それは、氷炎将軍フレイザードがヒュンケルに変わってパプニカ攻略に乗り出す、少し前のことだった。彼はザボエラの隠れ家に訪れていた。だがザボエラのジジイに会うために来たのはではない。彼の息子である鼻垂れ坊ちゃんとの「取引」のためだった。
「よお坊ちゃん、美味しい炎をご馳走してくれよ」
「だから取引ですよ……。交換に出す『石』を出してください……」
ザボエラの息子の声のトーンはジジ臭くテンションが低かった。また彼の顔ときたら、父そっくりに重たそうな瞼をしていた。しかし、その奥にある瞳は年相応にワクワクしてはいるようだった。あくまで魔族の感覚での年相応だが。
フレイザードが体を構成する岩石のうち、氷でできた方を一つ渡した。
「今日は何調べるんだ。その岩がどこ産とか、何千年前にできた石だろうとか、そんなのか」
「もちろんそういったことも調べましたよ。はっきりはしませんが。ただやはり、ハドラー様が岩石を作り出す工程から魔法を使っているとは、考えにくいかと」
「はあん。じゃやっぱり、オレの体自体はこの地上由来の歴史がある岩かもってか。そうだったとしてもどうでもいいが」
しゃべりながら、フレイザードは体を軽くメンテナンスされた。そしてザボエラの息子がメラゾーマを唱えた。フレイザードはニヤニヤ笑いながら、その呪文を炎でできた方の手で食べた。
「今日調べたいのは……」
ザボエラの息子はおもむろにトンカチを持ってきて、取引で受け取った氷の岩を叩き壊した。勢いよく破片が飛んだが、しばらくして勝手にフレイザードの体へと向かっていく。
「これが、禁呪法による生命体の力か……。体が自動的に元の形へと戻る、オレもこれをもっと研究できれば……」
「いや、坊ちゃんにいいこと教えてやるよ。こうやって岩が体に戻るのは、オレだけらしい。他のやつはこうはいかなかったってな。詳しくは知らねーが」
「そ、そうなのか……」
鼻垂れ坊ちゃんが目を瞬いたので、フレイザードはケラケラと笑った。
「ヒャハハハ! オレの核はやっぱり特別性のようでなあ。気分がいいからもう一個面白い話を教えてやるよ」
それは、氷炎魔団の必勝法の話だった。とはいえ、その内容自体はザボエラの息子も聞いたことがあった。フレイザードの秘術によって炎と氷の塔を使った結界を張り、結界陣の中にいる敵を弱体化させるものだ。
「炎と氷の塔を建てることでオレの核に作用した結界ができる、その真ん中では力が『無』になる。どういう理屈か分かるか?」
「いえ……」
「ケッ、つまんねえ。分かったらオレ自身もっと強くなれそうだったんだがな。オレの体もくっつけている核の力……炎と氷の体が接している真ん中、ここに、なんか、熱も冷気も、何もかも消し去る力が働いているはずだ。その理屈がわかれば、『炎氷結界呪法』よりもさらに強大な奥の手が生まれるかもしれねーのに」
「もっと強くなりたいんですね。もっと強い生き物に……」
ザボエラの息子はなぜか共感するかのように頷いた。
「強くなるのが目的じゃねえ」
フレイザードはそれを跳ね除けた。
「そうでしたね。勝利と栄光があなたの目的だと聞いています」
しかしやはりザボエラの息子は共感するように頷いた。