地の底は薄暗い。他の底はどこか温かい。暗がりでうずくまっていると、不思議と心が安らぐ気がした。
少年時代の自分の感覚はそんなものだったとヒュンケルは覚えている。そして今の自分にもそういう感覚が残ってはいる。しかし実際に暗がりでうずくまろうものなら、やかて思い出すのだ。自分の運命が変わった、「勇者が魔王を倒した日」のことを。
勇者が魔王を倒したことによって、魔王の魔力で動いていた「父」もまた死んだ。勇者は父の仇、そう思って仇を討つためにどんなこともしてきた。しかし、今回のことは少し予想外だった。
敵討ちのために傘下に加わり、そこで地位も得て数年。大魔王から命じられたのは、かつて自分が住んでいた場所を本拠地にしてパプニカ王国を攻略することだった。
まさか再びこの城に戻ってくるとは。こればかりは予想外だった。
「ここの部屋は埋めておけ」
かつて住んでいた城、地底魔城に足を踏み入れたヒュンケルは、側近を呼ぶと真っ先にこう命じた。
「ここもだ。塞いで後も残すな」
側近で、腐った死体というモンスターであるモルグは、事情を知っているのか知らないのか、どこか痛ましそうな顔をしながら、黙ってヒュンケルの命令に従った。だがふと、こんなにあちらもこちらも塞いでいくと……と懸念するものがあった。
ある日モルグが、地底魔城の一番奥深くの部屋で座っていたヒュンケルの元へ現れて進言した。
「もう少し空気穴を増やしましょう。もしくは、塞がっている空気穴がないか調べてみましょう」
「ここまで地下深くにいても呼吸に差し障りはない。必要ないだろう」
モルグは何故か自分の手を見た。可愛らしくチリンとなる鈴をもった、おぞましい腐った肉でできた手だ。
「我々は不死騎団。どうしても死臭は隠せません。そしてヒュンケル様は……」
「その先に言う言葉次第では、例えお前であっても斬る」
ヒュンケルが凄むと、モルグはまた悲しそうな顔をしたまま黙って立ち去った。
一人になったヒュンケルは、ため息をついた。
「……構わないんだ。別に……」
地下の薄暗さ。土の匂い。そして……人間の骨の匂い。嫌いではない……父との思い出の匂いだ。
思い出が足枷になると言われれば図星だが、それはモルグ達の匂いが不快というのは違う。確かに彼らの匂いもまた昔を思い出されるのだが、
「……構わないんだ。お前達は……」