顔が好きか否か「委員長さー、オレの顔好き?」
金曜日の放課後の教室、幼なじみの問題児が突然そんなのこを言うものだから、宮原は取り敢えず顔をしかめて見せることにした。
一体全体誰に何を吹き込まれたやら。
「馬鹿なこと言ってないで手を進めなさいよ」
「えー、答えてくれないんだぁ」
そうは言いつつ顔は嬉しそうに笑っているのはなんなのか。
「さんがくの顔なんて、こどもの頃からずっとみてるもの。さんがくの顔だなっていう感想しかないわよもう」
嘘だけど。
もしもこれを去年の自分が聞いたら真波からのアプローチかも? なんて、はしゃいでしまったかもしれないけど、高校二年生になった宮原はもうなんか、そういう甘酸っぱい駆け引きなんて空想の世界のものでしかないことを理解してしまっている。
だって、さんがくだし。
すべてはその一言で片付けてしまえるのだから、本当この恋は前途多難だ。
……叶うなんて、もう、考えられないけど。
「じゃあさ、委員長の好みの顔ってどんな?」
「随分食い下がるのね、プリントやる気がないなら私もう帰るけど」
「あ、じゃあオレの部屋でやる? どうせ一緒に帰るんだしそっちの方が委員長も楽じゃない?」
「自転車通学がなに言ってるのよ」
本当に帰ってやろうかと、自分の勉強道具を片付けだした宮原に、真波は焦るでもなく待って待ってと呼び止める。
「実は昨日部活の先輩にさ、オレ、顔がいいらしいからどんな女の子も顔を好きになってくれるって言われて」
「……呆れた、仮にそうだとしても誰彼構わず聞いて回るのはどうかと思うわ、うっかり勘違いでもされたらどうするのよ」
いまでもファンクラブなるものがあるというのに、まあ、自分には? 関係ないけど?
「誰彼かまわずなんて聞くわけないじゃない。委員長にしか言わないし聞かないよ」
答えつつ真波がプリントにシャープペンを走らせるものだから、宮原も帰り支度は一旦やめることにした。
二年生になってからはプリントから逃げる頻度も減ったし、現状片付けなければならないプリントも真波が取り組んでる一枚だけ。
このペースなら今日で一段落つけることが出来そうだ。
「……できたー」
じっと進捗を見守っていれば、シャープペンを転がした真波が大きく伸びをする。
外はすっかりと暗くなっているけれど、直近のバスまでは多少の余裕があるので職員室に急がず寄っても問題ないだろう。
「お疲れさま、じゃあ私これ職員室に置いてそのまま帰るからさんがくも家まで気をつけて帰りなさいよ」
「え、委員長……」
プリントの端を揃えて自分の荷物を持った宮原は、そのまま早足で教室入り口に立つと、ちょっと悩んでから視線を真波に向けないまま振り返った。
「普段のさんがくの顔は、まあ、そこそこ見慣れてるけど? でも、試合に向かうときの勝負するぞって顔は、まあ、格好いいと言えなくも、ないんじゃないの?」
髪の毛の先をいじくりながらそれだけを告げて、返事も聞かずに廊下へ駆け出た。
恥ずかしい、言うんじゃなかった。
でも、プリント頑張ってるし、そのくらいは言ってもいいかなと思っちゃったんだもの。
明日から休みだし、そんな深い意味を真波が考えるはずもない。
だから、いやでもやはりちょっと、かなり、恥ずかしい。
自分の思考にいっぱいいっぱいだった宮原は、自分が立ち去った後の教室で真波がやっぱり委員長、委員長だなー。なんて、ひとり笑みをこぼしていたことを知らない。
職員室前で気持ちを落ち着けて、ちょっとの誇らしさと後悔を抱えつつ到着したバス停で、自転車の入った袋を担いだ幼なじみに待ち伏せされることも。
まだ、知らない。