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    xxx_depend

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    2017年頃の大型アフター合同無配アンソロに寄せて、書いた作品です。
    夏の開催だったので、みずみずしい感じを目指しました。
    ダイニングカフェバー店長光忠×グルメ雑誌編集の話はまた書きたいなぁ。

    全ては夏の所為・零 空蝉や優曇華(うどんげ)の花が夏の訪れを気付かせてくれる、そんな季節が今年もやってきた。うだるような暑さも、陽が陰れば心地良い。
     夕暮れでも湿気た空気は熱を纏い、長谷部のこめかみに汗が一筋つう、と流れる。
     時折、夏の匂いをまとう風が、さらりと肌の熱を攫っていく。長谷部は、虫の鳴く音に耳を傾けるように瞼を閉じた。

     ぱしゃり。ぱしゃり。

     近くから聞こえる水音の方へ目をやると、背の高い男が店先で打水をしていた。
     朱色に照らされて光る彼の横顔の、その視線は紫陽花に乗る赤い斑点に向けられていて。長谷部は思わず顔を綻ばせた。
    「……『短夜の あけゆく水の匂いかな』……だったか」
    「長谷部くん!」
     途端にこちらへ一心に注がれる視線と好意に、いつだって長谷部は内心のぼせ上がってしまう。勿論おくびにも出さないけれど。
    「仕事は終わりかい? 今日は早いんだね」
    「ああ、外は暑くて堪らない。涼ませてくれ」
    「勿論だよ」
     白いシャツを捲った美しい男は、にっこりと笑いかけて桶を置くと、うなじから雫を滴らせながら今日も手招いてくれる。
     素直に成れる歳など随分昔に通り越していて、それでも下手な誘い文句すら解らない、大人に成り切れない俺は、こうして暑さの所為にでもしないと彼の店に入る事すら出来ないのだ。

     ダイニングカフェバーの店長である光忠と知り合ったのは、仕事の取材が切っ掛けだった。グルメ雑誌とは名ばかりの、編集が気に入ったネタを好きに特集する様な『雑食』雑誌。
     雰囲気がシャレていれば良いというふわりとしたテーマで毎月刊行している。そこでこの店を取り上げようとしたのが半年前。しかしどうして編集長である俺は、まだこの店を世の中から隠しておきたいきらいがあるらしい。かくして、この店の魅力を知り尽くすという名義の元で男の店に通い続けているのである。

     どうやら客は居なようだった。元々古い民家の一階を改装したレトロな佇まいの店は、住宅街の端にひっそりと構えられているから、閑古鳥の鳴く時間だという訳だ。最も、「趣味でやっているような店だからね」と言う、あのいけ好かない顔の男曰く、困っては居ない様だった。
    「夕食には早いかな、何か食べられるものでも作ろうか」
    「この気温じゃあ、食指が動くものなんて無い」
    「駄目だよ長谷部くん、しっかり食べなきゃ。君ってそんなだから、どこか儚げに見えてしまうんだよ。なんて、僕の欲目が入っているのかもしれないけれど」
     光忠は長谷部を奥のソファ席へと座らせながら、困ったように眉尻を下げてくる。この男の計算ずくな所作こそが、俺の心を捉えて離してくれない。……全く、狡い男だ。
    「儚げ、だと? この俺が? ふ、笑わせる。いい歳の男だぞ」
    「そういう意味じゃあ無くて。君があんまりにも綺麗だから、時々神様にでも攫われてしまうんじゃないかって不安になるってこと」
     事も無げに左目をつむって囁く甘い言葉。ウインクのつもりだろうが、片目が前髪に隠れていたのでは体裁すら整っていない。それなのに、長谷部は頬の温度が一気に上がるのを感じた。上手く誤魔化せているだろうか。
    「……っよくもまぁそんな白々しい台詞を俺に言える。素面でそれが言えるなんて呆れるし、似合って無いと言いたい所だが。顔が良ければ何したって恰好付いてしまうから憎らしい」
    「それって褒めてるだろう、素直じゃないね君って」
     光忠は嬉しそうにふふ、と端正な顔を崩すと、長谷部の耳元でひそりと囁いてから、飲み物も持ってくると奥へ下がっていった。
    「……な、解っていて言ってるだろ、あいつ……っ」
     耳までが熱い。心臓が耳にあると錯覚する程にドクドクと脈打つ。
    (「夏バテ気味の君を料理人が抱くなんて駄目だろう? 僕と今夜の為に体力をつけてくれ」)
     あの優しくまろやかな低音は、唯でさえぞわりと背筋が甘く痺れるのに。俺を誘う時の、少し上ずった甘い声で耳元に囁かれては堪らない。
     まったく、恥ずかしい奴だ。暑い。さっきまでとは確実に違う暑さだ。まるで熱に浮かされているみたいに、身体は耳から内側へと熱を溜めていく。

     長谷部は、水滴の付いていないピッチャーを傾けて、その中に浮かぶライムとオレンジが氷と踊る様をぼう、と眺めながらグラスへと勢い良く注ぐ。そうして何度も一息に飲み干すのを繰り返した。やけに喉が渇くから、と自分に言い訳してやりながら。
    「お待たせ、長谷部くん。あれ、そんなに暑かった? 」
    「……まあな。それに随分高級な水だと思ったから」
    「ああ、爽やかだろう。どうぞ、良かったらこれも食べて」
     光忠がテーブルに乗せた透明な皿は氷の様に涼しげだった。その器には金色の麺と色とりどりの野菜が乗っていて、見事に鮮やかである。
    「冷やし中華だよ、これなら食べれるかなと思って」
    「有難く頂く。美味そうだ」
     細く刻まれたキュウリと錦糸卵に、みずみずしいトマト、薄く切られた肉。それらが行儀良く盛り付けられていて、長谷部は腹が減っていたことに気付いた。一口啜ると、酢の効いた醤油味はカラシと相まってつるつると進む。
    「ほんと、長谷部くんは美味しそうに食べるよね」
    「そうか? 夢中だった。やはり夏はこういうのが美味いな」
    「そう言うと思った」
     光忠はそう微笑んでから、もう一皿を長谷部の向かいに置くと、自らも座って左耳に髪を掛ける。そのまま丁寧に手を合わせていただきます、と箸を持つその時の伏せた睫毛に、長谷部はつい見惚れてしまった。
    「手止まってるよ」
    「あ、すまん。カラシが目に染みた」
    「ふふふ、急いで食べ過ぎだよ」
     下を向いて啜る光忠の顔を眺めながら、長谷部はこの男の睫毛が長い事に何故今まで気が付かなかったのだろうとぼんやり考えて、何となく答えに行きつく。隣で眠る事は数えきれない程あったけれど、一度もこの男の寝顔を見た事が無いからかもしれない。確かに、思い起こしてみても、いつも俺より先に起きていて朝食まで作っていたりするのだ。
     では、どうして寝顔を見せてくれないのだろうか。ひょっとしたら、それは光忠が俺に気を許せていないからじゃないだろうか? 俺が光忠の様に好意を上手く伝えられないから、不安で気遣いしているのかもしれない。
     もしそれが事実なら、あんまりにも光忠が不憫だ。それに……、長谷部への好意を映す、あの左目が誰か別の人に向けられてしまうかもしれない。それが嫌ならば、俺も甘えないできちんと言葉にしなくてはいけないのだ。
    「その、お前の作る料理はいつも美味い」
     手を止めて、おずおずと目の前の男に言葉を掛けてみる。
    「有難う。そう言って貰えると嬉しいよ」
    「ーーだから、俺が美味そうに食べているなら、それはお前の料理がそうさせているって事だ。一緒に食べる相手が、お前だから……。そういう理由も、少なからずあると思う」
     多分だけどな、と語尾が小さくなっていく言葉に付け足す。
     いつのまにか食べ終えてしまった空の皿を見詰めながら、行き場を失った右手はまだ箸を握っている。ちらり、と上目で様子を窺うと、目の前の男は長谷部の予想を遥かに超えた満面の笑みを湛えていた。
    「長谷部くんが美味しく食べるのは僕が居るからなんだね」
    「お前が美味そうに食べると良く言うからだろう。大体、俺はグルメ雑誌の編集だぞ。美味い物なんて食べ飽きていて、そんないちいち感動してられない」
    「でも僕の料理はいつも食べに来てくれる。その理由を、期待しても良いって事かな」
    「勝手にしろ」
     機嫌良くにこにこと俺を眺めてくるのは居心地が悪いけれど、扱いやすいこの男と素直になれない俺は良い組み合わせだと思う。
    「長谷部くん」
    「なっ……んん、っ」
     不意に呼びかけられて顔を上げると、いきなり口接けられた。唇を啄まれて、柔らかく何度も下唇を吸われる。反射的に薄く唇を開いて、どちらからともなく熟れた舌先を絡めていく。
     息が苦しくて顔を離すと、光忠に抱き締められた。座ったままの俺は、彼の胸板のいつもより低い位置に顔を埋める事になって落ち着かない。
    「君が言葉にしてくれて嬉しいよ。長谷部くんはなかなか僕に言ってくれないから。僕は、仕事で忙しい君がいつも店に来てくれる事が本当に嬉しいんだ」
     何度もキスを繰り返される。ゆっくりと、時々口の端や、顎先や額へ悪戯に唇を落としてきて焦らされる。
    「……っは、それは、職場から近いのもあるけどな」
    「近くて良かったよ」
     後頭部に手を差し入れて、光忠を引き寄せながら会話の合間にキスを繋げる。腰に手を回されて、両膝を着いた光忠と距離が近まった。
    「……はせべくん、もう閉めるから……少し待っててくれ。今晩は僕の家にしよう」
    「解った…ー」
     互いに競うように口接けを深めていけば、長谷部のなし崩しの理性は傾いていく。甘美な温度は離れがたく、もう少しだけ此の儘めくるめく恋の欲に浸っていたい。夏の夜は短いのだから。
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