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    じゃくせーくん

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    じゃくせーくん

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    サルベージその2
    闇市の時の先生とヒスイさん

    アウ狐「おいっ、クソ野郎!聞いてないぞ!!」
    「アハハ♡聞かれてないからねぇ〜♡じゃ、ごゆっくり〜」
    いつもの上司の笑い声と、聞き覚えのない男の怒号。扉の前には顔を赤らめ苦しそうに息をする美丈夫がいた。

    ヒスイ──この組織では『狐』と呼ばれてる──が幹部の玩具にされているのは周知の事実だった。ヒスイもそれを容認していたし、この地獄で生き抜く術として享受していた。
    部屋に放り出された男をヒスイは知っている。名はアウグスト。大半の構成員は偽名を使っているがおそらく真名なのだろう。自ら望んで闇市に来た狂人で、懲罰班の主。イカれた上司のお気に入りだが、酷い扱いは受けていないらしい。綺麗な顔をして丁寧な喋り方をする傍若無人な乱暴者。自分以外の他人を道具だとしか思っておらず、懲罰という名目で対象者を殺害したことが多々。自由奔放で幹部に対しても敬語も使わないが、任された仕事は大抵こなす幹部の犬。陰では「狂犬」と蔑まれている。顔を合わせたことは無いが、闇市で知らない奴はいないと思える有名人だ。
    「……ッ……」
    男は這いつくばって浅い息を繰り返している。どうやら何か盛られたらしい。あの変態のことだからもっぱら精力剤か媚薬の二択だろう。そして自分はこの男に宛てがわれたのだ。腹立たしいことに。
    「……誰だ」
    「私の顔、見たことありませんか?」
    眉をひそめる男ににこりと作り笑いを貼り付けて問いかけたが、きょとんとした顔で首をかしげるのみだった。「狂犬」は妙に子供っぽいらしい。
    「知らない。僕は人の顔が覚えられないんだ。興味が無い」
    男のなんでもないような言い方に口角が引き攣るのがわかった。困っているどころか開き直っているし、それをさも当たり前かのようにヘラヘラとほざくのがムカつく。こんな奴は闇市にゴロゴロいるし、なんなら自分が媚びている幹部の男もこういう優男の皮を被った狂人なのだが、目の前の男と関わり合いになりたくないとヒスイは心底思った。
    「はぁ……まぁ、私の顔なんて知らなくて当然ですね。懲罰班のアウグストさん?」
    名前を出すと、男はなぜ名前を知っているのか分かっていないような怪訝な顔をヒスイに向けた。自分が有名人なのも知らないらしい。本当に愚かな男だ。
    這いつくばっていた男だったがしばらくして立ち上がってそばにあった椅子に座った。顔は上気しているものの至って平然としていて、不服そうな顔をヒスイに向けた。先程は薬を盛られて気が動転していたがどうも落ち着いたらしい。おあつらえ向きに貧相なベッドが置いてあるのにこちらに来ないとは、警戒心の強い男なのかもしれない。
    「あの人にちょっかいをかけられたのには同情しましょう。どうせ軽いラブドラッグですし、少し発散すれば治るでしょう?」
    この男と寝るのは癪だし何をされるか分かったものでは無いが、上司からの命令に逆らえば何を報復にされるか分からない。ヒスイはただ怯えないで暮らす日々がほしかった。だから仕事はたとえ嫌なことであってもきちんとする。
    ヒスイは婀娜っぽい仕草をして男を誘惑したが、男は眉をひそめるばかりだった。むしろ「鬱陶しい」とまで思っていそうな顔である。これは、と思い男の股間を見てみると全くと言っていいほど勃起していなかった。おや、インポテンツか。それとも相当な短小か。ヒスイが自分の股間を見ていることに男は信じられないような顔をした。そんな目で僕を見るな、腹立たしい。
    「……僕はセックスが嫌いだ」
    あんなもの、暴力でしかない。吐き気がする。直接ボコボコにした方が気持ちがいいのに。綺麗な顔でそう言い捨てた男にヒスイは顔をひきつらせた。これではセックスの方が数倍マシだ。この男に殴られては完治するのにどれくらいかかるのだろう。何人もの構成員を「うっかり」殺している男だ。考えただけでも恐ろしい。
    「じゃあ……殴ります?」
    「今は気分じゃないし、お前も好みじゃない。腕も細いし殴りがいがなさそうだ。それに僕は殴るよりも蹴る方が好きだ」
    男は長い足を組みながら微笑んだ。随分と趣味が悪い。その長い足で蹴り上げ、踏み抜いて痛みつけるのだろう。最近懲罰班から警備に移されたあの目だけは綺麗な無教養の若者もこの男に暴行されたのだろうか。上司がこの性癖を知っているかは定かではないが、屈強な幼なじみではなく自分が相手役に選ばれて良かったと少し思った。
    「……」
    「……」
    気まずい沈黙が部屋に流れる。男はヒスイと話したくないようだし、ヒスイはもちろん男と話なんかしたくない。むしろ一刻も早くこの地獄のような空間から抜け出したい。性行為をしているときは心を無にすることができるからいっそのこと楽だなんて知りたくなかった。辟易しながら男の顔をちらりと見やると、苦しそうな顔で浅く息をしていた。薬は効いているようだが、催淫作用ではなく発汗作用と血圧上昇作用のほうが出ているらしい。粗悪品でも飲まされたのかもしれない。
    「……しなくていいんですか?」
    「いい……!しない……」
    男は白い肌を耳まで赤くしてヒスイの提案を突っぱねた。強情な男だ。僕にすがって楽になってしまえばいいのに。ヒスイは目の前の男を憐れんだ。他人を弱者と見下している強者としては、ヒスイのような下級構成員に介抱されるのはプライドが許さないのだろう。この男にプライドがあるのかはわからないが。
    しばらく男を観察していると、突然吐いた。すえた匂いが部屋に充満する。本当に勘弁してくれ、汚らしい。男も想定外だったらしく吐瀉物を噴出した口を抑えて呆然としていた。が、しばらくすると呼吸がおかしくなり膝から崩れ落ちた。明らかに様子がおかしい。
    「ヒッ、か、は……!ッ、ぐ……」
    目を白黒させながら必死に息をしていたが次第に深い呼吸になり、静かになっていく。はくはくと動かされる綺麗な口からは呼気ばかりが吐き出されて息を吸えていないのが目に見えてわかった。喉が腫れたのだろうか。
    「起きてくださいよ」
    引きつけを起こしたように呼吸をする男にヒスイは見えていないようだった。ヒスイとしては男が死んでも構わないので冷えた目で見ていたが、どうにもこの男は危うい男だと思った。あの程度の薬で体をやられて闇市ココで生きていけるのか。
    男は徐々に静かになっていった。死んだかと思ったが、どうも気絶したらしい。男はヒスイに一度もすがらなかった。
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