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    akuta595966

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    akuta595966

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    先生談義
    ※vntセンセに関しての諸々は全部妄想
    ※雰囲気だけ書いた
    ※ちょっと重いかも

    バッチ先生から久々に釣りに誘われた。弟子経由で「たまには釣りでもどうだ……とバッチ先生が言っているようですがどうしますか」と聞かれ、気軽に「まあたまには」と返事したのがきっかけだった。
    ヴェントーとバッチ先生の付き合いは短い方ではない。ムシーカが滅ぶ前からなんとなく彼とモーツェルと付き合いがあった気がする。
    もう遥か昔の事で何がきっかけだったのかは覚えていないが、良き友というよりは年長者として彼の事を当時から慕っていた気がする。
    バッチは殿堂の中でも最も古く作られた型。旧型の中の旧型だという者もいるほどだ。
    それゆえに経験も知識も他のどのロボットよりも豊富。
    殿堂の総支配人であり、マエストロであり、ファーレの語り部であるヴェントーですらも彼を先生と敬称で呼ぶほどだ。
    「バッチ先生が私を釣りに誘うなんて珍しいですね」
    彼とモーツェルが住む家の前にある川。そこに小さい椅子を置いて釣り糸を垂らす。
    ヴェントーの言葉にバッチ先生は「ジリリン」とベルの電子音を鳴らす。
    バッチ先生の言語形態は、単純なようで複雑だ。言葉ではなく鳴き声のようなもので、ロボットには理解できるが人間には理解しがたいらしい。
    何よりその電子音は、彼が飲み込んだ楽器や音の出る道具に応じて変化する。
    以前飲み込んだ目覚まし時計という道具によって、今の電子音はベルのような音になっていた。
    そんなお気に入りの音を鳴らすバッチ先生とヴェントーは、淡々と会話をする。
    (いやなに、君があまりにも根詰めているものだから心配になってね。気分転換にと思ったんだ)
    「そこまで疲れているように見えましたか。最近、というかさっきまで仕事の気分転換に作曲をしていたところで」
    ぴしゃ、と魚が跳ねる。素早く釣り糸の先につけた餌を食って逃げていく。
    (それでは"また"体を壊してしまう。ヴェントー。君は自分で全てを抱えてしまうだろう)
    一旦言葉を切ると、呟くように言う。
    (悪癖だ)
    鋭い指摘にヴェントーは黙っている。返す言葉もないようだ。
    また、というのはノイズが襲来し、ヴィルトゥオーゾの子供達と殿堂のロボット達が力を合わせてそれを退けるまでの空白の4万年。ヴェントーが自分一人で殿堂を維持するために肉体を酷使した末に修理が必要になるまでに故障し機能停止した時の事を言っている。
    その計画に対し、先生は何も言わなかったが内心は苦々しく思っていたのかもしれない。
    「ええ、正に悪い癖です。しかし言い訳がましいのは承知ですが、私の思考パターンはそのように作られているようです」
    ヴェントーは釣り上げた小魚を手に取ると、優しく針を口から外して川に返す。
    「私の思考パターンは自らの体より多くを、ひいては殿堂に住む者達を優先する事を根底にプログラムされています。その為にはこの体が朽ちようと、最善の方法を取るようになっている。皆が言うように己を大切にしようとしても、本能が許さない。恐らく総支配人や語り部としての使命を全うできるのなら……」
    ヴェントーはそれ以上は語らなかった。
    彼が作られた背景とその理由を、バッチは痛いほどに理解しているだろう。
    人間のように、己可愛さに過ちを犯すことのない完璧な施政者。多くの為に己を投げ出すという高潔さ。それを当時の人々は求めた。
    万が一肉体がどうにかなったなら代わりを作ればいい。そうしてヴェントーではなく「総支配人」を連綿と続けさせればいい。
    当時の時代背景が生んだ歪んだ思想。その歪みがさらなる歪みを生み、惑星滅亡という取り返しのつかない事態を生んでしまったのは言うまでもない。
    (ヴェントー。総支配人もマエストロも、きっと作ろうと思えば作れるだろう。しかしヴェントーという存在はキミしかいない)
    バッチの言葉にヴェントーはやはり黙っている。
    (我々は単なる総支配人ではなく、キミを求めている。どこまでも柔らかく、大樹のようなキミを)
    キミを求めている。つまり、自分自身を、肩書きだとか立場ではない自分自身が求められているということ。
    平和な今だからこそ言われる言葉だ、とヴェントーは思ったがあえては言葉に出さなかった。
    バッチはそんな彼の心情を知ってか知らずか言葉を続ける。
    (故にそのプログラムの矛盾を正す必要がある)
    「矛盾、ですか。このプログラムに矛盾が?」
    (あるとも。今の君には自己犠牲を伴う思考パターンは合っていないということだ)
    「……そうですね。私も薄々は勘づいてはいましたが……疑うのが恐ろしかった」
    自己犠牲をした時に周囲が悲しみ、辛そうな顔をする。それに対して心苦しさを覚える自分もどこかにいた。
    バッチは釣り上げた魚を口に入れると、一気に飲み込んだ。
    (君には背負うものがありすぎる。あの子供らの未来。殿堂の未来。殿堂の運営。一人で背負うには過酷で重すぎる)
    そうだ。
    バッチの言葉にヴェントーは何か答えようとした。
    今や自分一人の体ではないと、改めて思い出した。しかし、出来るのだろうか。頼るなんて事が。
    そんな難しい事が。
    (幸いにもキミのプログラムは書き換えずとも修正できる。どうかキミが壊れないように、私たちに一つくらいは背負わせておくれ。その重さを)
    バッチの言葉にヴェントーは優しく、寂しげに笑った。
    「ええ。ありがとうございます。その時が来たなら、きっと助けを求めるかと」
    (困った時はお互い様だ。私とキミの仲じゃないか。まあ、そんな時が来ない平和が一番ではあるがね……)
    魚が跳ねて、とぶんと音を立てて水面を叩いた。
    「平和が一番ですよ。こうやって釣りができるような」
    (大いにそう思うよ)
    また、魚が跳ねて水面を叩く。
    とぶん。
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