星の御子②「あんた、――ベレトか?」
縁とは不思議なもので、会いたいと切望する人には会えず、二度と会うこともないと思っていた相手と思いがけず再会することがある。
ベレスは声をかけてきた男の顔から記憶を引っ張り出し、怪しい相手ではないと警戒を解いて頷いた。
「そうだよ。よく分かったね」
「分かるもなにも――あんた、前会ったときとまるでかわってねえじゃねえか」
今回の仕事も、そんな不思議な縁が繋がったようだった。数年前、たった一度仕事であったきり、もう会うこともないだろうと思っていた相手と再会したのだ。
「よく言われるよ」
ベレスは肩をすくめて見せた。実際、よく言われるのだ。そうして彼らが言うように、ベレスはなにもかわっていない。
「驚いた。となればそのべっぴんな嬢ちゃんは、あの時のおちびさんか。いやあ、驚いた。そりゃあ何年も経ってるもんな。あれから七、八年か? こうしてみると親子というより、姉妹だな」
「近ごろはそう言われることが増えたよ」
そして時が止まったベレスとは異なり、少し屈んで手をつながなければいけなかった幼子は、旅汚れた身なりであるのにも関わらず、今では誰もが一度は振り返る星の瞬くような少女に成長していた。それだけに幾度となく危ない目にあいかけてきたので、ベレスは男だけでなく聞き耳を立てている周囲の同業者たちにも聞こえるようにさりげなく声を張る。
「分かっているとは思うけれど、この子に危害を加えるようならだれであろうと容赦はしない」
よく通る声音は淡々としながらも、ベレスが放つ空気は冷ややかだ。ベレスの本気に、男はこわいこわいと笑って返した。
「心配しなくてもこの隊に、あんたの連れに手を出すようなやつを加えておらんよ。もしそんな輩がいたら、そいつの腕ともども節穴だった俺の目を差し出そうじゃねえか」
「だといいけれど」
がらがらと笑う男にベレスも声の芯は保ったまま、ほのかな笑みとともに返す。図星を付かれた周囲の耳をそば立てていた同業者たちは一拍おいてざわめいていた。
腕もだが、そのうえ片方といえども目まで失ったらこの仕事はとうてい続けられない。この界隈では信頼の厚い男がそこまで言うのだ。その意味を考えろ、この奇妙な二人組に手を出してはならないと、震えとともに誰もが心に刻んだ。
今回の仕事は、レスター地方カロン州からオズマ山脈に入り、ファーガス地方ガラテア州へと抜ける隊商の護衛だった。最終目的地はさらにその南、カロン州だ。
報酬の高さを除けば、珍しくもない依頼だ。だが、その隊商を狙う輩の存在もまた珍しくない。そんな盗賊から荷を守るのが、今回の仕事だ。そして報酬金額の高さが、今回の仕事の難しさを物語っていた。
「あのお嬢ちゃんは荷馬車に乗せてもらうのか?」
ひりついた空気のなかで出発の準備をしながら尋ねられ、ベレスは首を横に振った。
「大丈夫。私の馬に乗せるから」
「おいおい、それじゃあ馬の脚が鈍るぜ」
「荷馬車に乗せて、いざというときに捨て荷と一緒に盗賊目掛けて放り出されたり、私が戦っている間に商品と一緒に連れ去られでもしたら、たまったものじゃないから」
ベレスは冷ややかな声で返した。男がどんな表情を浮かべたか、ベレスは見なかった。
それを考えるとベレスの胃はきゅっと縮み、指先の感覚がなくなるほど血の気が引いて震えが止まらないほど恐ろしい心地になるのだ。そんな思いは頭の中だけで充分だった。体験など、したくない。
本音を言えば、ベレスはこの仕事自体受けたくはなかった。だが以前世話になったものと今後の付き合いを考えながら話しているうちに、ぜひにとこの隊商の頭に紹介してしまったために、どんな手を使っても逃れることはできず、先方の顔をつぶさないため受けざるを得なかった。
こうなれば、腹をくくるしかない。せめてもの思いで、ベレスはもの言いたげに見つめてくる少女に、幼いころから繰り返し言い聞かせてきたことを改めて口にする。
「いい? 必ず私のそばにいて。もし私が馬を降りても、あなたは手綱を握ったまま乗っていて。もし私が苦戦しているようなら、構わず隊商についていくこと」
でも、という少女に、ベレスは強くいった。
「必ず追いかける。だからあなたは、自分が生き延びることを第一に考えなさい」
金色の睫毛に縁どられた空色の大きな目にもの言いたげな色を乗せながら、少女はようやく頷いた。その手は今にも口から突いて出そうな言葉と不安を押し殺すように、ベレスが与えた剣をぎゅっと抱え込んでいる。
健気なその様子に、ベレスは眼差しも声もやわらげた。
「大丈夫。私たちが守るのは隊商の中ごろだもの。なにも起きないよ。ただ念のため、ね。その剣も、必要な時にこそ抜けばいい。力を抜いて。身構えて握りすぎて、壊さないようにね」
「うん……わかってるよ、ベレス」
それでも不安そうに剣を抱きしめる少女の頭を撫でて、ベレスは囁いた。
「大丈夫。あなたのことは私と、あなたの父さんが守るから。必ず、守るから」
令和4年6月7日