青年は今でもよく覚えている。
部屋に差し込む陽光に照らされた横顔を。情熱と自分の世界だけを映している真っ直ぐな瞳を。
青年は今でもよく覚えている。
ダン!と酒の注がれたジョッキがテーブルに勢いよく叩きつけられる。一瞬、周りにいた他の客たちの視線を集めたがテーブル席にいる男を見て「ああ、またあの人か」といった様子で何事もなかったようにそれぞれが食事や会話の続きに戻った。
ジョッキを叩きつけた金髪の男は向かいに座っている銀髪の男をキッと睨みつける。
「アルハイゼン! あれはいくらなんでも彼女に失礼だ! 彼女がどんな気持ちで君に想いを伝えたかわかっているのか!?」
「ではあのとき俺にどうしろと? 彼女が俺に好意を抱いていることはわかった。だが、俺は彼女のことを知らないしそれは彼女だって同じだろう」
「っ、それはそうかもしれないが、言葉の選び方というものがあるだろう!?」
金髪の男、カーヴェは正論を返されてもめげずに目の前で涼しい顔をした銀髪の男に食い下がる。
ほんの数十分前、二人で店に向かっていた途中で銀髪の男アルハイゼンが一人の女性に声をかけられた。何かを察したカーヴェだったが、動くよりも先に女性が話し出す方が早かった。
女性は教令院の学生で、ずっとアルハイゼンを尊敬していたと、好意を抱いていたと彼に告げた。つまりは告白である。アルハイゼンがモテることはカーヴェも学生時代から知っていたし、告白やラブレターを渡される場面を何度も目にしてきた。その度に「どうしてこんな男がモテるんだか」と思ったが答えは実に明白。アルハイゼンの容姿が良く、そして知恵と知識に溢れた男だからだ。学生という肩書きから書記官に変わったのも大きいだろう。
顔を赤らめ、俯きながら告白の返事を待つ女性にアルハイゼンがなんと返すのかカーヴェが様子を伺っていると次に聞こえた言葉にギョッとした。
「それで? 君は俺になにを望んでいるんだ?」
これである。勇気を出して告白をしてきた女性に真顔でした返事がこの言葉。カーヴェは絶句した。そして呆れを通り越し怒りを覚えた。
女性は青ざめた顔でなにか言おうとしていたが、きゅっと唇を固く結び逃げるように二人の前から走り去った。
これが、カーヴェがアルハイゼンを責め立てることとなった顛末である。
「言葉を選んだところでどうなるというんだ。もし、あそこで俺が感謝の言葉を述べ気持ちはわかった等と答えれば彼女が勘違いをする可能性だってある。付き纏われるのもつっかかられるのも御免だ」
アルハイゼンはそこで酒を一口飲む。カーヴェは氷のように冷たい言葉にまた怒りを覚えたが何とか抑え込み、次にこう問いかけた。
「アルハイゼン。君、初恋はしたことあるかい?」
「なんなんだ唐突に。もう酔っているのか」
「いいや素面だ。……わかった、聞き方を変えよう。""今まで誰かに恋愛感情を抱いたことはあるか?""」
「ある」
「まあ君みたいな恋の『こ』の字にすら興味を持たなそうな男が恋をしたことなんて────ある!?!?」
カーヴェは耳を疑った。何かの聞き間違いか、もしくは通りすがりの店員か客がふざけて答えたのかとさえ思った。
しかし、「ある」と答えた声は確かにアルハイゼン本人のものだった。
「そ、それは……その、相手は人間……か?」
「喧嘩を売っているようにしか聞こえないな」
「わかった人間、人間だな。……それで、いつ恋を覚えたんだ?」
「教令院に入って間もなかったと記憶している」
「つまり相手は教令院の人間か!」
「妙論派の先輩だ」
「妙論派……? 君が妙論派の人間を好きになるなんて……その人はとんだ大物だな……」
「確かに大物だな。その人は卒業後に数々の建築物に携わった」
「ん? 建築家なのか? じゃあ僕も知っている人かもしれないな。建築物の中に有名なものはあるのかい?」
「アルカサルザライパレス」
アルカサルザライパレス。それはスメールの諸法の森にある、ドリーが所有する建物であり、それをデザインしたのは──。
「ちょ、ちょっと待ってくれアルハイゼンそれって……!」
「俺は先に帰る」
「あ! 逃げるのか!? 待て、僕も帰る! 帰るから僕の分も支払ってくれ!」
「はぁ……」
なんの躊躇いもなく酒代を出してくれと言うカーヴェに呆れアルハイゼンはため息を吐く。居候の身でモラまで出させる彼は間違いなく『大物』だ。
ジョッキに残った酒を一気に飲み干し、支払いを済ませ店を出ようとしているアルハイゼンの背中をカーヴェは追いかけた。
「アルハイゼン! 帰ったら君に聞きたいことが山ほどあるんだからな!」
そう大声で叫ぶカーヴェの顔は嬉しそうに笑っていた。
青年は今でもよく覚えている。
部屋に差し込む陽光に照らされた横顔を。情熱と自分の世界だけを映している真っ直ぐな瞳を。
周りの音も、声も、人の存在さえも消し去り、ただ一心不乱に製図板と向き合い紙の上にペンを走らせる姿を。
青年は今でもよく覚えている。