俳優パロ3ついに来てしまった。
ゆなさんから渡された、仕事一覧の中に見つけた文字。
『安・安 ソロインタビュー(ポートレート撮影含)』
スマホの画面をオフにし、ガシガシと頭を書いた。
この仕事は以前、仁も受けた事のある仕事だ。
女性向けの雑誌で、なかなかにセクシーな写真とともに際どい質問が載せられるヤツだ。
2年前、なんとなくそれが気に入らなくて「わざわざこんなのしなくても、お前は人気者だろうよ」と悪態をついた記憶がある。
当の仁はというと、「来た仕事は断らん」と気にした風もなくコーヒー飲んでやがった。
実際、この雑誌に掲載されるには、そこそこ名の知れたタレントでさらに好感度がないと表紙を飾れないのは知っている。
だからこそ、今回この仕事の依頼を見たときに、俺もここまで来たかと少し胸が震えた。
しかし、以前この件で仁に文句を言ってしまった手前、受けにくいのも確かではある。
「……どうするか」
断ったら、マネージャーのゆなさんが怒る気がする。
『あんた、仕事選べる立場だと思ってんのかい!?』
実際に言われた訳じゃないのに、なぜかやたらクリアな映像で想像できてしまう。
実際に俺の現場見に来ることなんて、ほとんどねえのにな。
ゆなさんは仁と俺と、掛け持ちでマネージャーをやっている。
マネージャーが芸能人の掛け持ちをすることは珍しいことじゃない。
ただ、そのサポート具合はどうしても芸能人としての格に左右されるところはある。
つまり、ゆなさんは俺と一緒に居ることはほとんどない。
いや、別に見に来て欲しい訳じゃねえけど。
……気まずいものはあるが、断る方が馬鹿だってのは今じゃ分かる。
あの時、仁が載った雑誌は今はクローゼットの奥に隠してある。
扱いがエロ本のような気がしないでもないが、なんとなく漫画とかと一緒の棚に置くのは憚られた。
実際、雑誌に掲載されてた写真は迫力がすごくて、普段とのギャップに頭がクラクラするレベルだった。
あの時は感情が先走って仁に無意味な当てこすりをしてしまったが、なんとも馬鹿らしいと今じゃ思う。
プロとしての仕事、というものを見せつけられた気がした。
映像だけじゃなく、どうやって自分を静画で表現するか。
よくグラビアにある煽り文句で、『本当の自分を晒け出す』なんてのはあるが、あの写真はそういう次元じゃなかった。
あの写真の姿が本当の仁ではないことは百も承知だが、アイツの仮面の被り方に寒気立つ思いをした。
俺にも、あんな仕事が出来るのだろうか。
ああ、そうか。
ここまで考えて分かった。
俺はきっと挑みたいのだ、あの仁に。
あのとき、悔しかったのかもしれない。
まだまだ自分の実力とは程遠い場所を、仁が歩いているようだったから。
そして、もうひとつ別な思いもあったが、そちらには気付かない振りをして蓋をした。
「……」
俺は再びスマホを持ち直す。
ゆなさんに、返事を返す為だ。
今、断る理由なんてあの時否定した事への気まずさだけだ。
そんなもの、さっさと捨ててしまえ。
どうせ受けるなら、仁が嫉妬するような仕事にしてやる。
お前も、モヤモヤすれば良い。
「安・安のポートレート、見たぞ」
今日も今日とて、仁は俺の家にやって来ていた。
最早それが当たり前になっており、『何故か』なんて疑問に思う時期は遥か昔に過ぎ去った。
「表紙だぞ、竜三」
仁のその手には、例の雑誌があった。
にんまりと弧を描く口元を見て、ああこれはからかわれるな、と覚悟を決めた。
「お前、こういう仕事は断るものだと思ってたぞ」
テーブルの上に雑誌を広げ、仁はそれをまじまじと見つめる。
正直、撮影自体は真剣に仕事と向かい合えた自負はある。
が、いざこうして客観的に見せつけられるとキツいものがある。
紙の中でクソ気取った表情を取る俺。
もう、何の罰ゲームだ。
「前に俺のポートレートに対して否定的だったろう? こういう路線は苦手なのかと」
「……俺だって、来た仕事選べる立場じゃねえのくらい分かってら」
「ふふ、それにしても良く撮れている」
写真の俺を、仁の指がそっと撫でる。
なんだ、その目は。手つきは。
その仕草に一瞬どきりとしてまった俺はその場から動けなくなった。
それに気づいたのか、仁は俺に視線を寄越すと、雑誌をこちらに見せるように傾けながら指をさす。
「この写真は、竜三とカメラマンとの息が良く合った作品だな」
「ん?」
「二枚目写真は、目線の外し方と肩から背中にかけての角度が……」
なんだか思ったのと違う方向に話が進み始めてないか。
先の少し熱っぽい仕草は鳴りを潜め、すっかりいつもの仁に戻っている。
いや、それよりも。
プロとして写真の分析を事細かに始め、さらにはそこからの誉め殺しが始まってしまった。
正直からかわれると思っていたので、これは予想外だ。
仁は嬉しそうに分析を続ける。
「竜三は二重で目に力があるから、こういう撮り方は非常に相性が……」
「あーーーもう! やめろ! 死にたくなる!!」
美辞麗句に耐えきれなくなった俺は、仁の手から雑誌を奪い取った。
仁は心外だとばかりに目を丸くした。
「良いものは良いと誉めているだけだぞ?」
「うるせえ、もうこれ返さねえからな」
「それは困る」
雑誌をくるりと丸め、ジーンズの後ろポケットに乱暴に突っ込む。
これがなくても別にお前は何も困らんだろうに。
「ほら、とっとと帰れ」
しっしっ、と虫を払うように手を振ると、仁はさすがにムッとしたのか腕組みをした。
「ならば、お前の持ってる安・安と交換だ。俺のポートレートの載ったヤツだ」
「は?」
突然出された交換条件に、俺はびしりと石のように固まった。
なんで、こいつは俺がアレを持ったままだということを知っている?
いや、今はそんなのどうだっていい。
「……んなの、持ってねえし」
「知っているぞ、俺は。この家への引っ越しを手伝ったのは誰だと思ってる? その時に、荷物の中に雑誌があるのを見たからな」
「ぐっ……あ、あれは、別な号で……」
「お前は安・安を定期購読する男なのか? あと、表紙は俺だったぞ」
あーあーあーあー。
返す言葉が見つからず、歯噛みするしかなかった。
なんっっっでそんなの見てんだよ!
いや、以前のぼろアパートから今の家に引っ越すとき、余計な金を使わなくて良いようにと、手伝いに来てくれたヤツに対して言うことではないのは分かってる。
それにこいつは荷物の整頓から手伝ってくれたのだから、気がついてもおかしくはない。
その時に、視界に入っても黙っていたということは、俺に気を遣ってのことだろう。
俺が変な反発心を出すことを、こいつはよく知っている。
そして、俺が嫌がるであろうカードをここで切って来たと言うことは。
こいつ、本気で俺からこの雑誌を取り返す気だ。
何で俺もこいつもこんな真剣になってんだよ。
馬鹿馬鹿しいとは分かっちゃいるが、どうにも。
「お前はどうか知らんが。俺はそのポートレート、気に入ってるぞ」
「……くっ」
まるで、ドラマなんかで犯人が追い詰められてるシーンのようだ。
警官から銃を渡せ、と迫られるクライマックスシーン。
こんな風になってしまっては、もう半落ちも同然だ。
一瞬この雑誌を奪ったまま仁のポートレートを渡すか?と思ったが、俺の載った安・安は現在絶賛発売中で、今ここで仁が手放したからと言っても、本屋に行けばまた手に入るという事に気付く。
反面、仁のポートレートは過去のもので、おそらく再入手はかなり難しい。
なんだこれ、俺めちゃくちゃ不利じゃん。
「ほら、早く返せ。もうこれについての話はせん」
そう言われては、黙って返す他なかった。
なんかめちゃくちゃ釈然としねえが、もはや仕方あるまい。
「言っとくが、これ返すのは、お前の載ったヤツ……奥から出すのが面倒なだけだからな」
「ああ、わかっている」
差し出された手に、べちりと音がなるくらい少し強めに雑誌を置く。
仁は苦笑いしながら、受け取った。
「最後にひとつだけ言わせてくれ」
「あん? なんだよ」
「良い仕事をしたな、竜三」
「……どーも」
本当は、お前のポートレートも良かったぞ、と言いたかったが、出てきたのは素っ気ない相づちだった。
一度だって、俺は仁の仕事ぶりをまっすぐに誉めたことはない。
どうしても口から出てくるのは、皮肉や斜に構えたような言葉ばかり。
本当は仁の仕事ぶりを認めてるし、尊敬もしている。
しかし、それを口に出すには、まだ俺の芝居も技術も矜持も、仁には届いてない。
並び立てるようになったら、言えるのだろうか。
ぼんやりそんなことを考えていると、仁が言った。
「竜三、そう言えば今度一緒に出るアトラクション番組だが……」
「ん?」
仁は雑誌をしまいながら、思わぬ言葉を口にする。
一緒にやるアトラクション番組?
そんなの聞いてねえぞ。
俺が知らないうちに、仮押さえからバラシになったとか言う話じゃねえだろうな?
「ほら、半年程前にクランクアップした映画の番宣だ。だからきっとバラシとかにはならんぞ」
俺の心を読むな。
いや、俺がめちゃくちゃ表情に出してたんだろう。
「あの番組のアトラクション、かなり体力勝負だからな……頼りにしているぞ」
仁は意外とアトラクションとか、そういうアミューズメント系にはしゃぐタイプだ。
スポーツ選手とまではいかないが、別なアトラクション系の番組で……確かトランポリンで壁にへばりつくヤツだったか。
あれを初手クリアを出していたのはかなり驚いた。
今回の番組でも、良い記録を残すだろう。
しかし。
俺の本音は、番組出演を断りたい、だ。
「半年前……っつたら、あの警察物だよな?」
「ああそれだ。そうだな、次の番宣で伯父も同じチームだぞ。竜三は、伯父に会うのは収録の時以来になるのか」
「……そう、だな」
仕事は選べないとは言ったが、今回ばかりは本気でお断りしたかった。
仁の一族はいわゆる芸能一家で、仁の父も伯父も役者として知らぬ者は居ないのではないかというレベルの大御所だ。
今回の映画は、発表時に伯父と甥の共演として業界の話題になったものだ。
俺としてはそんなのどうでも良かったが、あの過保護な伯父御、はっきりとは言わないが俺にあまり良い感情を持ってないのは充分伝わっている。
俺と仁の距離が近いのが気に入らないのか、居心地が悪いったらなかった。
せっかくその視線から半年前に解放されたってのに、また会わなきゃならんのか。
ゆなさんから「アトラクション番組決まりました」と無情なメールが入ってくるまで、あと数時間。