Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    はまだ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    はまだ

    ☆quiet follow

    正しさのかたち【ホー炎】

    事後にぼんやりお喋りしているふたりの話。

    ⚠️かっこいいふたりはいません。ボンヤリしてます
    ⚠️36巻の情報を含みます

    #ホー炎
    hoFlame

    正しさのかたち【ホー炎】 終わりの瞬間に彼がみせる、おどろくほど無防備なその表情に、ホークスは高揚するとともに、いつもどうしていいかわからなくなる。迷子ってこんな気持ちなんだろうかと頭の片隅で考えて、しかし答えは出ず、少しだけ途方に暮れてしまう。だってホークスは、かつて一度も迷子になったことのない子どもだった。
     全力で飛んだ後のように乱れた呼吸を整えながらぼんやりとしていると、もの言いたげな顔でこちらを見上げているエンデヴァーと目が合った。照明を絞ったうす暗い部屋の中でも、月の光を反射しながら揺れる海面のように、彼の青い瞳が小さく輝きを湛えている様子に一瞬みとれた。いつ見ても、何度だってはっとするような気持ちにさせられる。熱で眼球が乾いてしまうのを防ぐためなのか、彼の瞳は他の人間に比べて、水分量が多いような気がしている。
    「……ホークス」
    「あ、はい、すみません」
     視線で訴えてもホークスがぼうっとしたままなので、諦めたようにエンデヴァーが声をかけた。ホークスは謝りながら、抱えたままだった彼の脚をシーツの上にそっとおろして、性交の後始末をする。
     かたわらで起き上がったエンデヴァーが言葉もなく浴室へと向かうその後ろ姿を、視界の端でとらえる。もう両手の指では数えきれないほど寝ているけれど、彼の行動は関係をもった日からずっと変わらない。終わったらすぐにシャワーを浴びて、短時間で戻ってくる。そのあいだにホークスはシーツを取り替えて、彼が出てきたら自分も汗を流しに浴室へ向かう。こんな場面においてまでルーティンワークが生まれてしまうなんて、と可笑しく思っていたが、それを口にしたことはなかった。汗でべたついた身体でくっついて、共寝を嫌がられるよりはずっといい。


     シャワーから戻ってくると、エンデヴァーはベッドのうえで仰向けに寝そべったままラジオを聴いていた。
    「なにかありました?」
    「特になにも」
     彼の言う通り、ラジオからは深夜の交通情報が流れている。女性の声が事故や渋滞の発生していない旨を知らせた後、短いコマーシャルを挟み、音楽番組が始まる。ラジオパーソナリティによる曲の紹介が終わり、音楽が流れ始めても、エンデヴァーはラジオを切らなかった。今夜は、このままホークスと会話を続けてくれるらしい。その気がない時は、すぐにラジオを切って眠ってしまうから。ホークスはうれしくなって、彼に気取られないように口許に小さく笑みのかたちを作った。
     窓際に寄せてあるベッドの、窓側のスペースがホークスの定位置になっている。エンデヴァーの身体を乗り越えてそこにたどり着くと、彼はホークス側へと左腕を伸ばしてくれる。その二の腕に頭をのせて、彼のほうを向いて横臥すると、ちょうどパズルのピースがぴったりはまるみたいにベッドのスペースが埋まる。これもいつもの流れ。ホークスは退屈なルーティンワークを嫌うほうだけれど、自身と彼のあいだで発生するものだけは別だった。いつものこと――それがこれほど安心感をもたらすのだということを、ホークスは彼に教えてもらったのだった。
     窓の外からは雨だれの音がかすかに聞こえてくる。秋の夜の雨音と、ボリュームを絞ったラジオから流れる音楽を背景に、ホークスはすぐそばにいる彼の静かな呼吸音に耳をすませた。シーツのうえで呼吸のたびにゆるやかに上下するからだは、海面から顔をだした鯨を思い起こさせた。
    「眠いのか」
     夜の静けさに遠慮をするかのような、ひそめられた声だった。このひと、こんなに小さな声だせるんだ、と驚いてしまうくらいには。
    「いいえ。あなたを観察していただけ」
     答えると、エンデヴァーはおかしなものを見るような顔をして、視線だけでホークスの顔をとらえた。
    「雨の日は傷が痛むことがあるって言ってたでしょ? 無理しとらんかなって」
    「そんなにやわじゃない」
    「それは知ってますけど」
     痛みに耐えられるというだけで、それ自体がなくなっているわけじゃない。ホークスの含みをエンデヴァーも理解しているようで、それについておそらくは何かを考えながら、彼はすぐそばにある男の顔をじっと眺める。青い瞳に見つめられると、ガラス越しに海の底をのぞいているみたいな気分になった。
    おもむろに、彼の左手がホークスのうなじをざらりと撫でた。色のない、手慰みに動物でも撫ぜるような手つきだった。指が首すじから背骨をたどり、翼の付け根を弱くこするようにふれる。火傷痕の残る皮膚は感覚が鈍くなっているけれど、肌のうえを指がすべる感触は羽根で感じ取ることができた。心地がよくて、思わず目をほそめる。
    「……痛みは気にならない。ただ、……」
     エンデヴァーはそこで口を噤み、すこしのあいだ部屋の中は再び音楽と雨音とかすかな呼吸音のみでみたされた。ホークスは背を撫でる彼の手に意識を向けながら我慢強く待ったが、元来せっかちな性質である。
    「ただ?」
    「いや、なんでもない」
    「なんでもないって感じじゃないですよ。教えてください」
    「……」
     言い淀むエンデヴァーに、小さく羽根を落とした翼がせっかちに揺れる。
    「気になって眠れないじゃないですか。なんです、俺が怒りそうなこと? あり得んと思いますけど」
     彼の眼を強く見返すと、動揺したように瞳がかすかに揺れた。
    「……お前と、その……寝たあとは、胸が痛む。……罪悪感で」
     ――罪悪感!
     ホークスはあぜんとして、思わず何かを口走りそうになったけれど寸前で耐えた。そのせいで、半端に開いた口がそのままになってしまう。
    「怒ったか」
    「いや……、単純にびっくりしました」
     今さら何を言っているんですか、と問いたかったけど、やはり我慢した。それよりも聞きたいことがあったからだ。
    「これって別れ話じゃないですよね?」
    「ちがう。……別れたいか?」
    「まさか!」
     思わず起き上がろうとすると、エンデヴァーの左手がホークスの頭をおさえてそれを制した。ホークスは、おとなしくそのまま腕枕に頭をのせる。音楽が流れていてよかった、と思った。
    「お前が俺のことで度を失っているところを見ると、悪いことをしたと感じる。だが同時に、こういうときのお前の顔を見ていると、……正しいことをしたのだとも、思う」
     ホークスは今度こそ心の底からおどろいて、彼の顔をみた。自分が今どんな表情をしているのか、すっかりわからなくなって、彼の瞳にうつった自身の顔を見ようとしたけれど、それもうまくはいかなかった。その瞳は、光源もないうす暗い部屋の中で、不思議に光を宿している。
    「俺、どんな顔してますか……」
    「今は赤くなっている」
    「やめて、からかわんで」
     ホークスはたまらなくなってエンデヴァーの脇腹へと頭を潜り込ませた。よせ、くすぐったい、と文句を言う声がくぐもって聞こえる。
     少しのあいだそうしていると、表情を取り繕える程度に回復したので、あらためて顔をあげる。エンデヴァーが、困ったような、可笑しいような表情で、ホークスを見下ろしていた。
    「お前も見たことがあるはずだ」
     救われて、安心しきって、笑っているひとたちの顔。
     音楽が終わり、今度はラジオパーソナリティがリスナーからのメールを読み上げているのが聞こえてきた。先日事故に巻き込まれたとき、ヒーローがすぐに助けにきてくれて――。あかるい声色が、だれかの感謝の言葉を電波に乗せて、世界へと伝えてゆく。
     あなたがどうして痛みに耐えてまで、俺とこんなことをしてくれるのか。本当はずっと聞きたかった。でも自分と同じだけの感情が返ってくることを期待するなんて、おそろしくてできなかったのだ。ただ、抱き合って一緒に眠ることができるだけで、それで十分だと思っていた。そんなことで満ち足りるたちなんかじゃないことも、自分がいちばん知っていたのに。
    「あなたは、いつも正しい。俺にとっては」
    「さすがにいつもではない」
     ホークスは笑った。四捨五入でいいんですよ、こういうのは。そう言うと、エンデヴァーはホークスをじっと見つめたあと、ただ素朴に頷いた。
     リスナーのリクエストに従って次の曲が流れ始めていたけれど、ホークスがラジオをオフにしたので、室内はかすかな雨音でみたされる。
     深い森の奥で身を寄せ合う動物みたいにくっついて、目を閉じると、すぐに眠りの気配が訪れた。すぐそばの体温のやさしさに、それが自分たちにとって正しいかたちの眠りであればいいと、半ば祈るように思った。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤💞💞❤❤❤💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖😭💖🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works