唇で描けよくちびる、だなあと思う。実際には乾燥した粘膜なのかも。そんなわけないのかも。思考未満は、シャボン玉ようにぶつかって対消滅した。儚い。
「……なに」
眼前から不機嫌そうな声。睫毛を絡ませるように、私はゆっくりと瞬きをした。今は近づき過ぎて見えないけれど、彼の髪や睫毛はレースのカーテンを透かす朝の陽射しによく似ている。そんなことを打ち明けたことがあった。そしたらビリーは。
「しゃぼん、だま、のことを考えてた」
しばらく酷使されていた舌は、案の定拗音の発語でもつれた。過重労働に対するストライキだろうか。なんてね。とろとろに煮崩れつつある脳味噌は、こういうくだらなくてあり得ないことばかりポップアップさせる。けれど私に火を付けたはずの男は、どうやらそれが気に食わなかったようだ。肩に添えられていた掌が首まで滑り、頸動脈の近くで柔らかく爪が立てられた。
「考えてたの、僕のことじゃないんだ」
「ビリーのことも含む、みたいな? あ、確かにちょっと似てるかも」
「……なんだかな」
嫉妬混じりの爪先が訴えかけるのは、痛みというよりむず痒さだ。ますますふくふくと笑ってしまう私を見て、ビリーは諦めたように息を吐いた。なんだよ、あなたのせいでしょ。言い返しかけて止める。代わりにまだすぐそこにある瞳を覗き込んだ。
ビリーの瞳に物語を見出すことを、私はそこそこ楽しんでいる。今は、ねえ、雨上がりの水溜りに見えるかな。晴れ上がった空の青が、ひびのあるアスファルトに溜まった雨水に反射している。そこへ一点、澄んだ光が宿った。水溜りだ。私以外の誰かから見れば、全く素晴らしいものではない。きっとすぐに干上がってしまって、本当にそこにあったのかも分からなくなるだろう。それでも。
「私さあ、ビリーに似てるもの、たくさん知ってるんだ。それって多分、何を見てもあなたを思っちゃってるってことじゃない?」
ビリーは私が朝に似ていると言った。君の瞳は、朝焼けの色だと。先に進むべきときに、道を照らしてくれるものだと。
「つまり?」
朝に似ている。暖かくて、そこを目指すべきだと信じられる光を帯びた、そういうもの。ビリーが教えてくれた、私の知らない私の形。知らないでしょ。そういうのって結構、指針とかになっちゃうんだから。
「あなたのことなら、わりといつでも考えてる」
天使じゃないけど。悪魔じゃないけど。只人からも、外れてしまったけれど。だからこそ。
その指で、言葉で、唇で、あなたが見出した私を教えてよ。