(音トキ)うさみみのせさんとおとやくん「なん……ですか、これは……?」
何度目をこすって鏡を見直しても変わらない。自分の頭の上に、見慣れない耳がある。そう、うさぎの耳のような……。
恐る恐る触れてみると手触りよく、そして恐ろしいことに感覚があった。
こんな不可思議な出来事が起こるなど想定したことがあるわけもなく、途方に暮れるしかない。が。
(いや、まずこんな姿を絶対に見られたくない人間が一人……)
「トキヤいる!? お菓子買ってきたんだけど一緒に食べよー!」
今まさに思い浮かべた人間が脳天気なセリフと共に現れてしまった。
隠す間もなく向かい合ってしまい、視点はもちろん、頭上一点に。
「えっ? どうしたのそれ」
「こ、これは……」
「かわいいじゃん。雑誌の撮影で仮装でもするの?」
あっという間に距離を詰められて、無遠慮にのばされた手が触れる。
「ひっ!?」
「ん?」
いきなり触られるとぞわりとした感覚が背中を駆け抜けた。向こうも予想外の反応だったらしく、不思議そうに瞬きしている。
「トキヤ、それ」
「なんでもないです! なんでもないので、気にしないでください」
「いや、なんでもないわけないでしょ。それホンモノ? どういう仕組み?」
「こっち来ないでください!」
「だって気になるよ! 見して!」
じりじり詰め寄られては逃げるしかない。すると何故か相手も追ってくる。すっかり忘れていたが、音也は来るなと言えば言うほど追いかけてくるタイプだった。そんなこと今の動揺してる状況で思い出せるはずもなく、ひたすら部屋中で鬼ごっこをする羽目になってしまった。
そしてそうなると、最終的に有利になるのは体力と持久力と根性がバカみたいにある方になる。
「絶対つかまえる!」
「ちょっ、おと」
名前を呼ぼうとした声は、身体ごと突進された衝撃で消されてしまった。
幸いというか背中はソファの上だったので衝撃は少なかったものの、のしかかられて苦しい。
「ほんとにこれ、飾りじゃない? 動いてるけど……」
「ばか! は、離れなさい!!」
出来うる限りの抵抗で暴れて見るが、きいている素振りはない。それどころか。
「んッ、や、触らないで」
ゾクゾクするのは慣れない感覚のせいか、音也の指が異様に優しく触れるからか。
「トキヤって耳弱いよね。こっちの耳も弱いの?」
「何を、バカなことを……っ」
「え、気付いてない? 耳元で話しながら触られるの好きだよね。こんな風に」
片方の耳に直接吹き込まれる「好きだよ」と、もう片方の耳のナカを擦られる感覚と。目の前がちかちかする。たまらず抱きついてしまったことを後悔するのは楽しげな笑い声がきこえてから。
「ごめんてば。睨まないでよ。もうちょっと優しくするから」
「そういうことじゃな、んんッ! ……ふ、ぁ……」
「あ。しっぽもある」
(おしまい)