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    absdrac1

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    青幻+一幻+天谷奴の、天谷奴と夢野、天谷奴と青年の部分
    天谷奴の回想。中途半端な処で区切りますが、この後も回想シーンが続きます。
    何となく納得していない部分があり、本文にする時には書き直すかも。
    プロットを書くためのメモ的なお試し作文です。

    故郷(ふるさと) 天谷奴は北の国の生まれである。寒くて寂しい漁村であった。中学時代までを何もないその土地で過ごし、その後は家出も同然に上京した。実家の方も勘当した積りであったのだろう。爾今連絡を取ってはいない。
     それでも、あの故郷は天谷奴の原風景であった。平素は記憶の深奥に眠っており、ふとした拍子に突如思考の表面に現れる、色彩の薄いぼやけた像であった。港の風景、人の少ない寂れた商店街、古びた家の質素な食卓、……。それらは画廊に掛けられた絵画のようである。既に現実から切り離されてしまった、物語の挿絵であった。視覚に比べ、その他の感覚の方がやや鮮明である。漁船のエンジン音、頬に当たる冷え冷えとした空気、風が運ぶ潮の匂い、打ち寄せる波の音、そう云ったものたちが、物悲しい肌触りとなって心に迫ってくる。幼少の記憶など意識しては思い出せぬものであるのに、それらは繋がりのない断片となって天谷奴の中に生き続けている。厄介なものだと思う。郷愁と云う迄の感情は持たない。只、確かに天谷奴の行動に影響を与える、生きた何かであった。
     だから、同郷であるあの二人と出会ったのが、単なる偶然とは思われなかった。無論、あの村から都会に出てくる若者は多い。天谷奴のように人付き合いが広ければ、彼らと顔を合わせることもあるだろう。然しながら、現時点で実際に出会ったのは、彼らのうちでもあの二人――夢野幻太郎という筆名の作家と、その夫だけである。其処には何か特別の意味があるように感ぜられた。

     天谷奴は様々の職業を転々とした後、或る出版会社の編集者となった。
     夢野は天谷奴が五人目に担当した作家である。天谷奴は文芸誌に掲載された彼女の中篇と短篇を幾つか読んだ。一言で評するのならば、変幻自在の作家だと言えよう。文体も小説内容も多様である。衒学的に膨大な知識を詰め込み、様々の修辞を駆使した作品もあれば、薄く儚い羽のように、感覚に訴える作品もあった。
     実際の夢野に会って驚いた。とてもそのような作品を創る人物には見えなかった。そのくらい彼女は若く、そして非常に美しかった。美しい者は、その美しさ故に欠けているものがある。例えば、醜く見られる人間の気持ちを知らない。然し、夢野はそうではなかった。彼女は何者にも成れ、それらとそれらに関わり合う何も彼もを表現することが出来た。

     夢野と初めて対面した時のことだ。打ち合わせの場をシブヤ駅近くの喫茶店に設け、互いに挨拶を交わした。藤色の着物を着付けた夢野に名刺を渡すと、彼女は上品な所作でそれを受け取った。顔合わせが主な目的であったため、最近売れている本や作家、世間話を暫く続けていた。
    「天谷奴さんは不眠なのですか」
     ふと、担当することになったばかりの作家が訊いてきた。天谷奴の仕事鞄から、医師から処方された睡眠薬の袋がはみ出ていた。随分と人の内情にまで踏み込んでくる娘だ。
    「何時からですか」
     翡翠色の大きな瞳が天谷奴を凝と捉えている。
    「こっちに来て数年経った頃からかな。小説のネタにでもする積りかい、お嬢さん」
     話さない方が面倒になる気がして、天谷奴は答えた。皮肉を含ませたが、それだけでは気が済まず、煙草を一本取り出し火を点ける。二人の間に紫煙が広がり、夢野が少し咳き込んだ。
    「私は人の持っている、或いは、これから持つことになる、色々な物語に興味があるのです」
     天谷奴の態度にも拘らず、夢野は微笑を浮かべていた。吸い込まれるような美しい微笑みである。
     原因が明確に分かっていれば、不眠など疾うに治っている。だが、思い当たる節がない訳ではない。遥か昔に捨てて来た故郷のことだ。もう何十年になる。両親もさぞ老いていることだろう。便りがないから、まだ健在だとは思う。不眠が続いた後で、漸く眠ることの出来た時に見る夢は、何処かしらであの港のある村を想起させるものであった。
    「天谷奴さんも物語が欲しくはありませんか」
     夢見がちで陳腐な台詞とは裏腹に、眼には鋭い知性の光が湛えられている。その光で天谷奴の思考や身体の全てを走査され、分析されているような気分になる。全く気に入らなかった。
    「別に欲しくはないな。そんなものより金の方が余程人生の役に立つ」
    物語システムがなければ、お金も生まれません」
     そんなことは重々承知していた。必要だからこそ、欲しくないのだ。お前に何が分かる、と言ってやりたくなった。

     天谷奴は夢野の当時の交際相手にも会った。現在の彼女の夫である青年である。
     夢野との関係は仕事上のものだけであった。その上、天谷奴は夢野に冷淡な態度をとることが多い。然しどう云う訳か、親子と言っても差し支えのない年齢差のある彼女からは、好意を持たれているようであった。だから、婚約したのだというプライベートな報告を夢野からされ、婚約者と会って欲しいと言われた時も然程驚かなかった。老舗の料亭を予約して、三人で会食した。
     夢野の相手は誠実で優しそうな美男子であった。当時の天谷奴はどちらかと言えば無口な方で、三人で会う時は大概夢野が何かしらの話題を出し、青年が応じ、天谷奴が時折皮肉を言う、と云ったそれぞれの役回りであった。
     彼らの出身地が何処か、夢野や青年の口から聞いたことはない。然し、天谷奴は編集担当という立場上、夢野に就いては経歴書から知ることが可能であり、青年に就いては、夢野とは高校時代からの間柄だと云う話から推察出来た。他方、夢野達は天谷奴の出身を知らないであろう。二人とも何かを察したのか、聞いては来なかった。
     夢野から青年を紹介された後で、彼らの昔の話を聞かされた。彼らは天谷奴が上京した後に生まれている。従って、彼らの語る故郷の思い出は、天谷奴が知っているあの漁村とは些か異なっていた。然し其処は、紛れもなく天谷奴の故郷であった。
     彼らからは漁村の匂いがした。それは天谷奴の記憶を呼び戻した。即ち、視界に広がる紺碧の海、その先にある境界の曖昧な水平線、ぼんやりとした遠くの船の灯、灯台の影、テトラポッド、白波、雲ばかりの暗い空、……。それらが何処までも続いている。灰色の空、空、空、青黒い海、海、海、……。天谷奴の内の画廊にそれらの絵が掛けられていった。捨てた筈なのに、何故、俺を追い掛けてくるんだ――?
     必要だからこそ、故郷など欲しくはなかった。思春期の子供のように暴れ出しはしないが、自分の内で消化されたと見せ掛けて、やはり時折出てくる感情だ。出て来たとは云え、どうする訳でもない。只、煙草に火を点け、煙と共に何処かへ追い遣る。軈て戻ってくるとは分かっている。一時しのぎである。

     仕事が忙しくなり、不眠であることも手伝って、体調不良になった時期がある。夢野と出会って約一年が経った頃のことであった。疲労と風邪気味の所為で会社に休暇申請をした。
     2LDKのマンションの寝室で臥せっていると、インターホンが鳴った。ディスプレイには夢野の姿があった。急いでシャツとスラックスに着替え、オートロックのエントランスの解錠をして、自室で出迎える。編集部で天谷奴が休んでいることを聞いて、見舞いに来たのだと云う。玄関で適当にあしらって帰そうとしたが、夢野は勝手に部屋へ上がってしまう。若い娘がこの部屋に入るのは大分久方振りである。
     昨日から掃除をしていないので、どの部屋も多少散らかっている。
    「具合が悪いのですから、休んでいて下さい。私が片付けます。食事はちゃんと摂っていますか。何か作ってきましょうか」
     夢野は既に何処かで食材を買って来たらしく、買い物袋を持っていた。その指に嵌められた指輪が、照明の光を反射する。天谷奴は少し前に紹介された夢野の婚約者を思い出す。
    「お前さん、男の部屋に一人で来て、彼氏は何も言わないのか」
    「病人のお世話をするのに、褒め言葉以外の何を言われると云うのですか」
     そう言って、キッチンへ行ってしまう。冷蔵庫や食器棚を開ける音がするので、やはり勝手に調理をするようだ。
     キッチンへ入っていくと、夢野は持参した割烹着を着て、土鍋を火に掛けていた。
     元は漁村の田舎娘である。警戒心が足りないと思った。
     夢野が火の近くを離れた瞬間、天谷奴は後ろから彼女を羽交い締めにし、コンロの火を止める。抵抗する夢野を制しつつ、その儘抱き抱えて寝室のベッドに転がした。逃げる間を与えず、素早く縦四方固の体勢になる。夢野は動くことが出来ず、悲鳴も上げずに天谷奴を見上げている。彼女がどの様な不安と恐怖の表情を浮かべているのか、この暗い室内では分からない。只、白い肌がぼんやりと見える。襟元を広げ、帯に手を掛ける。沈香の甘い香りが天谷奴の寝室を侵食していく。夢野は天谷奴の為すが儘にされている。帯を解こうとした手が止まる。
    「何だ。ちっとも怖がってねぇな」
    「天谷奴さんには全くその気がないようでしたから」
     天谷奴が退くと、夢野は上体を起こしながら言った。
    「こんな茶番を演じてみせたのは、無防備で男性の部屋へ来た私にお灸を据える為でしょう」
     天谷奴は照明を点けた。夢野がやや背を向けて着物の乱れを直している。横顔しか見えないが、僅かにその表情は硬いように見えた。やはり本当は少々怖かったのかも知れない。
    「分かっているのなら、金輪際のこのこと男の部屋に来るな」
    「入れたのは天谷奴さんではありませんか。私だって通常ならばこのような真似はしません」
     随分と信頼されたものだ。確かに天谷奴には性欲が殆どない。不眠が始まった頃からそうあり、不眠が酷くなるに連れて性欲は減衰する。逆に、不眠が緩和している間は、僅かに性欲が回復する。それ故、両者には何らかの関係がある可能性が高い。
     そうして、現在天谷奴の不眠は酷い状態である。だから彼女を部屋へ入れたのだ。
    「風邪よりも不眠と疲労の方が酷そうですね、天谷奴さん」
     夢野は何処か可笑しそうに言った。
    「余計なお世話だ。適当に粥でも作って部屋でも片付けて、気が済んだら帰ってくれ」
    「天谷奴さんは寝て下さい」
    「眠れる訳がない」
    「これで眠れますか」
     夢野は天谷奴の首に両腕を回し、耳元で囁いた。
    「馬鹿を言え」
     突き放そうとした瞬間、どう云う訳か天谷奴の体が倒されていた。ベッドに仰臥し、腕は夢野に押さえられている。その腕が容易には動かせない。小柄で華奢な彼女の何処にこのような力があるのだろうか。
    「天谷奴さんにはやはり、物語が必要ですね」
     そう言って天谷奴の体を細い腕で抱き締め、自身もベッドに横になった。
    「北国で育った男の子の物語を考えたのです。小説にするのではなく、天谷奴さんにお話ししようと思っていました」
    「まるで千夜と一夜だな」
     夢野は嬉しそうに語り始めた。しっとりとした春の雨のような声を聞きながら、何時しか天谷奴は夢の中へと入っていた。

       * * *

     天谷奴の回想は一旦其処で途切れた。青年が話し掛けていた。
    「そう云えば昨日、一郎さんがまた見舞いに来てくれましたよ」
     へえ、そうか、と興味のなさそうな返事をする。だが、この話を聞く事こそが、今回天谷奴が此処を訪れた主な目的である。
    「貴方がそう仕向けたんですか」
     青年にしては直球を投げてきたな、と天谷奴は思う。意外にも彼は苛立っている。
    「特に見舞いへ行けとは言っていないな」
    「結果的にそうなれば同じことです」
     天谷奴は心当たりがない、と云った風に肩を竦めた。青年の口から何があったのかを引き出したかったが、彼も天谷奴の魂胆に気付いているようであった。
    「貴方がその積りならば、話はこれで終わりです。然しそれはお互い不本意ですし、何よりも貴方にとって詰まらないでしょう」
     天谷奴は顎を撫ぜた。確かにそうなったら詰まらないが、青年の推測は一つだけ間違っている。天谷奴は何も自分が楽しむ為に、黒幕を演じている訳ではない。
    「分かった。情報交換といくか。先日夢野が風邪を引いたらしい。兄弟で看病をしたそうだ」
    「大した情報ではないですね。その話は彼もしていて、本復したから安心するようにと言っていました。それはいいんですが、一郎さんは以前と何処か変わっていましたね。僕に遠慮していた感じが無くなった気がします」
     そう言って青年はスケッチブックを取り出した。昨日の一郎を描いたものだと言う。それから、最初に見舞いに訪れた時に描いたものも、天谷奴に見せた。最初の方の表情は明らかに硬い。緊張していると云うよりも、警戒している様子である。一方昨日の一郎にはそれがない。何処か挑むような眼つきをしている。青年には特に先入観はなかっただろうから、実際にそう云う表情をしていたのだろう。
    「他には何か知りませんか」
    「知らねぇな」
     海を連想させる青い瞳が天谷奴を見据えている。人を凝然と観る処は夫婦でよく似ている。然し、夢野が純粋に人間を観察するのに対し、青年は天谷奴を疑い、剰え圧力を掛けている。青年の海は滅多に荒れない。それ処か、荒れた処を見たことがない。然し表面の穏やかな海の中には、深い底まで引き摺り込む渦が存在している。足を突っ込むと厄介である。
     白を切っていることなどお見通しだろうが、それ以上は追及してこない。無駄だと分かっているからであろう。それとも、何かがある、と確信した処で満足したのかも知れない。
    「貴方もスケッチしていいですか」
     青年は天谷奴に笑顔を向けた。本心から天谷奴を慕っているような笑顔である。事実、そうなのかも知れない。青年は自分をどのような姿で描くのだろうか。海の底に何があるのかは不明である。
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