WE ARE BLUE AND RED新しい魔術礼装に袖を通す。ダ・ヴィンチちゃんの自信作だけあって、着心地は抜群だ。
さっそく、シミュレーションルームで試してみたい。この礼装の効果を十二分に発揮できそうなのは誰だろうか。
「うーん……あ、そうだ」
一人、思い浮かぶ英霊がいる。
冷静沈着、日々の鍛錬を欠かさない、とにかく真面目。彼――渡辺綱さんを表すならばそんな言葉が適当だろう。口数は少ないものの、愛想がないわけではない。やや天然なところはあるが、意思の疎通に問題があるほどではない。そういう印象だ。
その名は現代においても広く知れ渡っているくらい、強い。出会って日は浅いが、頼りになる人だと思っている。
この礼装なら彼の力をさらに向上させることができるだろう。そう思って声をかけに部屋まで足を運んだのだが。
扉が開け放たれており、部屋の中が見渡せる。どうやら無人のようだ。
それにしても、あの人らしい部屋だ。何の飾りも、余計なものもない。
「……ん?」
ふと、きちんと整えられたベッドには不似合いな、無造作に置かれたものに目がとまった。
近づいて手に取ってみる。ノートくらいのサイズの冊子だ。表紙には、オレと綱さんらしき二人組が描かれている。
(ああ、同人誌かな……)
このタッチは確か、刑部姫のものだったか。『オレのセイバーは世界一可愛い』とのことで、なかなか強気なタイトルだ。
手に取り、パラパラとめくってみる。ストーリーはあってないようなもので、新婚のオレと綱さんが終始イチャイチャしているという、なかなか強気な内容だ。何故こんなものがこの部屋にあるのかは分からないが、自分がモチーフの恋愛ものとあり、見ていて恥ずかしい。
「……あ、主…………」
気がつくと、いつの間にか部屋へ戻ってきていた綱さんが、この世の終わりを迎えたような顔をしていた。
「ああ、探してたんだ――」
「今まで世話になった……俺はこれにて失礼する」
いきなり佩いていた刀を抜き、綱さんはそれを腹へ突き刺さんとしている。
「待って待って! ちょっと待って早まらないで!」
「主に対し、あのような所業……命を絶つ以外に詫びる術はない」
「やめ……やめてってば! ――令呪をもって命ずる……やめなさい!」
「……事情は分かったよ」
それはやはり刑部姫の作品だった。綱さんが彼女に頼み込んで描いてもらったものだという。
綱さんは生気を失い床に這いつくばっている。いつもの凛とした姿からは想像もできない姿だ。
「別にオレは怒ってないんだけど……」
デリケートな部分に踏み込んでしまったという自覚はある。ひそかに夢見ていた願望が、その対象の知るところとなったのだから、気まずいことこの上ないだろう。とはいえ、そんなことで切腹しないでほしい。オレとしてはそちらの方がよほど気まずい。
「……気持ち悪いとは思わないのか……?」
綱さんはゆるやかに顔だけを上げた。病人でもこんな色はしないだろうというほどの顔色をしている。
「うーん……まあ、驚きはしたけど」
オレは「マスターだから」という理由だけで過剰に慕われることも珍しくはない。度が過ぎた愛情を向けられることにも、慣れてしまっている。
しかし、目の前のこの人については、それだけで自分に惚れたとは思えないのだ。何かきっと、決定的で重大な理由があるに違いない。だから、こちらも全身全霊をもって応えるべきだろう。
「オレも、あなたを好きになろうと思う」
「……何と」
「綱さんのかわいいところや素敵なところをたくさん知って、あなたに惚れてみせるよ。それまで心変わりしないでね。あなたは今から、オレの婚約者です」
何も言わず、というよりは何も言えないのだろう。綱さんは、顔を真っ赤にしていた。
自室へ戻る途中で目的を思い出した。この魔術礼装で試したいことがあったのだが、完全に忘れてしまっていた。まあ、それはまた今度でもいい。
我ながら大胆な宣言をしてしまったと思う。
あちらだって大胆にオレに愛を告げてきたのだから、おあいこだ。向こうにすれば事故のようなものだろうが。
ともかく、これでオレには婚約者ができたことになる。まだ、あちらの片想いではあるのだが。
オレには今のところ、特定の相手はいない。ならば、誰を選ぶのも自由だろう。それがたまたま平安武者だったというだけのことだ。
しかし、あの人のことをオレはほとんど知らない。まずは、もう少し距離を縮めよう。話はそれからだ。