指通りの良いやわらかな髪。春の昼間の太陽のような色をしていた。水面のように澄んだ青色の瞳だったと思う。あまり喋らない彼の声をずっと忘れたくないと思っていたのに、どうにも上手く思い出せない。声から忘れていくのは本当らしい。こうだったろうかと記憶を頼るがそうではないような気がしてなんとも言えない。
自ら記した石碑にはずいぶんと彼のことが書かれている。それだけ彼のことが特別だったということを示している。近くに来たときには寄ってくれ、と伝えていたのもあってか彼はよく里へ来て俺はもちろん、他の者ともよく話し、泊まっていった。
十分仲がよかったと思う。それなのに彼は何も言わずに去り、どこかに消えた。賢者の共鳴でもいつの間にかわからなくなった。役目を終えたといえばそうであるかもしれない。それとも彼が呼び出すのをやめたのか。
どっちにしろ彼を感じることは無くなった。
一度姫に聞いたこともある。だが彼女も行方を知らないと言った。旅に出ると言って送り出し、時々手紙を寄越してほしいと言ったのに一通も届かないと言った。
どこかで生きているのならもう一度会いたいと思うもの。そう願って何年が経ったのか。閉鎖的と言われればまぁそうだろうと思うこの里にいれば、それに長命なのもあってか時の流れにはやや疎かった。
かつての賢者は俺とゴロン族の彼ぐらいしか残っていない。次第に掠れていく色濃い思い出を胸に里を見回す。
なんとなくなにかが欠けているような気がする。彼がいないというのはこんなにもこころが寂しいのか。
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厄災が消えてから100年。晴れの日のような彼はどこかで元気にしているだろうか。