またちっちゃくなったアッシュの話「アッシュ、不本意なのはわかってるからさ。ちょっとこっち向いてほしいかな」
なあ、と普段はそんなねだるような声を出さないのに、こんな時にだけどんな顔をしてそんな事を言っているのかと思わせる声でルークは言うけれども。
「嫌だ」
アッシュはルークに背を向けて、この顔を見せてなんてやるものかとベッドの中へ深く潜り込んだのに。
「だって、アッシュ仕方ないだろ。ここで拗ねてたってお腹空くだけだろ? 何時までそのままかわかんないのに?」
そう言いながらルークは軽くベッドからアッシュを引き剥がして、軽くアッシュを持ち上げるとベッドの上に軽く置いた。
「軽い~アッシュちっちゃい! 」
「だから嫌だったんだ……」
非常に不本意であるが、今のアッシュはルークの目の前にちょこんと座る小さな子供であったからだ。
状況を確認しよう。
また、アッシュは小さくなってしまった。原因は前回と同じローレライである。
以前、ローレライに体を奪われて、仮の体として子供の姿にさせられたアッシュである。
そのときは突然だったし、ローレライにも理解できるくらいの用事があったし、最終的には特にアッシュに害になることもなく、過ぎ去ったことだし仕方ないと思っていた。
それから何の音沙汰もなく、突然小さくされてしまうこともなかったから油断していたのだ。
今はローレライデーガン、あと半月ほどで年が改まる季節であった。アッシュとルークは所用で二人でダストに来ていた。ダアトにはそこそこの頻度で来るので久しぶりとかでもなく二週間前にも来て、その時に一年前こんな事があったななんてルークが言っていたような。
そうだ、以前もこのくらいの時期がちょうど第七音素が一番増える時期だと言われて、体を奪われたのである。ローレライに。
気をつけたって世界のどこでも距離なんて関係ない意識集合体なのだから仕方ないのだが、心の準備もなく小さくされれば引きこもる仕方ないだろう。
アッシュは悪くない。
ベッドに引きこもっていたのを引きずり出したルークが悪い。
けれどルークは悪びれもせず、アッシュ小さい! 目を輝かせて隣に座ってアッシュの小さな手をなぞっている。思わず手を振り払うとなんで? と不思議な顔をされた。
「だってまたすぐもとに戻っちゃうんだろ? 今しか小さいアッシュ見れないじゃん。ナタリアもガイも知ってるのに俺はアッシュの小さい頃見たことないんだから……俺だけ、な?」
ルークはアッシュのレプリカなのだから小さい頃の姿をみれたわけもないのは当たり前で、不公平とかそういう問題でもない。それにただ小さいだけなのだから中身はいつものアッシュなのだが?
そう思ったが何かルークが楽しそうなのでやりすぎなければいいかと思うありがとうことにした。前回はどうなるかと不安もあったがちゃんと戻れることは実証済みなのでルークは気楽なものである。
「それで、今回は何だって?」
アッシュを一通り堪能したのか、ルークはアッシュを覗き込んでそう聞いた。急なことだったけれども、一応ローレライはアッシュに言いおきしていたのだ。
「ユリアの子孫と話がしたい、と」
「子孫ってティア? ならダアトにちょうどいるよな。昨日も会ったし」
そう、ちょうどアッシュとルークもダアトにいて、別の用事でティアがダアトにいることが分かったので昨日もルークが会いに行っていたのである。
ローレライにとってユリアが特別なのは知っている。だが子孫は全くの別人だが? 人でもない、人の心のない意識集合体にはどうでもいいことなのかもしれなかった。何の話をしたいのかなんて聞いてもいないけれど……何か起こったのか? まさか。
少しの不安はあるけれども、今のところ何もわからないのでどうしようもない。ただ、アッシュが小さくさせられただけである。
ダアト、ローレライデーカン、ティア。どれかの条件がなければまたこんなことにならなかったかもしれないのに、今回はローレライも突然思いついたのだろうか、準備が足りないからと……前回よりアッシュの体は一回り小さい。
そう、ルークが軽く持ち上げることができるくらいに。
だから余計にルークが小さい! と目を輝かせているのだ。正直小さいを連呼しないでほしい。一応少しくらいは被験者のプライドみたいなものがあるのである。
「ローレライが何考えてるか分からないけど、いまアッシュの体でティアに会いに行ってるって事だよな? 俺今から昼ご飯一緒にする予定だったのに。アッシュだけ現れたらティアだってなんかおかしいと思うよな?」
「言動がおかしいお前だと思われるだけだろ」
「え? アッシュだろ」
「あいつは『そうか、ルークのふりで向かった方がユリアの子孫の前では自然だな』とか言ってたからお前のふりをして向かったはずだ」
「え? 俺? なんで?」
「俺もお前もローレライの同位体だろ、行動なんて筒抜けなんだろ」
「だってそれだったら俺の体奪えば良かったんじゃ……?」
「ローレライにしたら同じ顔に見えるんだろ」
確かに同じ顔だけど……と困惑しているルークには言っていないことがある。ローレライはこうやって神々の傲慢でアッシュの体を奪ったりするけれど、アッシュが完全同位体の被験者であるからで、レプリカだと完全に情報を上書きしてしまってルークが消えてしまう可能性があるのでルークにこの危機が訪れることはないのである。譲れるなら譲りたいが、ルークがいなくなるのは困る。せっかく二人で生きていけるのに。
「さすがに俺じゃないって分かるよな? ローレライも説明するよな?」
人でないからそうだろうと確定なんてできない、以前の人のふりをして慣れてなかったローレライの人でなしの冷たい対応を知っているルークは急に不安になったようである。
「行けばいいだろ」
変なことはしても悪いことを考えてはいない……と思う。今ならそれほど時間も経っていないのでまだこいつはローレライだからと言いに行けばいい。
「いや……多分俺じゃないって分かるだろうし、見た目アッシュだし……」
そう言いながらちらちらとアッシュを伺うのはどういうことだ。
罠だ、これは俺をティアのところに行かせないための罠なんだなわざと小さくした……とか何とか、ルークがつぶやいているのが不穏だ。何を葛藤しているのだ。
「人の姿を取るのになれてないお前のふりをしてるローレライと会いたいか?」
アッシュとしては自分の体なのでみたくはなかった。
「うーん、気にはなるし見てはみたいけど……それにティアに説明ちゃんとできてるか不安だし?」
行こうかな〜という雰囲気を出しながらアッシュを見てまたルークが葛藤している。落ち着かないようにどさくさに紛れてアッシュのてを揉んでいる。ぷにぷにだなとつぶやく声が聞こえた。
もしかしてこれは送り出したほうがいいのか? ルークのアッシュを構いたい欲求が増えている。そわそわした気持ちをアッシュを構うことで紛らわされたらもみくちゃにされそうな気もした。今のアッシュの体格では抵抗できない。
けれど、何か小さくなったアッシュを構うこととティアを心配するその中で揺れながら未だ立ち上がらずアッシュの隣にいることに少しだけ優越感を覚えているのも本音だった。
行かないでもたぶん問題ない。ルークはここでアッシュを構えていればいいのである。何かあれば連絡だって来るだろうから。
「今から行って間に合うか?」
「あー待ち合わせはお昼だからホントならまだ時間あるけど、アッシュがちっちゃくなったの一時間くらい前だもんな……アッシュそれも知ってて引きこもってたの?」
「この姿で出歩きたくない方が勝った」
ティアには申し訳ないが、ユリア大好きなローレライが変なことはしないだろうと思ったのだ。それにルークでないこともアッシュでないことも彼女なら分かるはずで、さらには宿泊場所であるこの宿の場所も知っているのだから何かあれば連絡が入るはずだ。
ただ、アッシュはこの小さな体が不本意なだけなのだ。小さくなったからといつもと違って構いたがるルークに対しても。我を通す方を優先してしまったのも体に引きずられているのかもしれない。それに、ルークが出かけようとせずにアッシュの側にいてくれることも、また一つの要因だったのかもしれない。
本当ならそろそろ出かけてもいい時間なのだ。それでも声を荒げず、結局はベッドから引きずり出されたけれども、何かにやにやとアッシュを見ているルーク。
いや、何か企んでいるな……アッシュは少しだけ嫌な予感がして後ずさろうとしたけれども。
「仕方ないからさ、アッシュ一緒にいこ!」
嫌な予感とともに、アッシュは軽くルークに抱き上げられて、そのまま運搬されてしまった。
「一人で行けばいいだろ」
「宿にこんな小さな子置き去りにしてたら俺怒られちゃうじゃん? 大丈夫このまま運んでも全然重くないから」
「せめて下ろせ」
「下ろしたらアッシュ絶対脱走するだろ? このサイズで良かった、運べる~」
な? と笑顔で言われて、その顔が近すぎてアッシュはうっと息をのんだ。
抱き上げられているからいつにもない近距離にルークの顔がある。しっかりと抱きかかえられているが、上半身が心許なく、仕方なくルークの首に手を回せばさらに近づいて、こんな距離で近づいた事なんて無い。光に当たるとキラキラと光るルークの髪もふわりと香る石けんの香りも、知らないルークだ。そう思うと何か緊張して、頬が熱くなる。
「アッシュ、どうかした? あ、外寒かった? ほっぺた赤いけど」
「問題ない。この体は寒くない」
あ、そうなんだと言いながら空いた右手でアッシュの頬にふれて、「熱くは……無いな、めっちゃやわらかい」なんて言っている。だからそんなに嬉しそうにアッシュに触れないでほしい。確かに作られた体だからそれほど暑くも寒くもないけれど、感覚はあるのだ。
そもそもアッシュが小さいからとルークは不用意に触れすぎなのである。例えば、これが小さいアッシュでなくて、いつものアッシュだったらこんな触れ方なんて絶対にしない。以前も思ったが、ルークは何かの箍が外れたのかと思うくらいアッシュに対する態度が違う。
子供が好きなのか、子供だからアッシュにかまうのか。
いつもはしないくせに。
そんな感情がふっとわいてきて、何か恥ずかしくなってルークの髪をぎゅっと掴んだ。ルークは痛いと言いながらも笑顔なのでおかしい。これをいつものアッシュがやったらどんな顔をするか、アッシュ俺何かしたか? と悲しげな顔をするか、何するんだと怒るか。
「……いつもと違う」
「仕方ないだろ、アッシュ小さいんだから」
そうじゃなくて、と言おうと思ったが声に出すことでもない。
「……まあ、この高さはいつもの視界に近いから疲れないのは、……いい」
それを聞いたルークが目を丸くしている。アッシュは思っていたことを声に出しただけだが、抱き上げられたままでいい、と言うのと同義だと言うことに今更気がつく。否定しようと思ったけれども、下ろされて視界が低くなると違和感もあるだろうし、前に小さくなったときにも体の大きさが違うのだからろくに歩けなかったことを考えれば下ろされても困る。
「お前が疲れたなら降りてやってもいいが」
「! 大丈夫! 一日でも抱っこするし!」
喜んで! といった感じのルークに、アッシュは何がそんなに楽しいのか分からない。アッシュはルークが近くて困惑しているのに。
「何がそんなに楽しいんだか」
思っただけでなくつい口に出ていた。この体は節制できなくて困る。
「だって、アッシュかわいいしこんなに素直に抱き上げさせてなんて絶対無いだろ? そんなアッシュのちょっと困った顔もかわいいし」
「いつもは可愛くなくて悪かったな」
「え? いつもアッシュ可愛いと思ってるけどさすがに同じ大きさだから抱っこできないし、頭撫でさせてくれないし、ほっぺたむにらせてくれないだろ? 今しかないじゃん!」
まさか、ルークはアッシュを見ながらいつもそんな事を考えていたのか……? まさか。いつも子供のようなルークの頭を撫でたいとか頬をつねりたいとかそれはアッシュにも覚えのある感情だが、ガイもときどき言っているからルークに対する共通認識なのだと思っていた。対して、アッシュにはそんな話を聞いたこともなければ頭を撫でられたこともない。
「お前は目がおかしくなったのか?」
「ほらその顔、いつものアッシュと同じお前は馬鹿か? って感じの! でもその後に仕方ないかってちょっと笑うときがかわいいって……内緒! お前小さいからうっかり言い過ぎた!」
何かちゃんと聞かねばならないことがたくさんあるようだ。幸い今のアッシュはルークが油断する容姿であるらしい。聞けることは聞いてしまおうか。
例えば、アッシュのことを本当はどう思っているか、とか。
笑えば油断するのだろうか、けれどアッシュは上手な笑い方が分からない。仕方なくルークの後ろではねた髪を掴んで、何だと言われる前にバランスを崩したんだと言いながらルークの肩に寄りかかった。
アッシュが甘えてきてる……? と言う声に疑問形なのは何だと思ったが実際は意図的なので何も言わない。ルークならもっとうまく甘えて聞きたい言葉を引き出せるのだろうか。むしろ、それをしてくれればアッシュだって……
「……元に戻ったら覚えとけよ」
「え? 俺何かした? アッシュ?」
小さくなったところでそれを有効活用できないアッシュが自分に苛立っただけだったのだが、ルークが恐る恐るアッシュの頭を撫でてなだめようとしてくるのが分かって、違うんだと思ったけれども、撫でられるのは悪くないので少しだけ気分が戻った。
「ティアどこにいるのかな」
どうやら待ち合わせの場所まで来てしまったらしい。時間より少し早いがすでにローレライがティアに接触していてここに来ない可能性もあった。なんとなくローレライの居場所は分かるが人混みのせいで特定できない。教会に近い方かとルークに示してそちらに目を向ければ、カフェの中にティアともう一人……アッシュがいた。
「ルークのふりなんてできてねぇじゃねえか」
「でもティア普通に談笑してるけど」
ティアと向き合っているその誰かがアッシュみたいなのかルークみたいなのかそれは置いておいて、二人が穏やかに話をしていることだけは事実だった。ティアがアッシュかルークのどちらかだと思っているのか? 二人をよく知っているティアが分からないはず……無いと思うが……そう思っているうちにティアがこちらに気がついて、パチリと瞬きをした。
その瞬間、アッシュの目の前にティアがいて。
「あら、変わったのかしら」
「何を話していた」
誰と、とも聞かず告げた言葉にティアは少し考えるように外を見上げた。そこローレライでもいるように。
「あなたに言う必要は無いでしょう、あの方はあなたではないのだから」
確かにそうだ。アッシュは体を貸しただけだし、世界の存亡だとか自分やルークの秘密だとかそんな大変なことならばティアだって隠したりしないだろう。ただユリアの子孫と話をしたいと言ったローレライだ、本当にたいしたことなど無いのだろう。そう考えれば普段だってルークとティアが何を話しているか後で聞き出そうと思ったことなど無かった。ルークが勝手に話すだけだ。
「やっと追いついた! アッシュ急に消えるなよな!かわいかったのに!」
「好きであの姿でいたわけじゃないし、文句はローレライに言え」
「もう……あ、ティア! さっきまで話してたんだろ? ローレライだって分かった?」
「ええ、ルーク。突然話しかけられてびっくりはしたけれど……また後で話すわね。食事に行きましょう」
……ルークと自分とで態度が違うことがないだろうか。気のせいかとも思えずルークに目で訴えたけれども何のことか? みたいにかえされて、アッシュは居心地が悪かった。
「アッシュもせっかく戻れたし一緒に行く?」
そんな居心地の悪さをルークは感じてはいなかった。ティアの視線が歓迎してない気がしたのでアッシュはルークの申し出を断るしかなかった。
ティアと楽しそうにしている姿を目の前で見る気もない。アッシュとティアは特に仲間でも親しい友人でもないのだから。そう言い聞かせて、アッシュは何かもやもやとした気持ちを抱えて街の中へ戻った。
これはローレライの話を聞けなかったからだ。そうだ。特に聞きたくもないけれども。
宿に戻ってきたルークをとりあえず頭をぐちゃぐちゃに撫でてやった。
「なにするんだよ、ただいま」
「頭撫でたいんだって言っただろ」
「あれは! 俺がアッシュの……撫でられるのもいいけど!」
怒りながらにやにやしているとはどういう感情だと思ったが、いいというのだから構わないのだろう。
「小さいアッシュなら撫で放題だったのに……」
「別に撫でれるもんなら撫でればいいだろう」
そう言えばルークはえっと声を上げて不思議そうにアッシュをみている。同じ背の高さなんだから物理的に届かないはずもないだろう。
「いいんだ」
なんだ、その不思議なものを見る目は。ルークが側にいることだって、こうやって二人きりでいることだって今ではずっと普通で。そんなものを許容しているのはルークだけだとずっと示しているのに。
「小さかったときも中身は同じ俺だっただろ……嫌なら嫌だと言ってる」
「お前だけだ」