疲れてるときは好きなものを摂取するといいED後 アッシュとルークは一緒にバチカルに居ます
「!!!」
不意に首筋に冷たい手が触れて、なんとか言葉を飲み込んだルークは、びっくりしたついでに手に持っていた本を取り落としてしまった。
さらにそれはくつろいでいたためちょうど素足だった足の甲に落ちて「痛!」と今度は声が出てしまう。
誰かに襲われる、わけもない警備も厳重なバチカルのファブレ邸の自室である。それでも一応ルークにも危機感というものがあり、一応なんだ敵かと身構える気持ちはあった。
けれども首筋に触れた冷たい手はそのままルークの首を絞めるでもなく、首筋にかかった髪の毛をじゃまだと言わんばかりに払うと今度はルークの肩越しに二本の手が生えてきて抱き込まれる、というより捕獲された。
「アッシュおかえり」
ソファーの後ろから捕獲されたルークは、足元に落ちた本を拾うこともできない。肩越しに回された腕はルークの腕ごと胸の前で結ばれてほどけないし、抗議したくてもルークの肩口に埋められたアッシュの顔も見えない。
「アッシュ?」
返事もない。
アッシュが部屋に入ってきたのは気配を隠していないのでわかっていたし、挨拶も返事もないことはよくあること。そして何か急にルークを構いたくなるときがあるらしいアッシュがルークの頭を犬のようにぐしゃぐしゃにかき混ぜたりすることもたまにはある。なんとかセラピーとか言っていたがペット扱いじゃない? とアニスに言われたのは先週のことだ。
ちがう、と信じたい。アッシュには友達も少ないし心許せる相手がルークくらいしかいないのだ。いつもいろいろなルークに対するものも含めて愚痴をこぼして満足したら勝手に自分の部屋に帰るのだから。
アッシュは意外と愚痴が多い。
ルークはだいたい黙ってそれを聞いている。反論すると小言が増えるからだ。
けれどそんなことすら昔の二人の関係からはありえないのだから、ルークはアッシュがわざわざ自分に構いに来るこの時間が嫌いではなかった。
あまり自分のことを話さないアッシュがなにをしていたかとか、なにを思ったのかとか中々に垂れ流してくるからだ。
あの街の警備隊は魔物相手に全く基礎がなってないとか、あの洞窟の中は崩れて先に進めないとか、出先でルークに間違われて迷惑だとか。小さいことから結構重要なことまで色々だ。
多分アッシュもルークや他のみんなとどんなふうに普通にしていいか測っているのだろう、とルークは勝手に思っていた。
だから今日も、この部屋に入ってきたのが今日もナタリアに同行して城外に出ていたアッシュだとわかっていたのでふつうにおかえりと言うつもりだった。
なのに声もなく近づいたアッシュはまだ声もなくルークを捕獲したまま、耳にアッシュの呼吸の音が聞こえるほどの距離でルークは動けなくなっている。
このパターンは今のところなかったのでルークは現在静観していた。
「アッシュどうかした?」
何か嫌なことでもあったのだろうか、黙ったままのアッシュからはわからないが、ルークの頭の片隅に犬吸いという単語がよぎったが無視した。
ナタリアとの仕事で何かあったのだろうか。ナタリアに聞けばわかるだろうかと思いながら、なんとか動く左手でアッシュの頭でもなでて労ってやろうと思ったのに見てないはずなのに阻まれた。いつか自分にされているように髪の毛をわしゃわしゃにしてやると思いながら今日のところは諦めた。そういうのは今はいらないらしい。
「何かあった?」
そう聞いても何かもぞもぞするだけでさらにルークに体重がかけられるだけ。何かあったか言われたかだが、ルークには言いたくないということだろうか。今日行ったのはケセドニアで新規事業を始めてまあまあ羽振りの良くなった貴族の商会へ行ったと聞いている。多分ろくでもなかったのだろう、ルークに言いたくないというのならレプリカ関係だろうか。
「まあ言いたくないなら言わなくてもいいけど。そういうときは好きなものでも食べたらいいと思うよ! アッシュなにが好き?」
とりあえず気分を上げるのがいいだろうと、ルークが一番上がる提案をしたのだが、何か響いてない……ような。間違った? 美味しいものは正義じゃなかった? ほかにアッシュの好きそうなものを考えてみたけれどルークにはやっぱり食べ物しか思い浮かばなかった。
「好きな物あったら元気出るだろ? ほら言ってみろよ」
ルークに絡みつく腕を軽く叩いてほら、とうながせば、うなったようなため息のような音が少しだけ聞こえて、ルークの話を無視しているわけではないことしかわからない。
やっぱり何も言わないかーどうしようかなと思ったその時。
「……ルーク」
小さなアッシュの声も逃さないように耳を澄ませていたのに、聞こえたのは非難するようなルークを呼ぶ声だけ。
「何だよしゃべれるんじゃん。早く好きな食べ物言えよな。用意できたらしてやるし」
さあさあ、とせかせばまた小さなため息のような音が聞こえた。馬鹿にしないでほしい。おいしいものはすべてを救うのだ。
「……からあげ」
うん、チキン揚げたの美味しいよな。ルークも好物である。
今すぐからあげどこかで用意できるだろうか、厨房で……そんなからあげなんて作ってもらえるか? 後々の自分の食事のために頼んでみよう。
「うん美味しいよな、あとは?」
「……親子丼」
チキンばっかりだな……と思いながらルークも好きなのでうなずいておく。
そんな感じでボソボソと一言言うたびに返事をしていたら、ルークもお腹が空いてきた。
せっかくだし何か夜食を用意してもらおうかと立ち上がろうとしたが、そういえばアッシュに捕獲されたままだった。
「アッシュ、お前の好きなものできるだけ用意してくるからさ、ちょっと離して……待ってて」
そう言うのに、アッシュの手は離れるどころかさらに絞められてちょっと苦しい。
「なんかよくわかんないけど、好きなもの目の前にあるのいいだろ? だから用意して……」
「……ルーク」
不意に耳元で名前を呼ばれて、ひぇ……と変な声が出た。
「なんだよ、言いたいことがあればちゃんと言えよな。まだなんか欲しいものあった? 用意しようか?」
「ルーク」
「はいはい、だから何がほしいんだよ。甘いスイーツかなんか?」
いまだ手を離さないところを見ると一番何か欲しいものがあるのだろう、言いにくいのかな? プリンパフェとか?……言いにくいだろう。一体どんな可愛いスイーツなんだろうとルークが勝手に思ってわくわくしていたのに。
「……お前が好きなものを言えといったんだろ。俺はずっと言ってる」
そう言って、やっぱり離れないアッシュの腕をルークは見てしまって。
「ここにあるから行かなくていい」