幼少期万雷生きている。
彼はズキズキ痛む瞼を無理矢理持ち上げる。瞼だけではなく、腹も手も腕も、どこもかしこも痛くて息を吸うのも辛い。
でも生きている。
痛む手を握る。開く。また握って、開く。
痛むがどうにか動かせる。骨は折れていない。
何故生きている。
ふとそんな問いかけめいた言葉が、脳裏をよぎる。
同じことを父親に聞かれた気がする。
お前みたいな出来損ないのクソガキがなんで一丁前に生きているのだ、と。
考えても答えは出ない。
いっその事殺してくれればよかったのに、と彼は思いながらゆっくり体を起こした。
部屋に人の気配はない。いつも通り薄暗く、開けっ放しになった窓から入ってくる風がヒーヒーと甲高い不快な音を立てて入ってくる音だけが聞こえる。
「お父さん」
そっと呼びかけるが、返事はない。もしいるのならこんな小さい声でも耳ざとく聞きつけて「気安く呼ぶな」と殴りにくるだろう。
これからもずっと、父の奴隷として生きていくのだろうか。存在しているだけで不快にさせ、殴られるサンドバッグとして。
父がいないという安堵によって気が緩み、そんな考えが脳裏をよぎった。
彼がいる時にはいつ殴られるかもしれないという不安によって考えもしなかった事だ。余計な事を考えて泣いてしまわないようにと思考を停止していた事だ。
いやだ。そんな惨めな人生は送りたくない。
次の瞬間彼の脳裏に明確に浮かんだのは、それまでの人生と父を否定するような内容だった。
逃げなければ、あの父親という名の暴君から。
彼は外へ続く扉を、音がしないように開けた。
どうして逃げようだなんて思ったのだろう、と一瞬思ったがその問いに答えていられるほど余裕はない。
そうして彼は裸足のまま駆け出した。後ろなど振り向かない。
見つかったらきっと殺される。だが何もせずに殺されるよりはずっといいだろうから。