キミと祝う誕生日早朝から賑わう市場で目当てのものを購入する。年中然程変化のないこの土地の気温は穏やかで海風が心地好い。
海の近くで生まれ育った為か、どこか故郷を思い出すこの場所に住むようになって1年が経とうとしている。
海が見えて、バスケットのリングがある庭に住みたいーーー、とかつて言っていたパートナーの要望通りの場所を見付け、案内した時の嬉しそうな笑顔が今でも昨日の事のように思い出せる。
言葉も違う不慣れな土地で、一緒に暮らしていくことを決めてくれた寿さんには本当に感謝している。
早く愛しい人の顔が見たくなって、だんだん足が早くなっていく。
緩やかな丘を登ったその先、青い屋根の自宅を目指す。
パンを抱えて帰宅すれば、予め準備しておいたコーヒーのいい匂いが漂っている。
それでも寝室から寿さんが出てきた形跡もない。昨日も遅くまで付き合わせてしまって疲れているんだと思う。ゆっくり寝室のドアを開け、ベッドの前まで足を向ければ穏やかな寝息を繰り返す寿さん。
子供みたいにお腹を出して無防備に口を開けて寝ているのが可愛い。
この人はストレスとかですぐにお腹を壊すから冷え切る前にゆっくりと布団を掛けて寝室を出た。
キッチンにパンを置き、フライパンと冷蔵庫から卵とベーコンを取り出す。
高校を卒業してすぐに渡米してから既に10年以上の月日が流れていた。
バスケ中心の生活で、他のことは疎かになりがちだったオレに電話で散々怒っていたのは寿さんだ。
健康で丈夫な身体を作るにはまず食事からだろ、と大学に入り自炊するようになった寿さんから何度も繰り返し聞かされていたし、その手料理を何度もご馳走になっていた。
シューターの大切な手に傷でも付いたら……なんてオレの心配を他所に寿さんは料理のスキルをどんどんあげていった。好きな人に作ってもらったものなら何だって美味いに決まってる。でもその贔屓目を抜いても本当に美味くて、人生で初めて人を好きになる感情も心も、そして胃袋も何もかも掴まれてしまったオレは寿さんに敵わない気がする。
それにオレの見栄えの悪い料理を嬉しそうに美味しいと食べてくれるのだから、愛されてるな、と実感する。
『楓がオレのために作ってくれたんだから、美味いに決まってる』なんてさらりと言ってのける。この人は昔から何となしに言う言葉一つ一つが、他の人の心を動かすんだ。
その寿さんに及ばずとも、オレなりに精一杯、愛情を込めて作るようにしてる。
今日だって目玉焼きの黄身が1つ潰れてしまった。人よりデカい手で卵を割るのは難しくて困る。
それでもきっと、寿さんなら笑いながらも食べてくれるって確信がある。
一応、潰れた目玉焼きは自分用にして2人分の皿に盛り付ける。市場で買ったサラダを気持ち程度に添えて。
大方準備が整ったところで寿さんを起こすことにする。
もう一度寝室に戻り、未だ動く気配のない布団の膨らみを目指し、ベッドサイドに腰を下ろす。
「寿さん」
少し伸びた前髪の間から覗く額にキスしながら、名前を呼ぶ。
「ん~」
瞼が震えて、カーテンの隙間から漏れる朝日に反射するヘーゼルカラーが姿を現す。太陽の光で黄色く見える寿さんの目はとってもキレイだ。
そんな綺麗な瞳がオレを捉える。
「…おはよ、楓」
「おはよう、寿さん」
頬に唇に触れるだけの優しいキスをして、寿さんの身体を起こしにかかると、そのまま甘えるようにオレの膝に乗り上げて、首に腕が回される。
「寿さん、誕生日おめでとう」
「ん、ありがとよ」
昨夜も日付が変わった瞬間から繰り返し言った気がするけどまだ全然言い足りない。
膝の上に乗せたまま、寿さんの顔中にキスを贈る。擽ったそうにしながらも、寿さんは嬉しそうに微笑んでくれる。
「朝ごはん、作ったから食べよ」
「え、楓が作ってくれたのか?」
「寿さんの誕生日だから。今日は全部オレがする」
「はは、頼もしいな」
「寿さんの誕生日はトクベツ」
そのまま抱き上げてリビングまで運んでやる。最初の頃は危ないだの、怖いだの文句を言っていた寿さんだけど、今では安心して身を任せてくれている。ぜってぇ寿さんを落としたりなんかしないけど、信頼してくれてるのは素直に嬉しい。
「お、これ市場の?」
「そう。朝買ってきた」
コーヒーを煎れて戻れば、寿さんが嬉しそうに声を弾ませる。
「目玉焼きもうまそ!」
いただきます、と丁寧に手を合わせて2人揃って朝食を摂る。
「ん、うまい。塩コショウの加減絶妙」
お前もオレの好きな味付けよく分かるようになったな、と褒められる。寿さんが作ってくれるときはオレの好きな味付けで作ってくれるからほんとお互いに甘い。
「あ、楓。あれ、予約してる?」
「うん、予約済み」
あれ、だけで分かってしまうんだから今では本当に熟年夫婦みたいだ。高校時代はバスケの時だけ相手の考えがわかってたと思う。ピッタリ型にはまるみたいに、キレイにパスが通った時は本当に感動してた。オレがいて欲しい所に寿さんは必ずいて、オレも考えを汲み取って動けていたと思う。そんな風に出来るようになったのはあのワンオンがキッカケみたいなものだった。そこから距離が近付いて、一緒に帰るようになって寿さんを好きになった。初めは些細な事でケンカしたし、寿さんがなんで怒ってるのか、悲しんでるのか分かんなかった時もある。そんな時は寿さんが全部言葉にしてくれた。
感情豊かで俺には無いものを持ってる太陽みたいな人。
今ではお互いの考えてることが分かるようになったし、ケンカだって滅多にない。遠距離だった分、オレが寿さんを目一杯甘やかせてあげたいからだ。
寿さんの誕生日を初めて祝った時から、定番となってるシフォンケーキとプリン。オレたちの寄り道の定番となっていたパン屋に売ってたものを、寿さんに買っていったのがキッカケ。それからずっと、誕生日にはその2つを買うことにしている。
寿さんがそれを望むから。
「今回はどんな味がすんだろな」
「食べてからのお楽しみ」
楽しそうに笑う、寿さんにオレまで頬が緩む。
予約してるシフォンケーキとプリンを引取りに行くまでまだ時間はたっぷりある。
寿さんが行きたがってた店にランチに行くのもいいかもしれないと、今日の予定を考える。
「楓、行きてぇ店あんだけど」
すぐさま掛けられた言葉にオレはさらに頬を緩めることになるのだった。