三毒瘤が同居する話師無渡には溺愛している弟がいたが、弟はどこの馬の骨とも知らぬ「明兄」とかいう男と大学入学を期にルームシェアを始めた。
兄と二人暮らしをしていたタワマンを飛び出し、家賃を折半してどこぞの木造アパートに明兄と暮らし始めたのだ。私立高校時代からどういう経緯で知り合ったのか分からないが明兄の家に毎日のように入り浸って兄を発狂させていた。
当然、無渡はルームシェアに当初は大反対して連れ戻そうとしたが、結局のところ最終的に青玄が泣いて拒めば兄は折れる。弟に嫌われてまで毎回連れ戻すことは困難を極め、もはや青玄は荷物を取りにくるくらいしか帰ってこなくなった。
ア、悲しい哉。最愛の弟の私物はどんどん減っていきゴ●ブリの巣窟(念のため言っておくがこの兄視点である)のような家に持ち込まれていくのだ。
ああああ、青玄……。
なんということだ。こんなことがあってもよいのか。
さて。
無渡の両親は既に他界しており、最愛の弟が出ていってしまったが、彼は決して高層階の一室で夜景を見ながら孤独を友として寂しくワイングラスをあおっているわけではない。
彼には同居人がいた。
「水師兄、赤でよかったか?」
「ああ」
そう言って現れたのはいかにも女好きのしそうな色男である。
女好きするというか、彼は本当に女が大好きだ。
まぁこれは裴茗であった。
裴茗は無渡の空になったグラスに血のような色をした酒を注いでやり、自分のグラスにも注いだ。
無渡の家に裴茗が転がり込んできた……その経緯は以下の通りだ。
少し前、裴茗はストーカーの女(元カノ)から逃げ回ってホテル暮らしをしていた。が、この男はどうしようもないので、或る夜行きずりの女をホテルに連れ込み甘美なる一夜を過ごしていた。
その行きずり女が裴茗のことを探し回っていたストーカー女に彼を売って、彼が寝ている間にホテルの鍵を開けたのだ。
裴茗はザックリと脇腹を刺されたが、逃走に成功した。
だがしかし、救急外来に今飛び込めば間違いなく追ってきたあの女にトドメを刺されると彼は思った。裴茗はタクシーに飛び込み、ギョッとする運転手に無渡のマンションの住所を伝えた。近場でセキュリティ的に安全な場所の心当たりが此処しかなかったからだった。
師無渡はそれを聞いて、余計青玄が帰ってこなくなるわと裴茗を叩き出そうとした。しかし、彼はこの男を刺せるほどの力量を持った女か。と、ハタと思ったわけだ。
とんでもない女が友人に居るので、無渡は女というものの恐ろしさを知っていた。これは是非とも対面してあわよくば雇用したいと強欲に思ったのである。
というわけで無渡は彼を一時的に住まわせることにした。要するに餌だった。
出血が酷くて普通に死にそうな裴茗のために自宅に医者を呼び、血塗れの廊下の状態を確認しに出たら、コンシェルジュが既に「清掃業者」を呼んでいた。裴茗は「手慣れ過ぎているだろう。マフィアでも住んでいるのかここは……」と傷による発熱に浮かされながら言っていたが、水哥はこれくらいのサービスは当然だろうと思った。
それからしばらく経って裴茗は全快したが、女に家を放火されてしまったので此処に住み続けているのである。「人生とは慰謝料と養育費を払い始めてからが本番である」と言って、裴茗は燃える自宅の跡地にもいかずに土地を売った。ちなみにこの男には子供が5人いる。家を放火したのは彼を刺したストーカー女ではなく彼にかつて泣かされた別の女だった。
「……今、誰か倒れた音がしなかったか?」
「霊文が帰ってきたか」
「見てこよう」
裴茗が立ち上がって入口の方へ行く、無渡もなんとなく見に行くと、案の定玄関で霊文が倒れ込んでいた。
「おお、おかえり傑卿」
「一週間ぶりだな、霊文」
此処には霊文も一緒に暮らしている。
彼女は有名な弁護士である。
霊文も彼の家に転がり込んできた……その経緯は以下の通りだ。
一時期、裴茗と無渡は霊文のマンションに入り浸ってしょっちゅう晩酌をしていたのだが、霊文は全く頓着しなかった。
裴茗も無渡も「女の仕事」は一切合切しない男たちであったが、霊文に関しては話が変わる。水哥は彼女のために自分も御用達にしているハウスキーパーを遣わしてやり、老裴は手料理を振舞った。彼女の多忙さは彼らも知るところであったし、二人とも彼女に弁護してもらったこともある。
彼女は感情で動く女が嫌いで欲望で動く男への共感が深かった。時に愛情深く、時に冷酷な女だった。ただ、野心という部分で無渡の深い理解者だった。裴茗にとってこの二人の最も愉快で関心のある部分だった。
あ、霊文が何に頓着しなかったのかというのは、ご近所サンの噂話のことである。若い独身女性の家に男が二人入り浸っているのだからそりゃあ酷い噂も立つ。霊文は彼らを親戚とは決して言わなかった。些事だった。
ただ。簡潔に言えば、死ぬほど疲れて帰ってきてよくわからないご近所トラブルに巻き込まれることにウンザリしたから彼女は一旦職場に近かった無渡の家に一時的に避難するようになり、その居心地の良さに入り浸ってしまったというわけだった。
霊文は法律事務所に勤めているが、一番初めのボスが悪かった。
敬文という老人で彼女を茶汲み女としてこき使っていたが、彼女の身になるような勉強は殆どさせなかった。
しかし霊文という女は宴会で料理を取り分けるような女ではなく、不当な扱いをする敬文を失脚させるために彼に恐喝と文書偽装の罪を着せた。パワハラやモラハラの訴えは起こさなかった。無駄なので。
弁護士会から除名された敬文は霊文を死ぬほど憎み、ご近所トラブルなども彼の嫌がらせの一環であった。
無渡のような脛に瑕のある人間とつるむのは決していいことではない……が、彼には金が有り、何より馬が合った。
霊文は裴茗に抱き起されてリビングに行くと、ワイングラスがあったので中の酒を一気に空にした。
「すさまじい隈だぞ傑卿、飲んで大丈夫か?」
「飲まなければやっていられません」
心配する裴茗を他所に無渡はグラスを棚から出してきて、ダクダクとワインを注いだ。
「なら飲め、解毒薬も一緒に飲め」
「そうします」
今、霊文は有名弁護士として名を馳せているが、悪名も高い。
敬文からの妨害というか、厄介というには悍ましいレベルの嫌がらせが降りかかっているのだ。こちらも色々やらねばならん。コートも脱がずに酒をまた飲んで、ソファに沈み込む霊文を見て、師無渡が言った。
「あの老人を消してやろうか?」
師無渡はマフィアと関わりのある男だったし、財力も権力もあった。
彼はある企業の社長だった。ベンチャーではない、詳しくは伏せるが老舗の大店を乗っ取ったのだ。
裴茗は霊文がようやくコートを脱いだので、皺にならないようにかけてやった。
霊文は笑った。
「まだ己の力量でやってみますよ」
「そうか」
このように不敵な師無渡であるが、彼はこの5年後、弟の友に殺害される。
無渡を殺したい者は万といるが、彼の首を取ったのは弟の友だった。
弟の友は無渡に一家心中に追い込まれた家の長男だった。全てを分かっていて弟に近づき、師兄弟のことを調べ上げて虎視眈々と復讐の機会を狙っていた。
無渡の遺体は彼の弟と、無渡のことを殺害した弟の友人によって埋められるのだ。
が……それはまた別の話である。それは、ああ、5年後のことだ。
その間、霊文の元上司は自殺なのかわからない不審死で終わりを迎えるし、無渡は脱税疑惑と闘うし、裴茗のストーカー女が青玄を拉致したりなど色々あった。
これはなんとなく愉快であるので同居する悪友たちの、師無渡が死ぬまでの5年間の話である。
完(ごめんなさい)(続きはないです)