Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ktgn_pdl

    @ktgn_pdl

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🚵 👓 🐬
    POIPOI 19

    ktgn_pdl

    ☆quiet follow

    アニメ当番回更新目指していたら、簓くん誕生日にアップすることになったお祝い要素のほぼほぼないささろです
    今日も元気に(?)両片想いしてます

    #ささろ
    sasaro
    #ヒ腐マイ小説
    hifutsuMaiNovel

    目覚まし代わりに悲鳴と赤面をひとつ「お、簓のやつ珍しく動揺してんな」
     とある金曜日の静かな夜。
     ノーアポで押しかけてくるチームメンバー不在の自宅で、夕食をつつきながら盧笙がみていたのは、簓がゲスト出演するということで選んだ、とあるトークバラエティ番組だった。
     自分の意見を言うことに躊躇いがなさそうな女性タレントや元アイドル、そして女性芸人が、女性視聴者からの相談にやいのやいの言う番組で、最近深夜帯からゴールデンに進出してきたらしい。
     この番組では出演する女性陣の我がとても強く、ゲストとして唯一出演する男性が面白おかしくいじられるのも、人気の要因のひとつになっているとかなんとか。
     とはいえあの簓なので、視聴者に求められる反応を挟みつつ飄々とやってのけるのだろう。そんな風に予想をしていたから、大多数の視聴者にはわからない程度だろうけれど、ちょっとばかり引き気味になった態度が気になった。
     トークテーマに選ばれた視聴者からの手紙はこうである。
     共働きの夫が、自分を召し使いかなにかのように扱うことに腹が立つ。帰ってくれば飯、酒、おかわり。用意も片付けも手伝わない上に、味付けやメニューに文句まで言ってくるんです。
     それに対する女性陣の声は、共働きなら別れてしまえ一択であった。なんなら、相談者のメール開始から数秒で別れろ! と、怒号が飛んでいた。その反射神経たるや見事なものである。
    「……別れる方がええって考え方もあるんやなぁ」
     ちょっとだけ思案して、盧笙はテーブルの端に置いていたスマートフォンを手に取る。メッセージアプリのトーク画面を開いてから、少し悩んでいま見ている番組の簡単な内容とチャンネルを打ち込んで送信した。
     というのも、先程の相談者の手紙の内容と似たような出来事がつい最近身近であったので。
     好きで一緒になることを選んだ相手であるのだから、嫌なことは嫌と伝えた上で改善していくしかないと思っていた。
     けれどそうか、別れるという選択肢もあるのか。
     次第にヒートアップしていく女性陣は、相談者の手紙以上のエピソードを上げながら、こんな男は捨てろという論調を強めていく。
     はてさて簓はというと、先程の違和感など最初からありませんでしたという態度で、先輩の女性芸人の弁舌に押されている体でのらりくらりと返答をしては、一笑い二笑いを重ねていた。
     さすがの手腕である。
     元相方の奮闘を眺めつつ食べ進めている盧笙の本日の夕食は、冷凍しておいたご飯ともやしがメインの野菜炒めだった。なにせ給料日前なので。
     自分には食事にケチをつける伴侶などいもしないが、もしもいま話題にされている旦那のような伴侶でもいようものなら、物凄い言われそうやなと内心でごちた。
     まあ、そんな相手はどこにもいないのだけれど。
     なんてことを考えながら、相談にどんな解決策が提示されるのか興味深く見守っていたというのに、突然インターホンが来客を報せてきた。
    「……こんな時間になんやろ、宅配が来る予定もあらへんし」
     どんな結論が出るのか気にはなったものの、出ないという選択肢は盧笙には存在しないので、そのままよいせと立ち上がり玄関へ向かう。
     と、またインターホンが鳴った。
    「はいはーい。ってしつこいな今出ますー」
     だんだんと連打されるそれに、なんとなく来客の正体を予想出来てしまった。
     念のためドアスコープを覗けば想像通り、歪んだレンズの向こう側に立つ緑頭が見える。
    「……お前、チャイム鳴らして家主待てるんやったら最初からそうせえ。ただし鳴らすんは一回でええねん」
     そう苦言を呈しつつドアを開けてやれば、いつもの軽口はなく妙にしおらしい様子で、簓が無言のまま盧笙を見上げてきた。
     厚手のパーカーにジャケットを羽織った私服姿は、何度か盧笙も見たラインナップ。仕事着にオーダーメイドだという千鳥柄のスーツを着こなす男の私服は、古い記憶とさほど差違のないシンプルなものが多い。
     当時着ていたものと比べて、値段のゼロは多くなっているのだろうが。
     口先から産まれてきたような男が珍しく、一言もしゃべらずに口をパクパクするものだから、思わず盧笙は簓の頭の向こう側に誰か隠れているのではと周囲を見渡す。
    「どうしたん? どっかに零でも隠れててドッキリで仕掛けとんのか?」
     冗談めかして問うものの、その場合簓がこんなあからさまな態度を取るわけがないので、厄介なファンにでもつきまとわれたのかと邪推してしまう。
     なにせ、ファン対応が神がかっていると言われるくらいには、目の前の売れっ子芸人は人当たりも愛想もいい。
    「ちゃう! けど、あの、その、盧笙」
    「なんや?」
     答えつつ、簓の肩をつかんで家の中へ引き寄せて玄関のドアを閉めてしまう。夜はあらゆる音が響いて近所迷惑になるし、こんな風に言葉に惑う簓にただ事ではないものを感じ取ったので。
    「誰かに尾行されとるとか、そういうんやないんやな?」
     改めて問えば、驚いたと言わんばかりに細い目が盧笙をとらえる。なるほど見当違いだったらしいと納得した盧笙は、さっさと中に入るように簓を促した。
    「あの、盧笙」
    「なに?」
    「これ、受け取ってもらえんか?」
     そう告げた簓が差し出してきたのは、紙袋に入ったプリン。そのパッケージには覚えがあって、以前テレビでなかなか購入出来ない幻のプリンとして紹介されていたものだった。
     食べていたレポーターが、過去一固いプリンです! と、力説していたので食べてみたいと言ったことはある。それも、簓の目の前で。
     だけれど、両手をあげて喜び受け取るには色々と不穏がすぎた。
    「まず説明せえ。突然しおらしい態度でそんなん言われても素直に受け取れるわけないやろ」
     言いつつリビングへ戻ったのは、まだ食事の途中だったからだ。
    「お前、詐欺商法アッサリ引っ掛かるのになんで対俺やとそんな警戒するん?」
     そんなことをぶつぶつ呟きつつ、後をついてくる簓はやはりどこか気まずげで、持ってきたプリンを盧笙の了承なしに冷蔵庫へしまうと、テレビの真正面に座った盧笙のすぐとなりに正座をしはじめる。
     反省と叱られ待ちです。みたいな態度をされても、まったく身に覚えがないと言うのに。
    「いやほんでなんやねん。妙なことにまた人を巻き込もうとしとるんちゃうやろな?」
     自分のところの生徒を引き合いに誘われたテレビ番組の収録で、いま思ってもかなり悪質で面倒なことをされたなと思い出して問えば、ふるふるふると全力で首が振られる。
     そのタイミングで、尺が長めの保険CMを流していたテレビが先程の番組を流しはじめた。どうやら例の相談者へ回答は、はじまっていなかったらしい。
    「……あ、盧笙、これ見てたん?」
     弱々しいくらいの声にふと食事の手を止めて簓をしっかり見てみれば、玄関先のぼんやりした明かりではわからなかった顔色の悪さに気づく。
    「……簓、お前、調子悪いんか? 顔色真っ白やし、様子もおかしいし。飯は? 食えるんなら家の常備薬でええなら出したるからなんか用意するわ」
     冷凍庫にまたご飯が入っていたから無難に粥か。
     頭の中でそう算段をつけながら腰を上げようとしたところで、簓の両手が盧笙の腕をつかんでいた。
    「体調は悪ないねん。あの、ちょっと盧笙に聞きたいことがあってな」
    「なんや?」
    「このトークテーマにされてるようなやつ、どう思う? あ、夫の方な」
    「は?」
     問われてテレビ画面に視線を戻す。
     なんだかんだでリーダー格のようになっている女性が、我々は離婚もありとは思うけれどと前置いて、それよりは優しい言葉でまとめに入っていた。
     あなたの人生はあなたの物なのだから、自分が一番幸せになるための選択をして欲しい。そんな方向で。
     まあテレビだし、落としどころとしてはその辺りになるだろう。ただそれを、誰が言うかで説得力が出るのだから、芸歴が長い年長者というのはすごいものである。
     画面下部にスタッフロールが流れはじめたのを眺めつつ、たっぷり数秒長考した盧笙はもう一度簓を見遣った。
    「……質の意図がわからへんけど、どう思うかって聞かれたらシンプルにクソやなとは思うわ。好きで結婚した相手にしんどい思いさせるてなんやねん、大事にせんかいってな」
    「グサーーーー」
    「口で言うな。ちゅーかなにに刺さっとんねん。……まさかお前、好きな子に似たようなことしとるんか?」
     問えば気まずげに目線がそらされる。
     あまりにあからさまな反応への呆れと、想い人がいたという現実に色々なものが胸の中で去来するけれど、おくびにも出さずに盧笙は簓の目をじっと睨んだ。
    「アホお前、それなら真面目に反省せえ。好きな子はお前の召し使いでもなんでもあらへんぞ。人によってはそういうん、しんどなって泣いたりもするんやで」
     盧笙の言葉になにやらダメージを負っているらしい簓は、胸元を押さえてラグの上に転がり呻いていた。
     感情を読みにくくさせるのが得意なくせに、大層わかりやすい態度である。
     転げ回りたいんはこっちやけどな。
     腹の中に落ちる様々な感情だとか、気持ちだとか、そういうものを吐き出すように盧笙は大きなため息を吐いた。
     と、そのタイミングで盧笙のスマートフォンがメッセージのお知らせを伝える。
    「あ、チカちゃんや」
     思わず声に出すと、転がっていたはずの簓はアクションシーンさながら跳ね起きて、盧笙のとなりにまた座る。顔色が白から青になっていたので、本当にこいつは大丈夫なのかと心配になった。
    「ろ、ろろろろろ、ろしょ、ちちちちちちちかちゃんて……?」
    「いや噛みっ噛みやぞどうした」
     問うてもやはり簓は答えず、壊れたラジオのようにちかちゃんを繰り返すものだから、軽くその形のいい脳天にチョップを食らわせてやる。
     定年間際の先輩教師が、壊れた家電はよくこれで直したんですよなんて笑っていたのを思い出したので。
    「まず深呼吸して落ち着き。今日のお前脈略なさすぎやけど酔ってるんとちゃうみたいやから、変なマイクに洗脳されとるとか、妙な薬飲まされたわけちゃうよな?」
     大真面目に問うて、ようやく簓は落ち着いたらしい。
     両手で頭を押さえながら、毒気の抜けたような表情でこくり頷く。
    「まずな、チカちゃんは俺の高校ンときの仲間の嫁さんや。こないだ新居に越した言うて招待されたときにな、さっきの番組の相談者みたいな状況やってん」

     かいつまむと、こうである。
     友人夫婦の新居へ、手土産片手に少し遅れて到着した盧笙は、なぜか早く中へ入れ入れと夫婦ではない別の友人たちからの大歓迎を受けた。
     何事かとリビングへ足を踏み入れれば、泣いているチカちゃんとつかみ合う二人の男たち。という、謎な修羅場が現れる。
     祝いの席でなにをしているのだとふたりを引き剥がせば、新郎こと仮にA助としようか。A助に掴みかかられていたのは、友人グループの中で唯一元ヤンとは呼ばれないB太だったことも盧笙を驚かせた。
    逆にA助は高校時代荒れに荒れていたタイプで、身体も大きい。他のメンバーが止めようとしても止まらなかったため、盧笙は大層な歓迎を受けたというわけだ。
     
    「いやそれ、盧笙やって危ないやろ」
     黙ってこちらの説明を聞いていた簓が、思わずといった形で口を挟む。
    「いや、俺学生ン頃からそいつとの喧嘩で負けたことないねん」
    「…………友達、やんな?」
     過去、名のあるヤクザと繋がりがあったらしい男が、わからんと首をかしげる。
     まあでも、法律は違反しようともルールがありそうな反社会的組織より、なんの制約も持たないこどもの集まりの方がタチは悪そうだなとも思うので、そこは特に言及をしなかった。
    「まあ、殴り合いから生まれる友情なんかもあるんやないか。……知らんけど」
     適当に答えればそれがわかったのか、簓が不服そうな顔をする。けれどそれ以上の追及はあきらめたらしかったので、盧笙は話を続けた。

     難なくA助を押さえた盧笙が二人をというか、一方的にB太に詰め寄るA助を引き離し、他のメンバーがB太をかばうように立ち塞がったところで事情を聞けば、A助はB太が嫁のチ……Cカちゃんに色目を使っているとわめきだした。
     それはおかしい。
     B太は倫理観のしっかりした友人で、いつだって穏やかに笑っているような男だ。それは大人になったいまでも変わっていない。
     とはいえ片方の話だけ聞くのはフェアではないから、泣いているCカちゃんは無理だとB太に目線を向ければ、軽蔑しきった顔でA助を見つめていた。
     こいつ、Cカちゃんのこと粗末に扱っとんねん。
     そう言ったB太の説明はこうだった。
     A助は要らないと言ったが手土産持参で新居を訪れて、最初こそ食事と酒を楽しんでいたけれど、談笑する自分たちのため一人キッチンとリビングを往復するCカちゃんが気になった。
     様子を見ればA助は手伝うでもなく、あれこれ申し付けてはこき使っているようで、さすがに悪いと彼女は部屋に戻すか参加させて、用意は自分たちでやろうと提案してみたのだと。
     けれどA助は必要ないとすげなく断り、お前らは客だからもてなさないといけないなどと言い出す始末。
     確かに新居だし、キッチンを他人が出入りするのは嫌かもしれないと思ったものの、念のためCカちゃんに声をかけてみたら、そんな風に言ってもらったのはじめてですと泣き出した。
     なんでも新居でのパーティは初めてではなく、前の週では職場の仲のいいメンバーを集めての酒宴が、昼から夜遅くまであり、その間一人でずっと用意などをさせられていたのだと。
     そんな話をしていたところにA助がやってきて、俺の嫁に色目を使いやがってとつかみかかってきた。
     ということらしい。
     それを聞いた盧笙は即座に押さえ込んでいたA助へ関節技を決めたし、なんならラップバトルで鍛えに鍛えた発声でもって黙らせたし、説教もした。B太とCカちゃん以外のメンバーにも同様に。
     俺らが客でもてなさなアカンのやら、お前が働くんが筋やろが。俺らはお前のダチやけどCカちゃんとは結婚の挨拶で顔合わせただけやぞ。
     好きで結婚したんと違うんか、自分に都合よく使いたくて結婚したんか。そうやないやろ、大事な人が出来た言うて俺らに紹介したんは嘘なんか。
     そうやったら俺はお前を見損なう。
     そこまで言ってまずCカちゃんに謝ったのはその他の友人たちで、A助もそこでようやく盧笙の拘束から逃れようと込めていた力を抜いた。
     その後、Cカちゃんは主賓として寛いでもらうことにして、男たち総出でキッチンにて食べ物や飲み物を用意し、A助にはひたすら使った食器を洗わせた。
     これはB太からの提案で、飲み物の種類を変える度にグラスを交換させていたので、食器洗いも積み重なると大変だということを覚えさせろということだった。

    「まあ、後のことは端折るけど、A助を働かせてる間に残りメンツでメッセージのグループ作ってな。もしまた似たようなことがあればいつでも説教しにいくって約束しとったんや。そしたらさっきの番組で似たような話しとるやろ? なんか参考になるかもしれへんと思って連絡したから、その返事やろな」
     そう話を締めくくった盧笙の話を聞く簓の顔色は、やはりよくない。
    「ほんで、お前の奇行の理由はなんやねん。やっぱり俺の知らんところでドッキリでも企んどったんか?」
     問いに否定を示すように首を横に振るものの、やはり言葉を飲み込む簓に、盧笙はため息ひとつ落として立ち上がる。
    「お前、飯は?」
    「……まだやけど」
    「なんでやねん。プリン買う暇あったら自分の飯買うて来い」
     言いつつ冷蔵庫の中身をざっと眺め、最終確認とばかりに本当に体調は大丈夫なのかを問う。
     答えイエス。
     だったら顔色の悪さは疲労かなにかだろう。
     本人の申告ではあてにはならないだろうが、簓の自己管理能力はコンビ時代から知っているので、嘘ではないと判断した。
    「そんならチャーハンな。冷蔵庫ン中片付けるつもりやったから残りモンで作るやつやから、味に文句は言うなよ」
     冷凍のご飯はまだあったし、明日使おうと思っていたネギと焼き豚は刻んでそれぞれタッパーに入れてある。ひとまず電気ケトルに水を注ぎ、スイッチを入れる前に冷凍飯をレンジで解凍しながら、盧笙は慣れた手つきでフライパンを用意しはじめた。
     自分で食べるのならチューブニンニクも入れるところだけれど、今回はやめてごま油に刻みネギを放り込んで加熱する。いい香りが立ってきたところで、焼き豚も入れて塩胡椒を振っていれば、レンジがご飯の解凍を知らせてくれたので、ラップから剥いでフライパンに雑に入れた。こういうのは勢いが大事なのだ。
     合間に電気ケトルのスイッチも入れてちらり簓を横目に見れば、開いているのかわからない目がこちらをじっと凝視している。
     なんなんだろうな、本当に。
     口から生まれたような男が言いよどむなにかに心当たりのない盧笙は、その口を開かせるよりもまず栄養と休憩を与えたいなと思ってしまった。そのくらい、簓の顔色が悪い。
     どうせ、しょーもないことなんやろうけど。
     自分でもどうかと思う程度には、簓に甘い自身を盧笙は自覚している。
     そうしてしまう理由もわかっているので、どうしようもないと諦めているところだ。
     味付けにタッパーに残った焼き豚のつけダレと、ほんの少し醤油をフライパンの縁に回しかけて適当な皿に盛ってやる。その間にお湯も沸いたので、インスタントの卵スープをお椀に放り込んで湯を注げば完成だ。
    「ほれ、まずは飯食え。ただでさえ不規則な生活しとるんやから自分の身体大事にせんとあかんで」
     テーブルの簓の前にチャーハンとスープを置いて、使った道具やタッパーを片付けるためにキッチンへ戻れば、簓は手を合わせた後に添えておいたレンゲでチャーハンをガツガツと食べはじめていた。
     人間、空腹のときはどんどん気持ちが沈んでしまう。
     落ち込みの大先輩である盧笙はそれをよくしっていた。
     ――腹が満ちたら風呂にでも突っ込んでやろう。
     最後の洗い物であるタッパーをひっくり返して水切りに乗せ、バスルームへ移動しようと歩を進めかけたところで簓に呼ばれた。
    「ちょっと待っとき、いま風呂の準備だけしてくる」
    「いや、でも」
    「ええから。すぐ戻る」
     なんだかんだ十代から住んでいるアパートだけれど、盧笙が一時実家に身を寄せていたときに風呂のリフォームがなされたため、スイッチ一つでお湯張りからなにまで出来るようになったのはありがたかった。
     バスルームから戻れば簓はまだ食事の途中で、自分用に残ったお湯でスティックコーヒーを淹れた盧笙は、再びテレビの正面という初期位置に戻った。
     そのタイミングで簓がレンゲの動きを止める。
    「あんな、盧笙」
    「まず食え言うとるやろ。それとも食欲もないんか?」
    「あるある! 盧笙メシ食ってたら美味すぎて美味すぎて震えてまう! けど」
     覚悟を決めた顔の簓は、レンゲを皿に置くと膝を盧笙に向ける形で正座をしはじめた。なにがはじまるのかと見守っていれば、そのまま上体を倒してお手本のような土下座の形になる。
    「スマン! 盧笙!」
    「………………は?」
     人間予想外の出来事が起こると固まってしまうものだ。
     それは盧笙も同じで、突然簓に土下座をされても、その理由がさっぱりわからないからさらに混乱してしまう。
    「って、やっぱりお前、俺になにかしらのドッキリでも仕掛けとるんか?」
     身に覚えも心当たりもないが、謝るということはすべて終わったということか。
     部屋に隠しカメラでも仕込まれているのかと周囲を見渡せば、簓が速攻で否定をする。
    「いやそうやなくて、さっき見とった番組あるやろ? 俺もお前におんなじことしとったなって気づいたから、謝らな思って」
    「いや待てさっきのやつ収録やろ。なんで今日やねん」
    「放送前の番組内容話すわけにいかんし、夜に来られるのが今日やってん。電話やメッセージで謝るんは俺がいややったし」
     土下座の姿勢のまま簓が言う。
     取り敢えず謝罪の内容を改めて反芻してみたし、思い当たることも、まあ、あった。
     居酒屋、飲み屋、帰れや。で、韻を踏めてしまったあの夜から、盧笙の部屋は定期的に飲み会会場となってしまっていたし、ツマミだ酒だを求められるまま提供していたけれど。
    「ちゅーか、別にあんなん改めて謝られることちゃうやろ」
    「……え、怒っとらんの?」
    「たしかにあんときには腹も立てたけど、その場で怒ってそれで終わりやろ。そもそも俺ら付き合ってるわけでも結婚しとるわけでもないし、テレビのともチカちゃんとも状況が違いすぎるわ」
     ここは盧笙の家で、不法侵入であることを一旦脇に置いておけば、ふたりは一応客なのだからもてなすのはまあ当然と言えば当然だろうし。
     それをそのまま告げれば、簓はようやく顔を上げた。
    「なんでちょっと不服そうなん。俺が怒っとった方がええんか?」
    「そういうわけやないけど」
    「取り敢えずその姿勢もやめて飯食え。多かったら残してええから」
     その言葉で、のろのろと姿勢を戻した簓は、残りわずかとなっていたチャーハンに戻った。
     まったく世話の焼ける男である。
     自分もコーヒーを飲みながら、ああでも、とふと思い至った。
    「まあでも、さっきも言うたけど俺はええけど本命の子相手には自分が飯振る舞うくらいのつもりでおれよ。人によっては苦じゃない子ぉもおるやろうけど、好きな子のことは自分が一番大事にしてやらんとな」
    「……やから謝りに来たんやないか」
    「ん? なんか言ったか」
    「いや」
     もごもごと首を振った簓は、チャーハン皿を綺麗に片付けスープも飲みきると、ごちそうさんと手を合わせた。
    「今度は俺も盧笙になんか作ったるからな」
    「なんや急に。別にええよ、お前の飯用意するくらい。味に文句言うなら別やけど。って、それなら自分の家で飯作って食わんかい」
     簓の肩を軽くどついて空の食器を手に取る。
     こういうのは早めに洗ってしまうに限るのだ。
    「あ、盧笙。それ俺が洗うで」
    「ええよ。飯食って多少顔色戻ったけど本調子ってわけでもないんちゃうか。その謝罪もプリンも受け取ったるから、風呂入って今日は寝えや。俺のベッド使てええから」
     珍しく本気で反省しているらしい男に、そう答えたのは彼を慮ったわけではない。
     結局のところ、自分が簓に甘いことはすでに自覚していた。
     大事にしたいし、甘やかしてしまいたい。
     つまりはそういうことで。
     皿を洗っている間に風呂が沸いたとしらせがあったので、まだ釈然としない様子の簓をせっついてバスルームへ送ってしまう。
     盧笙自身はすでに入浴を済ませていて、明日のために掃除までしてしまっていたけれど、簓のためだけに新たに湯を張る意味なんて気づかれなくていいのだ。
     顔色が悪くて心配するのも、空腹度合いを気にかけるのも、お風呂に入れるのも、全部全部盧笙の勝手なので。
     簓が唯一と定める相手がみつかるまでは、このくらいはさせてもらってもいいだろう。

     
     案の定疲れていたらしい簓は、盧笙が用意した着替えに身を包んで風呂場から出てくる頃には、眠気に負けてふらふらとリビングに戻ってきたので、ここぞとばかりに髪を乾かしてベッドに放り込んでやった。
     布団を掛けてやれば盧笙の枕に抱きつくようにして丸まったので、思わず笑ってしまう。懐かない猫が懐いたらこんな気持ちになるんだろうか。
     それにしても、あんなことで謝罪に来るのだから律儀なやつだ。
     幾度か簓に繰り返したように、盧笙は簓だから簓のことを大事にしたいなと思ってやっていただけなのに。
     再会して少しした頃に気づいた簓への感情は、恋とか愛と呼んでしまえるようなもので。
     何気ない日常の中で根を張り、盧笙が気づかないうちに咲いてしまったため、もうどうしようもなかった。
     寝息すらたてずに眠る簓をしばらくみつめて、吐息をこぼすように笑う。
    「堪忍な、簓。お前になんかしてもらうんより、俺が……」
     そこまで告げて言葉を切った。
     声に出してしまったら、これまでずっと秘めていたものが表に出てしまう気がして。
     簓への気持ちに気づいた日から今日までと同じように、これかもずっと隠しておくつもりだから、間違っても表に出すつもりなどないのだ。
     友情を隠れ蓑にして。
     だから、すまんな。
     内心で謝る。
     簓は明日の仕事は午後からだと言っていたし、このまま寝かしつけても問題ないだろう。そう判断して、盧笙はなんとなく起きていたくてリビングへ戻ろうと、ベッドから離れるべく踵を返した。
     返そうと、した。
    「――」
     突然腕を引かれて身体がバランスを失う。
     一瞬の浮遊感の後、盧笙の身体はベッドの上にどさりと倒れ込んだ。
    「なに……?」
     リビングの明かりが入り込んで来ているだけの暗い室内で、真ん丸い金色が真っ直ぐに盧笙を見下ろしていた。
    「――簓?」
     いつも賑やかな男が、獲物が近づくのを待つ野生動物みたいな敏捷さで、盧笙を引き倒し組み敷いている。
     舌なめずりでもしそうな笑みを浮かべ、こどものように瞳を爛々と輝かせて。
    「……なあ、盧笙。明日から俺がお前のこと大事にして甘やかして、俺がおらんと生きてへんくらいにしたるから、拒否せんと受け入れてな?」
     常よりも低い声が落ちてきて、その意味を咀嚼するよりも、深い響きに腹の奥がぞわりと震えた。
     これは一体なんだろう。
     声はどこまでも甘くとろけるようなのに、まるで捕食者が獲物を見据えるような強い目だった。
     盧笙をベッドに縫い止めているのは簓で、普段であれば振りほどけるはずなのに、どうしてか盧笙は抵抗もなにも出来ないまま、ただただ簓の動向を見守るようにじっとすることしか出来ない。
    「盧笙、俺な、お前のこと好きやねん――」
     苦しい気持ちを吐露するように、簓は真っ直ぐに盧笙を見据えてそう告げると、そのまま盧笙の上に全身を密着させるように倒れ込んできた。
     そして。
    「ぐーーーーーーー」
    「………………いや寝ぼけとったんかい」
     思わず出たツッコミは、安堵を多分に含んでいた。
     しばらく様子を伺って簓が起きないことを確認すると、盧笙は慎重にベッドから抜け出てリビングへほうほうの体でたどり着く。
     心臓がばくばくと鳴ってうるさいし、今夜はどうにも眠れなさそうで明日は休みでよかったと心底思う。
    「あンのアホ」
     熱くなった顔をてのひらでぬぐうようにして、大きく深呼吸を繰り返してから、簓が使ったままのバスルームを掃除しようと立ち上がった。
     無心で手を動かせば、落ち着くような気がして。
     でないと、耳に残る簓の熱っぽいような声を無限に脳内再生してしまいそうだった。
     簓は言った。
     明日からは自分が盧笙を大事にしたいのだと。盧笙のことが好きなのだと。
    「……おもろいやんけ」
     呟いて口の端を上げる。
     元来盧笙は負けず嫌いだ。
     そして、世話焼き気質でもある。
     好きな相手を甘やかして大事にしたい欲求は、簓にだって負けたくないから、絶対に明日以降も世話を焼いてやろうと心に決めた。
     そんな盧笙へなんか違わないかと、真っ当なツッコミを入れてくれる者がこの場にはいなかったのは、よかったのか悪かったのか。
     掃除を済ませリビングへ戻れば、テーブルの上に残されたスマートフォンを思い出した。
     そういえばメッセージが来ていたなとトークアプリを開いてみれば、チカちゃんが可愛らしいキャラクターがピースサインしているスタンプと「完全勝利です! ありがとうございました!」なんてメッセージをくれていた。
     グループメンバーは詳細を尋ねていたりもしたけれど、なんとなく盧笙はいい方へ向かったのだなと判断して、おめでとうとメッセージを送る。
     俺も負けへんよ。
     心の中でそんなことを決意しつつ、盧笙の中でどちらがよりお互いを大事にするか、簓との戦いの火蓋が切って落とされていた。
       
      


     朝のまだ早い時間、すっきりと目が覚めた簓は盧笙のベッドの中だった。というのに、家主はなぜかリビングでテーブルに突っ伏して眠っている。
    「ろしょー、ろしょー?」
     酒が入っていなければ静かな寝息に、思わず笑みこぼす。小さなこどもの寝姿を天使と称するのはよくみかけるけれど、そう呼べてしまえそうなくらいあどけない寝顔だった。
     他人の寝顔でこんなにも心暖かくなることなんて、盧笙相手以外ではないだろうけれど。
     こんなところで寝ていては身体を痛くしてしまうだろうに、あまりに幸せそうな寝顔なので起こすのも忍びなく、かといって自分の力で抱え上げることも出来ないため、せめてその場に横にさせようと盧笙に手を伸ばした。
    「…………冷えとる」
     思わず眉を寄せてしまう。
     自分にだけベッドを使わせてこんなところで寝ているからだと、もしいま盧笙が起きていたら叱っていたかもしれない。
     室内とはいえ夜は冷えるから、横にしたら布団をかけてやろうと肩を支えるようにしてやれば、ふるりと盧笙の身体が震えるのがわかった。
    「ん……さむ」
     呻くようにこぼした盧笙は顔をしかめると、簓の誘導に従うようにその身をラグの上に横たえた。
     一瞬起こしてしまったかとひやりとしたけれど、盧笙の目蓋は固く閉ざされていたので、ほっと息をこぼす。
     好きな相手は大事にしたいと盧笙が言っていたけれど、なるほどたしかに、いまこうして無防備に眠る顔を見て悪さをしようとは思わないなと簓は思った。
     そのためにも布団を持って来るべく、盧笙から少し距離をおこうとしたところで、がしりと身体がつかまえられた。
    「えっ、盧笙……?」
     長い腕がぐるんと簓に巻きついて、過去一かもしれないくらいお互いの身体が密着するのがわかった。
     いやいやいやいや待って待ってくれ。
     こちとら健全な成人男子でそら大事にしたいとは思ったけど、それとこれとはまた別の話やろ。
     頭の中は慌ただしく、けれど身体はされるがままでいたら盧笙にすっかり抱き込つかれていた。えっなにこれご褒美なん?
     胸元に盧笙の吐息を感じてぞわぞわする。
     小さな声が吐息混じりに「ぬくい……」とこぼした。
     いやなに俺で暖とっとるん? かわええなあっていやいやいやいや、なんの我慢大会が開催されとるんやこれ。
     盧笙を引き剥がすことも出来ず、なんならぐりぐりと押し当てられる額に嬉しさと切なさも感じつつ、結局簓は抱き枕兼湯たんぽの任務に甘んじることにした。
     だってこんなんご褒美やん。
     本当は盧笙が寝ている間に朝ごはんの用意をして、普段色々してもらってるからと言って甘やかしてやろう。なんて思っていた。
     なにせ長い長い片恋期間、色々としてやりたいこと一緒にしたいことは山ほどあったので。
     居酒屋扱いは反省するとして、恋する男としては好きな相手に世話を焼かれる嬉しさと、客扱いされてしまう腹立たしさがあったのだろうと、自己を顧みて反省するなどした。もう絶対にしないぞと。
     好きならば大事にする。という盧笙の言葉はシンプルで、且つ真理だと思った。
     甘えたかったし許して欲しかった。一度手放した縁を繋ぎ直したときもう二度と離したくなくて、どこまでなら許してくれるんだろうなんて、ちょっとだけ調子に乗ってしまったのかもしれない。
    「起きたら、覚悟せえよ。簓さん渾身の甘やかしを、スペシャルコースで味あわせたるからな?」 
     それは、予告でなく決定事項だ。
     昨夜の自分がすでに胸の内を伝えていることも知らず、すよすよと眠る盧笙へ宣戦布告をする。
     だって唯一無二だ。
     一生かけてとなりにいて欲しい、誰よりも近くにいて欲しいし、いさせて欲しい。
     抱き込む腕にそっと力をこめながら、そう強く願った。
     さて、しっかり抱きしめ合っている自分たちに気がついた盧笙は、起きたらどんな反応をしてくれるだろう。
     驚く、怒る、笑う。……照れてくれたら嬉しいけれど、それはまあ今後の自分の頑張り次第だろうから。
     目覚めたときの喧騒を楽しみにしながら、盧笙の体温や寝息につられるように簓もゆっくりと意識を手放した。




     END
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works

    ktgn_pdl

    DOODLE2017年1月にあったペダル女子プチの記念アンソロさんに寄稿した
    やつです。
    まなんちょ坂綾今幹(女子からの片想い程度や香る程度の)要素があります。

    女の子のプチオンリーが嬉しくて嬉しくて大喜びで女子たくさん書くぞと意気込んだ記憶があります。
    ペダル十年くらい早めにアニメ化してたらアニメオリジナルで女子回とかやってくれそうだなってふと思いました。
     年が明けて間もない冬休みのある日、両親とともに親戚の家へ挨拶にやってきたもののすぐに大人たちはお酒を飲み交わし騒ぐことに夢中になってしまい、手持ち無沙汰にな宮原はなんとはなしに出かけた散歩の途中ぴたりとその足を止めた。
    「サイクルショップ……」
     木製の看板が可愛らしいそのお店は住宅地の中にあってあまり大きくはないけれど、展示されている自転車は彼女の幼なじみが乗っているものとよく似たデザインだったので。
     思わず覗き込めば自転車乗りと思しき人と、店員さんらしき人が談笑しているようで雰囲気も悪くなかった。
    「……」
     ちょっとだけ、入ってみようかしら。
     心の内で呟いてみる。
     べっ、別に他意はないけど? お年玉もらったばっかりで懐暖かいし? 二学期の終業式に先生からこの調子で行けば進学出来るって言われたからお祝いっていうかご褒美っていうか。
    5451