世間話家に帰りたくなくてなんとなく寄り道をしてしまったり、ファストフード店とか喫茶店で時間を潰してしまう事って、誰しも経験があるんじゃないかって思う。
残念ながら俺の周りにはそういう人はいなかった。だから俺がこの話をするのはお前が初めてだ。
信じられなくても最後まで聞いてほしい。
男がいたんだよ。変わった顔の男だ。普通の顔じゃない。
ブサイクだとか、そういう意味じゃない。とにかく普通じゃねえんだよ。
顔の真ん中が赤で、左右が青。そういう変な模様の面をつけた男だったんだ。そいつが公園の木の下に立ってたんだ。服は赤い中華系の服だったな。そうして、背中には何か木でできたリュックみたいなものを背負っていた。横目で見た時は四角い木を背負っているように見えた。
俺はその時家に帰るのがなんとなく嫌で、ベンチでさ、携帯いじってた。
来た時はいなかったからさ、本当にびっくりしたよ。だって考えてみ? ベンチ座っててふと隣見たら変な奴がいるって怖くね?
俺なら普通の人間が立っててもビビるね。
そんでだ。俺は逃げようとした。ビビって逃げると悟られないようにさ。
「何故逃げる必要、ある?」
横から声がした。男の声は、確かに俺を指していた。
俺は何も言えずに、黙っていた。
そいつは扇子で顔を扇ぎながら、横目で俺を見下ろしていた。目が笑っているのが見えて、背中が寒くなったよ。
何笑ってるんだって思ったよ。何も面白いことなんかないだろって。
もしかしたら俺に何かする気なんじゃ、悪巧みでもしてるんじゃって思ってさ、やっぱり離れようって思って立ち上がったら。
男が正面に回り込んできた。
赤と青の極彩が視界に広がって、ひゅっ、て引き攣った息が漏れたのを覚えている。
グロい画像とか映像見た時のあの感覚。そういう感覚で胸の中がいっぱいになった。
逃げなきゃ、絶対に逃げなきゃ。こいつはヤバいやつだ、って。
だってそうだろ、映画に出てくるピエロはいつもサイコで善良な一般人を襲ってくるものだから。
でもそういう時に限って足は動いてはくれない。
「安心していいよ。わたしわるい人ちがうね」
カタコトの、日本に来て日本語を覚えたてみたいなおぼつかない喋り方でそいつは言った。ニヤッと気味の悪い笑い方をした。
悪い人じゃないとか言う奴は、大体悪人だ。そうだろ、悪い奴が自分からそうです私が悪い奴ですだなんて言わないだろ。そういうことだよ。
「おにいさん、すわって」
俺は言う通りにベンチに座った。そいつに逆らったら何かヤバいことになる気がした。
そいつは背中に背負っていた木でできた箱を地面に下ろした。観音開きの、婆ちゃんちにあった仏壇みたいな、その箱を開ける。
そうして中に入っていたのは、あれやこれやゴタゴタしたもの。試験管に入った透明の緑っぽい液体とか、干からびたようなキノコとか。気持ちの悪いものばかりだった。
「えーと? おにーさんにあうやつぅ」
男はぶつぶつ、歌うような独り言を言いながら地べたにあぐらをかいて箱の中をガサゴソ。さっきまさに男が座っている場所で犬がウンコしてたのは黙っておいた。
そのうち男は箱から何かを探し出したらしい。丁寧な動作で扉を閉めた。
「おにいさん、シェンエンある?」
「しぇんえん?」
「そ、シェンエン。しぇ、せ、せんえん」
千円と言いたかったらしい。今度はカツアゲか。
「あるけど、なんでっすか」
威嚇するためにワザとヤンキーっぽい喋り方をする。もちろん通じなかった。
「これと交換」
手に押し付けられたものは何かを包んだ古い黄ばんだ紙。どう考えても怪しいだろ、と思ったが「てめぇこっちが渡したんだから千円よこせやコラ」という顔をされたから大人しく千円を渡す事にした。
ああこんな事なら早く帰っときゃあよかった。産まれて15年一番の後悔。
男は差し出した千円を受け取ると、ニコニコ笑って去っていった。
ツァイツェンとか言ってたけど、どういう意味だ。俺は日本語しかわからねえから、ただ呆然と手を振っていた
これがその薬だ。未だに取ってあるんだけど、お前飲む?
まあ俺飲む勇気ないからお前にやるわ。
いらなかったらメルカリにでも売っといてよ。