惚れた者が負け、のお話「リンク!このツボを借りてもいいですか!?」
家の扉を開けるなり、興奮気味に入ってきたゼルダは、手に小ぶりなツボを持っていた。
それは家の外にあったもので、ゼルダはそのツボの口を、片方の手で塞いでいた。
「いいですけど…どうしたんですか?」
元々特に使用目的もなく、転がっていたものだから、ゼルダがどう使ってくれても別に良かったのだが、一応理由を聞いてみる。
すると、ゼルダはいつもより早足でこちらに近付いてきて、キラキラした瞳で言ったのだ。
「カエルを!捕まえたんです!」
いわく、村の子供達がカエルを捕まえているのに偶然出くわしたゼルダは、そのままカエル捕獲作戦に参加したらしいのだが。その時見つけたカエルが、今までに見た事がない、新種だったらしいのだ。
それを見事捕まえ、家の外に転がっていたツボに入れたゼルダは、今からプルアの所にそれを持って行くつもりらしい。
何となく嫌な予感がしないでもなかったが、快く彼女を見送る事にした。
どのみち探求心に火がついたゼルダを止められる術など、自分は持ち合わせてはいないのだから。
それから、数刻。
夕方も遅くに帰ってきたゼルダは、とてもご機嫌そうだった。
手に、あのツボを持って帰ってきたが、その中に例のカエルはもう入っていないらしい。
「お帰りなさい、ゼルダ。何か、分かりましたか?」
「はい!やはりあのカエルは新種のもので、ガッツガエルやゴーゴーガエルのように、何らかの効力も得られるようだという事が分かりました!」
興奮冷めやらぬ声で語ってくれるゼルダに、そうなんですね、と答える声は、なるべく自然に聞こえるように気を付けた。
プルアの所に持っていかれた新種のカエル。新しい効力を持っているらしいカエル。ツボの中にもういない、カエル。
どう考えても、危険な方向にしか物事を考えられない。
それに、気付かない振りをする。
空になったツボの中身の代わりに、ゼルダが何やら緑色の粒が入った袋をその手に持っているなんて、俺は気付いていない。
だが、ツボを玄関の片隅に置き。袋を大切そうに手に包んで持って、こちらに歩いてくるゼルダを目に止めておきながら。その袋をなかった事にする事は、やはり無理がありすぎた。
だから、聞くしかない。
「ゼルダ…その袋の中に入っているのは、何ですか…?」
ゼルダは、ものすごい熱量で説明をしてくれた。
その半分以上は、自分では理解ができないものであったが。とにかく、どこをどうしてかは詳しく知りたくはないが、袋の中に入っていた緑の粒はやはりあのカエルを元に作られたものであり。手にのせてもらったそれは、チュチュのようにプルプルとした形状で、食感も喉通りも良く、食べやすいようにしたのものなのだと言う。
しかし元を知っている上に、どう見てもカエル色にしか見えない緑を眺めていると。ついついため息を吐いてしまうのは、仕方のない事。
「これを、俺にたべてほしいと…そういう事ですか?」
うっかりと吐いてしまったこちらのため息が聞こえたようで、う…っと言葉に詰まったゼルダは、下を向き、床を見つめてしまった。しかし、しどろもどろになりながらも、弁明をする。
「いえ、あなたにたべてほしいなんて、少ししか…あっ、全然思ってないですし!!ましてや有用な効果を期待しているなんて、微塵も考えて…ない…です。ですから、その…あの…」
食べてほしいって、言ってるし……
こちらを気遣おうとしているようで、あまりにも正直すぎるゼルダの心の内が見え見えになってしまって、2度目のため息がこぼれてしまう。
でも…それでも、彼女が喜ぶのならば、叶えてやりたい、と思ってしまうのは、惚れた者の弱みなのか。
「わかりました、食べさせていただきます」
決死の覚悟で呟いた言葉に、ぱっと瞳を輝かせてゼルダが顔を上げるのを、複雑な気持ちで見つめる。
「!?ほんとですか!!」
「ただし、口移しでなら…」
「?!?!///」
突然こちらが出してきた条件に、ボンッと顔を赤らめるゼルダ。
まるで、化学反応だ。
パクパクと口を開けながら、何とか声にならない声で、反論の言葉を口にする。
「なん…なん、で!口移し…なんですか?!」
「うーん…見た目があまりにもカエルを連想させるものなので、ちょっと抵抗が…でも、ゼルダが口移しで食べさせてくれるなら、もしかしたら食べられるかなぁ…って」
尤もらしい事を言ってみる。
本当は、ゼルダが望む事なら何だってすぐに叶えてあげられる。
ゼルダが喜ぶのなら、何の見返りもなく何でもしてあげて全然いいんだけれど…
でもどうせ食べるなら、可愛い恋人から見返りもあった方がいいよな…と思ってしまうのも、男心というもので。
「わか…分かりました!そっちの方が、リンクが食べやすいのですね!リンクが頑張って食べてくれるのですから、私も頑張ります!」
ほんと、可愛いよね…そういうところ。
そう思うと、自然と口元が緩んでしまいそうになるのを必死に耐えて、真顔で頷く。
するとゼルダも頷いて、袋の中から緑色の粒を1つ、手に取った。
それを、ゆっくりと口に持っていくゼルダ。
その方が食べやすいから。だから口移しでと、俺が望んだのだと、信じて疑わないゼルダ。
その彼女が、ゆっくりとカエルゼリーを口に咥え、俺が食べやすいように上を向く。
カエル色が気になって、思案している振りをしてじっと見つめたままでいると、恥ずかしかったのか、ギュッと瞳を閉じた。
本当に、かわいい。俺の恋人は
リアルな色をした緑のゼリーは、もはや目にも入らなくなってしまって。
せっかく頑張って咥えてくれているのだから、早く口を付けてあげなければいけないのだけれど。
あまりにも可愛すぎる自分の恋人の表情と仕草に、息をするのも忘れて見入ってしまったのだ。
すると…どうやら、だいぶ長い時間見とれてしまっていたらしい。痺れを切らしたらしいゼルダが、うっすらと目を開いてしまった。
お互いの距離はだいぶ近いところまできていたが、ゼリーは全然見ていなくて、どういう事だか自分の顔の方をガン見してきている男を前に、ゼルダはまた、「?!?!」という表情をして、固まった。
「な…!なに、してるん…ですか?!」
慌てて喋るものだから、その口から咥えていたカエルゼリーがポロリと落っこちてしまう。
しかしそれすらも気付かず、耳まで真っ赤になってアウアウ言っているゼルダに、ふ…っと笑いが込み上げた。
「かわい……」
「~~~~!?!?///」
思わずこぼれてしまった正直な言葉に、さらにゼルダは大パニックになってしまった。
それが可愛くて可愛くて、仕方がなくて。
でも、どれだけ彼女の心を翻弄しようとも。
それでも俺は、この後幸せいっぱいの顔で、あのゼリーを食べてあげるのだろうな、と思う。
そう、全ては。
惚れた側の負けなのだから。