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    じゃくせーくん

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    じゃくせーくん

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    ワンライ5/30【 テオアン / 手を繋ぐ 】
    1h+35m

    俺は童貞だ。平凡な顔の男だから恋人は今までできたことはなかった。俺のフルートの腕ばかり褒められるのが辛くて、上っ面だけの付き合いをしてばかりいたのも理由の一つではある。とにかく、幼馴染にこっぴどくいじめられてから他人に期待をしなくなった。さみしくはなかった。人間なんかこんなもんだろうと達観したつもりでいた。恋愛に興味もなかった。
    だがしかし。大学生になって一人暮らしを始めるために引っ越しをしたあの日。俺の人生はペンキをぶちまけたように様変わりした。
    体を貫くような。脳を揺さぶるような。雷に打たれるような。そんな、一目惚れだった。

    俺は童貞だ。恋人などできたことがなかった。過去形の話である。今現在は天使のような可愛さの彼氏と付き合っている。
    一目惚れをしたあの日から、俺は猛烈にアタックを開始した。おずおずと差し出してきたスマホを見て「よかったら連絡先交換しませんか!?歳も近そうですし!」と半ば無理やり迫った。今思うと完全に不審者だけど当時の俺は必死だったのだ。どうにかしてこの人ととの接点を作らないと俺は一生後悔する!と本気で思っていたし、今でも一生後悔すると思っている。そのあと部屋に戻って、アンジュさんの簡素なプロフィール画面を見ながらベッドをゴロゴロして悶絶していた。人生で五本の指に入るくらいに嬉しかった。それからは朝早起きして、アンジュさんのゴミ出しの時間と合わせて話をしたり、たまに「ご飯作りすぎたから」と言って食事に誘った。おいしい料理の作り方をネットやら本やらでひたすら勉強して、料理が趣味な男子大学生くらいの腕前にはなった。たまにお出かけをして、友達っぽい関係になった後に告白をした。その時は前日から心臓が飛び出そうなくらい緊張していたのをよく覚えている。大学生だしお互い成人しているのだから体からでも大丈夫かもしれなかったし、ほかにもっとスマートなやり方はあったんだろう。でも俺は付き合う前にえっちするのはちょっと違うかな派だった。たぶん「これだから童貞は……」とか言われる。アンジュさんがもっと社交的で恋人がいたことのある人だったら俺はガキ臭すぎて幻滅されていたかもしれない。アンジュさんには悪いけれど、経験が少ない人で良かったと思ってる。
    ともかく、俺は名前負けを全くしていない超絶天使なアンジュさんとお付き合いをしている。ほんとにかわいい。大学の友達(アンジュさんに一目惚れしたおかげでできたようなものだ)にも自慢をして、俺は自覚していないがアンジュさんののろけはもはや恒例行事となっているらしい。いつの間にかアンジュさん親衛隊ができていたりした。お前ら顔知らないだろ。「お前たまに人間味薄いから彼氏さん泣かせないか心配」とか「アンジュさんに泣きつかれたらお前ぶっ飛ばす」とか「フルート星人で童貞だからな」とか、言われた。失礼な。
    でも、その友達の言っていることもあながち間違いではなかった。俺は窮地に陥っている。かわいいかわいい愛しのアンジュさんと付き合って2ヶ月は経つのに、えっちなことはおろか、まだ手すら繋いだことがないのである。ちなみにデートはたくさんしている。水族館とか、動物園とか、博物館にも行ったことがあるのに、距離感が友達のころとほとんど変わっていない。変わったのは俺からたくさん愛の言葉を言うようになったのと、おはようとおやすみをメッセージアプリでするようになったことだけ。他人から指摘されるまでもなく、あまりにもプラトニックすぎると自覚していた。世の中には中学生の時に初めての性行為をする人もいるという。俺だって、週に何回かはオナニーをしてるし、性のにおいを全く感じさせないぴゅあぴゅあなアンジュさんだってそうだろう。性欲がない人間の方が稀なのだから。俺は性欲があまりない方である自覚はあったがそれにしても枯れすぎだし、ビビりすぎだ。そろそろ次のステップに進むべきだろうとは思っていた。
    俺は決心した。次のおうちデートの時に、必ずアンジュさんと手をつなぐと。

    迎えた決戦の日。おうちデート(隣同士だけど)のためにアンジュさんが俺の部屋にやってきた。狭くてこじんまりとしたアパートの一室だが、アンジュさんがいれば何もかもが素敵に見える。俺はお出かけも好きだけど、アンジュさんとのんびりゆったりできるおうちデートも好きだった。しょうもないことをしゃべって、テレビでサブスクの映画を見たりして、ただ笑いあうのが本当に幸せだった。
    「アンジュさん!いらっしゃい!相変わらず、何もない部屋だけど。今日は何見る?」
    そう言いながら、俺は心の中でごろごろと転がって悶絶していた。俺の彼氏かわいすぎる。ちょっとゆったりめのタートルネックが萌え袖っぽくなっててキュン死しそうだった。無駄にポーカーフェイスが上手くて助かった。キャパオーバーするとひどい失態をさらしかねない。シンプルなスケッチブックに『おじゃまします』と書いて、アンジュさんは微笑んだ。あまりにかわいい。俺ちゃんとかっこつけられてる?にやけてない?とりあえずアンジュさんを部屋に上げて、すぐにジュースとお菓子を取りに台所へ向かった。ちらりと廊下から部屋を見やると、アンジュさんはテーブルの前にちょこんと座ってそわそわとしている様子だった。これ以上俺をキュンキュンさせないでください。身が持ちません。
    何とか気合を入れて来客用のちょっといい紅茶をアンジュさんに渡す。お菓子はロータスクッキーだ。俺が好きなので。俺もアンジュさんの隣に座って紅茶を飲む。少し濃い出しのストロベリーティーだ。ちょっと渋いのがロータスクッキーと合っておいしい。
    「どう、かな。口に合う?」
    そう聞くと、アンジュさんは小さくこくりと頷く。よかったぁ、と安堵する気持ちが半分、かわいいが半分の割合で脳内を埋め尽くしている。これから何を話すべきだろう。今日何があったか?今から見る映画の話?それとも今日の晩御飯の話?俺の頭はぐるぐると回転ばかりして、答えは導き出さなかった。童貞特有(?)の脳内会議をしていると、アンジュさんが俺の服の裾を引っ張った。
    『これ、よかったら』
    おずおずと差し出されたスケッチブックと、何かの袋。よく見ると、駅前のケーキ屋の袋と箱だった。まさか。おうちデートのために買ってきてくれたの?俺のために?声が出せないアンジュさんがあまり外に出ないことは俺も知っている。スーパーはともかく、ああいうお店での買い物はハードルが高いはずだ。それなのに。
    『出すの遅くなっちゃってごめんなさい』
    申し訳なさそうにしているアンジュさん。俺の心は限界寸前だった。罪悪感やら、嬉しさやら、いとおしさやら、いろいろな感情が混ざって爆発しそうだ。
    「いや!申し訳ないとか言わないで!俺の方こそごめん!すぐにキッチンのほう行っちゃったから出せなかったでしょ?」
    俺がそう言うと、アンジュさんはふるふると首を横に振った。なんて健気な彼氏なんだろう。俺にはもったいないくらいだ。
    箱を開けてみると、俺の好きなガトーショコラが二つ入っていた。好きだって言ってたっけ。覚えがないから推測してくれたのか、俺がぽろっと言ったのを覚えててくれたのか、それともアンジュさんが好きなものを俺のために買ってきてくれたのか。嬉しさで胸のキュンキュンが止まらない。
    「俺、ガトーショコラ好きなんだよね!ありがとう、アンジュさん。すっごくうれしいよ!」
    精一杯の感謝の気持ちを込めてお礼をする。アンジュさんはそんな俺を見て微笑んでくれた。はぁ、ほんとかわいい。
    感極まったのか、俺はいつの間にかアンジュさんと手をつないでいた。手をつなぐというか、勝手にアンジュさんの手を握っていた。ごつごつしていないアンジュさんの手。すべすべで、きれいな手だ。アンジュさんの手から顔に意識を向ける。いつものかわいいアンジュさんの顔だ。でもいつもより色気がある気がする。ほっぺたがほんのりばら色になってる。かわいい。キスしちゃっていいかな。キスしなきゃ。
    ちゅ。
    「あ」
    俺はアンジュさんにキスをしていた。子供がするようなキスだけど。衝動のままに、アンジュさんにキスをしてしまった。
    「ごっ、ご、ごごごめんなさい!!」
    アンジュさんから飛びのいてめちゃくちゃに謝る。幻滅されたらどうしよう。別れたくない。もっと、ムードのある時にするつもりだったのに。まとまらない考えが頭の中を支配していた。その中にアンジュさんのちょっとかさついた唇の感触を思い出しては「柔らかかったなぁ」という感想が脳裏をよぎる。いい加減にしろ俺。
    土下座するみたいに縮こまっていた俺の頭に何かが触れた。たぶん、アンジュさんの手だ。顔を上げると、優しい顔をしたアンジュさんが俺を見ていた。
    「あ、アンジュ、さん……?」
    こわごわと名前を呼ぶ俺を見て、アンジュさんはくすりと笑った。そして、俺の体を起こすように促す。それに従って普通に正座してアンジュさんと向かい合うと、アンジュさんは微笑んで俺の顔に迫った。そして。
    ちゅ、と。お返しのようにキスをされた。
    『僕もキスしたかったんです』
    スケッチブックに書かれたきれいな文字でアンジュさんはそう言う。頬を火照らせて。
    俺は呆然としていた。だって、あまりに俺にばかり好都合なのだから。
    「げ、幻滅してない?」
    そう聞くと、『どうして?』と言わんばかりにアンジュさんは首をかしげる。 リードされたいわけでもなかったらしい。少しだけ心が軽くなる。別に急がなくてもいいのかな。俺は、俺のペースでアンジュさんとお付き合いしていいのかな。
    「も、もっとしても、い、いい、かな……?」
    声が震えてる。恥ずかしい。そんなみっともない俺に、アンジュさんは満面の笑みで微笑んでくれた。
    おかしいな。今日は手をつなぐだけのはずだったのに。でもアンジュさんも喜んでるし。俺もイチャイチャできてうれしいし。予定よりも先に進んじゃったけど、オールオッケー。
    えっちなことは、また今度。
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