花と海とポケモンの楽園【ヒワマキシティの迷子達】
「ねえお母さーん。今日も森の中に煙が出てるよ。あれ何?」
それはある少年の、去年の冬の朝の思い出だった。森の中にツリーハウスを作り、木の上で暮らすことが当たり前となっているヒワマキシティ。住人の一人である男の子は去年の冬の朝、ツリーハウスのため目線が高くなっている窓から、遠くの森に上がる煙のような霧のようなものを見つけていた。念のため眼鏡をかけて見直すと、昨日と同じ木の位置から上がっているようだった。そう、実は昨日も同じ位置から上がる霧を見つけていたのだ。そして一昨日も。
しかし、一昨日も、昨日も、そして今日も、母親からの答えは同じだった。
「木だって呼吸してるんだから、寒さで息が白くなってるんじゃないの?」
そして、今年の夏のことだ。ある日の朝ヒワマキシティに住む男の子達は、一人だけちょっと年上の子を保護者に、意気揚々と洞窟探検に出かけようとしていた。
一人年上の緑の服の少年、その弟の眼鏡の少年、一匹だけポケモンをモンスターボールに入れてきた少年、帽子の少年の合計四人、肩を組んだり、引っ付いたりしながらウキウキ歩き始めた。
町の入り口で彼らは、ヒワマキの人ではなさそうな見知らぬ銀髪のお兄さんとすれ違った。
「おや、おはよう。探検に行くのかい?」
いかにもなリュックに小さなツルハシまでぶら下がった荷物の一行だったからか、お兄さんがそう挨拶してきた。
「そうだけど。お兄さんヒワマキの人じゃないよね?」
「うん、違うよ。この間初めて発見した洞窟があって、まずは町の人に話を聞きに来たんだ」
「あーじゃあ、お兄さんも探検に来たんだ」
「ちなみにきみたちがこれから行く場所は安全……」
「じゃ、さよなら~」
お兄さんのセリフを途中で聞き逃して、男の子達は先へと進んでいったのだった。
洞窟の中に入る時、少年の一人がモンスターボールからポケモンを出した。
「よーし出てこい、お父さんのヤミラミ!」
それは、お父さんのポケモンだが少年とも仲の良い……それに加えてお守り役でもあるヤミラミだった。宝石を食べるといわれているポケモンで、自身の目も宝石のように変化してしまった姿なのだった。
「ミーくん、フラッシュだ!」
その宝石のような目から光が放たれ、洞窟を照らした。入る準備は整った。しかし明るくなったというのに、なかなか誰も洞窟に足を踏み入れる一歩を出さない。
「今日の目的を確認しよう」
年上の緑服の子が誤魔化すようにつぶやいた。
「珍しい石を掘る!」
「できれば宝石か化石!」
「あと、誰も行ったことないくらい深いところまで潜る!」
年下三人が口々に答えた。
「深いところまで潜る、か。そんならまず入らなきゃ」
「そうだ、まずお前から入れよ」
「入れ入れ」
「わーちょっと」
こうして、一人をぐいぐいと押す形で四人とも洞窟へと潜り始めた。
洞窟の中は湿っていてひんやりとしていた。どこかに水滴が落ちているのか、ポチャンという音が聞こえてくる気がする。ヒソヒソ声で話していても声が反響するのが面白くて、少年達は無駄話をしながら進んだ。だがそこには何か話をしていないと怖いという気持ちも少し隠れていた。
ヤミラミを連れた男の子は、自分が出したヤミラミの小さな背中を見ると安心するような気がして、歩きながらそれを見ていた。ヤミラミは小さいのにたくましく、そして可愛く思えた。背中の方にも宝石のようなものがくっついていて、男の子は転ばないように下を向いて歩きながらも、気がつけばヤミラミの背中についた宝石をぼんやり数えて気持ちを落ち着けていた。
「どこで石掘る?」
帽子の少年が問いかけた。
「ここでもうよくない?」
「えーもっと先まで行こうよ」
「この先に川があってそこで行き止まりらしいから、そこまで行くか?」
緑服の子が簡単に書かれた洞窟の地図を確認しながらつぶやいた。三人もうなづいた。
「お兄ちゃん、この洞窟って水があるから夏でも涼しいの?」
再び歩き始めたところで、眼鏡の弟が兄に声をかけた。
「えっ? さあ。洞窟って冬でも夏でも温度同じくらいって聞いたことあるけど」
「冬でも? そうなんだ」
冬という単語に、眼鏡の子は冬の朝に見た木から立ちのぼる霧を思い出した。今日入った洞窟はあの木があった森と同じ方向だ。下に横にと進んでいっているのを考えるに、「こうして歩いていけば、あの霧を出した木の下あたりも通るかもしれない」と思えた。
途中でお腹が空いた気がしたので、少年達はお昼ご飯を食べる事にした。と言っても暗がりで見るお弁当はあまり美味しそうに感じられなかった。どうにか腹におさめる一方で、ヤミラミだけは餌を美味しそうにカリカリと齧っていた。
「ヤミラミには宝石食べさせてるの?」
「もうちょっと安い石混ぜ込んだフードだよ。毎回宝石だとうちが貧乏になっちゃうじゃん」
地底の川についた。明かりがヤミラミの目から出ている光しかないので、黒々とした不気味なうねりに見えた。少年の一人が素直に「こわー……」と呟いた。
「このあたりで掘る?」
「足滑らせるの怖いから、別のところにした方が……」
「何言ってんだ。それよりこの川渡れたりしない?」
「ええええ?」
「誰か水ポケモン持ってる人ー?」
誰も連れてきていないらしく、名乗りあげる子はいなかった。質問した子が舌打ちをした。その時だった。
洞窟の中にドラゴンのような鳴き声が響きわたった。子ども達は思わずビクッとした。しかし身構えたが、何かやってくる気配はない。
ふと子ども達が気がついた時、目の前の川の水がみるみると量を減らしていった。
「な、なにこれ?」
「引いてく。もう底が見える……。あっ! これなら通れるんじゃないか?」
「本気で言ってる⁉︎」
子ども達は、減っていく水を前にだんだんとケンカ腰になっていった。
「行こうよ、チャンスだよ!」
四人の中で一番無鉄砲な帽子の子がそう言って、一歩足を出した。
「嫌だよ! だいたいさっきドラゴンの鳴き声みたいなのが……」
「捕まえればいいじゃん! ドラゴンのポケモンだろ?」
「誰が捕まえられるんだよ!」
年上の緑服の子も困り果てながら「そもそもこんな洞窟にいるドラゴンポケモンって何だろう……?」と疑問を口にした。その疑問に、周りの三人も一旦口争いをやめて考えだした。
「うーん? ホウエンのドラゴンタイプって言ったら……チルタリスとか? ふわもこな子」
「そんなふわもこな子が、こんな洞窟にいるかな」
「えー……ドラゴン……? そうだな、僕はフライゴンって子を聞いたことある。砂嵐の中に住んでて砂漠の精霊とか言われてるの」
「ここ砂漠じゃねーぞ」
「そっかー」
もうしばらく考えてから、眼鏡の子が言った。
「……ボーマンダかな?」
「それだ、きっとボーマンダだ!」
「わーボーマンダ見たい!」
四人のうち、帽子の子とヤミラミを連れた子の二人が、水の引いたところへ飛び出していった。ヤミラミも飼い主と一緒に進んで行ってしまい、明かりを出すポケモンに置いて行かれたくなくて残った二人も慌てて後を追った。
水がなくなった川を進んでいくと、洞窟はまだまだ深いことが分かった。
ひょっとしたら大人も調査したことがないくらい深いところへ到達しようとしているのかもしれない。見たことがないポケモンもいるかもしれない。そう思うと少年たちの胸はドキドキした。
水が引いているとはいえ、川の底はべちゃべちゃとした。もちろん四人とも洞窟探検ということで、上から下までしっかりとした服を着ていたものの、何となく水気が体に移ったような気持ちになった。
広い空間に出た。本来なら水でふさがって通れなかったであろう場所だ。子ども達は「わあー」と思わず声をあげた。
その「わあー」という声に、空間の上部にいる何かが反応する音がした。バサバサという羽音も聞こえてくる。帽子の子が興奮した様子で声を出す。
「ひょっとして本当にボーマンダ?」
ヤミラミを連れた子が、ポケモンに指示を出した。
「上を照らして!」
しかし、照らされた天井にいたのはボーマンダではなかった。大量に張り付いたズバットの群れだった。
「うおわあああ⁉︎」
ズバット自体はよく見かけるポケモンでも、びっちりと天井に張り付いた姿に四人の子ども達は度肝を抜かれてしまった。しかもなんと、こども達の声に反応してズバットの群れはそちらに向かってバサバサと飛んできた。
子ども達は飛び上がるほど慌てて、思わずどことも知れず走り出してしまった。
と言ってもヤミラミを連れた子と明かり役のヤミラミからは離れられないので、四人揃って逃げたことが不幸中の幸いではあった。バラバラになることなく、四人揃って迷子になったのだった。
「ごめん、俺が川を渡ろうなんて言ったせいで」
あっちこっちの分かれ道を適当に逃げてきた洞窟の奥、道の先で行き止まりにぶつかってしまい、四人は泣きべそをかいて腰を下ろしていた。最初に川を渡りたいと言い出した帽子の子が顔をくしゃくしゃにしながら謝った。
「無事に洞窟を出てから謝ってよ……」
「泣かれると、こっちも暗くなっちゃうから……」
「ううう……」
友達二人が慰めているそのまた隣で、実は誰よりも困り果てていたのは、保護者役の緑服の男の子だった。そろそろヤミラミに明かり役をさせるのをやめようと思ったのか、懐中電灯をつけてその場に置きながら、ぐすんと鼻をすすった。
「僕がみんなを守らないといけなかったのに……」
責任を感じて、どんどん懐中電灯に照らされた視界がまた涙で滲んでくる。
「ミー」
その背を丸めた姿に、明かりになる必要がなくなったヤミラミが、自分のトレーナーでもないのに近づいていった。おずおずと何かを差し出してくる。緑服の子が目を拭いて見ると、それは綺麗な色をした石だった。
「あれ、これひょっとして体の? なんで、くれるの?」
「あっうん。この子ね、僕の時もたまに石くれて慰めてくれるんだよ」
本当に慰めようとしているのか、ヤミラミが石を差し出しながらニマっと笑った。
「……そっか。ありがとう……でもこれ……」
「大丈夫、体の石取り外して渡してるわけじゃないから。ぶっちゃけその辺の石だよ」
「なら良かった」
「……って、えええ⁉︎」
突然、素っ頓狂な声をあげた。
「な、なになに⁉︎」
「なくなってるんだけど!」
ヤミラミを連れてきた子は「背中の石がいくつかなくなってるよお!」とさらに大きな声を出した。わんわんと声が洞窟を反響する。ヤミラミのことをよく知らない帽子の子が、耳を塞ぎながらも思わず
「ヤミラミって背中にも石くっついてたんだ」
と口にしてしまった。
「あるよ! バカー! どこやったのミーくん! 体大丈夫⁉︎」
飼い主はヤミラミの体を掴んで揺さぶったが、当の本ポケモンは平気だと言いたげに首を動かしていた。それにしたって石は一体どこにと、四人が思っていたところに
「ここにいたんだね」
道の向こうから、誰かが声をかけてきた。
「背中の石ってこれかな? 拾ってここまで来たよ」
背後に随分と大きな見知らぬポケモンを引き連れたお兄さんが、片手にいくつかのカラフルな石、もう片方の手に懐中電灯を持って現れた。
そのお兄さんは銀色の髪だった。四人は出発の時に町の入り口ですれ違った人だと気がついた。洞窟の中だと外で会った時より、目の色は灰色っぽく見えた。
「お兄さん、同じ洞窟を探検してたの?」
「いや違うよ。きみたちを探しに来たんだ。今、外ではこの洞窟の出口の一つ一つで、君たちを大人の人たちが探し回っている」
「えっ? どういう事?」
「洞窟の中って暗いから時間の経過がわからなくなってるだろうけど、もうだいぶ遅くなっているんだよ」
子ども達はびっくりして顔を見合わせた。確かにお昼ご飯を食べたのが随分前だった気がする。
「じゃあ助けに来てくれたんだ、お兄さん」
「うん、保護者の方達から君たちがどこの洞窟に向かったかを聞いてね。こういう救助って専門職の人ももちろんいるけど、まあ……鍛えたポケモンを持ってる人にも依頼されることがあるからね」
「そっかー! そうだよね。ヒワマキだったらいつもはジムリーダーのナギさんが守ってくれてるもんね」
子ども達は、正直大人の人が来てくれて心底ほっとした。今日が初対面のお兄さんだったが、心から感謝し、またかっこいいと思った。なので、颯爽と現れた時に持っていた懐中電灯に、小さいポケモンのキーホルダーがくっついていたことは、気にしないであげることにした。
「そういえばナギさんも俺たちを探してくれてるんですか?」
「もちろん。ナギさんは飛行タイプのエキスパートだから、空からきみたちを探しているはずだよ」
「えっ……空かあ……」
帽子の男の子が残念がった。ジムリーダーは自分のジムがある町の住人に慕われており、各町には惚れ込んだファンも多く存在しているが、実はこの男の子もナギをひっそりドキドキと見つめている一人なのである。
その後、ダイゴと名乗ったお兄さんから状況を聞いた後、一行は連れ立って歩き始めた。ダイゴによると、子ども達が潜っていった洞窟は、川のところまでは一般の人もよく入っている箇所だったため、最初のうちは通りやすかったのだそうだ。
そして実は、今日は別の団体が川の水をホースでかい出して調べる日だったと町で聞いたそうで、子ども達は別の場所でそんなことをしているなんて知らずに川の先に進んでいったのではと推測できたということだった。マイペースそうなダイゴもさすがに「冒険する前に、町で情報くらいは集めた方がいいよ」と注意の言葉を口にした。
「広い空間に出てからきみたちの痕跡がわからなくなったと思ったけど、ヤミラミが所々で落としていってくれた石を見つけられたから、それを元にこのメタグロスがいろいろ計算して導き出した経路で探ってみることにしたんだ」
「このポケモン、メタグロスって言うんですか」
ダイゴの紹介で、彼が連れているポケモンはメタグロスという名前だと分かったものの、四人の子ども達の誰一人として一度も見たことがないほどそのポケモンは珍しかった。蜘蛛やカニのポケモンに形状は似ているが、はるかに大きく、そして体は鋼でできているようだった。四つある足の一本一本もゴツゴツとして、とても鍛えあげられているように見えた。
「かっこいいですね」
「そうだろう?」
ダイゴは随分といい笑顔で答えた。そして
「この懐中電灯についてるキーホルダーはダンバルのデザインでね。このポケモンが進化していくとメタグロスになるんだよ」
せっかく、お兄さん本人のかっこよさが崩れないようにと子ども達が目をつぶってあげていたにも関わらず、ダイゴは自分からそんな紹介を始めてしまうのだった。
「ところで、一つ残念なことを知らせないといけないんだ。川の水が引いていたからボク達はここまで入ってこれたけど、今はほぼ元の水位に戻っている。もう一度水を引くのも大変だし、別のルートで脱出することを考えた方がいい」
「ダイゴさん。泳げるポケモン、持ってないの?」
「ごめんね。さすがにボクの手持ちのポケモンでは、暗い洞窟の中で安全に子どもを乗せて泳ぐという芸当ができるか自信がないんだ。水タイプの使い手でも、そこまでできる人は中々いるかどうか……」
「そっか……」
「地底の地図は持ってきてる。ここから近くで出口のひとつに当てがあるから、そこまで行こうと思うんだ。きみたち、まだ歩ける?」
子ども達は正直少し足が痛くなってきているが、ここで「いいえ」なんて答えられるわけはない。
「無理だと思ったら、ボクのメタグロスに頼んで乗せてもらってね」
その途端、帽子の子が「あっ! 無理でーす!」と言い出してメタグロスに乗っかり始めたので、残った三人とダイゴは苦笑してしまった。
また暗い道を一行は歩いていった。たまに地図を確認するためにダイゴが立ち止まるので、年上の男の子が懐中電灯で照らしてあげた。地図を確認するダイゴの顔に睫毛の影が落ちている様子を、子ども達は見つめていた。ここでもしダイゴまで「道が分からなくなったよ」なんて言い出したら、いよいよ遭難である。
「あっそうそう。ねえダイゴさん。僕たちボーマンダの鳴き声を聞いたんだけど」
ヤミラミを連れた子がダイゴに話しかけた。
「ボーマンダ? そうなのかい? この辺りには生息してないポケモンだと思ったのだけど」
「じゃあ違うドラゴンかな。川の水が引く時にドラゴンみたいな声が聞こえたんだ」
「ああ、それなら水が引く音が洞窟に大きく反響してそう聞こえたんじゃないかな」
「な、なんだー。見たかったのに」
「ふふ、別のチャンスがあるといいね。それにわからないよ。ひょっとしたらいるのかもしれない」
男の子はちょっと嬉しそうな顔をした。ヤミラミも飼い主の男の子の顔を見て笑ったような顔を浮かべている。
「でもボク、きみのヤミラミも本当にいいポケモンだと思うよ」
そう言って「そうだ。石を返すね」と道々で拾ったと言っていたヤミラミの石を男の子に渡した。
「ミー」
やり取りを見ていたヤミラミが、別の石をダイゴに手渡そうとした。
「おや……」
「あっこのヤミラミ、ミーくんて言うんですけど、人に石あげるの好きなんですよ。でもいつもその辺の石だから……」
「嬉しいよ、ありがとう!」
少年たちは、ダイゴが今まで見た中で(そもそも今日が初対面ではあるが)一番テンションの高い反応をしたと思った。「綺麗だな」とか言いながら、確かに綺麗だが明らかに普通の石を自分の目の高さへ持っていくので、じわじわと笑えてきてしまった。
「ああ、失礼。こんな時に。でももう少しだけ待ってもらえるかな。石をしまうよ」
そう言って鞄から石を持ち運ぶためらしきケースを出した。さらにそのケースにしまう前に、薄い白い紙でもらった石を丁寧に包み始めたので、もう子ども達は笑いを堪えきれなくなってしまった。しかもダイゴの後方では、メタグロスが日常的な光景であるかのように穏やかに見守っているのである。
「あ、あの本当に、大した石じゃないんで」
おかしくて声を震わせがならそう伝えた。
「単純な価値はそうかもしれないけど、いいんだよ。素敵な石だよ」
対するダイゴは優しさそのものみたいな微笑みでそんなことを言ってくる。ミーくんを連れた少年は少し照れ隠しの意味も込めて「このお兄さん、幸せが安上がりだなー」と心の中でツッコミを入れてみた。
川を越えた先にあった広間とはまた別の広いところに出た。ここの天井にはズバットはいない。というより、この空間は横だけでなく縦にも広く、高すぎてよく見えないのである。広間の中央には岩が重なったかのような小山があった。
「なんか変なの。地中にこんな広い空間があって、山があるのって」
「さて、一応ここが目的地なんだけど」
「え、ここ、出口なんかあります?」
ダイゴは小山のさらに上を見つめていた。そして不意に言った。
「きみたちの中で誰か、冬になった時、森の中に霧のような、煙のようなものが上がっているのを見たことがある人はいるかな?」
男の子の一人、メガネの少年は、思わず心臓が弾むのを感じた。他の子がよくわからなさそうな顔をしている中、一人「……あ、ある」と答えた。
「そうか、それはね。おそらくここから出ている霧なんだ」
「ど、どういうこと?」
「洞窟の中というのは、冬でも夏でも温度が大体その地域の平均気温に近くなる場所が多いのは知っているかい?」
「知ってる……」
今日、お兄ちゃんに教えてもらった。
「冬の場合だと外の方が気温が低くなるし、洞窟の空気って湿ってるから外に漏れだした時に白くなるんだ」
「……じゃあ、ここから漏れているの? ここが、あの木の下の地面なの……?」
「たぶんそう。ここに小山があるだろう? こういうのは落盤した時に上から降ってくる岩でできるんだ。落盤ということは天井に穴が開くということだろう?」
他の少年達も少しずつ気づき始めた。今外では大人が出口の一つひとつを探してくれている。空の上には……
「今からボクがちゃんと通れる穴かどうか改めて確認してくるから、無事に通れれば空にいるナギさんを呼んでくる。ナギさんとナギさんが鍛えた鳥ポケモン達が、きみ達を迎えに上からやってくるよ」
子ども達から歓声が上がった。ダイゴは、モンスターボールから鋼の鳥ポケモンを出した。それはナギも連れているポケモンと同じ種類で、なんだか余計にもう助かったような気持ちになってしまった。
「でもいいかい。まだ危険が去ったわけではないよ。良い子にして、待っておいでなさい」
「はい」
「はあい」
「メタグロス、この子たちを見ていてね」
ダイゴは鋼鳥に乗って、小山も超えて上へと登っていった。いなくなると途端になんだか不安になってしまって、子ども達は全員、ダイゴが残していったメタグロスに引っ付いた。一人で落ち着き払った態度のメタグロスの足をぎゅーっとしていると、ゴツゴツはしてるけど意外と安心する気がした。
ふと、眼鏡の子がお兄ちゃんに向かって囁いた。
「……お兄ちゃん。今日は洞窟連れてきてくれてありがとう」
「そんな。なんで? 僕むしろみんなを危険な目に合わせて……」
「いいよ。冬からの謎が解けたから」
「うん? 冬?」
「あー外は暑いのかなあ、今は夏だもんね」
しばらく待っていると、ダイゴが戻ってきた。後ろにはヒワマキシティのジムリーダーであるナギも自分の鳥ポケモンに乗ってついてきている。ようやく、自分達は助かったのだと子ども達は確信した。
「穴が通れる幅でよかったです。もっとも以前、町の近辺を見て回った時に入口の大きさは確認していたのですが」
ナギがそう口を開いた。
「別の洞窟だと、こういう穴はあっても人一人がワイヤー梯子を使ってやっと降りられるくらいの大きさだったらしいって聞きますしね」
とダイゴも答えている。四人のうちナギさんファンの子が「あれ、この二人知り合いなのかな?」と思った。
それから子ども達は、ナギのポケモンに一人一匹乗せてもらって洞窟を上方向に脱出した。夢見心地でポケモンセンターにたどり着くまで、子ども達は四人ともなんとも幸せそうな顔をしていた。
そしてその幸せな顔を、ポケモンセンターで待ち構えていた保護者達のカンカンに怒った顔で打ち砕かれたのであった。
こうして目一杯叱られた後、子ども達は疲れきって眠りについた。だが次の日、同じ四人とヤミラミが集まる時には「昨日はすごかったな!」とまた興奮した状態でしゃべり始めているのだった。反省はしていたので、一通り話してから今日は改めてナギさんにお礼を言いに行こうと四人は決めた。
ナギに会ってお礼をいった時、一人が「ダイゴさんにもお礼が言いたかったんだけど、帰っちゃいましたか?」と聞いた。
「ええ。ですが、私はまた会う機会がありますから伝えておきます」
とナギが答えた。やはり二人は知り合いらしい。でもそれ以上はよく分からなかった。妙に鍛えられた珍しいポケモンを連れていた、あのお兄さんは結局何者だったのだろう?