Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    ( ˙👅˙ )

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍁 🍠 ♨ 🍵
    POIPOI 53

    ( ˙👅˙ )

    ☆quiet follow

    ##星

    星④「心配してたけど、平気みたいだね」
    「これからだよ。あなたが盗賊ならどこから襲うか考えて。気を抜かないようにね」
     隊商のおよそ半分は、危険とされている地点を通り過ぎることができた。少女のように詰めていた息をほっと吐きたくなるが、本当はここからが気の張りどころだ。残るは半分。道は曲がりくねって隊列は細く伸びて分断されがちで、しかも片側は急な下り斜面、もう片面も高い斜面に生い茂る樹木で見通しは悪い。盗賊側にとってはいっそう襲いやすく、守り手側にとっては判断の素早さと的確さが求められる局面に至ろうとしていた。
     そしてベレスのその懸念は、まもなく本当になった。
     商隊の大半が急な曲がり角を折れて姿が見えなくなり、ベレスらが守る荷馬車もそれ続こうとした矢先、ヒュン、と空を切る音がした。
    「敵襲!」
     後方で、声が上がった。
     振り返れば傭兵たちが叫びながら、剣を抜いて射かけられる矢を切り落とし、馬を返して荷馬車の影に逃げ込んでいる。幸いなことにベレスの間近にいる荷馬車は狙われておらず、ベレスと少女は急いで駆けるよう御者と馬を追い立てた。
     だがそれができたのもわずかな間だけだった。
     トス、と音を立てて、荷馬車の幌に矢が突き立った。行き先を遮るように地面にも矢が刺さって馬がたたらを踏み、興奮した悲鳴をあげる。ベレスらも標的にされたのだ。すかさずベレスも後方の傭兵たちのように飛んでくる矢を剣で払い騎馬を動かすが、放たれる矢は増える一方できりがない。前方を行く逃がせられるだけの荷馬車は逃がせられたのと、矢の勢いが弱いことだけは幸いだ。
     じりじりと馬もろとも道の縁に追い込まれながら、ベレスはちらと向かいの斜面を見た。盗賊たちがいるのは登り斜面の茂みの中だろう。だが木々がざわめく音がするだけでまるで姿は見えず、射手を攻撃して根元を断つこともできなかった。
    「こんな狭いところで、弓? 短弓?」
     降り注ぐ矢に身をかがめて顔色を白くしながら声を引きつらせる少女に、落ち着いて、とベレスが低く諭す。
    「小回りの利く短弓だろうね。速射性に優れる代わりに、威力は弱い」
    「つまり、私たちを傷つける気はないってこと?」
    「まさか。当たり所が悪くなければ死なないけれど、当然刺さるよ。もし矢じりに毒でも塗ってあれば即死だろうし」
     ひっ、と息を呑む少女を尻目に、ベレスは冷静に馬を繰って降ってくる矢を払い落とす。
    「矢が尽きれば得物を持って出てくる。気を抜かないで」
    「わ、分かった」
     だが、一向に矢は止まらなかった。
    (おかしい……なにか変だ)
     矢を払い落としながらベレスは眉をひそめた。矢は雨のように無数に降ってきているわけではない。ぽつぽつと、だが確実にベレスらが乗る騎馬が荷馬車の陰に隠れられないよう、足止めするように飛んでくる。数は少ないが無視をして馬を動かすにはやや多かった。この場を他の傭兵らに任せ、前で取り残された荷馬車とともに先に逃げおおせた隊商を追おうにも、背を向けた矢先に背中を狙われるのが目に見えているから払い落とさないことには身動きがとれない。たとえ動き出せたとしても、当然道の先では盗賊たちが待ち構えているだろうから、荷馬車を守りながら単騎で突破できるわけもない。気が付けばベレスたちはじりじりと、陰に飛び込みたい前方の荷馬車からも、後方で荷馬車の影に逃げ込んだ他の傭兵たちからも引き離されて孤立していた。
    「おい、早く荷馬車の影に入れ!」
     みかねた護衛頭が声を張り上げ、ベレスらへの射線を阻むように躍り出て矢を叩き落とす。幾人かの傭兵もそれに倣って矢を防いでくれ、前の荷馬車の陰からは早く来いと御者や傭兵がしきりに手招きしてくれていた。矢の飛来が明らかに減ったのを感じ、ベレスは馬首を巡らした。
    「ありがとう! っ!? ――リザイアっ」
     一番近い、前方の荷馬車に駆け込もうとした矢先、斜め前方から突如現れて迫ってくる火球にベレスははっと目を見開いた。頬の産毛がちりつくのを感じながら咄嗟に白魔法を放ち、なとか攻撃を相殺できたものの衝撃は殺しきれずにベレスは弾かれ、のけぞるようにして馬の背から転げ落ちてしまった。落ちていくベレスの手を掴もうと少女は手を伸ばしたが、同時に馬がいなないて後ろ脚立ちして暴れまわる。鞍に取り残された少女は慌てて手綱を握り、振り落とされまいと必死にしがみ付いていた。
    「ベレス!」
    「ぐ、ぅ……、手綱を握って!」
     落馬した勢いでごろごろと転がって興奮する馬から距離を取ったベレスは、混乱して跳ね飛ぶ馬から振り落とされないようしがみ付いて悲鳴を上げる少女を叱った。その間にも矢が射かけられていて、ほんの目と鼻の先の地面に矢じりが突き刺さってひやりとする。ただ奇妙なことに飛んでくる矢は相変わらずベレスと少女に向けられているものの、いくらか遠い。逃げ出せないようにその手前や後方に刺さるものがほとんどだった。落馬したベレスや跳ねまわって位置の定まらない少女を取り囲むように、明らかに射手も狙いを調整し、さらには興奮する馬への刺激を減らすよう、矢の数も少なくなっているようだった。
    「なに、これ」
     馬上で跳ね上げられ、間近に迫る死と得体の知れない恐怖に顔を引きつらせながら呟いた少女の言葉が、その場の全員の思いを代弁していた。
     盗賊たちはあきらかにベレスと少女を狙っていながら、傷つけるつもりはない。
     それに気づいた傭兵たちが何人か、盾を手にしながらそろそろと後方の荷馬車の陰から歩み出てきた。うち数人はベレスと馬上の少女を飛んでくる矢から守るように後方に盾を向け、馬の扱いに慣れた一人が盾を捨てていまだ落ち着きのない馬に飛び乗り宥めにかかる。その隙に残りの幾人かはそのまま二人を通り過ぎ、前方で立ち往生する荷馬車の陰へと駆け込んだ。
    「どうどう……振り落とされずによくこらえた、嬢ちゃん」
     男は、びっしょりと額に汗をかきながらも細腕で馬にしがみ付ききった少女を褒めた。前方の荷車では助太刀した傭兵たちが馬を宥め、御者に御者台に乗るよう促して追い立てている。大きな獲物が逃げていくにも関わらず矢は荷馬車を追わず、相変わらずベレスと少女の周りにまばらに降ってきていた。
    「こりゃあいい。よく分からんが、お前さんたちがあいつらを引き付けてくれている間に、隊商を送り出せそうだな」
     かなり落ち着きを取り戻してきた馬に安堵していた少女は、背後の男のその言葉にはっとして振り向いた。
    「囮にするつもりですか」
    「ああそうさ。……いや」
     少女の見開いて見上げてくる大きな目を覗き込んで、男はにやりと口をゆがめた。
    「母親譲りの翠色かと思っていたが青にも見えるんだな……薄汚れているが見てくれもいい。いざとなれば、嬢ちゃんだけは助け出してやるよ」
    「なんて、卑劣な」
     その言葉の醜さに少女が悲し気に顔をしかめたときだった。
    「っ、馬から降りて! 早く!」
     ベレスの鋭い声に、少女は反射的に身をひるがえしていた。鞍上にとどめようと体に巻き付いてきた腕を掴んで力任せに剥がす。男は虚を突かれたせいか腕の拘束はあっけなくほどけ、少女はその勢いで馬から飛び降り先ほどのベレスのように転がって馬から距離を取った。
     その刹那、赤い光球が間近で炸裂した。
     炎の熱に炙られ、苦痛に濁った男の悲鳴を聞きながら咄嗟に顔を庇った少女を、ベレスが飛び込むようにしてさらに覆いかぶさって守る。痛みとともに肌が焼ける熱が一瞬で遠ざかったのは、ベレスが先ほどのように白魔法を放って治癒してくれているからだろう。
     死への恐怖とベレスに守られている安堵に少女がほっと息を吐いた時、どうと音を立てて重く大きなものが地面に倒れ伏して土ぼこりを上げた。嫌な臭いも立ち昇っている。ベレスの腕の間からそちらを見やれば、体の反面が焼けただれた馬と男が、地面の上で弱々しく呻いていた。肉が焼け、血泡を吹いて痙攣する馬はもう助かるまい。男も肌の広いがひどく焼けているが、幸いここにはベレスがいる。白魔法ですぐに治療をすれば、命だけは助かるはずだ。
    「ベレス……」
    「……この男は、あなたをかどわかそうとした」
    「けれどその前に、助けようとしてくれたよ」
     少女にまっすぐ見つめられて、ベレスは噛んでいた唇をほどいて一文字に引き結び頷いた。
    「恩は返す。水を」
    「はいっ」
     少女が手早く引き寄せた水袋から、男の傷口の縁に水をかけていくのを横目にみながら、ベレスは男の火傷のもっともひどい部分に手をかざし、指先に意識を集中した。
     適性があったとはいえ、ベレスが使える治癒魔法は中級のリカバーまでだ。リカバーではきっと、この男のひどい火傷全てを癒すことはできないだろう。となれば重症度の高い部分だけの治療に専念し、比較的程度の軽い火傷に関しては通常の治療とこの男本人の治癒力に任せるしかない。
     ベレスの手のひらと、男の皮膚が焦げて赤い肉の露出した患部との間に、白い光の粒子が舞い始めた。最初は宙にさらさらと漂っていたそれらは次第に男の患部に吸い寄せられるように集まり始め、やがて雪のように降り積もり、傷口を隠すように覆っていく。治癒が始まったのだ。ベレスはじんわりと熱をもった手のひらから、男の傷の深さといつまでこうしているかを試算する。とにかく一命をとりとめたならば、すぐにここを発たねばならない。どういうわけか盗賊たちは攻撃の手を止めてくれているが、ここはまだ彼らの縄張りの真っただ中なのだ。いつ気が変わって再び攻撃をされるか、襲い掛かってこられるか、まるで分らない。
     早く、早く、とベレスが心の中で焦れているときだった。
     さきほどよりは遠く、だが熱さをしっかり感じる距離で火球が弾け、ぎゃあと男の声があがる。はっと顔を上げれば、黒く焦げた盾を手にしたまま弾き飛ばされた男がもんどりうって呻いていた。
    「てめえ……」
     傭兵頭の憎々し気な唸り声に視線を向ける。彼らが睨みつける視線の先は、盗賊たちが身をひそめていると思われるのぼり斜面だ。生い茂る羊歯の葉をかき分け、使い込まれてあめ色の艶を帯びた短弓を手にし、頭巾を目深にかぶった男が下りてきていた。



    令和4年8月26日
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works