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    usizatta

    @usizatta

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    usizatta

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    分割版のおまけ分割版のおまけ:プリムさん視点の話。捏造まみれ。故郷がどこ地方かも判明しないプリムさんが悪いんだ……。※ハギ老人の現役時代の職業を間違えたのでひっそり修正してあります。

     山を聖なるものだと思う独特な文化があると、最近わたくしは聞きました。
     わたくしが所属するリーグでは、休憩時間になると度々トレーナー同士で集まり、たわいもないおしゃべりに興じています。ですが一応、他の地方のこと、ポケモンのこと、そうした情報を交換する機会でもあるのです。この話は、どこの地方の話をしていた時だったかしら。
     「キタカミという、ホウエンからはだいぶ離れている里には鬼ヶ山という山があるらしいですよ。昔から鬼が住んでいるとか。施設には鬼が落としたという言い伝えの岩も飾ってあるって」
     そうでしたわ。キタカミ。そしてこうした他の地方の話をし始めるのは、たいがいダイゴさんです。
    「どこらへんだそれ」
    カゲツが尋ねていました。
    「シンオウ地方に近いところ……だったかな……? 行ったことはないけど、きっとここよりずっと気温が低いところだろうね」
    「……そこならわしも知っている。リンゴの名産地だ」
    ゲンジさんが、少し意外なことを口にしました。彼が甘いものを口にするイメージがなかったので。しかし、発言した理由はすぐに分かりました。
    「その里周辺では、リンゴの実をすみかにした小さなドラゴンポケモンが生息していると聞いたことがあるのでな。だがにわかには信じがたい」
     確かに。容姿が全く思い浮かびません。
    「アタシもその里のこと、ちょっとだけ聞いたことあるな。鬼ヶ山は聖なる山なんだって。どこの地方にも不思議な山ってあるんだなあと思ったの」
     フヨウもそんなことを言い出します。わたくしは少し疑問に思い、彼女に質問してみました。
    「聖なる山というのは、山上に何か神聖な建物を建てたということですか?」
    「えっ? 違うと思うよ、山自体が神様って思う方が近いかな。アタシが修行してたおくりび山もどっちかというとそう」
    「プリムさんがいらっしゃった地方の文化とはちょっと違うでしょうか? ホウエンからシンオウくらいまでの地方の人には、山を神聖なものだと思う感覚が昔からある気がしています」
    ダイゴさんが補足していきました。フヨウはまた話し始めます。
    「おくりび山に来る人の中には、うちのおばあちゃんに歴史とか山のこととか教えてもらう目的の人もいるんだよ」
    「あっフヨウちゃん。この間はボクも色々教えてもらってしまったんだ。お礼を伝えて欲しいな」
    そのままフヨウとダイゴさんが話しているのを、わたくしはなんとなく聞いていました。カゲツもたまに会話に入っていきます。
    「何を聞きに行ったんだ?」
    「おくりび山に祀ってある二つの宝玉を見せてもらって、ボクもホウエンの歴史をちょっと教えてもらったんだよ。興味があったし勉強しないとと思ったから」
    「はは、石と歴史か。それでどんな宝玉なんだ、色とか」
    「片方が藍色で、もう片方が紅色だったよ」
    そのうち休憩時間が終わり、わたくしたちも仕事に戻りました。

     後日、リーグがお休みの日のこと。わたくしは船上におり、目的地に着くまで風景を眺めておりました。あの日話に出ていた「おくりび山」が遠くに見えたので、会話の内容も反芻していました。山自体が聖なるもの。わたくしからすれば不思議な感覚です。こういう時、親しみを持っていたリーグの仲間も異郷の人達なのだと再認識します。
     「もう、こっちの地方に越してきて長いのかね?」
     考え事をしているわたくしに、クルーザーの運転手が舵を持ったまま声をかけてきました。そちらに目線を向けると、運転手は肩にキャモメを乗せた老人で、慣れた手つきで運転を続けている姿が見えました。
    「そうですわね」
    「今日は『浅瀬の洞穴』まで行くんだったね。ここにもよく行くのかね」
    「ええ。おじいさんは、今日初めてお会いする運転手さんね」
    「そうだね、最近たまに人を乗せるようになったんだ」
     おじいさんはそのまま自分の身の上話をしていかれます。もともとは船乗りだったけれども、年齢を理由に引退し、相棒のキャモメ「ピーコちゃん」と二人で暮していたそうでした。
     ある時、ムロタウンとカイナシティの二つの町にお使いしなければならない忙しい子どもと出会い、船で運んであげたところ、その子どもは歓声をあげながら船旅を堪能していったと、おじいさんは嬉しそうに語ります。そして彼は嬉しそうな子どもの表情が忘れられず、船の仕事をもう一度したいという欲求も湧いてきた、と続けるのでした。
    「今はカイナ造船所のクスノキさんやツガさんが作る船作りを手伝ったりしとるよ。完成したら多くの人が船旅を楽しんでくれるだろう。それに休日にはこうしてクルーザーも運転しておる」
    「きっかけとなったお子さんは、今でもあなたの船に乗りに来ますか?」
    「いやいや。その子はとっくに自分のポケモンで、自分の好きな所を泳ぎまわれるようになっとるよ。子どもとポケモンの成長は早い」
    船は無事に浅瀬の洞穴前まで辿り着きました。迎えに来ていただく時間を確認し、一度船は去っていくこととなりました。
    「ほい到着だお嬢さん」
    「お嬢さんなどという年齢ではありませんわ」
    「わしから見ればまだまだお嬢さんだ」
    おじいさんの笑い声はカラカラと響きました。そしてピーコさんの方は「ピひょー!」と少し変わった声で鳴いているのでした。
     彼と別れ、ここからは一人で「浅瀬の洞穴」に入ります。ホウエンに来てからというもの、よく足を運ぶ場所です。……もちろん、わたくしのポケモンもその気になれば海を渡ることができるのですが、移動を少し楽に済ませておきたかったので、今回はおじいさんの船に乗せていただいたのでした。

     そもそもの話もしておきましょう。わたくしはこのホウエンに、修行のため移り住んできた人間です。初めてこの地を踏んだのは何年前のことだったでしょうか。
     故郷にもたまに帰ってはいます。ホウエンよりもぐっと気温が低く、雪が多く降る土地です。フヨウなどがあの格好でわたくしの故郷を訪ねたなら、きっと凍えてしまうでしょうね。本人とそんな話をした時には「アハハッ! 行ってみたい!」と鈴が転がるような声を出していましたが。
     初めてホウエンに来た時は、あまりに暑く、また汗と潮風ですぐベトベトになってしまう感覚があり、率直に言って不快に思いました。海は見る分には美しいのですが、どことなくやはり生臭さが鼻につくのです。
     しかしそれこそがわたくしの望むものではありました。わたくしは、故郷にいた時に一念発起したのです。「ポケモン勝負を極めよう。冷たく美しい氷タイプのポケモンで高みを目指そう」と。
     故郷の景色のような、身を引き締める冷たさの氷ポケモン達。慕わしい、わたくしの一部といえる存在です。しかし、寒い場所にいる氷ポケモンが冷たく固いことなど、当たり前なのです。逆境に身をおいてなお、冷たく固い存在感を放つポケモンこそが真に強いと言える、わたくしはそう思いました。
     ホウエンに根を下ろした当時、数日後にはこの地のポケモン図鑑をいただきました。早速氷タイプのユキワラシというポケモンの記述を引いてみると、こう書かれていました。
    「雪の多い土地で暮らすポケモン。春や夏の雪の降らない季節には、鍾乳洞の奥で静かに暮らす」
    図鑑に記述がある以上、ホウエンにもユキワラシは生息しているはずなのに、わたくしが探した範囲では全く見当たりませんでした。他の地方では雪山をとことこ歩いている姿を簡単に見つけられますのに。
     「鍾乳洞の奥」という一文を思い返し、わたくしはある日、たまたま出会った石を採掘していた人に鍾乳洞はどこにあるのか質問しました。するとその人はユキワラシを見たことがあるようで、具体的な生息地を教えてくださいました。
    「ホウエンだとこのポケモンは『浅瀬の洞穴』に生息しているんですよ」
    「その洞穴はどちらにありますか? 暖かな地方に生きる氷タイプ、一度はお目にかかりたいのです」
    「トクサネシティという町の近く、北の海を少しだけいったところに洞窟の入り口があります。でも……」
    ……今から思えば、ここで出会った方がダイゴさんだったことも、ものすごい偶然でしたわね。とにかくこの時は初対面だった彼が言いました。
    「あの洞穴は、潮の満ち引きによって通れる場所が変わります。ユキワラシを見るなら……いや、よかったら干潮と満潮、どちらの時間帯も探してみてください。他にも氷ポケモンが住んでますし、それぞれ観察できればその方が面白いかと思うんです」
    ……本当に今から思い返すと、ダイゴさんは親切なのやら面白がっているのやら、よく分からないことを言う人ですわね。でも実際、満潮時も干潮時も何度も訪ねる場所にはなりましたけどね。

     そして、本日は干潮の時間帯にやって参りました。ここから潮が満ちるまでの数時間を過ごす予定です。
     洞穴の中にある壁には白い線がついていました。これは潮が満ちた際の波の高さが跡になり残っているのです。温度は外よりもぐっと低くなりました。これもこの場所の特徴です。浅瀬の洞穴はホウエンの中では珍しいほど寒いところなのです。
     満潮時の波の高さを利用すれば天井近くにできた道に降りることができるのですが、今は干潮、下から遠くにあるのを見上げるばかりです。
     わたくしは、満潮時には波の下に沈んでいるであろう床を歩いていました。あちこちに塩がたまっています。
     見慣れた塩も大きな結晶になると違う魅力があるだとか、塩の塊のようなポケモンもパルデアという地方にいるらしいだとか、やっぱりあの石マニアさんに聞いたことを思い出しました。
     この洞穴で塩と貝殻を集めれば、それを材料に「貝殻の鈴」という道具を作ることができるとも聞いたことがあります。ああ、これはカゲツから聞いたのかしら。意外と可愛いものを知っていること。
     ともあれ、今回の目的は別に塩や貝殻を集めることではありません。海の満ち引きは待ってくれませんから、わたくしは足早に目的地へと向かいました。
     干潮時、浅瀬の洞穴は地下へと自分の足で入り込むことができます。そしてある場所には、壁も床も一面に氷が張った空間が広がっているのです。
     初めてこの空間にたどり着いた当時、わたくしは息を飲みました。ホウエンに来てからしばらくの間忘れていた、懐かしいほどの冷たさでした。今日来た時も、やはり初めてここに来た際の感覚を思い出します。
     あの時と変わらない。吐く息が白くなることすら美しく感じます。身体が冷気で痛くなることすら、すばらしく思えます。わたくしの持ち物の中には少しレトロなランタンがあるのですが、ランタンの火を受けて氷は怪しく輝くのです。ふふ、むしろこれも見たくて持ってきたくらいでした。
     足元に張った氷はわたくしが踏んだ程度ではヒビすら入りません。温暖なホウエン地方でこれほどに頑丈で冷たい場所。この地方に住むどれだけの人が、この不思議な場所の存在を知るのでしょうか。

     本日は「とけない氷」を少し拾いに参りました。また、野生のユキワラシの様子も観察していきます。こういう固い自然物を拾っている時、脳裏に浮かぶのはやはりあの愛すべき石マニアさんです。逆に小憎たらしくも感じます。
     その辺に面白い形の石が落ちているだけで、「ダイゴさんに見せたら喜びそう」なんて都度都度、笑顔とともに思い出してもらえそうな得な性格をなさってますよね。もちろんそういう発想になるのは、ある程度彼に好感を持っている人限定ですが。世の中には、彼のことなど顔も見たくないほど嫌いな人間もいるでしょう。
     氷でできた空間の中を一度見渡してみると、ユキワラシが数匹、体を小刻みに震わせて物陰に隠れているのが分かりました。視線と少しだけはみ出した体を確認できるのです。わたくしの存在を警戒しているのだと思い、そっとしておくことにしました。
     ポケモンにも人懐こい個体とそうでない個体があります。この洞穴に氷タイプは、ユキワラシというポケモン、タマザラシというポケモンが生息しているのですが、今同じ空間にいるユキワラシのように警戒心が高い者もいれば、そうでもない者を見かけることもありました。以前の満潮時には、波の上をプカプカと浮かび遊んでいるタマザラシが、わたくしの存在に気づいてもなお、のんびりとした態度だったことを覚えています。
     しばらくの間「とけない氷」を拾い集め、すっかりそちらに意識を集中していたときのことでした。不意に誰かが屈んでいるわたくしの服を引っ張ってきました。目を向けると、警戒して隠れていたはずの一匹のユキワラシがそこにいるのです。わたくしの方をすがるような目で見つめてきます。
    「どうしました?」
    声をかけてみましたが、当然相手から説明があるわけはありません。それどころかわたくしの声を聞いた途端、近づいてきた勇気がくじけたのか逃げていきます。ランタンを持って立ち上がり追いかけようとすると、小さな火にすら怯えて逃げる足が速くなりました。ため息をひとつ吐きながら、わたくしは足を速め追いかけ続けます。
     ユキワラシが背を向けたまま突然ピタリと止まりました。わたくしもすぐ近くで止まると、何やら砂利が下に落ちる音が聞こえてきます。もう少しだけとユキワラシのそばへ寄ってみると、体をふるふるさせるだけでそれ以上逃げる様子はなく、ただ向こうの地面を見つめていました。彼が見つめる先をわたくしも見てみました。
     そこは、大きな穴があいて崖のようになっており、崖の下にはタマザラシが一匹ぐったりと倒れていました。
    「転がり落ちたのね」
    つぶやきました。隣のユキワラシが、自分が落ちたわけではないのに苦しげな声をあげています。
    「あの子はお友達?」
    「ヒュ……ヒュ……」
    苦しげな鳴き声で返答され、多分正解だろうとその声で判断しました。助けて欲しいと訴えているのだろうとも。
    「申し訳ありませんが……」
    わたくしはポケモンに言葉が通じるはずがないのに、人間の道理を説明し出していました。
    「野生の生き物の世界で起きる生死に人間が関与するのは……」
    もちろん通じる訳もなく、ユキワラシはただ懇願するようにわたくしを見上げてきます。わたくしは崖の下にいるタマザラシの方へも目を向けてみました。遠目での推測ですが、このまま放っておけば助からないでしょう。
     「……分かりました。あの子はわたくしが捕獲いたします。自分のポケモンであれば助けるのは当然」
    モンスターボールを取り出しました。
    「その代わり、あの子には強くなってもらいますからね……トドゼルガ!」
    ボールから、厚い脂肪に覆われ2本の牙の生えたポケモンが出てきました。鍛え上げた自慢の手持ちの一匹です。
    「あそこにいるタマザラシの元へ向かいます!」
    そう呼びかけると、トドゼルガは口から氷を吐きその場に坂をかけました。続いてわたくしはトドゼルガに掴まって坂を共に滑り降りてもらい、タマザラシの元へ駆け寄りました。落ちた衝撃なのかまん丸なお腹から血が溢れています。今持ち歩いている薬や包帯では応急処置程度のことしかできません。ひとまずの治療を施しながら、迎えの船が来る時間、この洞穴に潮が満ちる時間を考え始めました。
    「もうそろそろ、この空間への人間が通れる出入り口は潮で塞がれる……。船は、まだ来ない……」
    口でそう呟いてみます。ほぼ同時に、頭では次の行動を導き出しました。ならば一刻も早くここを出て、自分達の足でトクサネシティのポケモンセンターへ向かおう。
     包帯を一通り傷口にあてがうと、わたくしは空のモンスターボールを静かにタマザラシの頭に当てました。ボールに収まった後もグラグラと動く様子を見守ります。しばらくしてボールからカチリと音がして捕獲が完了したことがわかると、わたくしは再びトドゼルガに掴まりました。
    「登って下さい。そっとです。しかし急いで」
    トドゼルガはわずかな氷の凹凸を使って器用に上へと登って行きました。崖の上までたどり着くとすぐにトドゼルガから降り、そのままモンスターボールへとしまうと、急ぎ足で部屋の出入り口へ向かいました。波が洞穴を少しずつ満たそうとする小さな水音が聞こえてきます。その音に紛れて「ヒュ……」という鳴き声も耳に入ってきました。先ほどのユキワラシです。わたくしは目線だけやりながら歩き続けます。
    「あなたにわからない道理を通し、申し訳ありませんが……わたくしにとってこの子を助けることと、この子をわたくしの世界へと連れ出してしまうことは同じ意味になってしまうのです」
    氷の一室の出入り口をわたくしとタマザラシは通り過ぎました。ユキワラシも瀬戸際のところまで来ています。そこには少しずつ水が筋となって流れ込んでいました。
    「戻りなさい。今度お友達も連れてまた来ますわ」
    しかし、そう言ったはずのわたくしもふと口をつぐみ振り返ってみました。
    「……それとも」
    ユキワラシは体を震わせながら、こちらをじっと見つめ返します。その間も水が流れる音はわたくし達の周りで絶えず鳴り続けます。焦る心を抑え、もう少しだけとわたくしは返答を待っていました。
     「キー!」
    意を決したユキワラシは、わたくしの方へと走ってきました。
    「分かりました。参りましょう」
    走り寄るユキワラシに向かって屈み、一度抱きしめると、すぐに踵を返してわたくしはまた洞穴の外を目指し始めました。ユキワラシがその後を必死についてきます。

     洞穴から外に飛び出した途端、暗がりになれた目に太陽光が刺さってきました。すぐ後ろに来ていたユキワラシの「ヒャッ!」という小さな叫びも聞こえてきます。目をぎゅっと閉じていました。
    「これはホウエンの日の光。まぶしいですが、本当に何かが刺さってしまったわけではないわ」
    呼びかけながら、同時に海の方へ二つのモンスターボールを放り投げます。中からは先ほどのトドゼルガと、もう一匹の鍛え上げた自慢のポケモン、オニゴーリが出てきました。
    「トクサネシティまで海を歩きます。道を作りなさい!」
     二匹のポケモンたちはわたくしの声に従い冷気を吐きました。二匹が吐く冷気が合わさる海面に、氷の道がまっすぐ出来上がっていきます。
     この子達が作り出す氷なのだから、たとえホウエンの気候と日の光であろうと簡単に溶かすことはできない。わたくしにはその自信がありましたから、出来上がっていく道を堂々と歩き始めました。その前にユキワラシに手を差し伸べます。このユキワラシは、人間の赤ちゃんに例えるとよちよち歩きの時期くらいの大きさの個体でした。わたくしは抱き上げ、そのまま道を進みました。
     トドゼルガとオニゴーリはわたくしが進む速度に合わせ、氷の道を伸ばしていきます。歩くに従い少しずつ、トクサネシティがある島側の浅瀬や、どこか南国めいた民家の家々が近くに見えてきました。島の子ども達が遊ぶ姿も、少しずつ。
    「……雪国では、裕福な家に何故かユキワラシが住み着いて、その家の子どもと遊んでくれることもあるの。あなた達と言うポケモンは……わたくしにとっても友達だったわ」
    この日は何故でしょう。ポケモンに向かって人間の言葉を、随分と多くかけてしまったことでした。歩きながら、わたくしはユキワラシに向かって、けれどほとんど独り言のような言葉を紡ぎ続けます。
    「ホウエンの子どもにとって、あなた達はあの洞穴に隠れ住む珍しいポケモンであることに……ひょっとしたら存在すら知らないことに……不思議さと、少し寂しさを感じたこともありました」
    オニゴーリが、わたくしの声を聞いて何を思ったか氷を出す動きをしばし止めました。しかしまたすぐに道を作る作業に戻っていきます。
    「いえ、心配はいりません。すぐにあなたとお友達のタマザラシが出自を誇れるようにいたしましょう。このホウエンにおいてなお存在感を放つ、冷たさと美しさをわたくしがきっと磨きあげて差し上げます」
    ユキワラシはわたくしの腕の中でじっとしていました。目の前に広がるホウエンの風景を見ているようでした。
    「それにあなた、せっかく暖かい日差しの中へ移り住むのですから堪能してくださいな。甘い香りを放つ草花、眩い太陽……。ふふ、わたくしも最近は南国の潮の香りが好きになってきましたの。大切な居場所が二つに増えるというのは、故郷を離れる寂しさを知る者だけが味わえる贅沢です」

     こうして無事にタマザラシをポケモンセンターに預けることができ、その後正式にタマザラシとユキワラシはわたくしのポケモンに加わりました。一方で迎えの船に連絡し、トクサネシティにいる旨を伝えると、行きの時と同じおじいさんがわたくしをトクサネまで迎えに来てくださいました。
     帰りの船上、まさか今日という一日がこのようなものとなるとは思っていなかったせいか疲れてしまい、ぼんやりとした気分のまま、行きと同じように「おくりび山」を見つめていました。するとおじいさんがまた話しかけてきます。
    「おくりび山がそんなに面白いかね?」
    「仕事仲間から話を聞いていましたもので。どうにも不思議な話でしたわ」
    「不思議というと?」
    「ええ、山を聖なるものとする考え方があると聞きました。しかしわたくしは他の地方で育ったせいか、その感覚を捉えることができませんの」
    「ほほう。なるほどなあ。そういえば漁師さんなんかが山にお祈りしていたのをご一緒したこともあったのに、お嬢さんに言われるまであまり気にしていなかったのう」
    おじいさんはおかしなことを言い出します。わたくしもつい疑問が口から出てきました。
    「漁師の方がなぜ山の方にお祈りを? 海なら分かるのですが」
    「海と山は繋がっている。山で育まれた栄養が水の流れによって海まで運ばれ、海を豊かにしてくれる。豊かな海の恵みを漁師は頂く。だから漁師は山に祈る」
    「それは……」
    実際の自然と結びつけられると、わたくしも腑に落ちる気がしました。
    「おじいさん、ありがとうございました」お礼の言葉が心から出てきます。
    「少し納得できた気がして……そして、わたくし、また少しこちらの地方が好きになった気がしますわ」
    そう言うと、おじいさんは「大したことは話しておらんよ」と謙遜されていました。

     そんなことがあって数日後のことでした。リーグに出勤したところ、なぜかダイゴさんがぎこちない笑みを浮かべながら挨拶をしてくるのです。わたくしはもちろん疑問に思いました。
    「どうかなさいまして?」
    「いえ、実はちょっと……。プリムさん、この間浅瀬の洞穴の出口から歩いてませんでしたか。海を……」
    わたくしは思わず、「あら」と声が出てしまいました。
    「見ていらしたの? どこから?」
    「ボク、家がトクサネにあるので……。あの日、急に窓が白く曇って、何事だろうと手で拭いて覗くと、海をずんずんと歩くプリムさんらしき人影が遠くに……。その日は疲れていたから、白昼夢を見てしまったかと思って目を擦ったりしているうちに見失って……」
    まさか見られていたとは。恥ずかしいことです。それにしても、目撃した瞬間のダイゴさんは随分と驚いたらしいことが、今この時の表情でも分かりました。
    「……という事情だったのです。驚かせてしまって申し訳ありませんね」
    「なるほど。ふふ、夢じゃなかったんだ。さすがです」
    そのままふにゃりとした雰囲気で笑うので、わたくしは、ふーと息をひと吐き、続けて彼に喝を入れました。
    「わたくしが悪くはありますけど、そろそろしゃっきりなさい。まもなくリーグの挑戦者がきますよ」
    「ああ、すみません」
    「挑戦者に、ホウエンのチャンピオンは気迫が足りないと思われては、わたくしまで悔しいのですから」
    「ええ。分かっています」
    ここで他の四天王も……わたくしの仲間達も、全員集まってきました。
    「そうそう、皆様にお知らせがあります」
    わたくしは新しいモンスターボールを二つ構えます。
    「しばらくの間、わたくしはこのポケモン達を鍛えていくつもりです。お見知り置きを。いつかリーグにデビューできた際もよろしくお願いします」
    ボールからは、まだ包帯を巻いているけれどやる気は十分なタマザラシ、そしてユキワラシから進化したばかりのオニゴーリが出てきました。
     ドラゴン使いの実力者であるゲンジさんが、冷たさにソワッとしたのか思わず髭をいじります。その姿を見て、例え数日間でもこの子達のポテンシャルを少し引き出すことができたと分かりました。意地の悪い判別法ですけれども。
     思わず口に出して伝えてしまうと
    「本当に意地が悪いことだ」
    とゲンジさんが苦笑いするので、わたくしは肩をすくめて謝罪し、他の仲間達はクスクスと笑っているのでした。
    「ほら皆さん、いつまでも笑っていないでしゃきっとしなさい」
    「いや、プリムのせいだろ」
    「ふふふっ。みんな今日も楽しいね」
    こうして本日のホウエンリーグも開かれ、わたくし達は自分の鍛え上げたポケモンで挑戦者を待つ仕事を始めました。
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