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    黄金⭐︎まくわうり

    過去作品置き場

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    POIPOI 42

    History4 呈仁CP
    台湾ワンドロ お題・笑顔

    笑顔「あいつ……マジ鬼かよ……」
     誰もいない事務所で、足元にあったゴミ箱を思い切り蹴る。派手な音と共にゴミ箱が転がり、中のゴミが床に散らばった。暫くこの惨状を眺めていたが、掃除してくれる人間など居らず、軽く舌打ちしながらのろのろと椅子から立ち上がると、ゴミを一つ一つ拾ってゴミ箱の中に戻す。惨めだ……とひとりごちて、リーチェンは椅子に背を預け天井を眺めた。
     前職を退職して、何となくブライダル業界に転職して半年、定時で帰れることなどないに等しい。ブライダル業界には綺麗な女の子がいるに違いないと言う期待通り、実際綺麗な女子社員もいるのだが、こう毎日残業ではデートにも誘えない。それもこれも、リーチェンの指導係である、トン・ムーレンのせいだ。これぐらいこなして貰わないと困る、と容赦なく仕事を振ってくる。自分とさほど歳は変わらないし、業務に関しても数年の違いだが、テキパキと仕事をこなしていく彼はかなり仕事ができるのだろう。ただ、その仕事量を自分基準で考えているのか、厳しさも半端ない。今日も今日とて、慣れない業務でてんてこ舞いだった上に、昨日作成した資料に不備がある、と突っ返された。明日までに再提出しろよ、と言う言葉を添えて。
     百歩譲って、仕事に対して厳しいのは良しとしよう。指摘されるのは、大体は自分のちょっとしたミスだからだ。リーチェンが一番気に入らないのが、彼の言い方である。確かに、まだこの業務に携わって半年だ。まだ理解していない部分や至らない所があるのは自分でも分かっている。分かってはいるが、その部分をピンポイントにキツく言われると、カチンと来てしまうのは仕方ないだろう。
     そもそも、リーチェンは大らかな性格だし、無闇に他人の事を嫌ったりはしないたちだ。持ち前の社交性でどんな人間とでも仲良くなれる自信はある。しかし、このトン・ムーレンだけはどうしても仲良くなれる気がしないのだ。
     きっと彼の性格なのだろう、他人に対して物凄く壁があるような気がする。それはリーチェンだけでなく、誰に対してもである。社内では「孤高の王子」なんてあだ名で呼ばれている程綺麗な顔立ちをしているが、入社して以来、彼の笑顔なんて一度も見た事がない。その辺りが「孤高」の王子たる所以なのかも知れないが。リーチェンからしたら、ムーレンのような仏頂面の男より、自分のように笑顔を振り撒く男の方がいいだろうと思うのだが、なかなか世間の女の子達は違うらしい。
     一度大きい伸びをして、リーチェンはパソコンに向かう。突っ返された資料は、意地でも今日中に修正して、明日朝一にあいつに突き付けてやろう。

     翌朝。ムーレンはリーチェンから資料を受け取るなり、ちゃんと昨日に修正したんだな、とチラリとリーチェンを見て視線を資料に戻した。
    「あ・さ・い・ちで提出しろって言ったのはあなたでしょう」
     ムーレンの言葉に若干苛立ちながら言う。何でもかんでも嫌味を言わないと気が済まないのか、この男は。ムーレンはと言うと、リーチェンの言葉に何も反応することもなく、じっくりと資料を見ている。暫くして顔を上げたムーレンは、やっとまともな資料になった、とリーチェンに返した。
    「……で、月末の案件だけど、音響とカメラマンの手配ってどうなってる? 音響マンに式で使う音楽渡したいのと、カメラマンに当日の式場の動線説明をしておきたい」
     リーチェンは自分のデスクに戻ると、パソコンを操作し始めた。音響マンもカメラマンも社内で抱えている部署の人間でスケジュールを組んでいたはずだ。各部署のスケジュールを見ながら、手配は大丈夫です、と言いかけたリーチェンだが、よく見るとカメラマンのスケジュールに違う課の名前が記載されている。あれ? と何度も日付を確認するが、何度見ても自分の課の名前ではない。血の気が引くとはこの事か、文字通り全身から血液がなくなったような寒気を感じる。パソコンを睨みつけたまま何も言わないリーチェンに、どうした、とムーレンが声をかけた。リーチェンは立ち上がると、消え入るような声で、すみません……と言った。
    「カメラマン……なんですが、社内の人間でスケジュール組んでたはずが、どうも……漏れてたみたいで」
     すみません!! と頭を下げることしか出来ない。ここで代替案を提案できれば良いのだが、如何せん混乱しているし、代替案を出せる程リーチェンには経験がなかった。
    「無理やり突っ込むことも出来ないのか?」
     この日は隙間に入れることができないほど、カメラマンのスケジュールが詰まっている。はい、無理です、と首を垂れる。いつもムーレンに確認はちゃんとしとけよ、と口酸っぱく言われていたのに、忙しさで手が回らなかった。ただそれは言い訳に過ぎない。ミスをしたのは揺るぎない事実なのだから。
     ムーレンは一つ大きな溜息をつくと、社外を当たってくる、と書類を鞄に詰めてジャケットを手に取った。すかさず、俺も行きます! とムーレンに駆け寄るが、いつも以上に鋭い視線がリーチェンを突き刺す。
    「お前が来ても何の役にも立たないし、むしろ足手纏いだ」
     黙って他の仕事してろ、とだけ言うと、リーチェンを無視して事務所を出て行ってしまった。足手纏い、とまで言われてしまったら、無理やり付いて行くことも出来ない。リーチェンは深く溜息をつくと、残りの仕事を進めるべくのろのろと自席に戻った。
     結局、この日はムーレンが事務所に戻る事はなく、電話で、何とか手配できたから、とだけ連絡があった。ムーレンがフォローしてくれたおかげで、結果的にはどうにかなった訳だが、リーチェンはこの上なく落ち込んでいた。今までこんな大きな失敗をしたことがなかったし、一番堪えたのが、ムーレンに全て尻拭いをして貰った事だ。常々、嫌な奴だと思っていても自分より仕事が出来るのは確かだ。申し訳なさと悔しさが混ざって気持ちがささくれ立つ。今日も残業をして夜も遅い時間だが、無性に酒が飲みたくなって、リーチェンは一人行きつけのバーに向かった。
     平日だと言うのに、バーのカウンターは埋まっており、リーチェンはテーブル席に案内された。いつもはカウンターでバーテンと話しながら酒を飲むのだが、今日は黙って飲みたい気分だったので丁度いい。酒が運ばれてくるまでぼんやりと店内を眺めていたリーチェンは、見覚えのある背中を見つけ、一瞬にして凍りついた。
     ……あれはトンの奴じゃないか。今一番会いたくない人間を見つけてしまって、帰ろうと腰を上げかけたが、タイミング悪く酒が運ばれてきてしまった。どうぞ、と言う店員に引き攣った愛想笑いをすると、リーチェンはソファに腰を下ろした。取り敢えず、ムーレンに見つかる前にさっさと飲んで帰ってしまおう。今日はとことんついてないな、とグラスに口を付けたところで、椅子が倒れるような派手な音が聞こえた。びっくりして音の方を見ると、ムーレンが椅子を倒して立ち、隣の男に殴りかかろうとしている所だった。ただならぬ雰囲気に、ムーレンから隠れていたことも忘れ、思わず駆け寄るとムーレンと男の間に割って入った。
    「ちょっと!! トンさん、あんた何やってんの!?」
     振り上げた拳を掴まれ、ギラついた目をリーチェンに向けた途端、なんでお前がここにいる、とムーレンが低く呟いた。
    「離せシャオ!! こいつ、僕の尻を触りやがった!!」
     この変態野郎、と殴り掛かろうとするムーレンを必死に止める。放っておくとややこしい事になると思ったリーチェンは、ムーレンを抱き締めるようにして動きを抑えると、彼の上着や鞄を掴んで店を出た。取り敢えずポケットに入っていた札を全部置いてきた。リーチェンは店の常連だし、足りない分は後日払えば良いだろう。ムーレンを引きずるようにして店を出た後、暫くリーチェンの腕の中で暴れていたムーレンは、暴れるのに疲れたのか徐々に静かになり、遂には抱き合ったままリーチェンに体を預けるように脱力した。
    「あんた飲み過ぎですよ……一体どんだけ飲んだんだ」
     脱力したムーレンを抱きながら、リーチェンが問う。リーチェンの顔の横で呼吸をするムーレンからは、はっきりとアルコールの香りが漂っている。
    「……使えねぇお前の為に、僕がどれだけ接待したと思ってんだよ……スタジオの社長のご機嫌取りに疲れて、飲み直そうと思ったらあの変態野郎だよ」
     ふざけんな、と少し呂律の回っていないような声でムーレンが言う。だったら俺も連れてってくれたら良かったのに、とリーチェンが言うと、ふん、とムーレンが鼻を鳴らした。
    「バーカ、僕にしかできないんだよ、あの女社長は僕の事が大のお気に入りだから、他の奴連れてっても無駄なのさ。まあ、無理を聞いてもらった分、僕が一緒に飲みに行くだけで借りがチャラになるなら安いもんだ」
     事務所を出ていく時のムーレンの言葉は、キツい表現だったがそう言う意図だったのか、とリーチェンは納得する。そして自分の為に奔走してくれたムーレンに対して、また申し訳なさが込み上げる。ほんとすみませんでした、俺の為に……と言葉を繋げようとしたが、お前の為じゃねぇ、と被せるようにムーレンが言う。
    「自惚れんな、お前の為、じゃない。全てはクライアントの為だ」
     とは言え、とムーレンがリーチェンから体を離す。酒で火照った瞳でリーチェンを暫く見つめると、リーチェンに向かって手を伸ばした。先程の乱闘騒ぎの後だ、もしかして殴られるかも知れない、と身構えたリーチェンだったが、予想に反して訪れたのは優しげな感触だった。ムーレンはリーチェンの頭に手を乗せると、ワシワシとリーチェンの頭を撫で始めた。
    「ミスは気にするな、誰だってミスはするし今後同じミスしなきゃいい。お前は大雑把でミスは多いけど、ちゃんと僕の言ったことをこなしてくれてるし、成長もしてる。お前が毎日真剣に仕事と向き合っている事はちゃんと伝わってる」
     リーチェンはムーレンに頭を撫でられながら、不思議な気持ちで聞いている。言葉はキツいし冷血な奴だと思っていたが、実はそうでは無く、その言葉の裏に隠された感情はとても温かなものだったのだ。ムーレンの本音を聞いて、心の中にじわりと温かいものが広がる。ありがとうございます、と言おうとした瞬間、ムーレンの目が細められ、唇が弧を描いた。お前は頑張ってるよ、と薄く微笑むムーレンから目が離せない。初めて見たムーレンの微笑みは、リーチェンの思考を止めるのに十分だった。ただでさえ綺麗な顔をしているムーレンだ、微笑むとより一層美しさが際立つ。美しさに目を奪われるとはこの事か、と痺れた頭で思う。ムーレンはひとしきりリーチェンの頭撫でた後、満足げな表情をするとそのままリーチェンに倒れ込んだ。どうやら眠気が限界に来たようだ。段々と彼の体から力が抜けるのがわかる。リーチェンは再びムーレンの体を抱き、少しだけ彼のうなじに顔を埋めた。

     何だこの犬小屋!! と大変失礼な言葉で目が覚めたリーチェンは、汚くてすみませんね、とまだ覚醒していない声で言う。昨晩、ムーレンは立ったまま寝てしまったので、仕方なくリーチェンの家に連れて帰ったのだ。
     目が覚めて一瞬どこか分からずパニックになっていたムーレンは、徐々に昨晩のことを思い出したようで、俯いて額を押さえた。迷惑かけたな、と消え入るような声で言う。
     昨日のムーレンの言葉で、リーチェンの中でのムーレン像はすっかり変わっていた。口は悪いが情に厚く優しい男なのだ。そして笑顔がとびきり美しい。しょぼくれているムーレンを少し可愛いな、と思いながら、大丈夫ですよ、と声をかける。
    「まぁ、店には俺からも謝っときますし、怪我人も出てないから問題ないでしょ」
     リーチェンの言葉に顔を上げたムーレンに、そんな事より、と微笑む。
    「俺にだけでも良いんで、またあなたの笑顔見せてください」
     笑顔、苦手なんでしょ? と言うリーチェンに瞬時に顔を歪めると、笑顔が苦手ってなんだよ、と返す。
    「笑う必要がないから笑わないだけだし、何よりお前にだけって言う意味が分からない」
     頭おかしいんじゃないか? と言うムーレンに、俺、綺麗なものはずっと見てたいんです、ととびきりの笑顔を作ると、ふい、とムーレンが顔を背けた。そして微かに微笑むのをリーチェンは見逃さなかった。今後、この人の綺麗な笑顔をどうやって引き出してやろうかと考えるだけで、リーチェンの胸は高鳴るのだった。
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