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    29sachiko

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    29sachiko

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    #今昔呪怪拾遺
    過去作のリメイクになります。一年生三人がド田舎に任務に行く話。

    うしろのしょうめん「あんた、村八分って言葉知ってる?」
    残りの二分は火事と葬式だと釘崎が言う。
    じゃあ、八分は成人式、結婚式、出産、病気、新改築、水害、法要、旅行なんだってさ。知らなかった。

    『今回はちょっと遠方だけど、帰りに温泉泊まって良いからね。みんな頑張ってるしご褒美』と言って送り出した担任の嫌にキラキラした笑顔が頭を過ぎって、無性に殴り飛ばしたい気持ちになった。
    結論として言えば五条の発言に嘘はなかった。ご褒美の温泉は知る人ぞ知る通好みの秘湯で、宿自慢の硫黄泉は怪我や美肌に効果覿面だったのは本当だ。
    五条が自腹を切って宿を手配したと聞いて「先生やるじゃん」と伏黒を除く二人はハイタッチをして喜んだ。それこそ小躍りするぐらいに。任務ではあるが気分はバス遠足か修学旅行だった。異常なテンションになる二人に呆れている伏黒でさえ数日間のご褒美付き任務に少なからず浮き足立っていた。
    今から思えば伏黒の「五条先生が物で釣る時は大抵良くないことが起こる」と呟いていたのをしっかりと聞いておくべきだったのだろう。秘湯は文字通り『人にはあまり知られていない温泉』のこと。
    つまり任務先は田舎も田舎。超ド田舎なのである。

    東京を出て新幹線と在来線を乗り継ぎ、車に揺られること一日。一年生三人がようやく現場に到着した頃には既に二十一時に差し掛かろうとしていた。
    「これなら海外行った方がまだ早く着くんじゃないの」
    げんなりとした顔で釘崎は言う。運転してもらっている手前あまり文句は言えないがそろそろ座りっぱなしでお尻が痛くなってきた。
    「近くなって来ましたし、もう一度説明しますね」
    ハンドルを握る補助監督が経緯を簡単に伝える。今回は伊地知でも新田でもない別の人だった。三十代後半だろうスーツを着ていればどこにでも居るようなサラリーマンにしか見えない。神経質そうに見えてかなりさっぱりとした性格ですぐに三人とも打ち解けた。
    聞けば補助監督は担当地区が大まかに決まっているらしい。ただ万年人手不足のため常に誰かが駆り出されている状態。特に地方ではカバー範囲が広くこうして県を跨いで山間部へと行くこともよくあるようだった。「補助監督も人手不足ですけど、呪術師はもっと足りてませんからね。帰りの宿は五条さんが自腹を切ってるんでしょ?出来る限りの豪遊をしたら良いですよ、ハハハ」と曲がりくねった山道にも関わらず躊躇なくアクセルを踏んだのを見て思わず三人は大人しく口を噤んだ。黙っている方が良いこともある。

    ××県××市××山中にある旧××村近辺で連続して行方不明者が続出する事件が発生した。旧××村は周囲を山に囲まれた集落であり過去には登山客などで賑わいをみせていたがバブル崩壊と共に衰退し約十五年前に××町へと統合されている。
    事の発端は低層公営住宅で発生した火災で不幸にも死者が一名出た。警察によれば火災自体は火の不始末によるもので事件性はないとのこと。しかし、火災を契機に徐々に不気味な声や影の目撃例が増え始めた。公営住宅は老朽化が進んでいたため解体予定だったのだが、解体にあたった作業員の失踪や事故が相次いで起こり始めた。最終的に民間人の行方不明者三名、重傷者二名に至った。なお解体作業は中止となりそのままの姿で残されている。そこへ今から一カ月前、初期調査に向かった二級呪術師が任務中に負傷し一時中断となった。なお負傷した二級呪術師は現在も治療中である。
    「何もない場所っすね」
    ホームセンターへの看板が直進30㎞と書いてあるのを横目に虎杖が呟いた。遡ること一時間ほど前に休憩がてらコンビニを探そうと地図アプリで検索したところ『最寄りのコンビニまで約10㎞』と表示が出てきたのが懐かしい。ド田舎では良くあることだと釘崎がつまらなさそうにぼやいていた。
    窓の外に景色が流れていく。緑が濃いと言えば聞こえが良いかもしれないがあるのは自然ばかり。街灯もなく夜になれば完全に闇に飲まれてしまうだろう。山沿いに家が点在しているだけで酷く閑散としている。
    最寄りの駅から山へと進むにつれてコンビニやチェーン店は早々に姿を消した。営業していてるのかわからない個人商店の錆び付いた看板が物悲しさを伝え、誰もが知る某メーカーの自動販売機の明かりが頼もしく感じた。人口減少により敗退の一途を辿っていく地方都市はどこも似たようなのかもしれない。
    「直接、現場に向かいますか?」
    「お願いします」
    補助監督の問いに伏黒が答える。三人のなかで一番経験があり任務に慣れているのもあって行動するときは自然とそうした位置付けになっていた。残りの二人も異論はないと頷く。こうした田舎で余所者は目立つ。帳を下ろすとは言ってもなるべく人目に付かない方がいいだろう。
    カーナビに示された地図に目ぼしい建物などはなく蛇行する山道を進み続ける。分岐点すらないのはいっそのこと清々しい。濃い緑だった外は先の見えない暗闇に変わり、対向車どころか後続車さえも一時間は見ていない。ガードレールに設置された反射材さえ数少ない明かりとして認識するぐらいには光に乏しかった。
    暇潰しに流していたラジオも電波の入りが悪いのかノイズが多くなって止めた。暫く流していたが明らかに違う音が混ざり始めたのは言うまでもない。
    闇という漢字には門の中に音がある。門を閉じて生じる暗がりを指す。音しかわからない暗がり、反対に言えばそうした暗がりのなかでも音はハッキリと人の耳に届くのだ。呪力は電気と似通った部分が多くあり、電波に乗った呪力を声なき声として拾ってしまうことはある。突然電話が通じなくなったり、さっきみたいにラジオから「クルナ」と聞こえることもままある。問題の場所へと近づいて来たのだと思う程度で、特に気に慌てることなく無言でラジオを切った補助監督含めてこうした異変に慣れてきたのかもしれない。
    辛うじてアスファルト舗装されている道路は本当に県道なのか疑わしく、路面が凸凹に荒れているせいで常に車内が上下に揺れている。先行き不安しかない、助手席に座る釘崎は大きな溜め息を吐いた。言葉を発せずとも三人の心の中は同じだった。補助監督によれば今日は窓の所に宿泊する予定だ。集落周囲には宿泊施設がなく任務を終えて最寄りの駅まで山道を戻るよりも近いためらしい。
    「到着しました、ここです」
    紆余曲折あって一行はようやく目的地へと辿り着いた。周囲を山に囲まれた集落は昼間訪れたとしても本当に人が住んでいるのか疑わしくなるほどひっそりとしている。
    「陰湿ね」
    点在する家の明かりの向こう側からは複数の湿った視線を感じた。息を潜めてこちらの動向を伺っている。突然訪れた来訪者に対して露骨に嫌悪する気配は正直あまり好きにはなれない。夜間に来て正解だったかもしれない。
    「同感」
    生きている人間は呪霊とはまた違った厄介さがある。さっさと終わらせて去るのが懸命だろう。偶然にもこの場にいる全員が同じことを考えていた。
    案内された公営住宅は見るからに陰鬱とした気配が漂っていた。呪霊の吹き溜まりとなっているのがハッキリとわかる。全く何もないところに突然霊障が出現することは滅多にない。土地自体に謂れがあったり、立地に問題があることが殆んどだ。古い建物はそれだけで呪霊を引き付けやすくなる。学校や病院などは特に負の感情が集まりやすい。人々から生まれた負の感情が集積することで呪霊が生まれる。行き場のない負の感情が蓄積し最終的に引き寄せあった呪霊は人間へ害を成す。結局のところ自分達の首を絞めているのは自分達なのだが、呪いを視認出来ない人間にとっては理解出来ない事柄だろう。
    「随分と年季入ってんね」
    虎杖が公営住宅を見ながらぽつりと言う。二階建ての住戸が横にずらりと連なっている姿は時代劇でみる貧乏長屋を連想させた。事前に開示された情報では解体途中とあったが建物自体の損壊は殆んどみられなかった。開始早々に事故が発生し作業が中断されたのは容易に推測できた。
    コンクリートの壁は経年劣化により無数のひび割れが走っており、鋼鈑のドアには子供と思わしき小さな手跡が至るところに付いていた。等間隔で各家に設置されたプロパンガスボンベは錆びついており、剥き出しの配線が壁伝いに張り巡らされている。建物自体はさして大きくはないのだが家屋の内側からは複数の気配がする。
    「それにしても、うじゃうじゃ居るわね」
    釘崎の言葉に伏黒が頷く。伝えられていた等級は四級ないし三級。ただどうにも数が多い。
    扉の下の隙間、ドアスコープ、郵便受け、小窓、壁の割れ目、換気扇。ありとあらゆる隙間から無数の呪霊の目がこちらを凝視している。
    「あ、」
    視線が合った、と虎杖が知覚した瞬間ぶわっと不快感を伴う寒気に襲われた。様子を察したのか補助監督が素早く帳を下ろそうと準備する。
    「――虎杖、待て」
    突然、静止をかけられ拳を構えたままの虎杖と金槌に手を伸ばした釘崎が訝しげな視線を伏黒に送った。
    そこ、と指差したのは一部が崩壊した壁。こちらに向かって来ていた呪霊は見えない何かに当たって後ろへと跳ねて倒れた。
    「さっきから様子がおかしい。こっちを認識してるのに壁をすり抜けて襲って来ない」
    「どゆこと?」
    虎杖は首を傾げる。
    「低級呪霊は壁抜けが出来るのよ、あんたも見たことあるでしょ」
    釘崎に言われて思い出す。確かに釘崎と一緒に入った廃ビルで遭遇した呪霊は壁をすり抜けていた。
    等級の低さ故に壁抜けが出来るため、呪霊にとって物理的な障害はないに等しい。加えて人の少ない田舎の呪霊は都会のそれと違い知性が少なくパターンが単調だ。
    こちらを認識して敵意まで向けているのに境界を越えられないのは何か他の原因があるかもしれない、と伏黒は言う。最も考えられるのは結界だがそれを扱う別の呪術師や呪詛師が関わっていることになる。あるいは何かしらの呪物があるかもしれないと付け加えた。
    「俺らが中を祓ってる間、調べて欲しいことがあるんですが、」
    「わかりました」
    伏黒と補助監督が短いやり取りをした直後帳は完全に落ちた。

    周囲から遮断され辺りは真っ暗な闇に包まれる。気配が一段と濃くなった。
    「多分、元からここには霊道が通ってたんだろうな」
    「霊道ってよくホラー番組で出てくる霊道?」
    ああ、と伏黒は頷く。窓からの報告通り呪霊は四級、良くて三級だが数が多すぎる。恐らくこの建物を横切る形で霊道が通っていたのだろう。通常、霊道は川のように流れがあるから本来であれば留まることなく流れていく。
    「何かに塞き止められて溜まっていくばかりで出れない、と」
    「ああ」
    場に引き寄せられた呪霊がこの公営住宅に溜まり出ることも出来ずにいる。
    「呪霊自体より原因の方が厄介ってことね」
    「最悪、他の呪術師が絡んでる可能性があるからな。…わかったろ、五条先生が物で釣る時は厄介な案件なんだよ」
    今日一番疲れた顔をした伏黒に二人は同情の目を向けた。絶対帰りの温泉で豪遊してやろう、三人の気持ちは一緒だ。
    「膨らみ続けてる風船と同じで、破裂したら見た目以上に圧縮された呪霊が飛散する可能性だってある」
    玄関を開ける直前、伏黒はぽつりと呟く。
    「ヤバイやつじゃん」
    「ヤバイやつなんだよ」
    やいやい会話しながら三人は家屋へと足を踏み入れていく。
    鋼板製のドアが重い音を立てバタンと、閉じた。

    玄関を入って直ぐ右手にキッチン。狭い廊下の途中にはあるのはニ階へと続く傾斜のきつい階段。反対側にはトイレ、浴室と思わしき木製の扉。廊下の先には和室が見える。
    一見、どこにでもあるような昭和の集合住宅だ。虎杖や釘崎には見慣れた家のようで「友達の家に似てる」などと言っている。奇妙なのは見た目よりも綺麗なことだ。修繕したのかハウスクリーニングを入れたばかりだったのか真っ白な壁紙が薄汚れた柱の色合いと合わず浮いていた。
    「気持ち悪い家」
    「何で押入れがトイレになってんの?」
    それから、空間が歪んでいた。部屋と部屋が捻れて繋がっているのだ。押入れを開けるとトイレに繋がっていたり、風呂場の扉の先にはキッチンがある。生得領域にも似ているが微妙に違う。多すぎる呪霊を入れておくために部屋が無尽蔵に増えているような印象を受ける。扉を開けてさえいれば行き来は自由に出来るため、出口がハッキリしているのは不幸中の幸いだろう。
    「数、多くない!?」
    「入った段階で気付きなさいよ」
    あ~やってらんない、と釘崎は呪力のこもった釘を次々と打ち込む。個々は脆弱だが小さく何より数が多いのが厄介だった。雪虫のように群れては直ぐに散っていく。これはこれで面倒臭い。既に開始早々に釘崎はイラつきはじめている。
    「俺らがやるのは①呪霊を片っ端から祓う、②呪霊を留めている原因を探す。この二つだ」
    「毎回思うんだけど、伏黒って頭良いよな」
    「お前はもう少し考えてくれ」
    感心しながら虎杖はコンパクトに拳を当てていく。どれだけ潜んでいるのかわからない以上、体力は温存していく方向だ。
    「やっぱり呪具借りてくれば良かったかしら、広範囲に当てられる武器ぐらいあるでしょ」
    「貸してくれると思うか?」
    「無理ね」
    だらけた会話が出来るほど、延々と続く単純作業とは裏腹に三人の連携は良かった。まるで一心同体とでも言うように、誰がどう考えて動いているか手に取るようにわかる。ハッキリ言って余裕だ。これなら時間はかかるが全て祓い終えることができるだろう。
    「息あってんね」
    「まあ、ずっと同じことしてれば息ぐらい合うんじゃないの?」
    一撃、また一撃と打てば確実に決まる。自由に使える手足が増えたような高揚感はパフォーマンスに直結する。
    今日は格段に動きが良い気がする。思考がクリアになっていく。短縮作業の繰り返しにテンションが上がり頭がおかしくなってきたのか、虎杖と釘崎は笑顔でハイタッチをしていた。
    「珍しく気が合うわね」
    「おう」
    「そこ、緊張感持てよな」
    背後で交わされる二人の会話を呆れた様子で聞いていた伏黒は振り返る。余裕だろうと慢心はよくない。
    「これでラスト」
    虎杖の呪力を纏った拳で最後の一体を祓うと辺りに漂っていた呪霊の気配は消えていた。

    「呆気なかったわね」
    数が多いだけで等級の高い呪霊は見当たらなかった。自分達でもこなせたと言うのに前任の呪術師に一体何があったと言うのだろうか。疲労と任務を終えた安心感に頭を過ぎった考えが消える。
    「おい」
    「どした伏黒?」
    虎杖と釘崎を交互に見て何かに気付いたのか伏黒は眉を潜めた。
    「…早く出るぞ」
    「え、」
    「なんで?」
    説明はあと、と伏黒は二人の首根っこを掴むと急ぎ足で出口へと向かった。


    入ってからそれほど時間は経過してなかったようで、車で待機していた補助監督が驚いた顔で三人を見る。
    「早かったですね」
    「すみません。出来る限りここから離れて下さい。急いで」
    気迫迫る様子に何かを察したのか急発進で来た山道を戻っていく。あの蛇行していた悪路を加速した車体が下っていくのはある意味恐怖だった。車内は異様な緊張で無言だ。事故せずに山を下りれたのは運が良かったのだろう。
    「で、なんだったんだよ」
    暫く車を走らせ広い場所に出たころで虎杖は訊ねた。見つけた自動販売機で購入した缶コーヒーで暖を取りながら伏黒は疲労した様子で口を開く。
    「多分、俺ら呪いをかけられたぞ」
    「まじかよ」
    お前ら全く同じ顔してたんだよ、と虎杖を釘崎の両方を見ながら言った。「多分俺も」と苦虫を噛んだように続ける。顔と言っても造形ではない。恐ろしく表情が似ていたのだ。顔の上を一枚布が覆っているような、薄っぺらいお面を付けていたような違和感を今になって思い出す。
    「同化、」
    釘崎のぽつりと溢した言葉に伏黒が頷く。虎杖も気付いたらしい。ハッとした顔をする。
    「もしかして、俺らがやたら気があってたのは」
    「呪いの影響だな。考えてみればあの家に入ってから変だっただろ全員」
    深く溜め息を吐く。祓うつもりがまんまとしてやられたのだ。
    「けど、そんな報告なかったじゃない」
    「単独任務なら気付けないのも仕方ないだろ」
    ちらりと補助監督の方を見るとこくりと頷く。複数人の任務でなければ絡繰りに気付ない。
    「あの公営住宅の玄関に足を踏み入れたら本格的に発動する感じだろうな」
    確かに現に公営住宅から離れた今は何とも思わない。さっきまでの皆が自分の一部であるような感じはない。
    試しにコンビニのおでんで好きな具をせーので言ってみたが「たまご」「大根」「ロールキャベツ」と見事にバラバラだった。多分、あの集落に入れば皆が仲良く同じ結果になっていた。表情だけじゃなく、思考までも同一化させられてしまう呪い。祓うだけでは根本的な解決にはならないだろう。
    「何かムカつくわね。田舎の古くさい同調意識の塊みたいな呪いだなんて」
    釘崎が吐き捨てるように言う。心底腹が立つのだろう集落の方角に向かって中指を立てていた。
    「窓の方と連絡が付いたので今からそちらに向かいます」
    ここで作戦会議するよりはましでしょう、と三人の話を聞いていた補助監督が提案した。

    「あんた村八分って知ってる?」
    そんな話が出たのは朝食の時だった。白米に味噌汁、湯豆腐と漬物といった高校生には些か渋めのメニューを三人は美味しそうに平らげている。空腹に勝るものはない。
    「昨晩は大変でしたね」
    「寝床どころか、食事までありがとうございます」
    挨拶に来た住職に三人はそれぞれ礼をする。深夜に訪れたにも関わらず嫌な顔せず温かな寝床と風呂を提供してくれた。窓の中に寺院や神社の関係者は割合多い。そうした環境にいるからだろうか。見えるが祓う呪力はない。そうした人間が情報提供者、つまり窓として高専に力を貸してくれている。
    「いえ、あそこについては私も気になっていたので」
    「どういうことですか?」
    「全ての始まりは火災でした」
    辺りを伺いながら窓は声を潜めて言う。確かに火の不始末が原因で一人亡くなっている。亡くなったのは元から集落に居た人間ではないようで他県から単身引っ越してきてあの公営住宅で暮らしていたと。
    「あの集落は特に余所者を嫌っていまして、私なんかは立場上そこまで邪険にはされませんけどあまりいい印象ではないですね。火事の時も身寄りもなかったのでここに引き取ろうしたんですが、自分達でやるからと集落の方が遺骨を持って行ったんですよ。それがどうにも気がかりで」
    余所者を嫌う集落の人間が弔うものだろうか、と後味悪そうに言い終える。
    「田舎の人間ってさ、村の安寧のためとか言ってえげつないこと平気でするわよ」
    少し冷えた白米を食べながら釘崎は言う。思い当たるところがあるのだろう辟易とした表情を浮かべていた。
    「外部の人間は村の秩序を脅かす穢れた存在なんだから」
    ハレ、ケ、ケガレは誰しも一度は聞いたことがあるだろう。そのケガレのことだ。
    田舎の人間が余所者を嫌悪するには様々な理由があるが特に多いのはケガレ=穢れの概念だ。穢れは外からやって来るといった内容の言い伝えは全国どの地域でも耳にする。山間部などの外界との交流も少ない閉ざされた集落は特に顕著かもしれない。
    呪術師でなくとも普段の人々の生活に呪術は根付いており、特に田舎に行くほど原型を留めたままで残っている。中には民間人が術師の真似事をするケースもなど確認されている。特殊なケースでなくとも煤払いや豆撒きも元を辿れば祓うための儀式だと伏黒が補足すると、虎杖は感心したように相槌を打った。
    「けどさ、そんなに外部の人間を嫌ってるんなら別に遺骨持って帰らなくて良かったんじゃねえの?」
    「遺骨で何かしたかったんじゃないか」
    「何かって、何」
    虎杖の疑問に残りの二人は口を噤む。確かにその通りだ。余所者を忌避しているのなら、わざわざ遺骨を持って帰る必要はない。折角預かってくれると申し出があったのだから喜んで手放せば良い。
    「あの公営住宅が怪しいわよね」
    よほど強い怨恨でも発生しない限り、一人の死から生じた呪霊があそこまで大規模なものになるだろうか。
    きっかけはささいなものだとしてもそこに向けられる負の感情もゆくゆくは呪霊となっていく。
    ここに訪れた時に感じた余所者への明確な悪意。住人が生み出す負の感情。それらが燃え盛る炎に油を撒くようになってはいないだろうか。
    「火事の後、他の部屋の住人がどうなったかご存じですか?」
    伏黒が窓に尋ねる。住職は少しバツが悪そうにしながら口を開く。
    「公営住宅ってそもそも低所得者向けの住居なんですよ。市町村が補助する形で住人の募集をかけていたので大半が他の場所から引っ越して来られた方なんです。焼けたのは一部屋分だけでしたから他の部屋は普通に使えます。引っ越しするだけのお金もないのでそのまま住み続けてたんです」
    一度、深く息を吐くと眉を潜めて続きを言う。
    「結論を言えば――皆さん異変は出ていました」
    失踪者も怪我人も出たわけではない。ただ、一様に無表情になった。報告に上がっていた不気味な影や声などは公営住宅の住人からは出ていない。少し離れた場所に住んでいる集落の人間から。
    何も聞いても、見てもいない。ただ何だか誰も表情が似てきたような気がすると。別々の土地からやって来た人間で血縁関係はないのに、顔が似ているのだと言う。まるでお面を付けているように。
    そうしている間に取り壊しが決定し強制的に引っ越しを余儀なくされたらしい。元住人たちは別々の土地へと移っていった。なお初期任務の段階で残穢を確認しているが元住人からは何も感じとれなかったと。
    「離れたことで効力を失ったってこと?」
    「その可能性はあります」
    例えば風土病のように場所を離れて改善するケースもある。この場合、完全に原因はその土地にある。
    「…遺骨を使って公共住宅に呪いをかけた、住んでる人間に」
    暴論だけどね、と釘崎は付け加える。
    「民間人が呪術をするのか?」
    「彼らは呪いのあるなしは関係ないのよ。共同体を守るための儀式が今もなお存在してるなら間違いなくやる方を選ぶわよ。憶測でしかないけど呪いのせいにして余所者を追い出したかったんじゃない?」
    呪い紛いのことをした結果本当に呪いと化してしまった。
    「仮に件の遺骨が呪物化してる可能性は」
    「ゼロじゃない。所詮、素人のやる真似事でしょうけど。その遺骨が原因ならなおさら回収しなくちゃ」
    ごちそうさま、と食事を終えて手を合わせると釘崎は立ち上がる。
    「ほら。ささっと行くわよ、プロの仕事ってのを見せてやるわ」

    数時間ぶりに訪れた公営住宅は日中でも陰鬱とした雰囲気を醸し出していた。
    前日と同様に帳が下ろされ、辺りは闇に包まれる。
    呪霊が居ないせいか違和感がハッキリとわかる。見つけてくれと言わんばかりに。
    「村八分の残り二分は葬式と火事って言ったわよね。この二分だけはどこも守ってるの。そうした破っちゃいけないルールがあるのよ、縛りみたいなもんね」
    釘崎は一人呟くと真っ白な壁紙を勢いよく剥がす。火災があった部屋はここで間違いない。剥がされていく壁紙の下は黒く煤けていた。炎は天井まで届く勢いだったのだろう。
    「うわ」
    「酷いな」
    建物の外観に反して内装がやけに綺麗な理由。
    見た目だけを取り繕って、上から塗り潰して、隠して、騙していた痕跡。
    「あったわね」
    壁の中から呪物化した人間の骨が見つかった。

    記録
    某日某所。解体途中の公営住宅で発生した一連の異常現象は三級呪霊および四級呪霊合計49体によるものと確認。派遣された高専一年生3名により呪霊の完全消失を確認。元凶を思わしき呪物化した人骨を回収、無効化する。回収された呪物は調査のため高専が管理することになった。



    「これぞ温泉って感じよね」
    無事、任務を終えて呪物を回収した高専生三人は当初の約束通り手配された宿に来ていた。
    い草とその奥でほのかに漂う硫黄の香り。パーフェクトと釘崎はガッツポーズをしている。ちなみに朝の朝食はオレンジジュースと牛乳のあるバイキングらしい。ご褒美と五条が自腹を切っただけあって、そこは旅館の概念を完璧に現していた。到着から終始上機嫌の三人は浴衣に揃いの上着を羽織った格好で館内を散策している。
    「伏黒、釘崎。こっち来て」
    虎杖は興奮した様子で二人を呼ぶ。フロントを抜けて薄暗い浴場の廊下を過ぎて階段を下った先は小さなゲームコーナーになっている。地元牛乳の自販機とUFOキャッチャーに卓球台まであったのには完璧過ぎて思わず眩暈がした。
    「集落の人間が余所者相手に呪った呪いが同一化って皮肉だよな」
    カコン、と卓球のボールが跳ねる。ラケットがなくスリッパで打っているがこれはこれで楽しい。
    「そんなもんよ」
    虎杖のつぶやきに釘崎が返す。何かしら思うことがあるのかそれ以上は何も言わない。
    「涼しそうな顔してるけど今日こそ勝ってやるからな、首洗って待ってなさい」
    突然スリッパを向けられあからさまに嫌そうな顔をした伏黒に「愛ちゃん並に泣かせてやるんだから」と釘崎は続ける。
    「愛ちゃんが泣いてたのは昔の話だろ」
    「寧ろ、愛ちゃんに泣かされてる選手の方が多いだろ」
    虎杖と伏黒がそれぞれ言うのを釘崎は無視し甲高い声でサーーーーーッッァァァ‼と叫んで素振りをする。
    何で卓球してんのに構えが野球なんだよ、とは言えなかった。

    束の間の旅行気分を三人は味わう。
    目まぐるしく過ぎる日常を慈しむかのようにゲームコーナーからは絶えず笑い声が響いていた。
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