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    usizatta

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    usizatta

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    花と海とポケモンの楽園【遠くに行った息子を眺めて】
    ※トクサネの宇宙センターの話の方が前の話なんですが、別にこっち先に読んでもいいです。書いたのはこっちが先でした。

     カナズミシティにあるデボンコーポレーションという企業は、地元の人には長いからと「デボン」と呼ばれている。実際には他地方にも名が通ったなかなか大きな会社だ。もともとは山から石を切り出したり、砂鉄から鉄材を作るために設立したのだが、現在は採掘にとどまらず、新たな技術開発、製品開発にも勤しんでいる。多くの社員は自分の思い描くもの、特にポケモンに関わる技術を喜んで生み出してきた。
     その一つは、例えば化石ポケモンの復元装置。また一つは特殊な効果のモンスターボール。さらに最近作られた一つは、現在の社長が抱く「ポケモンの気持ちを知りたい」という願いを込めた「ポケナビ」だ。
     ポケナビは、確かにポケモンのコンディションなどをチェックすることができる道具ではある。しかし、どちらかというとポケモントレーナーの方の情報を登録したり、連絡を取り合ったりという用途で使う人も多いだろう。
     だが、社長はそれでも十分自分の願いは叶うだろうと考えている。トレーナー同士で交流したり、ポケモンバトルしたりするきっかけにポケナビが使われること、それはつまりトレーナーがお互いのポケモンを知ることに繋がるからだ。
    「もしもしツワブキですが。……うん? ◯日の◯時にカナズミに来られるかどうか……?」
    ある日、デボンのツワブキ社長の一人息子であるダイゴの元に、父親である社長が自ら電話をかけた。するとダイゴから、実家か会社のどちらに行けばいいのかと問われたため、会社だと答えた。息子はもう少し色々と聞きたそうだったが、父社長は短めに電話を終えるのだった。
     約束の日に社長が三階の社長室で待っていると、スーツを着た息子がまだよく分からないといった顔で現れた。
     会社の方へ呼ばれたのでこの格好なのかもしれないが、それでなくともダイゴは普段からスーツをよく着ている子だ。スーツとともによく身につけている赤いアスコットタイがよく似合っている、と父親は思っている。
    「何の用事かできれば伝えて欲しかったよ。それとも電話では話せないこと……? 会社になにか起きたとか……」
    「いや全然」
    「ならどうしてわざわざ会社の方に呼んだんだい」
    「はは。まあそれよりダイゴ、風船好きかね?」
    「……えっ?」
    質問の意味がよく分からなかったらしい。
    「風船って……水風船とか気球とか色々あるけど」
    「子どもが好きなヘリウムとかが入っててプカプカしているのだな」
    「そう、確かに好きな子どもは多いよね。別に大人になってから嫌いになるようなものではないよ」
    「それじゃあお前も好きということか。いや、分からないか。子ども時代にパーンと割ったとかで大人になっても怖いなんてことも……」
    「ははは、ボクは大丈夫だったよ」
    ダイゴは笑った後「親父はボクの子どもの頃を一番知っている人じゃないか」と呟いた。ツワブキ社長は一緒になって笑いながら「実はそうでもないと感じているんだよ」という言葉を心の中にしまった。しまったまま、
    「会社でちょっとした式典を開くことになってね。会場にやってきた人達に風船を持ってもらって飛ばすんだ。トレーナーズスクールの子ども達にも一人一つ持ってもらう。一個一個違う色でカラフルなんだ。ああもちろん、天然素材でできた風船だ。ポケモンがうっかり食べるようなこともないように配慮されているし」
    「何かの記念式典? ごめん、あることを知らなかったよ。小さい子が喜びそうでいいね」
    「まあ何人かは合図の前にうっかり飛ばしちゃうだろうが、それは想定内だしなあ」
    何人かうっかり飛ばすところまで含めて、子ども達が声をあげたり笑ったりする姿が容易に想像できる催しだった。
    「なるほどわかったよ。ボクも参加すればいいんだね」
    「そうだ」
    「うん。……親父、嫌だと思ってるわけではないから誤解しないでそのまま答えてほしいのだけど、その式典ってボクは何かしらの肩書きを持って登場するのかな? ちゃんとその肩書きに相応しい振る舞いができるように頑張るけど」
    その問いかけに、父親は少し大げさなくらいにっこりと笑った。
    「いやいや、ないぞ。お前は一般の参加者と一緒に風船を持って、空に飛ばしてくれればそれでいい」
    息子は意外そうな顔をした。父親はやはりにっこりと笑う。
    「小さい子の親さんはこういう催しがある時、はしゃぐ我が子の様子を見て喜んでいるだろう?」
    息子が頷くのを見て、父社長はさらに言った。
    「正直、子どもが成人してようが、見てみたくなる時はあるからなあ」
    「…………」
    ダイゴはどう答えて良いものか、分からなくなったようだった。父親はさらに自分のペースで話を進めていった。
    「よし、なら下へ行くぞ。あと一時間で始まるからな」
    「へ、へえ、会社の入り口で何か準備しているなと思ったらそういう……い、いや待って、あと一時間なのかい⁉︎」
    ツワブキ社長は息子の顔の動きに「こういうのを二度見というのかな」と思った。自分が強引でめちゃくちゃなのは百も承知ではあったが
    「大丈夫。今日のお前は本当に一般人に紛れて風船を飛ばすだけだから。ほらおいで」
    無理やりダイゴを引っ張って会社の入り口まで連れていったのだった。

     入り口から出て行くにあたり、自分は社長としてステージに向かうから、息子には一般人に紛れて風船を受け取るようにと言い含めた。式典が終わったら、裏口から入ってまた社長室に来てほしいとも伝える。
    「もう一つだけ質問したいのだけど、結局これは何の式典なの?」
    「カイナシティ造船所のクスノキ艦長が、最近トクサネとルネの間の海域で大きな海底洞窟を見つけたんだ。潜水艇にはデボンの部品も使われているから今回はうちの会社でお祝いだ。本当は潜水艇の完成とか、造船所の周年記念とかの式典だったのだけど、洞窟発見お祝いもプラスした感じだよ」
    「カイナじゃなくてここでやるということは、よっぽどデボンも出資に協力したんだね」
     ダイゴがそう納得していた。父親は「そうでもあるけど」と思いながら、それ以上は話す時間もなかったため会場へ向かった。
    (お前と同じで、個人的に海も好きだし、洞窟も好きだし、造船所の人とも交流があるからお祝いしたかっただけ)
    そんなことを話す時間は社長にはない。
    「ツワブキさん、お久しぶりです」
    カイナシティの造船所から来た人々が数人、社長の方へ挨拶のため顔を見せた。
     息子が、同じ名字だからか、それとも彼にとっても知り合いだったのか分からないが、遠くの方で少し反応してしまっているのが視界の端に映った。だがすぐに目の前の人に意識を向け直して、ツワブキ社長は来賓達に挨拶を返した。
     
     一般参加者に配られ始めた風船は、案の定いくつか先に飛んでしまった。「あーっ」とか「〇〇君のがー」と言った声が聞こえてくる。
     風船はたくさんの色の種類があったが、意外と形はシンプルなものばかりだった。プリントで絵が描かれているわけでもない。ピカチュウや、プラスル、マイナンといったポケモンの顔がついていても可愛かったかも知れないが。代わりにカードが一枚付けられていた。ホウエンの地図が載っていて、発見された海底洞窟がある位置にマークがついている。そして、端にはホウエンの伝説に残る「海を作ったポケモン」の想像図が描かれていた。
    「みなさん、本日は式典にお集まりいただきありがとうございます。雲ひとつない青空に恵まれ何よりです」
    社長による挨拶が始まった。ダイゴはその様子を、ステージ下から本当に一般人に紛れて眺めていた。手は赤色の風船から伸びた紐を掴んでいる。
     来賓のスピーチまで一通り終わり、いよいよ風船をあげる準備に入ったタイミングで、誰かが声をかけてきた。
    「あら、ダイゴさん?」
    ダイゴが横を見ると、このカナズミでジムリーダーを務まるツツジが立っていた。彼女は黄色の風船を受け取ったようだった。小声で疑問を口にした。
    「お父様と一緒にステージに立たれないのですか?」
    「ボクもちょっと不思議な気持ちなんだけど、今日はここでいいんだって。ツツジちゃんはスクールの子と一緒に来たのかい?」
    「ええ、みんな楽しそうなんです」
     そのうちに、風船を飛ばすカウントダウンが始まった。一〇、九と数字が小さくなっていく。七くらいから、段々と客側からの声も重なってカウントダウンの声は大きくなっていった。
     〇になって、人々が手を離すと風船は見る見るうちに空へと吸い込まれていった。この時の空は、全てを上へ上へと吸い込んでいく巨大な光る青だった。ダイゴは「生き物が空を飛んでいくのとは全然違うね」と独り言のように呟いた。しかしツツジは聞こえていたらしく「そうですね」と返した。
     色とりどりで美しい光景だった。集まった子ども達はずっと手を振っていた。風船のひとつひとつが小さな点になってもまだ手を振っていた。大人がもう見えなくなったかと考えるほど風船が小さくなっても「あそこに見えるよ」と指差す子もいた。
    「カードにカイオーガが描かれていましたね」
    ツツジもまた風船を空に見送りながら話した。
    「うん。海底洞窟を発見したお祝いだからかな。海の底に眠っているという伝説だものね」
    「陸を作ったと言われるグラードンも海の底で眠っていると聞いたことがありますけどね。それにしても……」
    「どうしたの?」
    「いえ、今回飛ばしたような風船ではさすがに宇宙までは上がらないと分かっていても……」
    ダイゴは「ああ」と相槌を打って笑った。
    「もし風船が宇宙まで届いたら、そこでボク達はもう一つの伝説のポケモンとコンタクトをとれるわけか」
    「はい、レックウザ……」
    「なんでこんなカラフルなものが飛んでるんだろうって、ポケモンも考えたりするかな? 迷惑に思う可能性の方が高いけど、もしちょっとでも綺麗だなと思ってくれたら」
    「ふふ。カードの方を見て『なんでカイオーガが描いてあるものを海でなく空に流すのだろう?』と思うかもしれません」
     ホウエンの人びとにとって、伝説のポケモンは絵本などで見る存在だ。実物を見た人は今の時点では誰もいない。それどころか、ダイゴが子どもの頃近しい人に読んでもらった絵本の姿と、ツツジが絵本で見た姿と、恐らく画家によって細部は違う。
     しかし、伝承がおおよその姿を知らせてくれるように、そして昔話の主人公というものは例え画家が違っても共通のモチーフによってそれと分かるように、ホウエンの人々にとって、伝説のポケモンは描かれればそれと分かるのだ。
     陸を作ったとも、洪水に苦しむ人を救ったとも言われる「グラードン」。海を作ったとも、干ばつに苦しむ人々を救ったとも言われる「カイオーガ」。そして宇宙を飛び回りホウエンを見守っていると伝わる「レックウザ」。その姿は、はっきりではなくとも共通して皆の心にあった。

     式典は案外すぐに終わって、社長はしばらく来賓と海の話などをしていた。風船を飛ばす時、多くの客に紛れて息子も飛ばすのをちゃんと社長は見ていた。彼はこの町のジムリーダーと一緒にいたようだった。そして社長が会社の自分の部屋に一旦戻ってくると、息子も先に戻ってきていた。
    「この後は一応お祝いの食事会もあるよ。と言ってもこれは関係者だけ」
    「親父も出席するんだよね」
    「着替えの時間とか言って戻ってきたがね」
    「なら早く着替えたら」
    ダイゴはあくまで心配からそんなことを口にするが
    「まあ待ちなさい。時間はあるんだ。もう少し話そう」
    父親は、あくまでゆったりと答えた。
    「風船は綺麗だったかね」
    「うん」
    ダイゴは返事してからしばらく何も言わなくなり
    「……今日は、ボクと遊んだり……したかっただけかい? 親父」
    と聞いた。
    「そうだよ。お前の目に綺麗なものが映るといいなと思ってね」
    ツワブキ社長はそう答えた。息子の目をじっと見つめてみる。

     息子の瞳は、青というべきか、銀というべきか、薄い色なのではっきり表現できない。小さいうちは薄い色をしているだけで父親の心配の種だった。強い光を見ても大丈夫だろうか、そもそもの視力が弱かったりしないだろうか、ついそんなことを考えたのを思い出す。
     少しずつ息子が大きくなるにつれて、大丈夫そうなことは分かってきた。息子が五歳か六歳くらいの頃、仕事の合間を縫って一緒に散歩に行くと、手を引いていた息子は街路樹が一本生えているところで立ち止まった。木漏れ日を指差していた。この時も光が強くないか父親は心配したが、平気だったようだ。それにふと父親が息子の目を見ると、光を透かす木の葉の一枚一枚がそこに映っていた。
     父親はなぜかこの光景を見て「仕事が空いた時には、できるだけダイゴに綺麗なものを見せてあげよう」と思った。それから父親は、彼を膝に乗せて絵本を読んだり、珍しい石を趣味で掘ってきては息子にあげたりしてきたのだ。
     息子が大人になってしまった今でも、父親はたまに思うのだ。この子は普段、瞳にどんなものを映しているのだろうと。今日ならば、色とりどりの風船と、吸い込まれそうな青が映っていただろうかと。この子は普段、どんなことを考え、どんな人と話し、どんな風に世界を見ているのかと、思うのだ。
     もしも、この子を知っている人が「あなたの息子さんはこんな人だ」と話したなら、それはどんな答えだろうか。マイペースだと言われるだろうか、不思議な人と言われるだろうか、気紛れで自分勝手な人と称する人もいるだろうか。
     確かにこの子は自分勝手かもしれない。だがそこらへんは親譲りかも、と父は己を振り返ったりもする。
     父親は息子が産まれ、出会った時、喜びの中に「会社の跡継ぎができた」という考えが入ってきたことを否定しない。しかし息子は成長していく過程で多くの若者と同じように、ポケモンと自分の住む地方を巡る旅をすることを決めた。父親は止めなかった。だがそれによって最終的に、息子は親が考えていたのとは違う道を進むことを選んでしまった。
     この子の生まれと今の肩書きは、少しフィクションじみているが、案外リアルだと父は考えている。
     なぜなら、この子の才能か、思い入れか、どちらが決め手か分からないが、その決め手が中途半端なものなら、彼は旅を終えて家に帰ってきただろうからだ。この子が今の道に進むためには、チャンピオンになるくらい「決め手」が突き抜けてなかったら不自然だ。
    (中途半端だったなら、息子の選択をわしは許したかどうか……)
     今となってはもう二度とダイゴに言う気はないが、たまに口から飛び出しそうになる言葉がある。
    (未来のことはどう考えている? お前はうちの会社を継ぐ気はあるのかい?)
     時折ダイゴは別の地方に行く時、父親の使者や代理をしてくることはある。この間はカントーの大企業、シルフカンパニーに顔を出してもらった。だが、息子と実家企業の関わりはその程度だ。もし本格的に後を継ぐのだとしたら、教えなければならないことはまだ山ほどあるというのに。
     チャンピオンという仕事が永遠に続けられるとは思えないが、立場を降りたとしてこの子はその後、デボンに戻ってくるのか……ポケモンリーグの方に残り続けるのか。それともさらに違うところへ行ってしまうのか、まったく父親には分からなかった。まったく分からないのに……父親は息子に対して抱くある思いがある。
     
    「そうだ、親父。カナシダトンネルが開通したと最近聞いたよ。よかったね」
    「ああ、知ってたのか。トンネル周りに住むポケモンに配慮して工事を中止したことまではお前に話してたとは思ったが」
    「うん。中止された後も、環境を壊さないようにある人が手で静かに掘り進めたと聞いたよ」
    「そうなんだよ。とんでもない根性だ」
    「その人自身も会いたい人に会えたそうだし、トンネルが開通して多くの人が助かっているし、周りのポケモン達に悪影響を与えずに済んだ。ここまで良い解決になると気持ちがいいね」
    父社長は答える代わりに、わっはっはっと笑った。
    「万事良いというはなかなか難しいからなあ。例えば、ユートピアとか楽園とかって言葉もあるが、ああいう……人やポケモンにとっての理想の場所っていうのをデボンの事業が目指してみても、なかなかね。だってそういう素敵な場所を夢見るわしら自身、ちょっとした悪い心とか怠ける心とか抑えられないものだし」
    息子が少し目を見開いた気がした。
    「そうだね。それにしても親父の口から『楽園』って単語を聞くとは思ってなかったよ」
    「どうかしたかい」
    「いや……。サイユウシティのポケモンリーグのことを思い出して。あの町を紹介する看板は『花と海とポケモンの楽園』と書かれているんだ」
    「ほほう。なんだか素敵じゃないか。リーグがある場所にあえてそんな一文を添えるなんて。リーグを作った人、というか……当時のホウエン地方の人の矜恃を感じるな」
    「ボクもそう思うよ」
    ダイゴは微笑んで頷いた。
    「たぶん、『楽園』と名付けられる場所って本当にその場所を楽園だと思っている場合よりも、みんなで少しずつそういう場所に近づけたいと……努力をしていきたいと願ったから、その名になるのかなって」
    息子が微笑む顔を見て、父親も微笑み返そうとしたが、なんだか少し苦さがまじった笑顔になってしまったような気がした。
    「まあ、ホウエン地方全体も自然豊かと褒めてはもらえるが、楽園かと言われるとね。まだまだ課題はあるだろうしなあ」
    と、父親は呟いてみた。
    「そうだね」
    「悪人だっているし、悪いポケモンだっている」
    「……そういうことについては、リーグにいるゲンジさんという人がこんな風に言っていたよ。ポケモンは人の正しい心に触れることで、正しいことを知っていくのだって」
    ツワブキ社長は「へえ」と答えた。そしてダイゴは、ゲンジの言葉から続けて自分の考えを述べた。
    「人間にしたって、よくない環境から逃れられなくて自分も染まって悪くなってしまう、そんな悲しい例は存在するのだろう……。でも、だから、好きになれる存在や、尊敬できる存在に出会えて、自分を良い方向に変えることができるのは、とても大きな幸福なのだと思う」
    「……そうかい」
    父親はなぜかまた苦く笑いながら相槌を打つ。ダイゴはその様子を見て、自分の言葉が何か父を誤解させたかと思った。それにどこか寂しいような気持ちが胸にわき起こった。しかしそれは表に出さないで言った。
    「親父。ボクは石を集めるのが趣味だけど、そもそものきっかけは親父も石を掘るのが好きで、ボクがその姿を見ていたからだよ」
    「……ん」
    「……。それに、今となっては全然違う肩書きでも、もしボクが誰かのために上に立って振る舞う必要があるとしたら、あなたの振る舞い方を参考に出来ればいいなって考えたことがあるんだ」
    「…………」
    今日は、最初のうちは父親の方が息子をタジタジとさせていたというのに、いつの間にか今度はツワブキ社長の方が黙り込んでしまった。
     しばらく部屋の中に沈黙が広がったが、そのうちにダイゴが何やら少しそわそわし始めた。
    「どうしたんだい、まさか恥ずかしくなったのかい?」
    「……そうだよ。ちょっと勢い余って口から言葉を出してしまった感じがするよ」
    「おや、そんな。もう一回言ってほしいくらいなのに」
    「……や、やだよ……」
    息子が顔を背けながら断ってきた。
     父親は温かい気持ちになって、改めて思う。この子は、父が思う道に進んでくれなかったし、この先広がる未来でもどうする気なのかさっぱり分からないと言うのに、自分はこの子が愛おしいし、誇らしい。

    「さーて、そろそろ食事会に行こうかねえ」
    「カイナシティの造船所の人もいるんだよね。ボクからもよろしく伝えてほしいな。発見された海底洞窟、ボクも調べてみたいし」
    「わかったよ」
    「行ってらっしゃい」
    父親は食事会へ向かおうと社長室から出て行き、息子はそれを見届けた後から一階に向かった。
     ダイゴが一階の受付を通りかかったところで、受付の人がお客さんらしき相手に「このデボンコーポレーションは、現代では人やポケモンに役立つ商品の開発を行っています」と解説しているのが、耳に入ってきた。
     ふとダイゴは別の社員が昔、自分がリーグチャンピオンになったばかりくらいの頃に伝えてきた話を思い出した。
    (社長なのですが、たまに机で頬杖をついて『わたしは若い頃から仕事ばっかりだったからいまいち分からんのだが、若者はやはりトレーナーとしてポケモンリーグを目指すものなのかね』って聞いてくるんですよ……)
    さらにダイゴは今日の父親とのやりとりも思い返す。そして持ち歩いているポケナビを手にとってみた。この商品は父の「ポケモンの気持ちが知りたい」という願いが発案になって作られたらしい。
     父親は口に出して問い質さなくとも、いつも気持ちを知りたいと思ってくれているのだろう。ポケモンにしても、何にしても。振り返ってみればいつの間にかデボンでは、ポケモンのための商品がいくつもいくつも開発されるようになった。それは父だけでなく、多くの社員の願いが形になったものだろうけれども。
     入り口から外に出た所で、デボンの建物をもう一度眺めてみた。そういえば初めてポケモンと旅立った日、この会社の入り口で見送ってくれた人達にお辞儀をしてから行ったっけ……とダイゴは思い出した。
     今は目の前に誰もいなかった。けれど、ダイゴは深く一礼してから会社を後にした。
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