レンタル彼氏3 魏嬰はレンタル彼氏のキャストの中でも人気の部類に入る人間で、顧客の利用が多い。
私も気付けばその一人になっているのだが。予約を取るのは少々難を要した。
本音は仕事後に会って癒されたいという気持ちが強いが、スケジュールがどう延びるか判らない仕事。オフの日以外で会いたいと思ったら朝からサイトのスケジュール表を確認して、仕事前に一、二時間程時間を買い取るのが常だった。
「おはよう藍湛」
って云ってももうすぐ昼だけど、と笑う魏嬰と一番早い時間の十一時に魏嬰と落ち合った。
「今日は? 仕事?」
「あぁ」
「そうか。なら駅近の方が良いよな」
いつものカフェで良いか?
顔を覗き込んでくる魏嬰に小さく頷く。
いつものカフェ、とは、ターミナル駅から十分程歩いた路地裏にある個人経営の喫茶店だ。
目立つ看板がないからか客足は少なく、その日も客は私と魏嬰の二人だけだった。時間が少し早かったから、というのもあるかも知れない。
私はブレンドを。魏嬰はアイスコーヒーを頼んで柔らかな革製のソファに向かい合って沈む。
少し他愛ない話をして、飲み物が運ばれてきてから魏嬰は、あぁそうだ、と普段持っていないトートバッグから一冊のアルバムを取り出した。
「? 何だ?」
首を傾げたら、ほら前に云っただろうと魏嬰が肩を揺らす。
そうして彼が表紙を捲ったそこには丁寧に頁が切り取られた私の写真がスクラップされていた。
「俺、本当に藍湛のファンなの。これで判ると思うんだけど」
ちょっと中見てみてよと促されるがまま頁を捲っていく。
最近刊行された雑誌の写真なら集めやすいだろうが、彼が持ってきたスクラップブックには、私が魏嬰と出会う前の写真も多く切り抜かれていた。
「そっちは写真集で、こっちがインタビュー集」
ごそり、もう一冊出てきたスクラップブックには確かに私が雑誌で語ったインタビューの記事が並べられていた。
「どう? 信じてくれた?」
悪戯な笑みに、首を縦に振る。
彼には失礼だが、本当にスクラップブックを持ってくるとは思わなかったし、持ってきたとしても最近のものばかりを持ってくるものだとばかり思っていたから、これには少し驚いた。
「取り敢えず新しめのを持ってきたけど、家には藍湛がモデルデビューした頃のもあるぞ」
それくらい前から藍湛のことを気にしていたんだと云われてしまえば、悪い気がする筈もない。
「初めて藍湛のこと雑誌で見た時、衝撃的だったんだ。こんなイケメンが居て良いのかっ? って」
カラカラ笑う魏嬰はそう云いながらアイスコーヒーを啜った。
「私は、魏嬰も充分モデルになれると思うが……」
「いやー、それはどうかな。確かに悪く云われたことはないけど、モデルになれるレベルかどうかは微妙じゃないか?」
「何なら紹介しても良い」
「ハハッ、遠慮しておく。俺時間に融通が利かない仕事は好きじゃないからさ」
仕事もプライベートもある程度自由にやりたいんだと云う魏嬰の言は確かに彼らしい。
客の要望に応えながらも、魏嬰の性格は基本自由奔放だ。
相手のペースを鑑みながら自分のペースに嵌め込んでいくのが上手い。
そんな風に踊らされるのも悪くはないと思う自分は相当彼に入れ込んでいる。
「魏嬰」
「うん?」
「私とは基本、茶か酒や食事が多いが……他の客とはどんなことを?」
私の都合で碌なデートが出来ていないのだから格差に文句はつけられないが、彼が他の客とどんなことをしているのかは気になったし、叶うのであればそれを上書きしたいとも思った。
「他? んー、色々あるよ。遊園地とか、水族館、動物園、美術館、映画……とか年齢層も幅広いからホント色々」
「そうか……」
「なになに、藍兄ちゃんは俺ともっと遊びたくなった?」
茶化す云い方に不服を云い渡しながらも内心では大きく頷く。
「藍湛って、遊園地行ったことある?」
世界的に有名なテーマパーク、と付け足され、否と首を振る。
「ならさ、今度藍湛が一日オフの日が出来たら一緒に行かないか?」
男二人でも結構楽しめるよと笑う彼に拒絶など出来るものか。
「楽しみにしている」
ぽつりと呟けば、こっちこそとまた魏嬰の笑顔が咲いた。
それから時間ギリギリまで魏嬰と他愛ない話をして、店を出た。
並んで路地を歩いていると、不意に魏嬰が立ち止まった。
「魏嬰?」
どうかしたか? と私も足を止めたら、魏嬰は満面の笑みで私の右手を取った。
そのまま引き寄せられるように手の甲に押し当てられた唇。
「藍湛が今日も仕事頑張れますように、っておまじない」
「…………」
「あれ? 嬉しくなかった?」
「……いや」
嬉しくない訳がない。ただ、同時にこんなことを他の客にもしているのだろうかと思うと苦々しくもなった。
魏嬰の中で、私はもっと特別になりたい。そうなるにはやはり、店に通い彼の時間を買い取るより他はないのだろう。
握られたままの手を今度は私が引き寄せて、魏嬰の手の甲に唇をそっと押し当てる。
「藍湛?」
「変な虫が付かないように」
大真面目な声で呟いたら、魏嬰は大きく笑った。
「あーあ、藍湛ともっと一緒に居たいな」
藍湛と一緒の時間は楽しいからあっという間だ、と。
それは本音なのか商売文句なのか。今の私にはまだ判別出来ないけれど。
いつかそれを本音に変えさせたいと思った。
「じゃあ、また」
駅の改札前。後ろ髪引かれる思いで魏嬰をサングラス越しに見詰める。
「あぁ。待ってるから」
仕事頑張ってな、と手を振られた私は微かに頷いて改札をくぐった。
電車の中でスケジュール帳を改めながら、次はいつ一日オフの日があるだろうかと確認する。
定期掲載雑誌以外の仕事が唐突に入らなければ、ひと月以内には時間が取れそうだ。
テーマパークでデートだなんて、いかにも恋人らしい。
それが例え擬似だとしても。
私にとっては貴重で重要な時間だ。