Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    p54wt

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    p54wt

    ☆quiet follow

    2022年6月19日公開のぐだ←綱のお話のサンプルです。
    同人作家になった綱が、ぐだくん×自分の小説を書くお話です。
    PDFにて無料配布いたします。

    Love Letter

    鍛錬や朝食を終え、一息つける午前九時。
    (さて……)
    渡辺綱は自室の机に向かっていた。原稿用紙を拡げ、鉛筆を手にする。アイディアはまとまっていた。あとは、それを出力していくだけ。彼は執筆の際、その名を一時的に変化させる。「満月れもん」というペンネームに。

    ***

    渡辺綱という人物は、基本的には戦いに身を捧げた人生を送ってきた。源頼光の四天王と謳われ、鬼をも斬り伏せる平安時代最強の武者。それゆえ、文学とはほとんど縁がなかった。
    サーヴァントとしてカルデアに召喚された綱も、初めは己をただの包丁としか認識していなかった。人理を守るという使命のため、彼の主・藤丸立香に仕える忠臣。しかしカルデアでの日々を過ごすうち、やがて綱の心境は徐々に変化していった。もちろんその使命は胸に抱き続けていたが、ただの道具から一人の人間へと、感受性が育まれていったのだ。
    カルデアには書物や映画といった娯楽も多い。毎日の時間を鍛錬にしか費やしていなかった彼に、立香は言った。
    『息抜きも大事だよ』
    主命ならばと何気なく観始めた一本の映画に、綱の心は躍った。当世にはこのようなものがあるのかと感心した綱は、さまざまな創作物に触れる時間を作るようにした。手に汗握る冒険譚もあれば、思わず笑みの溢れる喜劇、胸の締め付けられるような悲劇も。それらを綱は時間の許す限り楽しんだ。そして、中でも彼が気に入ったのは、甘い恋の物語であった。
    綱が趣味として映画や書物を嗜み始めたちょうどその頃、彼は己の心に違和感を覚えていた。主である立香の言動が、気になって仕方がないのだ。気にかけられ、話しかけられれば嬉しい。立香が任務でカルデアを離れれば心配で仕方がない。己以外の誰かと楽しそうに話している姿を見れば、胸の中がもやもやとしてしまう。綱はこれらを、霊基に異常をきたしたのかと案じていたが、一冊の書物に出会い、答えを得たのだった。その本の主人公は片想いに身を焦がし、相手の言動に一喜一憂していた。綱はそれを読み、己の抱く感情が恋なのだと理解した。物語の中では、主人公とその想いびとは見事心を通わせることができた。綱も、自分もこのように主と結ばれたいと考えるようになったのだった。
    さまざまな恋の物語に耽り、それを立香と己に重ねては、綱は甘いため息をこぼしていた。しかし、その想いを立香に告げる勇気はなかった。立香は多くのサーヴァントに慕われているが、恋愛感情を抱いている者も少なくないと聞く。綱は、剣には腕に覚えがあるものの、それ以外はからきしだと自覚していた。それに、華やかな顔立ちの異国のサーヴァントたちと比べれば、自分は地味で見目でも劣る。己が想いを告げたところで、玉砕するのは目に見えていた。勝ち目のない戦いに挑むほど、綱は無謀ではない。だから、この恋は、己の心の中だけで大切に育もうと決めたのだった。
    そうやって恋物語に己を重ね楽しんでいたある日、綱はカルデアの図書館にて「同人誌」というものの存在を知った。商業のルートに乗るものではない、個人が自費で出版した書物。カルデアのサーヴァントたちも、趣味で製作しているという。それらも図書館の一角に置かれ、誰でも自由に借りられるようになっていた。
    手に取った綱は驚いた。名だたる文豪や画家のものではない作品だが、その出来映えは素晴らしい。商業作品とは異なり制約なく自由に創作していることもあり、のびのびとした発想が面白い。そこで、ふと綱は思った。立香と己の恋の物語を、この手で記してみてはどうかと。
    とはいえ、いきなり書けるものでもない。近い時代を生きた女流作家・紫式部に相談すると、彼女は彼の師事を快諾してくれた。物語の流れの組み立て方や文章の書き方といった基本の手ほどきに加え、作家は言う。
    『物語を紡ぐことを楽しんでください。楽しく書くのが一番ですよ』
    綱は丁重に礼を伝えた。ここに、また一人、同人作家が誕生したのである。




    楽しく書くこと。それが、綱の得た一番の教えであった。

    話の中では、登場人物に何をさせようが書き手の自由だ。それまでは既存の物語に己を重ねていた綱だったが、やはり完全な自己投影は難しかった。しかし、己の手であれば望む通りの世界を作ることができる。
    初めの頃は、アイディアは思いつくものの恥ずかしさが勝り、顔を赤らめ布団にくるまることが多かった。綱は、色事には無縁の、剣しか知らない英霊だ。誰かを強く想うということに対して、彼はあまりに初心だった。
    それでも、綱は布団から這い出した。己の見たい結末は、己の手で作り出すしかない。貰ってきたノートに、ゆっくりと文章を記していく。初めて完結させた作品は一〇行にも満たないものだったが、彼の心は達成感に満ちていた。

    『夜更けに、主は俺の部屋を訪れた。
    その日、主と顔を合わせるのはこれが初めてであった。彼の日々はとても慌ただしく、ゆっくり話をする時間はほとんどないと言っていい。そんな中でも俺に会いにきてくれたことは、とても嬉しかった。
    「寝る前に、あなたの顔が見たかったんだ」
    俺もだ、と伝えると、主は微笑む。
    「せめて、夢の中では二人で過ごしたいなって。おやすみ、また明日ね」
    去っていく背中を名残惜しく見つめる。それでも、この短いひとときは、とても幸せだった。今夜もよく眠れることだろう。』

    彼の若き主君の笑顔を思い浮かべながら、綱はそれを書き上げた。照れで何度も止まりそうになる手を奮い立たせて。
    読み返すと設定に穴があることに気がついた。部屋を訪れるだけでなく、寝台を共にすればいいのでは、と。しかしそこまで描くことはできなかった。何しろ、綱は恋というものには不慣れだ。これくらいのやりとりを想像しただけで、頬の赤らみが止まらないのだから。
    望むシチュエーションを形にするという作業は、綱にとっては非常に恥ずかしさを伴うものだったが、とても楽しいものでもあった。
    (次は、何を書こうか……)
    誰かに見せるものではない。出来は気にしなくともよい。自分の考えること、妄想することを好きなように形にすればいい。
    駆け出しの同人作家は、次作に向けわくわくと構想を練り始めていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works