているらしい。リモコンで照明を点けて、室内用の手触りの良い上着を羽織る。吐く息は室内だというのに白く、随分と気温が低いことが伺える。そうだ。確か夜のうちに雪が降ると天気予報が言っていた。積もっていたらいいなという微かな期待を胸に、ベランダの窓のカーテンを開ける。

    足元に白。手すりにも白。手すり越しの景色も、白。一面の雪景色だった。透き通るような青空に純白の雪がよく映える。

    呆気にとられつつも窓の鍵をおろし、カラカラと開くと、室内のものよりも一層冷たく研ぎ澄まされた空気が顔を撫でる。ここ数年見られなかった雪の積もり様にだんだんと胸が高鳴る。休日の朝ということもあってか、手すり越しの景色はほとんど轍が見られない。滅多にお目にかかれない汚れ一つ無い白の景色を慌てて手元の端末に収める。映り具合を見てバッチリ撮れていることをチェック。
    では、いざ尋常に、勝負。いや、勝負じゃないけども。
    しゃがみこんでベランダに積もった雪にそっと手をつける。指の形に凹んだ雪を見てニマっと頬が緩む。次は手ですくい取り、握りあわせてみる。歪な形の雪玉が手の中で形成された。コロコロ転がして大きさを調整する。もう一つ雪玉を作って先程の雪玉に乗せれば小さな雪だるまの完成だ。窓の近くの雪をだいぶ使ったところで小休憩。窓を一旦閉めてホットカーペットとストーブをつけに行く。火が灯ったのを確認して、冷えた手をぬるくなった布団の中に突っ込んで、体温が戻ったらもう一度窓際へと向かう。再度窓に手をかけたところでふと手を止める。視線はベランダのまだ雪が綺麗に残ってる箇所へ。雪道の轍や、足跡は好きだ。が、そういえば人の素足の足跡は見たことがない。見たことがないものは見てみたい。迷うこと無くスリッパと二重履きの靴下を脱ぎ捨てて、軽やかに窓の外へ。出入り口付近の雪はさっきの雪遊びで薄くなっているので、少し奥へ向かう。足裏が冷たくて気持ちいい。確かめるようにゆっくりと歩み、未だ手つかずの地を前にする。気分はさながら未知の洞窟を前にした探検家だ。そっと足を踏み下ろせば、柔らかな雪が沈んでいく感触が足裏に伝わる。ふわりとした雪をしっかりと踏みしめて、足をそろりと退ければ、足の形がくっきりと残る。

    「おぉ…」

    思わず感嘆が漏れた。よく目にする靴の形では無く、素足の形。野鳥や犬猫の足跡に通ずるものを感じる。さらに一歩、二歩と歩みを進める。足跡が増えるたびに気分のボルテージも上がっていく。ベランダの端まで歩いて折り返す。雪が薄い部分で振り返ってしゃがみ込み、まじまじと見る。
    綺麗な雪に刻まれているのは自身の足跡のみ。ベランダの小さなスペースは私だけの雪。私の世界。
    ニマニマと笑みが零れる。誰かに見られれば止められかねない行動を、外で、人の目を気にする必要なく、自身の心の赴くままに実行している。楽しい。愉快だ。零れた笑みはやがて笑い声に変わる。クスクスと肩を揺らして雪の上に倒れ込む。雪や外気の冷たさで身体は冷えていっているはずなのに中の熱は冷めなくて。雪の上でコロコロ寝返りをうって雪をまとう。だんだんと自分が雪と一体になっているような、自然の一部に溶け込んでるようなそんな感覚の中、転がりすぎて左手がベランダの壁に激突した。

    「いっっ」

    咄嗟に起き上がり、手をさすれば、ハイになって麻痺していた感覚が急に戻ってくる。

    「待っっって、寒い、痛い、む…」

    無理、と吠えかけたところで、ふと視線を移した室内に、こちらをニコニコと眺める同居人の姿が。一瞬恥で止まりかけたが、それ以上に指先足先の冷えが限界だったため室内へ飛び込んだ。ホットカーペットとこたつの間に身体を滑り込ませ、呻く。

    「あ~〜〜〜〜〜〜」

    痛い。痛すぎる。寒いを通り越して全身が痛い。あの、体育で足捻ったらアイシングするじゃん。やりすぎると痛いじゃん。今全身がそれ。
    青い顔でカタカタ震えてこたつで丸くなる私に彼が一言。

    「何をしてたんですか?」

    無地の薄茶色のマグを片手に、私の作業用机に体重を預けて、こちらを見下ろしている。いや、聞きたいことがあるのはこっちだし今どうみてもそれどころじゃないでしょう、という文句が浮かぶはずもなく、もそもそと言葉を紡ぐ。

    「雪に足跡をつけてみたくなりまして」
    「へえ」
    「裸足でベランダに出て、足跡つけて、楽しくなってきて、雪に寝転がりました」
    「何故?」
    「え」
    「何故雪に寝転がったんですか?楽しいと雪に寝転がるものなんですか?」

    困った。確かに楽しくなってきたから雪に寝転がったが、いつでもどこでもそうするかと言われれば否だ。だがその違いをパッと言葉にできない。

    「うーん、楽しいから雪に寝転がったけど、楽しければ一律に寝転がるかと言われるとそうでもなくて…。」

    一応説明しようとしてみるが

    「なんて言えばいいんでしょうね?」

    答えきれずに最後には質問で返してしまった。彼は曖昧な回答に怒るわけでもなく、深堀りしてくるわけでもなく、

    「そういうものですか」

    と呟いてマグの中身を一口飲んだ。

    「あの」
    「はい」
    「いつ帰ってきたんですか?」

    素朴だが私にとっては重要な疑問。
    いつから見られてた?
    真面目に答えてくれるかはさて置き、聞かなければ始まらない。こたつから顔だけ出したまま彼を見上げて返答を待つ。

    「いつだと思います?」

    いつもの笑みからさらに目を細め、ニヤと笑っての回答。彼の笑顔の使い分けは大体パターンが決まっていて、これは意地悪してるときの顔だ。乗って答えてくれるかは五分五分だが乗らないとまず答えてもらえることも無いので希望的観測を伝える。

    「雪に寝転がったあたり?」
    「残念、ストーブを点けたあたりです」
    「んぐぅ」

    あざ笑うように希望は打ち砕かれた。だいぶ最初の方だった。戸惑いが隠しきれずに変な声も漏れてしまった。

    「まあ、そもそも出かけてすらいないんですけどね。洗面所の方にいました」
    「え」

    衝撃のカミングアウト。

    「ん、ああ、なるほど。誰も見ていないと思ったからハメを外して雪に寝転んでみたと」
    「う」

    そう言われると確かにそう。

    「何故私が出かけていると思ったんですか?」
    「だって…誰かが動いてる気配もなかったし独り言に反応なかったですし…」
    「次からは独り言にいちいち反応があると思わないことですね」

    それはそうパート2。え、いや、でも、待って。いつも独り言への反応と動く気配の有無でいるかどうか判断してたけど…

    「もしかしてなんですけど、最初からいるのに帰ってきてるふりしてる時があります…?」

    問いに返答は無かったが、肩をすくめて笑ってみせる彼の所作が答えになっていた。彼の「してない」にどれほど信じる価値があるかは置いといて、返答無しは肯定のときが圧倒的に多く、動作も相まってほぼ確定。

    もうだめです。恥で動けません。たぶん、一人の時に上機嫌で鼻歌歌ってるのもバレてるし漫画のセリフを暗唱しながら家事やってるのもバレてる。どこまで知ってるかはわからないけど大体バレてるのではないでしょうか。

    いたたまれなくなり顔を両手で覆う。こたつの下でジタバタと足を動かしてみるも恥ずかしさは変わらず。疲れたので動くのを止めて指の隙間から彼の様子を伺えば、マグの中身を飲み干している姿が映る。熱くないのだろうかという疑問も浮かんだが、ストーブを点けたあとにすぐにお湯を沸かして注いでいれば今頃にはだいぶぬるくなっているはずで。そこまで考えてしまったところで、先程の醜態を見られていたという恥ずかしさがぶり返す。覗いていた指越しにふと彼と目が合う。

    「『灰になりそうなまどろむ街をあなたと共に置いていくのさ』…でしたっけ?」

    心地よい低音ボイスで彼が口ずさんだのは私のお気に入りの曲。一日一回は聞かないと気がすまないもの、なのだが、彼の前で曲を流したことは無く、ここしばらくはイヤホンでしか聞いていない。彼が大きな音を嫌うため部屋に音楽を流すのを止めたからだ。なのに

    「なんで知ってるんですか」

    思わず覆っていた顔を上げ問い詰める私を、彼はいい笑顔で手のひらを上にして指し示す。

    「口ずさんでいたでしょう?だいぶ大きな声で」

    …覚えがあります。最近のことなので。その時は確か彼は作業が終わった頃に帰って来たはずで、熱唱はしてたけど作業途中で集中するために止めたから、決して聞かせてたはずはなくて、でも知っているということはそういうことなのでしょう。

    私の先程の予想は早速的を得た。気づけなかった悔しさと恥ずかしさと恨めしさと、そういうもの込み込みで顔を赤くして下唇を噛んで唸る。

    「うぅぅ」
    「可愛らしかったので、また聞かせてくださいね」

    彼は微笑んで、台所へマグを下げに行く。この人ほんとにこういう時にしか褒めてくれない。いや、褒めるというか皮肉。でも受け取っておきます。彼が褒め言葉を言ってくれることはほとんど無いから。

    さて、かれこれ起きてから一時間、こたつに滑り込んでからは三十分は経っていた。彼の姿は見えないが、時々紙をめくる音が聞こえるので死角のどこかで本を読んでいるのだろう。そろそろ冷えた体も温まってきた頃合いで、動き出そうかとも思っていたのだが、ポカポカぬくぬくした体は縫い付けられたかのようにこたつから出てくれない。眠い。雪にはしゃぎすぎたのもあるだろう。そもそも昼前まで寝ようと思って前日(というか今日)遅くにベッドに入ったのもある。寒さで目覚めて、雪ではしゃいで、柔らかなラグの上でこたつ布団に挟まれて温かくなってしまえば睡魔が襲うのも道理で…、…


    「……ナミ?」

    規則的な寝息が耳に入る。彼女の頭が出ている方を覗けば、やはりというか、寝ていて当分起きそうにない。あと少し読んだらキリが良いページなのでそこまで読んだら出かけようかと思っていた矢先にこれだ。ストーブの火は点けっぱなし、換気扇も回してない、ホットカーペットの上で寝れば低温やけどになる可能性もある。全て放置して自分がどこかに行けば死ぬ可能性もあるというのに彼女は幸せそうにこたつの中で溶けている。いっそのこと放置して生きるか死ぬか予想してみるのも有りかと思ったが、殆どの場合は事が起きる前に目覚めて何事もなく生きているであろうし、死んだ場合に死ぬ瞬間が見えないのはつまらない。
    小さくため息をつく。本を閉じて立ち上がり、ベッドの掛け布団をわきに避ける。目覚める気配のない彼女をこたつから引っ張り出す。背と膝に腕を回して抱きかかえ、ベッドへ運ぶ短い道のりで

    「…さむい」

    顔をしかめて彼女が呟いた。どうやら寝言のようで、寝苦しそうに呻きつつも数秒後にはまた静かな息を漏らしていた。反射で「落としてやろうか」とも考えたが、寝言ならば仕方ない。彼女をそっとベッドに横たえ、分厚い布団をかける。部屋の隅で恨めしそうに静かに燃えるストーブを消し、ホットカーペットの電源も切る。部屋の照明を落とせば明かりは窓から差し込む陽光のみとなった。もう一度ベッド際に戻り、おまけで彼女の頭上に押しのけられていたアザラシのぬいぐるみを脇に添えてやる。

    すやすやと眠る彼女は忌々しく、愛らしかった。手をかけて力を込めればすぐにでも折れそうな細首。意識を落とせば次目覚めることは無いかもしれないとは考えないのだろうか。寝ている間に私に食われるとは…いや、その考えに行き着いたとて対処の仕様が無いなら意識を割くだけ無駄か。回収する面倒を避けるため、逃げ出すのは無駄だと体験を通して教え込んだのは私自身だ。
    しかし、諦観の境地に至っても死の恐怖から逃れられるかはまた別問題ではないのか。連れ帰った当初はいつでも極限状態で、敵を見るような目をしていた。その頃に彼女が寝ている姿を見たのは過ごした月日の三分の一ほどだ。眠れば明日がないかもしれないとでも考えたか、出来得る限り死の危険を察知して回避せんとする生存本能か、或いはその両方か。いずれにしろ自分を殺す気のある敵の前で眠らない、眠れないというのは人間としても生物としてもまっとうな反応だろう。
    だが、四ヶ月あたりを境に徐々に敵意・不信の眼差しが和らいでいき、自身が近くにいる時でも概ね決まった時刻に就寝と起床をしていた。きっかけに心当たりはあるが、あれが警戒を解くような事だったかは甚だ疑問だ。目に余る衰弱に住環境と衣服の変更を行った、ただそれだけ。それで彼女は警戒を緩めていき、目の届く範囲でも活動的になっていった。どんな心境変化があったのか、本人に直接聞いた分を加味しても疑問点は残るが、これ以上は自分でもわからないと彼女が言っていたため考えても仕方のないことだ。

    …この関係を壊せば答えは出るだろうかという考えがふと過る。首を絞めるか、四肢を一本食いちぎるか、ともかく彼女の信頼を裏切れば見えてくるものがあるだろうか。一度失えば、彼女から向けられていたものが何だったかわかるだろうか。自身が彼女に向ける感情に名前をつけることができるだろうか。
    まあ、それらができるならとっくにしているわけで、実行に移せなかったからこそ今このときがある。できもしないことを他にやるべきことがある時に考えるのは馬鹿げているのでここらで止めておく。
    食べるつもりの小娘一人を殺せずに、あまつさえ相手に見抜かれてるなど、腹立たしい。信頼という言葉に目眩がする。それでも、この平穏がいつまでも続くことを望む。願いはしない。願ったとてそれを叶える他者はおらず、結局は自身の行動に左右されるからだ。

    窓から差し込む柔らかな光に照らされていた彼はカーテンを閉め、柔らかく微笑んで彼女の頭を一撫で。

    「いってきます」

    玄関の方へと姿を消す。まだ夢の中の彼女が「いってらっしゃい」と微かに呟いた。
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