虚空きっと、最初から何もなかったのだ、と、漠然と思う。
何も持つことができなかったまま、俺という人間はこの世に生を受けたのだろう、と。
そして俺は、それが悲しいことなのか、それとも人間として生きていくうえで喜ぶべきことなのか、それさえもわからないまま、今も生きている。
自分が初めて「思い出」というものを持ったのは、もう十五年近く前の頃、恐らくまだ赤子と呼ばれてもいい頃、病室で臥せっていた時のことだ。
自分という人間は、どうやら重度の肺炎を患って生まれてきたらしい。後に両親から聞いた話だが、生まれてきた瞬間から手術、精密検査、そして手術、の繰り返しで、大層忙しなかった赤子だったそうだ。
そんな自分が記憶している人生初の「思い出」は、病院で酷く咳き込み涎を撒き散らしながら肺というものが存在する胸を掻き毟っていた時のものだ。
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