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    absdrac1

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    青幻+一幻+天谷奴
    天谷奴に唆される一郎。プロットを書くためのメモ的なお試し作文です。

    夫婦の構造 ダンボール箱を置き、汗を拭く。それから次に運ぶべきダンボールに手を掛ける。今日一日、一郎はこの単調な作業を続けている。
     梅雨の晴れ間に外仕事を依頼された。イベントの搬入の手伝いである。日射しが出ていて蒸し暑い。荷物は然程重くないが、汗だけは大量に吹き出してくる。それでも体を動かすことに集中すれば、彼女の姿を瞼の裏に浮かばせることはない。だが、単調であることが拙かった。
     ――残酷な夫婦だよなあ、あいつらは……。
     一郎は、昨日天谷奴から言われた言葉をふと思い出す。
     いや、駄目だ。彼女に関することを考えているじゃないか――。夢中で仕事をしていている合間に、彼女のことを忘れていると確認することは、彼女に就いて思考することに他ならない。どうしたら無心になれるのだろうか。忘れろと思う度に、却って余計に彼女を想う。日中に交わすさり気のない言葉があった。些細な日常のやり取りがあった。そのような中で、ふとした拍子に身体の一部が触れ合うこともあった。様々の時に感ずる相手の体温、匂い、反応、仕草、表情、……、それらの細部までを思い起こしてしまう。ああ、駄目だ、駄目だ――。仕事に集中しろ、無心になれと、自分に言い聞かせる。
    「おい、一郎。こっちのダンボールも運んでくれ」
    「了解っす」
     一郎はタオルで汗を拭い、言われた荷物を持ち上げる。想像したよりも重い。荷物に集中する。
     ――残酷、ですか……。
     ――だって、そうじゃねぇか。旦那からは「君を信用している」とか何とか言われたんだろう。嫁の方からは、自分に興味を持たないで下さい、と言わんばかりの態度をとられる。親しみを持たせる一方で、お前さんを懐柔し、適度な距離を置く。その距離は絶対に小さくならない。
     勝手知ったる山田家のソファで寛ぎながら、天谷奴は机の上のダイオードを拾い上げた。一郎はその時、修理を依頼されたボード類のハンダ付けをしていた。机の上には電子部品を整理したケースが置いてある。天谷奴が摘んでいるのはその中にある一つだ。仕事道具に触らないで下さいよ、と注意する一郎を無視し、天谷奴は言葉を続ける。
     ――ダイオードの逆方向には電流が流れない。PN接合付近に空乏層が出来るからだ。だがある条件を満たせば、その部分に電流が流れることがある。所謂、絶縁破壊だ。精々上手くやることだな。
     一郎は溜息を吐いた。
     ――そんなことは考えていませんよ。あの人の幸せを奪うことはしたくない、しない。
     ――そうか?
     天谷奴はからかうような視線を一郎へ向けた。この男は自分に一体何をさせたいのだろう。彼女をその夫から奪えと言うのだろうか。根が真面目な一郎にそんなことが出来る筈はない。
     ――そうです。
     ――本当に、残酷な夫婦だなあ、あいつら。
     先刻と同じことを言い、天谷奴はダイオードを机の上へと置く。ちゃんと元のケースの中へ戻せ、と内心思いながら、一郎はそのダイオードを拾う。ケースへ入れようとした瞬間にふと思う。――逆方向の電流を発生させる条件、即ち、彼女の気持ちを自分の方へ向けさせる条件などあるのだろうか。その条件式は恒偽式ではあるまいか。仮に事実式であったとしても、それを満たすことが可能であるのか。可能であったしても、自分がしてよいものか。指先に乗せた小さな部品の内部構造が脳裡に浮かぶ。まるで夫婦のように二種類の半導体が接合していた。
     額から垂れた汗の粒が眼に入りそうになり、俄に思考が現実に引き戻される。
     気付けば、天谷奴との会話の続きを再生していた。眼を瞬きダンボールを置く。汗を拭いて、次のダンボールの運搬へと移る。仕事は問題なく熟せるが、天気と同様すっきりとしない。晴れてはいるが、じめついている。Tシャツが湿気と汗に濡れて肌に貼り付く。気を取り直し、楽しみにしている今日のアニメや近日発売の新刊のライトノベルに就いて考える。そう云えば、彼女の本の発売日ももう直のことであった。自分の思考過程の行き着く先に、一郎は長い溜息を吐いた。

     仕事を終えて自宅へ戻ると、天谷奴が居間のソファに座って居た。
    「よお、ご苦労さん」
    「勝手に入るのは止めて下さいよ」
     一郎は本日何度目かの溜息を吐いた。但し、今のは眼前の男へ向けてのものだ。ソファの上に荷物を放り出し、天谷奴を睨み付ける。
    「俺は夢野の担当編集者だぜ。彼女に会いに来たんだよ」
    「夢野さんは?」
    「病院だ」
    「だったら、あんたが此処に居る必要はないんじゃないか」
    「まあ、そう硬いことを言うな」
     天谷奴は豪快に笑って、茶を啜る。勝手に山田家の台所に入り、自分で淹れたものであろう。
    「俺はシャワーを浴びるんで、あんたは早く帰ってくれ」
     そう声を掛けて、風呂場へ行く。汗で汚れたシャツを脱ぎ捨て、シャワーを流して体を洗う。一郎にとっては大した肉体労働でなかったが、酷く疲労していた。少し熱めに温度設定したシャワーが心地よく感じられる。風呂場から出て、乾いた清潔なシャツに着替えた。柔軟剤の香りがする。彼女――夢野が今朝洗濯してくれたものだ。現在家に居ないからこそ、余計に彼女のことが頭に浮かんでしまう。台所へ行き、冷蔵庫からコーラを出す。タブを開けて少し飲む。いつもの味だ。もう一口飲む。脳裡には夢野の姿が貼り付いた儘だ。僅かに苦味を覚える。
     タオルで髪を拭きながら居間へ戻る。まだ天谷奴が居座っていた。
     まだ居たんですかと云う一郎の文句を、天谷奴の笑みが打ち消す。
    「何ですか。俺に用があるのならさっさと言って下さい。これから録画したアニメを見たいんで」
     自分の為にこの時間まで残っていたのだとすると、存外親切な男なのかも知れない。そう思うと無下にも出来ない。
     天谷奴は再びにやりと笑い、口を開く。
    「人生ってのは解らないものだよなあ。たった一度きりで、やり直せない。科学実験ならば複数のパターンを比較出来るが、個人の人生は比較出来ない。他の選択をしたらどのような結果になるのか、知りたくとも実験出来ない。だから、常にその時点で最良の判断をしていかなけりゃならない」
    「くどい前置きはいいんで、本題に入って下さい。俺はアニメが見たいんですよ」
     無駄とは知りつつも、苛立つ口調でぶつけてみる。
    「まあまあ、録画アニメは何度も見られる。人生は一度だ。俺はその人生の話をしているんだ。重要だぜ。お前さんの人生も一度きり」
     そこで天谷奴は一旦言葉を切った。
    「なあ、一郎。今のお前は最善の選択をしているのか?」
     天谷奴の意図は分かる。だが、それをこの男から言われなくてはならない理由が解らない。
    「俺に色々と吹き込んで、あんたに何の得があるんだ?」
    「単純な話だ。夢野は俺の担当作家だ。彼女の身に起こることは、必然的に俺にも関わってくる。彼女が最適な環境で仕事をしてくれるに越したことはない。だが、現在彼女を取り巻いている環境はどうだ。人気作家の仕事量は多い。なのに、旦那の見舞いに子育て、その上こんな手の掛かる兄弟の世話までしている」
    「一人が大変だからと言って、此方に来るよう仕向けたのはあんただろう」
    「だが、実際には却って大変になってしまったかもな。余計なことをしたと思っている。優しい彼女はお前たちの面倒を見るのを止めないだろう」
    「おい、俺達はそんなお荷物じゃない。弟達も家事を手伝っている。夢野さんや旦那さんからも一応は感謝されている」
    「分かった、其処は認めてやろう。だがな、問題はお前だ、一郎。お前さんはもっと彼女にしてやれることがあるだろう。旦那には出来ない、お前にだけ出来ることだ」
     夢野の夫は病弱である。入院しており、常に彼女の側に居ることは出来ない。一方、頑健な一郎は夢野と一つ屋根の下で暮らしている。夫よりも多くのことで、彼女を助けることが出来る。然し、天谷奴の言いたいことは、更にその先のことだ。
    「……それは果たして、最善なのか」
    「お前さんが彼女の幸せを願うのならば――。その役割も権利も、旦那にだけある訳じゃない。よく考えろ」
     天谷奴は茶を啜り終えて立ち上がる。そうして、ソファの背に掛けた上着を引っ掴むと、部屋から出ていった。
     一郎はよく回らない思考を叩きつけるように、乱暴にソファに座った。玄関の扉が開閉し、天谷奴の去る音が聞こえる。弟達も直に帰ってくるだろう。夕飯の当番は一郎である。徐に腰を上げようとしたとき、テーブルの端にダイオードの置かれているのが眼に入った。
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