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    支部にも置いているささろです
    ポイピクにも置いておきます。ある日の飲み会での零おじ視点なささろ
    両片想いとかつきあう前のすれ違いとか大好物です

    #ささろ
    sasaro
    #ヒ腐マイ小説
    hifutsuMaiNovel

    ほんなら許す代わりに証人よろしく 不定期ではあるものの、躑躅森家にてそれなりな頻度で行われているどついたれ本舗の飲み会。
     いつものようにアポもなく簓と共に盧笙宅へと押しかければ、文句を言いつつ家主はしっかりきっかり侵入者たちをもてなすために、あれこれ忙しなく動いてくれている。
     そういうところが自分たちにつけ込まれる要因だと、あの男はいつになったら気がつくのか。
     盧笙にはどこまでもどこまでも甘いはずの我らがリーダーは、その辺りに関しては改善させるつもりはないらしいので、多分当分はこのままなんだろうというのが零の予想だった。
     先に勝手に飲んでおけと出された酒を手酌で注ぎ、持ち込んだ惣菜をパックのまま並べた状態で簓と雑談していたのだけれど、ふと不自然な沈黙が落ちたのでみてみれば、簓がテーブルに顔を突っ伏していた。
    「お? 簓は寝ちまったのか」
     大半の一般人には羽を伸ばして遊び歩ける土曜の夜。
     けれど簓は金曜深夜にラジオ番組を担当していて、移動を兼ねた短い休憩を繰り返しながら、撮影や取材や打ち合わせが続いたと言っていた。売れっ子はつらいわーなんて笑っていたけれど、さすがに疲れがたまっていたのだろう。
    「……こいつ、ホンマええ加減にせえよ」
     テーブルの上に漬物が乗った皿や作り置きだというおかずを雑に配置しながらこぼしたのは、家主こと盧笙だ。苦々しく簓を見下ろすとため息を落とし、襖の向こう側へと入っていく。
     間を置かず戻ってきた彼の手には薄手のタオルケットがあった。
     ――相変わらず優しいことで。
     そう思いはしても口には出さず、零は日本酒を用意されたグラスに注いでことの次第をただ見守る。
     床に膝をついた盧笙が簓の身体を支えつつ、クッションが頭の位置に来るよう丁寧かつ迷いのない動きで倒すと、その上からずいぶんと使い古されたタオルケットを雑に乗せた。
     顔を覆うような形で被せられたそれに簓が小さく唸ったけれど、寝とけと乱雑に声をかけられればへにゃりと身体から力が抜ける。
    「……お見事だねえ」
     さすがトップブリーダーとは言わなかったけれど、盧笙はからかいの気配をしっかり感じ取ったらしく、幾分か険のある目付きで零を一瞥すると、また酒盛りの準備に戻っていった。
     いやいやこれでもおいちゃん本気で感心してるんだぜ。とは、やはり口にはしないけれど。
     簓と盧笙が通天閣でわだかまりを解消したと、スッキリした表情で零に頭を下げたあの日から少し経った頃だったか、何回目になるかもわからないどついたれ本舗での集まりの際、家主不在の盧笙宅で簓とバッティングしたことがあった。
     そのとき零は盧笙と一緒にアパートに来ていて、鍵を開けたタイミングで買い忘れに気づいた家主に、先に入って中で待っていてくれと言われたのだけれど、玄関に簓の靴があることに気がついてちょーっと面倒なことになるかもなア。なんてこぼしたのを覚えている。
     なにせ簓は盧笙のことになると妙な雰囲気を出してくるので、零単独で入れば探りを入れられるのは間違いなかった。
     ありのままを伝えればいい話だけれど、零が所持していた盧笙宅の合鍵の出所で多少なりと警戒されていたから、素直に信じてくれるかどうか。
     そんなことを考えつつ、短い廊下を抜けて中へと続くドアを開けても簓からの声かけはない。
     不思議に思いキッチンスペースをから更に奥へ歩を進めれば、簓はテーブルに突っ伏して眠っていた。零が玄関を開ける音に気づかなかったのだから、よほど深く眠っていたのだろう。しかしあの体勢だと首を痛めそうだと、零にしては珍しく善意百パーセントで起こしてやろうと、簓に近づいて身体を揺すろうと手を伸ばした。
     その指先が、簓に届く少し手前。
     触れるにはわずかに遠い距離で、強い殺気を浴びせかけられた。
     その主は当然簓で、けれどそれは、近づいているのが零と気づくや否や瞬間的にひそめられた。
    「んあ、誰かと思うたら零やないか。……盧笙は?」
    「買い忘れがあるから、先に入って待ってろとさ」
     殺気なんてまるで気がついちゃいません。なんて顔をして答えたけれど、お互いに茶番であることは理解していた。その上で演じることが大切なのだということも。
     そんな風に常に周辺への警戒を怠らない男が、接近どころか接触を許して尚眠るというのがどれだけ途方もないことなのか、きっと盧笙だけが永遠に気がつかないのだろう。
     なぜなら、白膠木簓が躑躅森盧笙を警戒対象に入れることは永劫ないからだ。
     そんなことを考えている間に酒席の用意は整ったらしい。
     簓と零が買ってきた惣菜の周りに盧笙が作った作り置きのオカズが並べられ、三人分の取り皿もきちんとセットされていた。
     迷惑がりながらも毎度毎度こうしてもてなすものだから、居酒屋だ飲み屋だ言われるのに気づきもしない。
     決して頭が悪いわけではないのに騙されやすのは、本人のこういう性質のせいなんだがなあとは思いつつ、居心地のいい飲み屋を手放すつもりもないので、口にすることは当分しない予定だ。
     この辺りについては簓も同意見だろう。
     さすがに零もチームメイトを詐欺にかけるつもりはもうないし、ラップバトルに専念してもらいたいのでタチが悪そうなのに騙されそうな気配があれば、裏で手を回すようにはしているのだけれど。
     しかしこの躑躅森盧笙という男は、百人に情で訴えられそのうちの九十九人が詐欺であったとしても、本当に困っているたった一人を見捨てずにすんでよかったと、心から言ってのけてしまうような恐ろしい男なので、色々注意が必要だなというのもまた簓との共通見解だろう。
     すぐに頭に血が上り手が出る割に、自分への悪意にはまるで頓着しない不思議な男だ。そういう部分も、面倒な性格の我らがリーダーが離れられない理由のひとつなんだろうけれど。
    「ようお疲れ、駆けつけ一杯どうだ?」
     盧笙がテーブルについたタイミングで酒を注いでやれば、駆けつけてないねん。毎度毎度俺だけに準備させよってからに。と、不満げな声が棘を纏って飛んでくる。
     けれど初回の飲み会で準備を手伝おうとする簓に、客は座って待っていろとすげなくしていたのは盧笙本人なので、零は肩をすくめるだけにして寝ている簓の方へ視線を向けた。
     おそらくはその客扱いが不服で、簓は盧笙宅での飲み会を居酒屋なんて称したのだろうけれど、それもまた言わなくてもいいことだろうと酒と共に飲み込む。
    「しっかし、簓がこんなに早く寝落ちするとはな。早々に酔っちまったのかねえ」
    「疲れとるんやろ、お前ら定期的に人ン家に集まっとるけど、そもそもコイツがこんな頻度で来てるがおかしな話やねん」
     零が注いだ日本酒を口に含みながら盧笙がこぼす。
     実際に、芸人白膠木簓をテレビで見ない日はほとんどない。
     テレビに限らず雑誌インタビューやコラムの連載、ラジオのパーソナリティもこなしているし、多忙も多忙なのは間違いないだろうけれど。
    「でもコイツ、DRBの出場が決まってからは、仕事量調整してもらってるって話だぜ。少なくとも週末には時間が空くようにしてるって話だが。……聞いてなかったのか」
     驚いたような盧笙に、余計なことを言ってしまったことに気がついたけれど、いずれはしれる話だろうと思い直す。
     盧笙は零が一瞬だけ簓へ視線を投げたことで、敢えて情報が伏せられていた可能性に気がついたらしい。あきらめともつかないようなため息をひとつだけこぼすと、簓の方へあごをしゃくってみせた。
    「……アソコで寝とるアホな、俺のこと未就学児かなんかに見えとるんやと思う。うちの学校に似た保護者おるねん。あれは危ないからアカン、これはまだ早い言うてな」
    「へえ……」
     なるほど。確かに簓の盧笙への感情がなにかを知らなければ、そういう解釈もありえるのかもしれない。
     実際には、週末のスケジュールが空いてることを知られれば帰宅しろとせっつかれそうだから。が、正解なんだろうけれど。
     やはり零はそれを口に出さない。
     我らがリーダーはそれを望んでいないだろうことは、想像に難くないので。
    「そんだけ俺が頼りにならんっちゅーことやから、まあ少しでも信用してもらえるよう努力せなとは思うけど。腹は立つから簓はこのまま寝かせて、二人で酒もツマミも消費したろう思てん」
     盧笙の言葉には、気負いもなにもなかった。
     当たり前の事実を述べているらしいこの男は、零がそれは違うと言ったとしても笑って流すのだろう。
     まあ、訂正もなにもしないんだがな。
     チーム存続に絡む事態であるなら話は変わってくるが、こんなのは痴話喧嘩の範疇だ。世話焼きなおいちゃんの出番はない。
     簓が盧笙に対して過保護なのは庇護欲とは対極のものなのに、簓が隠すのが上手いのか盧笙が鈍いのか。はたまた両方か。よくぞここまですれ違えるなというものだ。
     他者の心に寄り添い導くことが生業の男は自身のことには鈍感だし、他者を言葉一つで思うまま操ることに長けたしゃべりのプロは本命に対してのみその能力を発揮出来ない。
     とんだ喜劇だ。
    「簓もなあ、広い家にひとりなんが寂しくてここに来てまうんやろうけど。……本当は、あいつを家で待っていてくれるような人が出来たらええんやろな」
     透明なレンズ越しに長い睫が伏せられて、なんとも切なげに愛おしげに盧笙がこぼす。
     口元に宛てられたグラスの中身はさほど減っていないので、酔っているわけではないのだろうが、なんとも無防備な姿だと妙齢の娘を持った父親のような気持ちで眺めた。
     簓とはなんだかんだでウマが合うところがあって、行動を共にすると少しだけ気持ちが若返るような心地がするし、善性の塊のような盧笙を見ていると、ついつい手を貸してしまいたくなることがある。
     我ながら感傷がすぎるな。と、自戒を込めて心中でこぼした。
    「簓に人生のパートナーが出来たとして、お前はいいのかよ、盧笙」
     その言葉に他意はなかった。
     いつも周囲をチョロチョロしているのがいなくなるのは、寂しいんじゃないか。その程度のもの。
     どうせ一蹴されると思った問いかけに、予想に反して盧笙は思案するように宙へと視線を投げた。
    「……せやなあ、もし友人代表でスピーチなんぞ頼まれたら、号泣してしゃべられんようなるかもな。あがり症と号泣やとどっちが勝つんやろ」
     そんなことを漏らしつつ、盧笙が大根の漬物を一口噛めば、ぱりっと小気味よい音がした。
     盧笙が好む漬物は少し甘めで好みの味ではないけれど、その代わりのように隣に雑に盛られたキュウリの南蛮漬けは、自分のために用意されていることをしっている。
     テーブルに並んだツマミもそうで、キャベツと盧笙お手製の甘味噌は簓が好んでいるものだし、以前買って美味いと言っていたものは大体その次にも登場する。
     きっと冷蔵庫には、明日の味噌汁用にと砂抜きされたシジミも入っているのだろう。
     躑躅森盧笙とは、そういう男だった。
    「簓には幸せになって欲しいねん、誰よりも。俺にはそれを願う資格だってないかもしれへんけど、本気でそう思っとるんや」
     元相方として、友人として、いまはチームメイトとして。
     そう笑う盧笙の言葉に嘘はないのだろう。
     でも、と、綺麗な形の唇がわずかに震えたのを見逃す零ではなかったけれど。
    「簓の結婚式でこれでもかって祝って、一人で家に帰ってきたらきっと俺は喪失感で泣くんやろな。バームクーヘンエンド言うらしいで、そういうの。生徒がなんかのドラマの最終回のあとでそんな風に騒いどったわ」
    「それは」
     思いがけない告白に、零も思わず口を挟みかけた。
     けれど盧笙はそれをやんわりと拒否する。
    「俺はそれでええねん。その後はのんびり教師続けながら、ある程度してから地方にある系列校へ異動願いでも出して、遠くいこか思っとるし」
    「…………随分と、人生設計がしっかりしてるじゃねえの」
    「まあな。俺にはこれといった取り柄はないけど、誰かの夢を応援したい気持ちはこれからも変わらんから、場所にこだわらずそう出来たらええと思っとる」
     端から手に入れるつもりも、これ以上も望まない。
     ただ相手のしあわせを願っている姿はまさに聖人君子で、きっと簓が頭をひねってひねって盧笙の許せないところを上げることがあるなら、こういうところなんだろう。
     そんな自分の想像に、零はひっそりと喉奥で笑いを噛み殺した。
     日常会話はほぼ漫才で、息もぴったりまさに阿吽の呼吸というほどなのに、どうしてこうも気持ちはすれ違うのか。結成当時だってお互いに気を遣いすぎて、がんじがらめになっていた男たちは、ラップバトルを経てわだかまりを解消したはずだが。
    「いつまでも青春してんなぁ、お前ら。おいちゃん眩しくて目が潰れちまうわ」
    「あ? 出会いたての頃、室内でもサングラス外さなかったような男がなに言うとんねん。俺あんときほんまにお前は目が弱いんやと思っとったんやで」
    「ふっくく、そうだよなァ。昼間にサングラス外してたら、お前必死に屋内に行こう。自分の家でもいいって言い募ってたもんな」
     曲がりなりにも零は詐欺師を自称していて、そう呼ばれる行為も実際に行っている。なんなら目の前の男はその被害者のうちの一人だ。
     大事な生徒を目的のために利用して、この二人さえも利用して、目的を果たすため邁進しているだけの男相手でも、こんな善性を発揮してしまうのだから困ったものである。
    「まぁ、でもそうだなあ。お前さんの想定する未来が来るとは到底思えないが、もしそんなことになったら、おいちゃんが胸貸してやるよ」
     零の言葉に盧笙は一瞬だけ驚きに目を見開いて、破顔した。こぼれるようにまろび出た笑い声はなんとも屈託がない。
    「ありがとうな、気持ちだけもらっとくわ。後から金品要求されそうやし」
    「ずいぶん信用されてるじゃねえか、チームメイト価格で割安にしとくぜ?」
    「やっぱり取るんやないか!」
     突っ込む声はけれどどこか嬉しげで、盧笙はもう一度ありがとうなと笑った。


     
    「あー。あかん」
     その後も話題はぽつりぽつりと関係のないことへと移っていく中で、突然盧笙が頭を抱えはじめた。
     絵に描いたような困っていますアピールである。
    「ちょっとそこのコンビニまで行ってくるわ。明日の朝目玉焼き食いたい思っとったのに買うの忘れてた」
    「ならついでにビール買ってきてくれよ。はい金、釣りは要らねえぜ」
    「おどれはどんだけ飲むつもりやねん、今度絶対人間ドックいって結果俺に見せぇよ!」
     零がパッと渡した五千円札を受け取り、盧笙は危なげのない足取りで外へ向かっていく。今日はあまり酒が進んでいないようだったから、まだそこまで酔っていないのだろう。
    「ああそうだ、知らない人に助けてくださいっつわれても、ついていくんじゃねえぞ-」
    「いかんわ! まず交番やろ!」
     叩き込むような返事と共に玄関のドアが開いて閉じた。その後かすかに鍵を閉める音もしたから、意識もはっきりしているのだろう。
     しんと静まり返った室内に、零がグラスをテーブルに置く音が鳴った。
     小さく聞こえる外階段を下りる音が聞こえなくなるのを待って、零が口を開く。
    「簓ァ、どこから聞いてた?」
     問いかけの後、しばしの沈黙が続きぽつりと鮮明な返事がきた。
    「――いやはやお見事だねえ。やな」
    「ほぼ最初からじゃねえか、狸寝入りたぁ悪い野郎だ」
    「詐欺師に言われとうないな」
     よっこいしょういち以下略と、いつものかけ声と共に身体を起こした簓は、タオルケットを丁寧に畳んでその場に胡座をかく。つまりはあれだ。盧笙が寝かしつけてくれた辺りではまだ睡眠が勝っていたけれど、零の声で起きてしまったという抗議でもあったかもしれない。
    「しっかし意外だったぜ。お前さんのことだから、話の途中で飛び起きて、言質を取ったとばかりに盧笙を口説き出すと思ったんだがな」
    「……零は俺のこと、なにか誤解しとらんか?」
    「理解はしてるつもりだがな」
     正直なところ、どついたれ本舗としてチームを組んでいる二人は、思考が読み取りやすいようでどちらも読みづらい。
     簓は言うに及ばず、盧笙もたびたび零の想定の右斜め上方向にぶっ飛んだりするのでやはり読みにくい。
     だからこそチームを組む価値もあるのだが。
    「正味な話、盧笙が俺のことを特別に想うとるんは気づいとったよ。どんだけ俺があいつのこと見とる思とんねん。髪の毛の長さをミリ単位で変えても気づく自信あるわ」
    「それは誇れることなのかねえ」
     答えつつ、この男ならやれそうだなとも思った。
     気づかれた盧笙は盧笙で、その意味に気づかず素直に感心しそうだなとも。
    「いつもみたいに俺から押して押して押しまくったってええけどな、しゃーないなってポーズやなく、盧笙からも手ぇ伸ばしてもらいたいんやろなあ」
     まるで他人事のような調子で簓はこぼす。零に打ち明け話をするというよりは、自分の意思を確認するように。
    「まあ、言うて俺もそんな気ぃ長いわけやないから、ちょっとした猶予期間やったんやと思うわ」
    「過去形かよ」
     それには答えずに、簓はほつれてごわついていそうなタオルケットを指先で撫でる。
    「これなぁ、ボロボロやろ? コンビ時代に盧笙の家でネタ出ししてそのまま泊まったときの、俺専用のやつやねん」
     きれいに畳んだタオルケットを抱きしめるようにした簓は、そのまま顔を埋めてしまう。
    「再会したあとにな、捨てようか悩んだけど一応俺のやしって確認されてな。捨てんでくれって頼んだんや。俺専用にしたいって」
     肌触りだってきっとあまりよくない、古くてほつれたタオルケットを、極上の毛布かなにかのように見つめながら簓は笑う。毒気も邪気もない表情で。
    「離れてる間もな、定期的に洗ったりしてくれとったんやて」
     その姿は、零でも想像できた。
     どれだけくたびれてもボロボロでも、いつかなんて来ないと思いながらも丁寧に扱うだろう姿が。
    「アイツに大事にされるんは嬉しいけど、俺も大事にしたい思とるんはなかなか気ぃついてもらえんな」
     そっとタオルケットを枕代わりにしていたクッションの上に置くと、軽く伸びをして立ち上がった。その足先は玄関に向いている。
    「迎えに行くつもりか? 過保護だねぇ」
    「んー、あいつさっき零に色々言うてたやん? 多分しゃべりすぎたーって頭抱えてるところやと思うんよ」
    「ならそっとしておいてやれよ」
    「嫌やわ」
     答えた調子は軽いのに、ピリリと空気が一瞬高質化した。
     お、ここが地雷なのはおいちゃん聞いてねえな。
     思って簓の動向を注視すれば、本人はあっけらかんと舞台上での振る舞いを思わせる大仰な身振りで両腕を広げ、目線だけを零に向けて口元を吊り上げた。
    「どないしよー、零に話しすぎたわー。の後、あいつきっと晴れ晴れした顔しよんねん。誰かに打ち明けたらなんかスッキリしたなあ言うて、俺とコンビ組んでた頃をそうしたように、俺への気持ちも過去や思い出にすんねや」
     相方のことは簓さんがようわかっとる。
     そう嘯いて軽い口調は崩さず重たい感情を隠しもしない男は、口元だけを笑みの形にみせかけて息を吐く。その姿が妙に寂しげに映るのは零の感傷か。
     大半の人間は忘れる生き物だ。
     痛みも傷も苦しみも、時間経過と共に希釈して飲み込んで前を向いて歩き出せる。
     けれど中にはそう出来ない人間もいて、どうにも出来ない過去の記憶を生傷のまま何年も何年も、大仰な鎧やなんかで覆いながら後生大事に抱え込み続ける。
     それが簓であり、零でもあった。
    「ホンマ、かなわんわ。俺なんか解散してから年単位で引きずっとんのになあ」
     ちゅーわけで。
     そう繋げたときには簓は、すっかりいつもの軽い空気を纏っていた。
    「ま、せっかくのロスタイムで買うてきた卵がオムライスなる前に、盧笙のこと迎えに行ってくるわ」
     ほなねー。
     ひらり手を振って外へ出る姿とは裏腹に、その移動速度はとても速い。
     まったく、盧笙はよくあれを過保護な親と重ねられたものだ。あんなのは空腹を抱えてご馳走が育つのを待つ獣と一緒だというのに。
    「まあ、アイツの牙が盧笙に向くことだけはないがな」
     誰もいなくなった部屋でひとり呟いた零は、辛口の日本酒で盧笙作の少し甘めなつまみたちを堪能しながら二人の帰宅を待つことにする。
     はてさて、戻ってきたときに関係に変化があるのかないのか。
     簓の様子から今日決めるつもりでいるようにも見えたが、相手が盧笙であるという一点で結末が全く読めないものになってしまう。
     まったく飽きねえ二人だよ。
     零の元にその結果がやってくるのは早くて数十分といったところか。
     その時間たっぷりテーブル上の料理の始末に使うことに決めて、零は再び玄関ドアが開かれるのを待つことにする。
     結果次第では簓に盛大に恨み言をぶつけられるなァなんて思いながら、自分の買ってきた惣菜やツマミには目もくれずに、まずはキャベツに多めの甘味噌を乗せるところから。




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    DOODLE2017年1月にあったペダル女子プチの記念アンソロさんに寄稿した
    やつです。
    まなんちょ坂綾今幹(女子からの片想い程度や香る程度の)要素があります。

    女の子のプチオンリーが嬉しくて嬉しくて大喜びで女子たくさん書くぞと意気込んだ記憶があります。
    ペダル十年くらい早めにアニメ化してたらアニメオリジナルで女子回とかやってくれそうだなってふと思いました。
     年が明けて間もない冬休みのある日、両親とともに親戚の家へ挨拶にやってきたもののすぐに大人たちはお酒を飲み交わし騒ぐことに夢中になってしまい、手持ち無沙汰にな宮原はなんとはなしに出かけた散歩の途中ぴたりとその足を止めた。
    「サイクルショップ……」
     木製の看板が可愛らしいそのお店は住宅地の中にあってあまり大きくはないけれど、展示されている自転車は彼女の幼なじみが乗っているものとよく似たデザインだったので。
     思わず覗き込めば自転車乗りと思しき人と、店員さんらしき人が談笑しているようで雰囲気も悪くなかった。
    「……」
     ちょっとだけ、入ってみようかしら。
     心の内で呟いてみる。
     べっ、別に他意はないけど? お年玉もらったばっかりで懐暖かいし? 二学期の終業式に先生からこの調子で行けば進学出来るって言われたからお祝いっていうかご褒美っていうか。
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