師匠と出会って何日か…。
自分は師匠の家に連れていってもらった。
今までの汚れを全て落として、邪魔な髪の毛も切って、洋服も師匠のお古の先の方をたくさんまくって着せてもらった。アミリアさんという綺麗な人から、『らしくなったわね』と喜んでもらえたのでこれはきっと良いことなんだろう。師匠の大きな背中を追いかけながらたどり着いた建物。階段を上がって、師匠が扉の鍵を開く。ガチャンと大きな音とキィキィと扉が開く音がした。師匠は一度自分を見てから、顎で『入れ』と合図した。
生まれて初めて、家という箱のなかに入る。
この箱の中には…生きていくために必要なものが全部あると教えてもらっていた。順番を待たなくても水がでて、体も綺麗にできて、雨からも風からもあの嫌な雷だってここにいればへっちゃら。そして食べ物も、何日だって保存ができていつでも食べれる箱があるって…。教えてもらった…ここでは靴を脱いで床にあがったら、こういうんだ……
『た、ただいっま…』
自分の声は少し空気のこもった空間に吸い込まれていった…。振り返って師匠をみると、目も口もぱっかり開いていて…しばらくすると顔を隠すように腕をあげて『いきなりかよ』って言いながら肩を震わせていた。間違えたのかな?と思ったけれど、大きな手が自分の頭をぐしゃぐしゃ撫でたので、きっと間違いなんかじゃない!
師匠と出会ってから初めてなことばかりで、ずっと胸がドクドクと忙しく動いてる。
今日からたくさんのことを覚えて、知って、いつか師匠と同じステージに立って、みんなに自分が持っている好きなものを見てもらって、知ってほしいな。
だって、どんなことがあっても…
音楽だけは誰にも奪うことはできないんだから!
背中側でドアがしまる大きな音がして…鍵が閉まる音が、何故か何倍も大きく感じた。
『ししょう』と呼ぶ声は、重みと熱と、痛みで消えた…。
『あ"…っ……』
太くて熱い腕に自分とはずいぶん違う傷跡が見える。首の後ろに熱い息がかかっている。痛い。痛い……のに…。
『うっ………うぅっ………』
頭のてっぺんから爪の先までビリビリと電気がはしってく、寒くないのにからだがふるえて………
ここではじめて、首の後ろを噛まれていることに気づいた。どうして………どうしてだろう………こわい……
…助けて、たすけて……
…ししょう………
『……"おかえり"………鉄漿……』
"コントラクト"
覚醒していないオメガに対し、覚醒済みのアルファが行う事前の"番"契約の一種。上述した通り覚醒前の状態での心身的な強制契約であるため、オメガ側に重大な心的外傷を残すリスクが非常に高い。そのため同意の上であっても第二性条約においても禁忌行為のひとつであり、アルファといえど重い科料をかけられる場合がある。