花と海とポケモンの楽園※こっちが、「私達は~」より前の一話。「長い三日間」のストーリーから続いているので、エグい部分あります。
※ちょっとまだ手直し中。
【忘れないための記録】
ボクはツワブキ ダイゴという名前で、生まれた時から、デボンコーポレーションという会社の「社長の息子」という肩書きをいただいて、大切にされてきた。
デボンと呼ばれていたその会社はもともと、山から石を切り出したり、鉄材を加工したりする会社だった。子どもの頃、父に連れられてデボンの社員がいる採石場を見学した日があった。大人が被るヘルメットを頭にのせてもらったけど、どうしてもズレてしまった覚えがある。
運ばれる岩の塊を眺めている社員達の中に、どうも現場で日々勤めている人とは違う雰囲気を纏う人たちがいた。その人たちはとてもウキウキしているようだった。少し記憶が遠くなっているのだけど、ご職業については、確かこう言っていた。
「私達は化石を調べ、古代のポケモンを研究する者です。採石場はたまに化石が発見されるから立ち合わせてもらうことがあるのですよ」
建物の中に父に連れられて入った。椅子に座らされて、採石場で掘ることができる石を、化石も含めて解説してもらうことになった。座った時に足先が地面に届かない年齢の頃だったこともあって、足をパタパタ、プラプラとさせながら説明を待っていると、父にお行儀が悪いと注意された。
それで一度は大人しくなって手を膝にのせて解説を聞いたのだけど、やっぱり聞いているうちにワクワクして足を動かしてしまったように思う。みんな楽しそうに、この石は、何の建物に使われるんだ、こうやって人の役に立つのだと話していた。
化石については、何時代に生きていたポケモンだったのかを説明された。ボクも気になって、どうやって機械を動かすのですか、とか、ここから石をどこに運ぶのですかとか、この化石のポケモンはなんて名前なんですか、といっぱい質問したと思う。まだそこまで舌が回らないくらい小さい頃だったと思うのだけど、「教えてください」となんとか最後につけると、みんな喜んで教えてくださった。
採石場から出て行く石を運ぶトラックを見守り、そしてボクと父も、父専属のドライバーさんが運転する車で帰った。帰り道、車の中で父はボクの頭を撫でた。
「歴史がある百貨店なんかに行くとね、うちの会社が掘った石が外壁に使われていたり、内壁はシンオウ地方の石だったり、階段はカロス地方の石だったり、そんなことはあるんだよ。商品だけじゃなくて、石もいろんな種類が並んでる」
「すごいね」
「そして、使われた石材には化石が混じってることもある。ミナモシティのデパートに使われてる壁をよく探すとリリーラの化石が……」
「ほ、本当⁉︎ お父さん」
「そんなこともありえるんだぞう。今度は製鉄所へ連れていくよ。父さんの仕事、もっともっと知っておくれ」
いつもよりさらに饒舌に話し、にこやかな表情だった。
数日経ったくらいだったかそれとも数ヶ月後だったかな、とにかく間を空けてから本当に製鉄場に連れて行ってもらった。
高炉は危ないからと離れたところから見せてもらった。「これには上から鉄鉱石と、石炭を加工したコークスという燃料を交互に入れる。下からガスも入ってきて、鉄鉱石から酸素が抜けた鉄になりながら溶かされていく。きちんと鉄は溶けているのか管理する周辺機器はどんどん増えていく中、高炉自体の作りはそんなに頻繁に変わらないシンプルなものだ」そんな説明を受けた記憶がある。
高炉の仕組みはまるで生き物の消化のよう、などとも職員さんが語っていた。この日も隣には父がいて
「いい鉄鉱石を食べさせてあげないと上手くいかないあたりも生き物みたいだよ。でも『いい』ってなんなのかも、時と場合による」と言っていた。
シンプルな仕組みだと聞いたばかりだったのボクだったけど、その後すぐに、高炉の中ではガスが溶けた鉄と一緒に吹き上がってるとか、次に溶けた鉄が雨のように降り注いでいるとか、一度に使われきれなかったコークスが温かい山になってしばらく残り炉の温度が保たれるのを助けるのだとか、そんな感じの説明を続けてたぶん聞かされたので、むしろとんでもない、それこそマグマの世界が中に広がっているようなイメージをした。
鉄から鋼を作る過程も簡単に話してもらった。炭素を二%以下含まれる鉄が「鋼」と呼ばれる、みたいたところから。それで、「こんな機械で鋼を作ってる」という写真なども見せてもらった。当時のボクは聞いた。
「鋼を作る機械ができる前の時代の人は、どうやって鋼を手に入れたんですか? 刀とか」
「はるか昔は、隕石に含まれるものを使ったそうですよ」
「隕石? 宇宙に鋼があるの?」
「ふふん、そもそも宇宙は鉄まみれなのさ」
父が途中から面白そうな目をして話に入ってきた。
「えー、と言ってもワシも詳しくは知らないが、宇宙がドカンと生まれてからちょっと経ったくらいに、引力で原子と原子がくっついて元素が次々にできていった。くっついてくっついて、最終的に鉄になったら終わる。だから宇宙は鉄でいっぱいになってる!」
「よ、よくわからないけど、なんだかすごい……!」
職員さんは、父のふわっとざっくりとした説明にクスクスと笑っていた。
「刀の方は、刀鍛治さんがお弟子さんと一緒に鉄をカンカン叩いて折りたたんでを繰り返して作ってましたよ。カンカンして不純物を取って鋼にするんです」
そしてここで、思い出したことがあったのか付け足した。
「あとはですね、昔は刀も甲冑も、鋼タイプのポケモンが脱いだり生え変わったりした、皮や羽を利用させてもらっていましたね」
この話に、さらにボクはびっくりした。
「鋼は、人がやっとの思いで作れるようになったものではないんですか? 鋼のポケモンはどうやって鋼の身体を作ったの?」
父も職員さんも笑った。父は言った。
「そうだなあ。鋼は人の努力と技術の塊だなあ。だがな、人って無から何かを作り出せたことはあんまりないんじゃないかな? 先に自然の中に参考にできるものがあって、それを自分達でも作れるようにしてきたパターンの方が多いんじゃない?」
職員さんも微笑んでいた。
「ポケモンは、私達人間よりも先に鋼を自分のものにしたんですね」
ボクにはやっぱりよく分からなかった。でもさっき聞いた宇宙の話も頭をよぎって、分かんないまま興奮して
「えっと、えっと、とにかく鋼のポケモンすごい! 最強!」
と口走っていた。瞬間、父と職員さんが、堪えきれないくらい大笑いした。
「そうだなあ! 最強だなあ!」
そんなことを言って、また父が笑った。
うん。まあ、ボクも当時のボクに賛同するよ。鋼ポケモンは、最強だよね……。
一度、自分の心の……なんと言えばいいかな、ルーツのようなものを知りたくて、こんなことを書き出してみた。とは言え、これらの出来事がルーツかと言うと、あまりピンとこなかった。もっといろんな出来事をいっぱい経験して、今のボクの心ってできているんだろう。
それにしても、宇宙や鉄の話を書き出していると、ちょっとなんだか、もっといろいろ書いてみたくなってしまった。具体的に言うと石の話をしたくなった。いいかな。
いいかなもなにも、これボクの日記だ。書けばいいね。
それで、ちょっとここからは、いつもの文章以上に誰かに話しかけている体で書いた方が書きやすいので、そのように書く。
きみ、ちょっと頭の中で、自分が住んでいる星を真っ二つにしてもらえるかな。できれば断面が綺麗になるようにすっぱり切って欲しい。この星の断面を何色だと想像した? マグマの赤かな? 海の青かな?
外側から順番に話そうか。星を卵の形に例えると殻に当たる部分が、ボク達の立っている地殻だ。その内側の白身部分は、マントルという層になる。マントルにも上部と下部があって、下部マントルのさらに内側が、卵でいうと黄身の部分にあたる星の核だ。核にも外核、内核とあるよ。
ボクが今回説明したかったのは、卵でいう白身のあたりのマントルは何色かっていう話だ。あっでもマントルは白色ではない。上部マントルのほとんどは、かんらん岩という岩でできている。そしてかんらん岩を構成する鉱物のほとんどは、かんらん石という透き通った緑の石。要するに、マントルはほぼ緑色をしているんだ。
もし宇宙からやって来るポケモンがいたとしたら、そのポケモンはこの星を外から見て、青く輝いていると思ってくれるかもしれない。トクサネに住んでいるからかな、そんなことも思う。万が一出会えたなら、内側は美しい緑の石だとも教えてあげたいんだ。
話が逸れたね。今度は全く違う石の話をしよう。「ヒスイ」という宝石を知っているかな? この石は何色をしているように想像した? きみの頭に浮かんだのは、緑色ではないかと予想しているよ。
実はヒスイは一つの鉱物ででできているわけではない。いくつかの鉱物が合わさった岩石なんだ。大部分は「ヒスイ輝石」という鉱物でできているけど、このヒスイ輝石自体には色がない。それなら何が混じって「ヒスイ」は緑色になっているのかって感じだよね。
電子ビームを照射して元素分析を行う装置で緑色部分を調べた人によると、緑色部分にはオンファス輝石という鉱物が含まれると結果が出た。オンファス輝石は鉄などで構成されているから、たぶん鉄によって「ヒスイ」は緑色になっているんだと考えられるよ。それでなくても鉄の元素って宝石に色がつく原因であることがとても多いんだ。
次に、「ヒスイ」はどうやって生まれてきたかというお話。
あ、その前に、さっき地殻を卵の殻に例えてしまったけど、この例えだとうまく説明できない構造がある。というのはこの星の地殻って、プレートという何枚もの岩盤がそれぞれの場所を覆っていて、それが少しずつ動いている感じなんだ。場所によって、陸を作るプレートと、海底を作るプレートとがある。さっきの構造の話で、地殻の下はマントルだって言ったよね。そしてマントルの下にはこの星の核があるって。実は、この星の核は、大部分が鉄でできている。内核は鉄が熱でドロドロに溶けていて、えっと、ごめん、ここからは説の一つなんだけど、核の熱によって個体であるはずのマントルも長い時間で見れば対流ができ、それで上に乗っかるプレートも動いている、らしい。他にも説があるらしいのだけど。
とにかくね、陸を作るプレートと海底を作るプレートは動き、そして重なっているところがある。海底を作るプレートは少しずつ陸を作るプレートの下を沈み込むように進んでいく。プレートとプレートがぶつかっている場所はものすごい圧力がかかってる環境……想像つかない気がしちゃうね、ここはとんでもない圧力がかかる割に温度は低いとか。海底のプレートがずっと冷たい海の水を上に乗せてて、その状態で沈み込んでいくからかな?
まあそれで、このとんでもない圧力がかかって温度が低いっていう条件が、さっき書いた「ヒスイ輝石」ができる条件なんだ。石ってでき方が色々あるのだけど、「素材に熱や圧力がかかることによってできる石」の一つが「ヒスイ輝石」なんだね。ヒスイの元になる石が、プレートが沈む場所でヒスイに変わった。
そこからヒスイが陸の上に上がってくるまでにもまだ一つ大冒険がある。ヒスイ自体は水に浮かない石なんだけど、浮力のある他の石に押し出されて上に登る。さっき、ヒスイの元になる石が、プレートの沈む場所の温度と圧力によってヒスイに変わると書いたけど、同じプレートが沈む場所では、プレートの重なりから押し返された海水の冷たさで、マントルからちょっと出てきた「かんらん岩」の一部が、水に浮く別の石に変わる。それから今度は陸のプレートの動きに合わせて、ヒスイと一緒に地上に上がってくる……みたいな感じらしいよ。
これ、読んでて難しかったかもしれないけど、ボクもボクで分かりやすく書くの難しかった。うまく説明できているかな。難しいのだけど……ボクはこういうこと、とても面白いと思ってる。
ところで「ヒスイ」って言葉、他にもどこかで……いや、石のヒスイ以外はボクやっぱり分からないからやめておくよ。
……そう、そろそろ本題に入らないと。夜がどんどん更けていくばかりだ。
やっぱりかなり怖い感じがする。でも、忘れないために、書こう。他のことを取り上げて、ペンがだいぶスムーズに進むようになったじゃないか。書かないと。
……この間、ある事件に協力していた時のこと。犯人逮捕までの三日間と、その後のことだ。
事件の調査に加わっていた三日間、二日目の早朝に何回かボクのポケナビに電話がかかった。
「今日休みだって?」
「風邪ひいたとか?」
「実家にでも呼ばれたか?」
リーグの事務には事情を話して休んだのだけど、トレーナーの仲間の方にまでは休んだ理由を伝えていなかった。だから、そんな電話がかかって心配された。ボクはそれに対し、「うん、ちょっと」と誤魔化してしまった。
それから本格的に起き出して、また捜査に加わった。前日に見た現場は想像以上にショッキングで、「今日はあんな光景を見なくて済めば……」と内心思いながら、警察の方についていった。
その後、ニューキンセツで犯人を見つけたが、結果としてネンドールが負傷して、犯人には逃げられてしまった。
キンセツシティに戻ってからすぐにポケモンセンターで見てもらった。そこで全快して安心したものの、明日すぐに連れ出してしまってよいものかは迷っていた。ちょうどポケモン達にご飯を与える時間帯に差し替かったので、ポケモンセンターの一室を借りることにして、その間も、どうしたものかと思っていた。
迷っていたのは、ボクだけだった。ポケモン達は全員、さっきまで治療されていたネンドールまで含めて、やる気にみなぎっているように見えたからだ。当然のように、ボクと一緒に戦ってくれるらしいのが、むしろ悲しくなってきてしまった。
悲しい気持ちでいる時、連鎖的にどんどん自分を追い込むようなことを考えてしまう。ボクが彼らを巻き込んでいるのだとか、ボクが彼らを手持ちに入れていたから、同じ種類のポケモン達が犯罪に使われてしまったとか、事件でたくさんのポケモンが傷ついてしまったとか、そんなことを。
自分のポケモンを明日も犯人と戦わせることについて、ボクは随分ひどい人間なんだと自覚したような気もした。
ふと、昨日もご飯をあげる時間帯に、警察官の一人であるハイビスさんが部屋に訪ねてきたことを思い出した。昨日の宿は部屋の中でポケモンにご飯をあげても良く、ちょうどあげ終わったタイミングで扉をノックされたので、印象に残っていたのだった。次の日も一緒に食事をと誘われていたのも思い出し、部屋に訪ねてきているかもと想像した。
ホテルに戻ってみたら、玄関のところに彼がいて声をかけられた。それで一旦暗い気持ちもなくなって、そのまま今度は自分達のご飯を一緒に食べに行った。
……そうだね。この事件、辛いことも多かったし、自己嫌悪に陥ったこともたくさんあったけど、警察の人達は皆さん親切で正義感のある方々だったと思うだけで、辛いばかりと思わない方がいいと考え直せる。ハイビスさんは特に、語りたいことがいっぱいあるのだけど、あんまりここに書き残して、もしものことがあったら彼が困るので控えておく。
その日の夜、ホテルのベッドに入っても眠れなくて、何度か寝返りをうっていた時、ポケナビがまた着信した。こんな時間に誰だろうと思ってでると、いきなりその相手から「今どこにいるのか教えてほしい」と言われた。
声の調子だけで、ボクが何をしているのか悟られているのだと思ったけれど……けれど、断った。一人で無茶している訳ではなく、むしろ警察の方に守ってもらいながら、少し捜査協力しているだけ。そんなことを答えると、相手は「ならせめて、無事に帰ってくることを約束してほしい」と呟いていた。
三日目になって、流星の滝に待ち伏せていた犯人を無事に拘束した。無事、ではないかも知れない。警察の人達がいなかったら、ボクは昨晩の電話相手に約束したことが守れなくなるところだった。このあたり、ボクはとても迂闊だ。
それにボク、この後、どうして。
いけないな、落ち着いて書こう。
洞窟を出る時、見張りに使われていた犯人のエアームドが暴れていた。技を打ち尽くして、自分の身を傷つけ始めていたので、居ても立ってもいられなくなり、ボクはエアームドに飛びついた。
よくよく考えれば、このエアームドの立場から見たボクは、自分のトレーナーを捕まえた相手だ。こんな真似されて、彼はどんなに不快だったかも分からない。でも彼は少しずつ、少しずつ大人しくなってくれた。
彼の身体は震えていた。それに合わせて鋼の羽が軋む音も聞こえた。抱きしめた感触からして、ボクのエアームドより少しだけ大きい個体だった。
一度鳴き声もあげたんだ。その声は、ボクのエアームドがボクを呼ぶ声そっくりだった。
犯人のエアームドは大人しくなったらすぐに、檻に入れられて、どこかに運ばれていった。目の前で乱暴に投げ入れられるのを見た。
落ち着いて、続きを書こう。
それから数日、ボクは事件の加害者になったポケモンは、今後どうなるのかを調べた。それとほぼ同じ時期に耳に入ったのは、被害者、自分のポケモンを傷つけられた人の嘆きと恨みの声だった。そういう声が上がるのも当然だろう。
それで、だから、ああ、どうしたものだろう。だんだん、上手く文章が作れなくなってきた。
とにかく、だから、傷ついたポケモンとトレーナーの心を癒す手立てもないものか、それも考えて、ポケモンセンターや、心のケアをする施設も訪ねた。
犯罪に使われたポケモンを更生する施設も訪ねて。「そんな施設に入れないで、罪を犯したポケモンなんて処分して」という声も上がってると知って。
だから、
どうしよう。字が震えてきた。とにかく続きを書こう。
加害者のポケモンのうち、ボクの目の前で確保されたエアームドは、結局施設に入れることが間に合わないで、死んでしまった。
ごめんよ、ごめん。あの三日間からしばらく時が経って、心が落ち着いてきたから、忘れないように書き始めたはずなんだ。でもやっぱり上手く書けなくなってきた。これ、読み返せるのかな。字がガタガタになって、もう
悔しいんだよ
悔しい
ポケモンも人も、みんな救える、仲良くなれる、そんな人間もいるのに、ボクはそうじゃない
さて、ちょっと席を立って、部屋の中をウロウロしてから戻ってきたよ。続きを書く。先程の文で「みんな救える、そんな人間もいるのに」と書いたね。なんだかこの一文だと、まるでボクがその人のことを英雄だと思ってるみたいだから、修正するよ。
実は最近、ボクが今書きつけているのとは全く別の一件で、そういう活躍をした知り合いがいる。素晴らしいことをしたと思うし、尊敬もしているんだ。でもボクは、その人のこと、遠くの人でなく、これからも親しい存在だと思おうとしているから。
そして本題に戻ろう。ボクはなんで、こんな文章をわざわざ書いたか。まだ苦しいし、これから自分はどうあるべきか答えも出ていないし……そんな段階で、なぜ書いているか。
いろいろな感情が絡む問題は、そうそう簡単に解決しない。というより、理想の解決はないかも知れない。でも諦めるのは嫌だし、まだ解決しないなら、困ってます、迷ってます、の気持ちをせめて残そうと思ったんだ。何に対してかも上手く言えないけど、ボクは諦めたくない。ボクは諦めない。ポケモンも人も大切にしたい。
後はそうだな、この事件の犯人に、「エアームドを抱きしめた時、きみを呼んでいた」と伝えるべきか迷っているから、とにかく書き残している。そもそも面会可能かどうかは分からないけれど。
罪を償おうとした矢先に、さらに自分の起こした因果で何かが傷ついた。あの人は今、自暴自棄になっていてもおかしくない。しかし、罪を償うと決めた以上は、たとえこの先に何回、自分のしでかした因果を突きつけられても、やり遂げてもらわないといけないと思っている。
……そもそもボクも含めて気をつけないといけない。自分が許せなくて、自分を傷つける時、なぜか周りの存在も傷つくものだ。
それにしても、いつものボクだったら考えられないくらいネガティブなことばかりを書いた。これでも事件直後に比べれば、心がだいぶ落ち着いてきたつもりだったけどな。
心が落ち着くきっかけになる出来事もあったしね。最後にそれも書いておこうか。
なんだか今回の記述は、子どもの頃の話だったり、石ができるまでの途方もない時間軸の話だっり、事件の顛末だったりと、時系列があっちこっちにいって分かりにくい感じだな。
これから書く出来事は、ボクが犯人のエアームドの顛末を聞いた翌日くらいのことだ。
その時は、心がすっかりささくれ立ってしまっていた。自分の部屋の中で一人で立っていたけど、ショーケースにきちんと飾ってあった収集物の石をすべて取り出して投げ捨ててしまいたくなった。呻いて暴れないと拭えないような不愉快な感情が胸のうちにあった。抑えるにはどうすればいいか、よく分からなかった。ただ、心の底の方に「そんな真似したくない」という感情が残っていたので、とにかく外を出てみることにした。
誰かと挨拶を交わすことすらしたくなかったので、できるだけ誰もいないところにほぼ無意識に向かって行った。少し足元が危険な岩場をあえて越えて、先にある浜辺までやってきて座った。夕焼けに染まった海が目の前にあったはずだ。こういう時、海に向かって叫ぶ人もいるけど、どうもボクは海に対して言いたい言葉は浮かんでこなかったので、黙って眺めていた。
誰も来ないと思っていたのに、岩場をわざわざ越えてきた人がいた。緑色の髪をした初めて見る顔の男の子だった。すぐ横にサーナイトが連れ添っていたから、ポケモンと協力して来たのかもしれない。人と会いたくないと思っていたボクだけど、初対面の男の子であることと、岩場をわざわざ越えてきたのかという驚きと、一緒にいたサーナイトがとても清らかな美しいポケモンであることで、その気持ちも一時どこかに消えてしまった。
「こ、こんにちは。あの……サーナイトが……」
緑髪の男の子はボクに近づき、たどり着く前からもう説明し始めた。華奢で色白の子だったから第一印象は繊細そうだったけど、今から考えればもう少し猪突猛進な面がある子だったのかもしれない。
「ぼくのサーナイトが、とても寂しい気持ちの人がいるって気づいて。慰めに行こうって」
「……それ、ボクのことかな」
「そ、そうなりますよね。ここにはあなたしかいないから」
「あまりサーナイトのことは詳しくないけど……確かこのポケモンは明るい気持ちの人が好きなんじゃなかったかな」
「あ、そうか。それなら……きっと」
さすがサーナイトのトレーナーだけあって、やっぱり見た目の印象より元気な態度でこう続けた。
「きっとお兄さんが前向きになろうとしていることに気づいて、背中を押したくなったんですよ!」
男の子とサーナイトがボクの隣まで辿りついた。ボクはそこまで来るのを立ち上がって見守っていた。
「すみません。もしサーナイトが慰めても大丈夫なら、もう一回座ってください」
よく分からなかったけどその言葉に従いもう一度座った。この子に言った通り、ボクはこのポケモンをそこまで詳しくは知らず、男の子自体も正体がさっぱり分からなかったのに、特に危ない目にあわされるとは思わなかった。
サーナイトがボクの目の前に跪いて、両手を伸ばしてボクの頬を包んだ。人間によく似た容姿のポケモンなので恥ずかしくなるかと思ったけど、間近だと全く人間には見えないのでむしろ不思議な心持ちがした。手も人間よりひんやりとした小さなものだった。
ただ額までボクの額に近づけくっつけてきた時はさすがにびっくりした。視界がほぼサーナイトになってしまってどうしていいか分からない中
「ぼくもたまにこうやって慰めてもらいます」
という男の子の声が聞こえてきた。
「旅をしている途中で咳が出ちゃったりして、病気がボクのことを連れ戻そうとしてるって……思っちゃう時は……」
サーナイトの顔が近くて、ちょっと話すのに抵抗があったけど問いかけてみた。
「病み上がりで旅を始めたということなの?」
男の子の声が返ってきた。
「病気でいる時の方が『いつも』でした。ぼくはずっと体が弱かったんです。楽しいことが始まりそうな時も、何かを挑戦してみようと思った時も、病気がまるで行っちゃダメと言うみたいに体を弱らせて、結局何もできなかったことが何年もありました。でも、どうしてもぼくはポケモンが欲しくなりました。そしてサーナイト……まだ進化する前のラルトスに出会いました」
本当に不思議なことに、サーナイトに触れてもらっているうちにだんだんと心が落ち着いてきた。それに気付いたのか、それともトレーナーが自分との出会いを話し始めたからなのか、サーナイトはボクの額と頰から顔と手を離して、トレーナーの男の子の方をじっと見つめ始めた。
「ラルトスと出会ってからは、ラルトスともっと体を動かしたいと思いました。今度は旅に出たいと思いました。次は一緒に強くなりたいと思いました。今までは何かやろうと思う度に病気がぼくを引き戻していくから、もう何かをやりたいと思う気持ちそのものを消しちゃおうかなと思って……でも消せないでいました。ラルトスと一緒になってからは、病気なんかはね飛ばすくらい今度は気持ちが大きくなりました」
そう言っていた。もう一回、サーナイトが惹かれてしまう心の輝きの持ち主だなという実感をした。
「旅に出てびっくりしたんです。トレーナーの世界って凄いですね。ポケモンを連れて歩いていると、みんなが声をかけてくれるんです! まるでポケモンを通じて、みんなが繋がっているみたいに!」
「……ボクのこともサーナイトが見つけてくれたんだものね。……ありがとう、確かにボクは心が折れそうなくらい辛いことがあったんだ。でも、ポケモンを通じて、初めて出会ったはずのきみに慰めてもらった」
「はい。ぼくとポケモン……サーナイトです」
「そうだね」
「あと……」
サーナイトと並ぶと男の子は、はにかんだ。
「さっきラルトスと出会ったって言いましたけど、実はぼくの力だけで出会ったんじゃないんです。ぼくがラルトスを仲間にする時にもたくさんの人に助けてもらったんです」
「じゃあ、その人達まで含めて感謝することにするよ。きみとサーナイトが出会うまでの歴史、繋がり、全部」
「歴史、まで言っちゃうとちょっと照れくさい……」
男の子は、そこまで長居せずに立ち去った。帰りがけ、トクサネの子じゃないよね、と声をかけて、なぜこの町に来たのか聞いてみた。
「ジムにチャレンジしてるんです! トクサネのジムまで来れたから次はルネシティ、頑張ります! ジムを制覇したら、尊敬しているトレーナーにも勝負を挑んで、次はポケモンリーグに行くんだ!」
と宣言していた。これを聞いて「尊敬しているトレーナーって誰なのかな」と思った。なんとなくだけど、彼が明るい少年でいる理由はその尊敬しているトレーナーにもありそうだから、感謝しないとなと感じたんだ。
男の子とサーナイトがいなくなって、また一人になった。いや、ここでやっと、一人じゃなかったことに気付いた。ボクはモンスターボールを置いてくるのを忘れて、身につけたまま歩いてきていた。だからずっと、手持ちのポケモン達と一緒だった。
モンスターボールというのは、基本的にポケモンが勝手に出てくることはない。トレーナーの意思に反してポケモンが好き勝手に出てくる不具合が多すぎては町が大変なことになるから。それに基本的にボールの中はポケモンにとって居心地がよくなるように作られているという。入ったことがないので、どんな感じかは分からないけど。
それでも時々、モンスターボールからポケモンが出てくる時はある。どういう原因かはっきりしてなく、ボールの研究者やポケモンの研究者は今も解明しようとしている途中だ。それでも出てくる時のポケモンの気持ちは、だいたい共通しているらしい。「自分のトレーナーのことを心配している時」だそうだ。
出てきたよ、この時。モンスターボールからボクのメタグロスが出てきた。するとボクの瞳はまたメタグロスを捉えられるようになった。世界も見えてきた。
自分で書いててよく分からない文だ。えっと、ボクは海を目の前にして座っていたけど、男の子やサーナイトと話したり、メタグロスが現れたりするまでは、波の光なんてちゃんと捉えていなかったし、潮騒なんて耳を素通りしていた。
自分のポケモンを見てやっと、周りの風景も自分の中にまた入ってくるようになった、ような気がした。
でもすぐにまた、視界が滲んでしまった。どうも自分は泣き出したらしいと分かるまでに少し間があった。大人になってからというもの、目から止め処なく涙が溢れてしまうという状況に陥ったことがなく、こういう時どうすればいいのか忘れてしまっていた。他の人が泣いているところに遭遇するのなら、まだしてあげたいことが思いつくものだというのに、自分がとなると途端に混乱する。泣いている時点で、何か自分では抱えきれないものがあって、それらが全て流れるまで耐えているしかない、と思う。
口を手で押さえて前かがみになっていると、メタグロスがボクの体に寄り添った感触がした。ゴツゴツした冷たい感触だ。進化して体は随分と大きくなったけれど、感触自体はダンバルの頃から変わらない。なぜかダンバルだった頃の彼が頭に浮かんだりもした。
技を「突進」しか覚えられないポケモンで、それでも強くなれることを信じて一緒に旅をした。メタング、メタグロスと進化していく過程で、彼は頭脳も飛躍的に成長したけれど、現在、スーパーコンピュータ並みとまで言われるポケモンにまで進化して、彼にはボクがどう見えていることだろう?
分からない、結局分からない。ボクと彼はあんまりに違う。体を構成するものも、脳の構造も、思考形態も、違ってる。そもそもポケモンはみんなそう。体を寄せたり、舌で舐めてくれたり、そうした愛情表現をしてくれても、具体的に何を思っているかまでは、ボク達人間の側は汲み取ってあげることができない。きっと、ポケモンというのは、自分にできる表現でこちらに色々なことを伝えてくれている。人間の側は、それをどれくらい受け取ることができているのだろう。
人間からポケモンに向けても同じ。ボク達が言葉をかけたり、体を撫でたりしても、どこまで通じているのだろう。半分も伝わってないかもしれない。
でもこの時、ボクはずっと伝え続けようと思った。ポケモンの方が、人間に伝わっていなくとも諦めずに、こちらに仕草を向けるなら、人間もポケモンに言葉をかけ続けないと、と思った。
ポケットモンスター、不思議な生き物だと言われている。それは一つ一つの種類のポケモンが、漏れなく人智を超えた恐ろしい力を持っているという意味ではある。でもそれだけじゃない。ポケモンは、恐ろしい力を持っているにも関わらず、自分とは違う生き物である人間と仲良く生きるのを選択すること自体が、何よりも一番不思議なことなんだ。どうしてかは、分からない。
でも、ボクの方がポケモンと一緒にいる理由は単純明快で、よくある言葉となる。撫でるのも、言葉にするのも、人間の愛情表現で、ボクは人間だから、あの時もメタグロスに対してその表現を使った。単純な言葉だけど、あの時は泣いていたから、しゃくり上げたり詰まったり、相手が例え言語を理解出来る存在だったとしても、うまく聞き取れたかは分からない。
「ごめんね」
とまず口に出して
「ありがとう」
と伝えて
「大好きだよ」
と言った。
この場所で伝わらなくても、また言うつもりだ。伝わったと確信できた後でも、何回でも言うつもりだ。相手が何度でもこちらに寄り添ったり、体を摺り寄せたりしてくれるように、ボクの方も何回でも。
ここまでが、ボクが心を落ち着けるきっかけになった時の話だ。
胸の中のものをなんとか書いておこうとペンを走らせて、結局徹夜になってしまった。夜が空ける少し前というのは、カーテンの向こうがまだ暗いと分かる時分からすでに、鳥ポケモンが先に鳴き始める。そしてしばらくしてカーテンの隙間から眩しい光が漏れてくる。
次の日になったという実感が希薄で、まだ前の日が続いていると体が錯覚しているようだ。そのくせ妙に体が怠くて重い。そろそろ一度眠ろうと思う。
また数日したら、事件解決の間一緒にいた人達に再会できることになっている。「おくりび山」でポケモン達のお弔いをすることになったから、みんなと一緒に厳粛な気持ちで臨みたい。それまでに体と心をもっと落ち着けよう。
まずは、これから寝るのだけど、日の光が見たいからカーテンを開けてくるよ。