crush*2-14「特別授業というのに参加するには、どうすればいいんでしょうか」
月の半ばも過ぎようかという頃にそう尋ねられ、ベレスは返事に窮していた。
「どうしてそんなことを? 授業でなにをしているか君は知っているの?」
「いえ、知りません。でも、参加しているのは僕が知っているだけでもシルヴァンにフェリクスにイングリッド。みんな貴族で、先日の課題では三人とも小隊を任されていました。つまり、指揮官になりうる生徒が授業に参加できているんですよね? そしてたぶん、授業では今節の課題に向けて作戦を練っている……だとしたら僕も参加したいんです」
それから一週間ほど経って、ベレスはまたもアッシュに声をかけられた。
「けれど、君は」
「分かっています。入学から数節経つのに声がかけられないのは、僕に参加に見合う能力がないからだって。でも、僕は授業に参加したいです」
「どうしてそこまで」
「考えたんです。ロナートさまがどうして謀反なんて起こしたのかを。でも考えても考えてもちっとも分からない」
苦しげな表情でアッシュは訴えた。
「色々なことをおしえて貰いました。政務のお手伝いは、お前にはほかにするべきことがあるからとさせていただけませんでしたけれど、仕事をされる姿は見てきました。ロナート様がどれだけ領民のみんなを大切に思われているかも見てきました」
だから理解らない、と言う。
「そんなロナート様が育ててくださったのにそのお考えを僕が理解できないのは、きっと僕が平民だからだと思うんです。どれだけ近くでお姿をみてきても、平民としての視点でしか見られないから、貴族の目で物事を見るロナート様がなにを見て、なにを感じたのか分からない。それを悔しく思っているのを察してくれたからロナート様は、僕に士官学校に行かせてくれました。世界を広げなさいと。でもまだちっとも分からない。特別授業は成績上位者なら貴族も平民も分け隔てなく受けられるんですよね? そこでより貴族側の視点を学べるなら、僕も特別授業に参加したいです。どうすれば、選ばれるんですか? 選ばれる基準は何なんですか?」
アッシュはあきらめなかったらしい。
「いやあ、驚きましたよ」
課題に向けて打ち合わせをしていたベレスとディミトリのもとに、苦笑を浮かべてシルヴァンが訴えに来た。
「いつも通り夕刻に教室で楽しんでいたら、急に扉ががたがた言うんです。思わず俺たち全員ぴたっと動きを止めて耳を澄ましてみれば、声が聞こえてきたんですよ。特別授業をしているんですよね、僕も参加させてください、って」
誰の声かシルヴァンは明言しなかったが、近頃の状況を考えれば一人しか思い当たらない。あいまいな答えしか返さなかったベレスでは埒が明かないと、突撃したのだろう。
「鍵がかかっているし、万が一破られてもいいように目くらましの術がかけられているとはいえ、あの時は肝が冷えました。しばらくしたら諦めて帰っていきましたけれど、さすがに気持ちが萎えちゃってそのままお開きにしましたよ。知らぬが仏ってやつですかねえ」
へらりと笑ってシルヴァンは続ける。
「あんまりこういうことが続くと俺たちも気が休まらないし、なによりあいつも精神的に追い詰められてるんでしょう。なんとかしてくださいね、先生」
それじゃあ俺はこれで、とひらりと手を振って去っていく後ろ姿が扉の向こうに消えると、ベレスはがくりと項垂れた。
「釘を刺されてしまった」
「まあ、あいつの言うことには一理あるが……一応俺からもアッシュに思いつめすぎないよう声をかけておこう」
「ありがとうディミトリ。……それで落ち着いてくれればいいのだけれど」
「……今までの訴えを聞く限り、簡単には諦めないだろうな」
これは困ったと、二人は深々と息を吐いた。
「シルヴァンたちに訳を話して今節だけ協力してもらう、とか」
「アッシュの言い分を考えれば、来説以降も参加しようとするのではないか。今節協力を得られたとして、その後もずっとというのは無理だろう。下手な小細工をして期待を持たせるより、きっぱり断った方がいい」
「そうだよね……」
ため息とともに頷いたベレスは、ディミトリを見上げた。
「なんだ?」
「ううん。君もアッシュには参加してほしくないと思っているんだなと思って」
「そうだな。騎士に憧れている以上は貴族の暗部に触れることも覚悟しているのだろうが……だからといって、慣習とはいえあんなものを知ってほしくはないと思っている」
「うん。私もそう思うよ」
ベレス自身はその場に加わったことはないものの、それが世で言う当たり前ではないことは理解している。
「なんとかして諦めて貰わないとね」
「ああ、そうだな」
頷いたディミトリは、意思を同じくするベレスの存在に安堵している故か穏やかに笑んでいる。あまり表情が豊かではないと謙遜するディミトリだが、その造形の美しさにベレスは思わず見惚れ――薄青色の瞳に微かに揺れる色合いに気が付いた。ふいに胎の底がうずき始める。
ベレスが気付いたことを察したのか、ディミトリが笑みを深くしそっと囁いた。
「先生、今日の体調は?」
ディミトリの視線に絡めとられたベレスは、息を震わせながら短く答えた。
「いつもの、通り」
「そうか」
ディミトリはにそっと手を取られ、悪寒とはまるでちがうものに肌が粟だつ。ベレスはディミトリから目を離せないまま、見つめかえされて低く紡がれた言葉に、ぞくりと体を震わせた。
「では、またあとで」
令和5年3月9日