夏だけど怖くない話「それで、なんでお前はここにいるんだ」
「え、だってアッシュが怖がってるんじゃないかと思って?」
そう言ったルークをアッシュがひと睨みすると、ルークはいたずらに失敗したように小さく肩をすくめた。
「俺が話してるのにアッシュ表情何にも変わんないからどうだったのかなって、怖かったのかどう思ったかもわからないじゃん」
ルークは勝手に持ち込んだチーグルのぬいぐるみを胸に抱きしめながら不満げな顔でアッシュを見ている。
そうだ、持ち込んだのはそのぬいぐるみだけではない。ルークの周りにはアッシュのものでない荷物が散乱している。けれどもここはアッシュの部屋なのである。しばらく調査のために滞在しているため1人でコテージを借りていたのになぜかルークに押しかけられている。
ルークは自分の部屋のように椅子を引っ張り出してアッシュに向かうように座って足をぶらぶらとさせている。
保護者はどうしたと聞けばアッシュがいるだろ? と不思議な顔をされた。アッシュは保護者のつもりなどなかったが本当に一人で来たのなら捕獲しておけば誰か迎えに来るだろう。……来るよな? 最近ルークもほかに同年代の友だちができたり交友関係も行動範囲も広がって以前より自由にしているし、いつでも連絡が取れるのでこうやってアッシュのところに突然一人で現れるのも今回が初めてでもなかった。
アッシュが依頼を受けてここに来たことを漏らしたやつがいるのだろう。特に隠しているわけではなかったが出かけると告げてもいなかった。
なのにこうやってルークがここにいるということは保護者たちもルークの行方を知っている。すなわち迎えに来ない可能性が高い。
仕方がない、アッシュがそう思って諦めるのも織り込み済みで。
違う世界に具現化されて、思ってもみなかった未来を手に入れて、まだ戸惑いしかないけれども、もう完全に順応したようなルークを見ていたら、アッシュがこだわっていた事など何だったのかどうでもいいかと思うときもある。こういうときは役に立つ奴だなと思わないでもなかった。
アッシュとルーク、二人いてちょうどいいくらいなのだろう。
だが、ルークの面倒を今一身に見るということは別の問題である。
アッシュの今いるここは海と白い海岸が売りの観光地であるが、ここ最近に夜中に不審な音か声がするらしく、めっきり客が減ってしまったらしい。依頼のあったアッシュは1人で来たつもりだったが置いていくなよとルークがあとから付いてきた。「1人で海に遊びに行くなんてずるい」らしいが遊びに来たわけではないのをわかっているのだろうか。
そんなルークだがさっきまでアッシュをよそに地元の子どもと海遊び(調査らしい)をして、どこかで話を聞いてきたのだろう地元の伝説の「海から来る恐ろしいもの」の話を聞いて、何か怖くなったのだろういそいそと帰ってきたところであった。
アッシュ聞いた? こんな話、から始まる明らかに誇張と無駄に恐怖を煽る伝承らしい怪談を語るルークをみれば、よっぽどそれを伝えた者が上手かったのだろう怖かったんだろうなと言わなくてもわかった。ここから窓越しに夜の海が見えるものだから尚更だ。
そして同じ調査をしているアッシュも勿論その話は聞いていた。怖いものが魔物なのか人なのかわからないが、その音が海からすると急に嵐が起きて人が消えるらしい。そうならないために音がしたらそれが止むまで供物を捧げるらしいとかそれはよそ者の旅人を捧げたことも! とか伝承によくあるパターンだった。依頼にあったのも不審な音がということだったので、この昔話のような伝承のような話はこのあたりでいろんなパターンで聞いた。
「魔物や盗賊だったらさ、討伐しちゃえば解決するけど、何かの怨霊とか形のなさそうなよくわからないのってほら、窓閉めてても入って来そ……っ」
といっている間に風が吹いて窓がガタンと揺れた瞬間ルークが言葉を詰まらせてすがるような目をアッシュに向けた。怖かったんだな。
「それで1人が怖かったから俺のところに来たと」
そうだろうと思うのだがルークは素直にうなづかない。
「いや、もともとアッシュが海に行って一人でコテージ借りてるって聞いてたから、部屋余ってるだろ?」
やはりリークしたのはもともとのアッシュの情報源か。ルークに話を漏らしたのではなく送り込んだまでの疑惑が湧いてくる。アッシュに普通にルークと一緒に調査に行ってきなさいと言っても素直にはいと言わないと思われている。……そうかもしれないが。
「今は客がほとんどいないらしいから向こうの宿でも空いてるだろ」
わかっているけれどもルークが素直に言わないのでちょっとした意趣返しだったのに、ルークは慌てたように首を振った。
「やっぱりそうじゃなくって、海から来る恐ろしいものの話だよ! 調査するなら二人がいいだろ? ほら、今でもなんか外から音がするような……」
外から今は特に音がしたりはしなかったが、ルークはどうにかここにいたいことはわかった。やけに熱心に怖いものアピールしてくるのだからそうなのだろう。
「なんだ、おばけなんて信じてるのか」
「おばけとか言ってないだろ正体わからないとしか! 怖いこと言うなよ!」
そういいながら窓を背に椅子に座ったままチーグルぬいぐるみを抱きしめているのだから察しである。
「まあ、この世界のことはまだ良くわかってないんだから存在のよくわからないのもいるかもな」
「お前さっきおばけなんていないって言ったじゃん、言ってることは貫けよ!」
観測できてないものはいない派であるアッシュだから、なぜ怒られないかいけないのかわからないが、ルークの言うことも一理ある。
「いないなんて言ってない、信じてないって言っただけだ」
一緒じゃねえかとつぶやきながら外を気にするのでアッシュは黙ってカーテンを閉めた。見えないだけでも多少はマシだろう。
「おばけなんてものが存在したら、レプリカでも魂はフォミクリーで作ったものでないなら消えずに残るものがあったのかと思っただけだ」
だからきっと魂だけなんて存在しないのだ。全て、消えて、しまう運命だったのだから。
記録だけでは存在ではない、それを人として存在させる魂は残らない。
そう思ってきたから。
「……」
ルークはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめたまま。小さくうんと呟いた。
また窓がガタンと揺れて音を立てたがルークが反応している様子はなかった。
「……俺はもう消える予定ないし」
小さな声はアッシュにぎりぎり届くくらい。アッシュの一言がただ、ルークに本当に怖かったことを思い出させてしまっただけだったのか。アッシュにも覚えのあるその感情を理解している。だから別に最初から突き放すつもりなんてなかった。
「怖いならちゃんと言え」
別に慰めてやるつもりはないけれど今はそばに居ることは出来るのだから。
どんなことでも、言える体が今はあるのだから。
「そうだな、色々ちょっと怖かったけど……アッシュがいてくれるから、今はあんまり怖くないかも」
おばけなんてほんとにいないかもしれないし、そう呟いたルークの声でアッシュはふと思い出した。
「待てよ、この世界なら具現化できるということは魂のようなものは残りそうだな。……としたら体無しでも祟るやつくらいいるだろう……か」
「ああ! 前言撤回! なんか怖い! 敵は体のあるやつでお願いします! それでアッシュ! もっと近く行っていい? やっぱり得体のしれないものは怖いし!」
そういいながら、近づいてくるルークの顔は思ったより怖そうでもなかったので、まずはぬいぐるみを置いてこいとアッシュはため息を付いた。
「なんで」
「間にそんなものあったら邪魔だろ」
怖いなんて口実でルークは最初からただアッシュに構いたいだけのようだったからアッシュは仕方なくルークを手招きした。
※問題解決してないけど問題のあるところにルークを一人で行かせるような保護者たちではないので大した事ないもののはず(書ききれなかった)