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    usizatta

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    花と海とポケモンの楽園【本人の考えるところ六(後編)】

     ところで、このセンターで出会った研究員さんの名前はちゃんと聞いていて今も覚えているのだけど、ここには書いていない。うっかり書き物をしていることを言ってしまって「恥ずかしいので匿名で」とお願いされてしまったからだ。でもポケモンのニックネームの方は出してもいいんだって。
     ひょっとしてリーグで作成する記事みたいなのを想像されたのかな。もっと私的な日記なのだけど。それこそ子どものポケモントレーナーさんでも、冒険の節目や、休む直前には書いているレポートみたいなものだよ。
     そういえばポケモンレポートってそれこそトレーナーはみんな書いてるだろうけど、内容も書き方も人によって違うんだろうね。箇条書きの人もいるだろう。イラストを添えても楽しいだろう。もちろんそれぞれのレポート自体を見せてもらうことは叶わない。でもボクのリーグでの日々を思うと、挑戦者達がどんなレポートを書いてきたかは窺える。だって…………いけないね、話が本題に入らないや。こっちも大切なことだけど、それこそリーグの中で直接挑戦者達に伝えればいい話だ、こちらは。当日のことに記述を戻そう。
     ボク達がポケモンの正体について話し合いをしていた時、おツメが研究員さんの腕に止まった。
    「しかし、おツメはいい子だのう。よいトレーナーさんじゃないとテッカニンの鳴き声は止められんからなあ」
    テッセンさんがそう言っておツメの頭を撫でてあげていた。
     確かに野性のテッカニンは、夏の間は木に捕まって大きな鳴き声をあげているポケモンだ。外を歩いていると姿は見えなくても、夏と言えばこの音って感じの鳴き声が響いてくるな。そして人に育てられている場合も、躾けていないと所構わず鳴いてしまうポケモンでもある。
    「静かですよね、おツメさん」
    「ジムリーダーのみなさんに言ってもらえると自信がついちゃいそうです。私、実はあまりポケモンを育てたことがなかったのですが。ツチニンだったこの子がちょうど六体目に捕まえたポケモンで……」
    「お。手持ちが六体揃ったなら、いよいよ本格的にトレーナーできるんじゃない?」
    研究員さんとテッセンさんがそう言って笑い合う。
     ここまで聞いた時だった。
    「あっ」
    思いの外大きな声が出てしまい、さっと手で口を覆った。三人がこっちを見たので、答える代わりにもう片方の手を前に出した。
     そういえばいたんだよ。全くご飯を食べないポケモンが。「テッカニン」と言えば同時に思い出してもいいくらいのポケモンだったのに。
    「なんで今の今まで忘れていたのだろう。テッカニンって……」
    「テッカニンって?」
    「あ、いや待ってください。ボクより詳しい人がいますので、その人に確認します。ここ電話できますか?」
    「電話ですか? ならこちらの部屋にどうぞ」
    移動してすぐに、ボクはフヨウちゃんに連絡した。
    「もしもし。あれ、ダイゴくん? 今日は何かのトラブルの調査に呼ばれてたんじゃないの?」
    「そうだよ。それでフヨウちゃんの知識が必要になって」
    「って事は、ゴーストタイプのこと?」
    「うん。早速質問だけど……手持ちが六体いる時にツチニンが進化したら、『ヌケニン』はどこに行くの?」
    いきなりの電話なのに、フヨウちゃんは手早く返事してくれた。その内容はこうだった。
    「トレーナーに存在を気づかれなくて、そのまま迷子になるの。そうやって迷子になっちゃったヌケニンを保護したことあるよ」
    「保護されなかった場合は?」
    「野生に戻れなくて……ゴーストタイプだから上手く表現できないんだけど…………ちゃうの」
    どうなるのか、なぜかそこだけ電波が乱れて上手く聞こえなかった。
    「でももうちょっとマシな時もあるよ。自分ともともと一つだったテッカニンのそばにいたくて、追いかけ続ける子もいるの。ただね、そういうヌケニンって一度トレーナーに捨てられちゃったと思ってるから、人が苦手になってることが多いの。だから人目を避けて隠れるんじゃないかなあ」
    一通り教えてもらってからボクはフヨウちゃんにお礼を言った。
    「分かった、ありがとう。じゃあボクは調査を続けるね」
    電話が終わると、テッセンさんが声をかけてきた。
    「誰に電話かけてたんだい?」
    「フヨウちゃんです」
    ここで、テッセンさんとナギさんも気づいたようだった。
    「ゴーストタイプか! そうか、今回の騒動は『ヌケニン』が原因なのかね?」
    「そうなんじゃないでしょうか。今フヨウちゃんに聞きましたが、テッカニンを追いかけることもあると」
    「えっと、どういうことですか?」
    研究者さんが聞いてきたので、ボクたち三人で代わる代わる説明した。
     ツチニンは進化するとテッカニンになる。進化する瞬間、手持ちのモンスターボールに空きがあると、なぜかもう一匹のポケモンが入っている。それがゴーストタイプのヌケニン。けれど、手持ちのモンスターボールが埋まっている場合は見つからなくなってしまう。
    「ど、どういうポケモンなんですか? ヌケニンって」
    「ツチニンがテッカニンになる時脱ぎ捨てた殻の方に魂が宿った……と言われますが、実際はどうか」
    ボクが言うと、そこからテッセンさんが少し補足してくれた。
    「うんうん。殻が動いてる子だなーって感じではあるな。ただ、心がいつから宿ってるかは本人に聞きようがないからわからないんだなあ。あとさっきの配線の件だが、ヌケニンだとしたら辻褄が合うんだ。あのポケモンは電気どころか、自分が苦手とするもの以外は全く効かない。逆に苦手なものには一撃でやられる、不思議な守りを宿しているんだ。うちのジムにヌケニンで挑戦されると、結構苦戦するんだよなあ」
    研究員さんは、自分の腕にしがみついているおツメをまじまじと見つめ始めた。
    「おツメ……。いるのかい、ここに……。そういう、不思議な、君の片割れ……みたいな子が……」
    信じられなさそうな顔だったが、首をふりふりして言った。
    「……いや。どんな子でも、迎えにいかないと。そのヌケニンもツチニンの頃に可愛がってきた私のポケモンだ」
    この言葉に、聞いてたボク達三人でニコっとしてしまって、研究員さんがちょっとびっくりされてたな……ごめんなさい。とにかく、この時点ではまだ犯ポケの正体が確定したわけではないけれど、とりあえずヌケニンであるとして、調査を再開した。
    「おツメさんはこの施設で進化したのですか?」
    「そうですけど」
    「どうりで入館チェックをすり抜けるわけだね~。ヌケニンはここで生まれたようなものだからな」
    研究員さんは「でも……」と新たな疑問を口にした。
    「起こったトラブルの順序が、荷物を荒らされた、組立棟のカメラに映った……なので、今は外に出ているんでしょうか?」
    「組立棟の職員さんが周辺を探した時は見つからなかったんですよね?」
    すると研究員さんがこのセンターの施設を色々と口にし始めた。組立棟からそのまま道を運ばれて、ロケットは発射場へ向かうこと。発射する場所には空気を逃す穴があること。他には燃料の試運転をする場所もあること。さてどこに隠れているだろうか、と思った。
     ひとまず、元いた建物から組立棟を見に行くことになり、ボクは一度ネンドールにボールへ戻ってもらった。遠いから車で……と研究員さんは言ったけど、ボクとナギさんで協力して、テッセンさんと研究員さんをそれぞれの鳥ポケモンに自分と一緒に乗せて移動した。
     着いた時、「おツメさんに関わることもお話できます?」さらに研究員さんに促したのはナギさんだった。
    「はい?」
    「先程お聞きになったでしょう? きっとヌケニンはおツメさんのことをずっと見ていたはずです。組立棟、発射場、燃料試験場、その中でおツメさんがよく飛んでいた場所はありませんか?」
    「よく飛ぶ……?」
    「好みというものは、どんな子にもあります。人もポケモンも。飛行タイプのポケモンなら、好きな空や風があるのです」
     その時、おツメがふっと研究員さんの腕から離れた。ぐるりとボク達の上を一度旋回したかと思ったら、ゆっくりと目の前の道を進んでいく。
     ナギさんの言葉が理解できたのだろうか? もちろんはっきりとしないことではあるけど、ボク達には「案内しようとしている」と思えた。
     追いかけようとしたら「そのうち追いかけるのが大変になってしまうわ。近いといいのだけど」と言うナギさんの小声が聞こえてきた。
    「テッカニンは飛んでいるとだんだん加速していく特性がある」。ちょっと嫌な予感がしてきた。
     ……また時間がきてしまった。続きはまた書こう。夜ふかしして明日の試合に支障があったらまずいんだ。

     組立棟からおツメに付いて歩き始めて発射場まで進んだ。歩いて到着したから距離は一キロもなかったかな? 発射前のロケットは組立棟から三〇分くらいかけて、ゆっくりこの道を運ばれていくらしい。
    「そう言えば進化したばっかりの時、おツメはこの道をビュンビュン往復していたなあ」
    研究員さんは少しずつ思い出してきたようだ。相変わらずみんなでおツメを追いかけながら、彼女がツチニンからテッカニンに進化したばっかりの時期はどんな感じだったのか少しずつ話してもらった。
     おツメはツチニンの頃に、センター内で育てることとモンスターボールから出しても良いことを認めてもらったのだそうだ。それで同じようにセンター内で育てられるハリテヤマなどと一緒に過ごしていた。ちなみにハリテヤマの方は、夜中にロケットの部品が港から運ばれてくる時に、交通整理をしたり、信号の向きを変えたりする仕事をしているとか。とにかくハリテヤマと遊んでいたツチニン時代のおツメは、そこでテッカニンに進化した。そして、進化した途端にものすごい声で鳴き出したのだと言う。
     他の職員さんから「鳴き声が止められないなら、やっぱりここで育ててはダメ。勝手に飛び回られても困る」と言われ、研究員さんは必死で鳴き声を止める訓練をし、そして仕事の手伝い以外では飛ばないようにと訓練をした。
    「飛ばない訓練をするために、ここら辺まではるばるやってきて散歩したんです。最初のうちは、彼女の気が済むまでこの道を何往復もしていました」
    「い、今みたいに……?」
    テッセンさんがゼーゼーと息を吐きながら聞いてきた。おツメを追いかけ始めて割とすぐ気づいたのだけど、彼女は今回も道を往復し始めたんだ。一往復目、二往復目と数えたり、研究員さんが話すのを聞いたりしていたので、そのまま全員でぐるぐると回ってしまっていた。
    「ヌケニンのところまで案内してくれるのかと思ったらさ……これ、ただ単に久しぶりの散歩楽しんでるだけじゃない?」
    言いながら、テッセンさんの息がだいぶ荒くなっていた。無理もなかった。往復してるのもそうだけど、いよいよおツメは特性の加速でどんどん早くなっていたから。ロケットはこの道をゆっくり進み三〇分。でも果たして、この時のおツメはどのくらいの速さで端から端まで飛んでいたのか。
     ボクはフヨウちゃんが「ヌケニンは人目を避けてるかも」と言ってたのを思い出し、休憩も兼ねて一旦止まることを提案し、ちょっと遠くからおツメが往復するのを眺めることにした。
    「おツメ……思えばこんなに飛ぶの好きな子だったのにな……」
    研究員さんが、一人で楽しく飛び続けるおツメを見ながら寂しげに呟いていた。寂しくなるの、分かるとボクは思った。
     ポケモンと人が一緒にいる以上、その環境に合わせて躾けられないと、結果としてどちらも不幸になってしまう。とはいえその子の好きなものを抑圧しているのではと思う時が、やはりある。だからトレーナーはせめて……ボクが声をかけようとした時
    「ふぁあ」
    この日、初めて聞く鳴き声がした。
     どんどん飛んでいってしまうおツメの後ろに、ふわふわと飛ぶ茶色いポケモンのゆっくりと付いていこうとする姿が現れていた。予想が当たって良かったのか悪かったのか、その子はやっぱりヌケニンだった。ヌケニンは加速していくおツメに追いつけず、どんどんと距離が開きながら浮かんでいた。
     ボク達の方はヌケニンが気づかないギリギリまでそっと近づいていった。捕まえる作戦をその場で立てる。
    「さてどうする? ヌケニンに技を当てようとしたら、効かないか倒しちゃうかの二択になるよ」
    問いかけられたので、ボクはみんなに指示を出した。
    「はい、倒すわけにいきませんし技を当てなくていいです。でも電気技の光を見せる感じでヌケニンを撹乱してください。ボクがサポートします」
    どうサポートするかまでは時間がなくて伝えきれなかったのに、テッセンさんは「オッケー」とウインクした。
    「ヌケニンの動きが止まりましたら、あなたが絶対に捕まえてください」
    研究員さんに声をかけると「ぜ、絶対ですか?」と驚かれた。
    「知らなかったとは言え、進化した時に一度ヌケニンを捨てる形になってしまっているから、今度こそ『自分は君のトレーナーだよ』って行動で伝えないと」
    「わ、分かりました!」
    「ナギさん、彼に危険がないようにサポートお願いします」
    「ええ、分かりました。おツメさんは……」
    おツメはブンブンと楽しそうに飛び去っていく。端まで行って戻ってくるまで一分半くらいかなと咄嗟に推測をして
    「おツメを巻き込む前に捕まえましょう。ヌケニンを捕まえたら、止まるように指示してください」
    と研究員さんにもう一つお願いをした。
    「よおおし! 行くぞおライボルト!」
    テッセンさんがヌケニンの目の前にボールを投げた。飛び出したライボルトは、正面からヌケニンを睨みつけた。そしてたてがみに素早く電気をため始めた。
    「雷雲でぐるっとドッカーンだ!」
    その指示のもと、ライボルトが放つ稲妻がヌケニンを囲うように何本も立ち始めた。
    「アーマルド!」
    ボクもアーマルドをボールから出しつつ「水の波動」の技を指示した。ヌケニンに当てるのではなく、ライボルトが出す稲光を反射させるように飛沫をあげさせる。それに思い立って、道路にも多めに水をうった。ヌケニンは横からも下からも光が次々にあたり、反射したものに包まれた結果、目を回した。
     漂うように落ちてくるヌケニンに向かって研究員さんが走っていった。そしてボールを使わず腕でヌケニンをキャッチした。
    「あっおツメさんが!」
    戻ってきたおツメに全員が振り返った。
    「おおーい、おツメ止まるんだ! 君の片割れを捕まえたよー」
    そう研究員さんが指示を出した。ところがおツメは止まれなかった。スピードがつきすぎたらしい。
     このままだと研究員さんとせっかく捕まえたヌケニンのところへぶつかりそうだった。ボクは咄嗟に前に飛び出していって、さっきの研究員さんとヌケニンのように、おツメを体で捕まえようとしてしまった。
     うん、無茶した気がする。でもこの時、ボクは自分の作戦が良くなかったせいでミスが起きたと思ったし、何より研究員さん達にケガをさせるわけにはいかないと思ったから、体が勝手に動いてしまった。
     勢いよく飛んできたおツメを抱きとめたボクは衝撃で少し吹っ飛んだけど、特に彼女は傷つくことなく最終的に止まった。それにボクの方も、ネンドールがボールが飛び出してさらに受け止めてくれたので、結果としてそこまで痛い思いはしなかった。全員の動きが止まった時、おツメはボクの腕の中で「ん?」みたいな顔をしており、ボクの背中をネンドールが体で受け止めている形になった。
     研究員さんがボクの方に駆け寄ってきた。
    「ご、ごめんなさい! 大丈夫でしたか⁉︎」
    「へ、平気ですよ。それに謝るのはボクの方です。申し訳ない。危ないところでしたね。でもおツメは無事でした」
    「な、何言ってるんですか。私の指示をおツメが聞いてくれなかったから……」
    「いえ、ボクがおツメのスピードを少し読み間違えました。それに急いでヌケニンを捕まえようとしすぎたのかも……。まだポケモンを育てるのは不慣れだと仰っていたのに、あなたに負担の多い作戦にしてしまった気もするし……」
    こうして口に出してみると結構反省点があることに気づく。
    「わっはっはっ、とりあえず後にしようじゃないか! せっかくヌケニンもおツメを傷つかないで、君のところに戻ってきたのに」
    テッセンさんが促した。それを受けて、ボクもおツメに研究員さんのところへ行くよう示すと、おツメはそちらへ飛び移った。
    「あ、おツメ……。ほら、君の片割れだよ」
    研究員さんは飛び移ってきたおツメに声をかけた。そしてヌケニンを改めて丁寧に抱きしめた。
    「ごめんね。進化した時に君のことを気づけなくてごめん。また会えてよかった。もう君のことを忘れないよ。だからお願いだ。もう一度君を育てたいよ」
    研究員さんと一緒におツメもヌケニンをジッと見つめ始めた。ヌケニンは自分を見つめる二つの顔を見つめ返し、動かなかった。沈黙が続いたけど、やがて甘えるような声がヌケニンから出てきた。
     ここまで様子を見守っていて安心したので、ボクも自分のポケモンの方に声をかけ始めた。まずアーマルドにお礼を言ってからボールに戻ってもらい、ネンドールの方を向いた。そこへナギさんもやってきた。彼女の手にはモンスターボールが握られている。
    「そうだった。彼に危険がないようにサポートって、さっき自分がナギさんに頼んだのに」
    「ええ、私はチルタリスで止めようかと身構えていました」
    「その方が良かったかも。ネンドール、受け止めてくれて痛くなかったかい?」
    「大丈夫みたいですよ。それにネンドールにとってはかえって嬉しい結果になったかもしれないわ」
    「ダイゴくんも怪我なくて良かった。それに、君も嬉しいんじゃない? ぶっちゃけさ。チャンピオンなんて試合じゃ失敗できない仕事なんだから、今日は誰にも迷惑かけない程度に小さく失敗できて」
    この二人の言葉に、本当にこの人達は鋭いんだって思えて感心した。まずはナギさんの言葉が証明されることになった。
     ボクはもう一回ネンドールに向き合って言った。
    「ネンドール、ありがとう。ボクは全然痛くなかったよ。背中に君の泥がついたくらい」
    ネンドールがなんとなく俯きながらこっちを見ていたので、ボクは感謝が伝わるように満面の笑みを浮かべるようにした。
    「だから良かったんだ。今日はもう服に泥がついてもいいんだ。おいでよ。ううん、来てほしいな」
    そう言って両手を広げると、ボクの言葉か動作かにネンドールが反応した。続いて今までにない早い動きでボクのところに飛んできた。受け止める時にまた吹っ飛びそうになったのをこらえていると、胸のところでネンドールが顔をすりすりと擦り付けている感触がした。
     躾けていたのとはちょっと違うけど、ネンドールは自分で、人間の服は泥がついたら汚れると学ぶ賢い子だった。だからボクにも自分からは触れてこなくなった。そんな彼の対応に優しい子だと思う反面、悩んでいた。
     彼の体は泥でできていて、自分の体が汚いだなんて本来思っていないだろう。ボクもそんなことを思ってない、人の価値観だと服についた場合は……てだけ、そこまで彼に伝えるにはどうしたらいいかと考えてしまうんだ。
     それにきっと彼は、もし同じポケモン同士で過ごしていたのなら体を寄せ合って過ごしていただろう。だからせめてボクにできることはなんだろうとこの時も考えた。
    「これからは泥んこになる日をもっと作ろうか」
    そう声をかけていた。すると
    「チャンピオン、私も……」
    ヌケニンを大事そうに抱え、そしておツメを腕の定位置に止まらせた研究員さんが近づいてきた。
    「これからはおツメと散歩する時間をもっと作ります。それに、ヌケニンともこれから一緒に過ごすにはどうしたらいいか模索してみます」
    そうして笑顔を見せた。
    「そのためにまず……」
    ボク達が「まず?」と思ってるところに、こう言葉が続いた。
    「この子には新しい可愛い名前つけたいです」

     ヌケニンのニックネームは「うつせみ」になった。おツメちゃんと、うつせみちゃんだ。なんだか響きが似ていて良い気がする。
     ところで実は、うつせみが見つかったからってイコール犯人もこの子だったという、確たる証拠自体はこの時点ではまだなかった。でもまあこの子だったんだろうと分かる出来事が起きた。
     建物の中に戻ってくると何人か職員さんが通りかかったのだけど、ある職員さんが現れた途端に、うつせみがその人に向かって威嚇をし始めたからだ。研究員さんがナギさんに小声で「この人ですよ。おツメを飼育装置に詰め込んで『宇宙に送り込んでやろうかー』とか言いやがった人……」と告げていた。
     えっとそれと、一応ボク、後日またセンターに連絡とって、もう問題が起きていないか確認したけど、全く何も起きてないという返事をもらった。だからここで確実に事件は解決となった。
     最終的にやっぱり研究員さんのポケモンが原因になったから、その責任はとることになったそうだけど、軽めに済まされた上に、うつせみを今後どうするかセンターの人達が真摯に考えてくださっているらしい。あのおツメをいじめてしまった職員さんにも、ちゃんとことの顛末を話して今では相談しあっているって。個人的にはここがハラハラするところだけど、とりあえず、おツメの方はまた元気にセンターの仕事をお手伝いできるようになったと聞いたよ。

     当日のことに話を戻して、ボク達がセンターから帰る時のことだった。出入り口で「さっきテッセンさんがダイゴさんに言ってた言葉を聞いてたんですけど」と研究員さんが声をかけてきた。
    「チャンピオンは失敗できない仕事だって聞こえて。やっぱりそうなんですね」
    「厳密に言うと、試合中は予想外のことや小さい判断ミスみたいなことはいっぱいあるものですよ。その場その場で目まぐるしく状況は変わるから。最終的に勝つまでの道筋を諦めないこと、立て直して勝負自体に勝つことが大切なんです。……それに、本当は失敗して振り返った後こそが成長のチャンスだから、テッセンさんが今日は良かったねと……」
    ある意味では、たまには失敗してもっと成長したいなという心を見抜かれているようでちょっと怖かったけどね。負けたくないも本心なんだけど。
    「へえ、なるほど。最終的に勝つために、常にミスを立て直すのが勝負ごとですか。ロケット打ち上げと、結構同じなような違うような」
    「わはははっ! なんだなんだ、どういう意味だい?」
    テッセンさんがまた朗らかに話に入ってきた。
    「ロケットの打ち上げは、事前準備の段階で一〇〇%まで持っていくんです。試行錯誤して、でも本番には絶対一〇〇%です。九九%オッケーでも一%の不備が見つかったならそれで中止なんです」
    「シビアじゃのう。途中で嫌になりそうだな」
    「それでも打ち上げまで頑張るのは、やっぱりロマンがあるからなんですよ」
    ここではじめて、テッセンさんの笑顔に少し影ができた。
    「そうか。何事も途中で諦めたらダメだな」
    「はい。今回、皆さんがうつせみを見つけてくれたおかげで、またロケット打ち上げに挑戦できます」
    「頑張れよ。諦めてはいけない……ワシもな」
    ボクとナギさんは、テッセンさんの言い方に「どうしたんだろう」と思った。
     外の道を三人で帰っていて、しばらくして昔の話を思い出してきた。
     テッセンさんは、ボクがトレーナーになるずっと昔からポケモントレーナーだったそうだけど、かつての彼の本職は、町を作る人だったと聞いたことがあるんだ。でも彼が当時作ろうとした町は、ポケモンにとって住み良い場所ではないかもと言われ開発が途中で中止された、そうも耳にしていた。
     ここまで思い出して何故か、隣を歩くナギさんを見てしまった。彼女の住むヒワマキシティは、ツリーハウスが並ぶちょっとしたアスレチックみたいな町だ。あそここそ住民達は「ポケモンと一緒に住むのに良い」と語るけれど、「大変そう」という他の町からの評判を聞かないでもない。
     今、この世界に、ポケモンしか住んでない場所はきっといっぱいある。しかし人が住みつつポケモンが全くいないという場所は、はたして、見つけられるのだろうか。
     きっとこれまでもこれからも、誰かが、道や、橋や、町を作る時には、共に住むであろうポケモンを脳裏に浮かべている、それが当たり前となっているのだろう。
     そういえば当たり前になっているんだ。ボクはこの歳まで生きてきて今更、不思議な気持ちを抱いている。
     ……「諦めてはいけない、ワシも」とテッセンさんは言っていた。それは、また新しい町を作りたいって意味なのだろうか……人にとっても、ポケモンにとっても素敵な町を。結局この日、彼の本心はそれ以上分からなかった。
     けどそれはお互い様だから別にいい。ボクもまた、「勝ちたい」も「失敗したい」も、反対になっている心が両方入ってることをテッセンさんに少し見透かされたけど、それ以上は何も聞かれなかったから。
     でもね。もしもこれから、彼がまた新しい町を作る日が来るとしたら、きっと様々な存在にとって良い町になるだろうとボクは信じられる。だからもしもそんな日が来たら、何かボクに協力できることはないかな? と思うよ。
     さてさて、事件自体は終わったけど、その後に一度自宅で服を着替えてから二人を観光案内して、それも楽しかったんだ。なんとかそこまでは書こうか。長かったけど、この一日の記録もいよいよ次で最後だ。
     
    「船からホエルコの群れを眺めるんだ。そういうのなんて言ったっけ……ホエ、ホエ、ホエ…………」
    トクサネに住むある子が、頑張って言葉を思い出して紹介しようとしていた。
    「ホエルコウォッチングだ!」
    よく思い出せたね。そんな訳で、ボク達は事件を解決した後、観光でホエルコウォッチングの船に乗ろうということになった。ボクは二人を乗船場所まで案内した。 
    「ホエ、ホエ、ホエルコウォッチングかー」
    テッセンさんは、さっきの子のセリフの可愛さに吹き出してしまったようだった。ナギさんはその後ろで控えめに微笑んでいたが、船に乗り込もうとボクの目の前を通り過ぎる瞬間「ふふ、ホエ……ホエ……」と小声で呟いているのが聞こえてきた。
     海上に出てからしばらくは船が作る波の形を観察した。横からでも船尾からでも、こういう波は見飽きない。一応メインはホエルコを見ることなんだけど、生き物の群れだから会えないこともよくあるんだ。二人ともそんなことは分かっているから、会えなくともこの海自体を楽しもうという顔だった。だから、輪を作るような白いレースを編み込むような、進む船が紡ぐ波を見ていた。
    「今、この船が通ってる所の海底ってどうなっておるんだろうな。ホエルコはいるかな?」
    模様を描く波の下は、生き物や岩があったとしても全く見えなかった。ホウエンの海は透き通っているけど、さすがに深いところまでは見通せない。
    「ポケモンと一緒に潜れるのはどのくらいの深さまででしょうか」
    ナギさんも尋ねてくる。
    「うーん。ポケモンと一緒なら海の底だって行けますけど……。でもそうだな、人間の体の方が水圧でぺったんこになってしまわない深さくらいまでかな」
    ボクはそう答えた。
    「ぺったんこになりそうな場所はさすがに乗り物がいるなあ」
    テッセンさんがまた高らかに笑っていた。
     こんなお喋りをしていると、キャモメが船の周りを飛ぶ姿が見られ始めた。ナギさんは微笑んで手を出した。
    「こちらへいらっしゃいな。一緒に海を見ましょう」
    彼女の手に何匹かキャモメが寄り、少しだけ触れてまた離れていった。そんな風景がしばらく続き、「すごいなあ」とテッセンさんが目を丸くしていた。
    「海の底と言えば」
    今まさに空を飛ぶポケモンと遊びながら、彼女はまた問いかけてきた。
    「マリンスノーと言うものを聞いたことがあります。きっと美しいのでしょうね。でも、『水圧でぺったんこ』になるような深さでしか見られないのかしら?」
    ……ナギさんって、案外面白かった言葉を自分でも復唱したくなったりする一面があるのだろうか。そんな疑問はまあ置いておくとして。テッセンさんが返事していた。
    「見たいのかい? ナギちゃん。あれ浅い所でも見られるらしいぞ。ただ、ワシはあれの正体……生き物の死体がバラバラになったもんだってどっかで聞いて以来、ちょっと怖いんじゃが」
    「ああ、そうらしいですね。それでも綺麗でしょうし、それにとても大切なものだとボクはある人から聞きましたよ」
    二人が続きを促したので、聞いた話を思い出して語った。
    「海の上の方で死んだ生き物は、太陽の光が届かないような深海まで体が落ちていく過程で、体がバラバラになっていくらしいです。他にもプランクトンとかもマリンスノーを構成してるらしいけど、これはあまり詳しいこと聞けませんでした。潜水艇に乗って海底を見ていた人が光に照らされた雪みたいな姿を見つけて、マリンスノーと名付けたとか。それで、深海のマリンスノーは生き物に食べられたり、底に降り積もることで、そこに太陽のエネルギーをもたらすんだ……とも聞きました。深海の生き物ですら、太陽のエネルギーで生きているんだって。でも本当にごく稀に、この星のエネルギーだけで生きている生き物もいて、それもまた深海の神秘だ……そんな感じに」
    うんうん頷いていたテッセンさんは質問してきた。
    「今まさにホエルコウォッチングに来ているが、ホエルコは進化するととんでもなく大きなホエルオーになるじゃろう? ホエルオーですら、深海に死体が沈む時にはバラバラになるのかい?」
    「いや、さすがに体がある程度残るらしいです。体がそのまま底にたどり着いて、そこでゆっくり自然にかえっていくそうですが、分解されるまで深海の生き物にとって、とても大きな恵みになるそうです。新しい命が生まれるくらいに」
    「ふふーんなるほど。ところで、それ誰に教わったんだい? ……おっと待ってくれ、当てちゃうよ。アダンくんじゃろ?」
    「よく分かりましたね。正解です」
     ボクの友人であるミクリにはアダンさんというお師匠様がいて、ある日ミクリとお喋りしていた時に、たまたまアダンさんとも話す機会があったんだ。本当にたまたまお話を聞いただけなのに印象に残っている。きっとあの師弟は普段から、水ポケモンのことだけだけでなく、海のこと自体の知識も含めて、研鑽を積んでいるんだろうね。
     そう言えば、アダンさんはかつてジムリーダーだったそうだけど(だからテッセンさんからも名前が出たわけだけど)、ボクは当時をそれ以上知らないし、彼はミクリのお師匠様なのであって、ボクの方はあまり話を伺う機会ってないんだよね。
    「水のことはわたくしもまだまだ学びの日々です。暗い洞窟内を流れ続ける水……そこから久しぶりに太陽と再会したかような美しい泉、そんな場所がありましたら、むしろユーから聞いてみたいですね」なんて、たまたま会ったその日に言われたことを書いてて思い出してきた。
     これ、ボクへのお気遣いで言ったのでないのなら、本当に素敵な場所を知ってるから今度案内してもいいかな? 交流のきっかけにしたいし。
     と言っても、親睦を深めるために誘う場所として、洞窟を選択するのはちょっと普通ではないことはさすがのボクでも分かるので、まずは色々確認してみないとね。
     ……いけない、書いてる内容が随分と逸れてきた。ここではひとまずホエルコウォッチングの続きを書かないと。
     しばらくすると海が割れるようにして大きなポケモンの背中が現れた。話に出てきたホエルオーだった。
    「おおやった! ホエルオーの方が見られるなんてラッキー!」
    そんなことを言うお客さんがいる中、ホエルオーは思い切り潮を吹いた。ボク達が正反対な話をしていたなんてつゆ知らず、生命力にあふれた姿を見せつけていった。でも見ているボク達のことなんか全く気にせず、すぐに海へ帰っていった。
     最後まで船がコースを周り、降りる時に二人は
    「ホエルオーが見れて良かったけど、結局ホエルコの方が出てこなかったなあ」
    「二回目に来いということでしょうね。また案内お願いします」
    そうボクを次回に誘ってくれた。
     こうして楽しく過ごした後、ボクが夕ご飯はどうするのかと聞くと、二人とも「明日からまたジムを再開しないといけないから」と言ったので、今日はお別れとなった。朝はボクがテッセンさんをキンセツシティまで迎えに行ったのだけど、帰りはナギさんが自分の帰るついでにテッセンさんをポケモンに乗せていった。
     二人を見送った後、一応この町のジムにも寄って今日のことを報告した。「やっぱり楽しかったんだ。羨ましいな」「楽しい一日になりそうって分かってたヨ、あたし」そんな風にフウくんとランちゃんに言われた。「今度はあたし達とホエルコウォッチングしようね」とも言ってもらえた。
     そして、まだどこか楽しい気分が残ったふわふわした体で家に帰った。
     自分の家のドアを開け、入り、くるりと部屋の方に向き直ると、静まりかえった部屋は暗く、窓では夜の帳が下りようとしていた。
     今から書く言葉そのものを思ったというわけではないけれど、感覚として「ああ、今日と言う一日はもうすぐ終わろうとしていて、後は温かい寝具と、柔らかい闇に包まれて、今日のことを振り返る時間なのだろう」と、心に染みこんでいった。
     でも、わりとすぐに「あっまだ夕ご飯を食べてないな」と思って、灯りのスイッチをパチっとつけてしまった。部屋の照明って、つけると途端に窓から見える空のグラデーションが消える感じがするよね。ちょっと惜しいかな。
     自分の心に生じる、寂しいや心細いといった、気をつけないとすぐ忘れそうな感情を一度掬い上げて眺めてみるのも嫌いじゃないのだけど、眠いとかお腹減ったみたいな欲求があると、そっち優先になっちゃうのかも知れない。
     それと、外から見る場合なら灯りがついた家って好きだ。なんなら住んでる人の賑やかな雰囲気まで漏れ出ているような家を見かけるとホッとする。
     さてそれから夕ご飯を簡単に用意して食べて、寝る準備を整えた。それで今度こそ一日を終えたよ。そして、次の日から今日までで、ちょっとずつこの一日のことを書きとめていった。
     結構かかったな。書き終わってよかった。
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