礼装のせいでパンツが消えるなんてそんなことあってたまるか「小次郎!後ろ!」
「ん」
わたしが叫んだ言葉に被るように肉を斬り裂く音が聞こえて、獣の断末魔が響く。耳が痛くなるほどの声に少し顔を歪ませると、彼は跳ね返った血を拭って大丈夫か?と優しく声をかけてくれる。
「うん。…大丈夫」
「そうか」
一息ついて答えた返事に彼は素直にうなずいて刀を鞘にしまうと、なにやら妙にこちらをじっと見つめてくる。あまりに痛い視線に首を傾げて見つめ返すと、ちょうど良く使えているみたいだな?と笑いかけてくれた。
「新しい礼装のこと?」
「もちろん」
「そうだね。新しいからうまく使えるか心配だったけど…他のサーヴァントともなじみがいいみたいだし、能力も噛み合ってて何とか大丈夫そう」
紺色のセーラー服のスカートの裾を払って、改めて自分の体を見る。最初は短いスカートにソックスって言うのに少し抵抗があったけど…あんまり動かなければ心配はないみたいだし、能力も問題なく使えている。試しに周回で着てみて良かった。
さわさわと風の吹く音を聞いて、静まり返った森の中を見回す。一匹取り逃がした敵を追いかけてきたら、少しみんなとはぐれてしまったみたいだ。早く戻って合流しなければ。
「戻ろっか」
「そうだな」
ふぅ と小さくため息をついて小次郎の背中に庇われるよう歩いていれば、不意に振り返った彼がそう言えば…と言葉を紡ぐ。まだ何か言い忘れたことでもあるのか、なぁに?と聞き返せば、彼は視線を下に向けたまま気づいていないのか?と言った。
「気づいていない?…ってなにが?」
「…。いや、気づいていないのなら構わんが…」
「?」
そう話しかける小次郎はさっきからわたしの顔を見ないで、もっと下の方を見て話しをしている。その顔がふいっと前を振り返ったあとに自分の視線を下に向ければ、結構広く開いた胸元が見えて、思わず思考が一瞬停止した。
(…………もしかして、胸元丸見えだった…?)
たしかに、この礼装…結構ガバッと胸元が開いてるなぁとは思ったけれど…スカートの方ばかり気にしてそこは盲点だった…。
「立香、いかないのか」
「い、いく。今行くから」
「…」
「なに?」
「なんだ。気づいてしまったのか」
「…やっぱり!」
「良い景色だったのだがなぁ」
「えっち!変態!」
胸元を隠したまま近くに走り寄ると、やっぱりさっきから彼が見ていたのはわたしの顔ではなく胸元で。とても残念そうに良い景色だったのにと語る声に、思わずこぶしを握り締めてひょいひょいと逃げる背中を追いかける。
これでもかと自分の考えうる限りの罵声を浴びせてその背中に追いつけば、突然止まった動きに体がぶつかり、一緒に草むらに倒れ込む。どこも痛くない事にホッとしながら顔をあげれば、どうやら小次郎を下敷きにしていたから痛みがなかったようで…しっかり彼の手がわたしを支えているのに気付いた。
「…いきなり止まらないでよ…」
「そちらこそ、いきなりぶつかってきたではないか」
「小次郎が止まるから!」
「あまり口うるさいと塞ぐぞ」
「!」
グッと頭を引き寄せる手に抵抗して離れようと顔をあげれば、抑える手が髪を撫でて意外とあっさり力が緩む。てっきりもっと引き寄せられると思っていたのできょとんと小次郎を見つめると、冗談だ。と笑う声がした。
とはいっても、手の力の入り具合がとても冗談のレベルではなかったんだけど…まあ、これ以上突っこむのも野暮だろう。わたしは彼の上から降りようと体を起こして、さっきまでなかった違和感に首を傾げる。
(……なんか、…あれ…?)
なんか、……スカートの中が 妙に…風通りが……
「…っ!!!」
「立香?避けないのか」
「あ、わ わたし避けるから、小次郎、先に起き上がってくれない…?」
「なぜだ?」
「いいから!!」
グッとスカートを掴んで彼の腕を引っ張ると、気だるそうに小次郎は上半身を起こして眉をひそめる。わたしの様子が変なことに気づいたのか、何か言いそうになる前にサッと彼の上から避けて、スカートを払うふりをして中身が見えないようにしっかりと抑える。
だって、そんな まさか。
(…下着が消えるとかっ……ある!!??)
「…先ほどから様子が変だが、何かあったのか?」
「いやっ…あのー……その…」
「?」
「…………し、」
「死?」
「したぎ、きえた………」
蚊の鳴くような声で話せば少し遠くでマシュの声が聞こえて、はぐれたわたし達を探しにきたのか少しほっとする。彼に話しかけようと顔をあげれば突然腕を引っ張られ、よろめいたところを抱えられると一閃する刀が肉を切断する音が響く。耳につんざく音を聞いて少し後ろを振り返ると、どうやら敵がすぐ近くまできていたようだった。
「あ、ありが…」
「このまま合流するぞ」
「えっ…ていうか、あのっ 小次郎、お おしり触ってるんですが…!」
「緊急時だから仕方あるまい。平常心でいろ」
「えぇ!?」
と言うかなぜ下ろしてくれないの!?
色々と言いたいことはあったけれど突然の行動に何も言えず、彼はわたしを抱えたまま走ると後ろから敵が追いかけてきている音がする。だからこのままだったのかと理由が知れてホッとする反面、守りのないスカートのまま、ずっと抱えられて戦闘しなければいけないのか…という不安もあった。
まあ、そんなこと気にしている場合ではないんだけど…。
「先輩!」
「マシュ!今敵が…!」
「はい!分かっています!マシュ・キリエライト、戦闘準備に入ります!」
盾を構えて頼もしく敵に突っ込んでいくマシュを見て、小次郎は木陰に慎重にわたしを下ろすとそのまま加勢しに行く。他のサーヴァントのみんなも来てあっという間に敵が粉々になると、思わず安堵して膝に手をつきそうに なって。
「わっ」
「すまんな。貸してやれるものが羽織しかない故。着るなり腰に巻くなり好きに使うとよい」
屈みそうになったところに頭にバフッと羽織が落ちてきて、彼の優しい気遣いにいつものようにときめく。お礼を言ってそれを羽織ってみると、かなり大きくぶかぶかとしたサイズで、小次郎の体格の良さ…もとい男の人らしい体つきに、ちょっとだけ興奮してしまう。
背中を見ることが多いからあまり気付けないけど、いざこうして服を借りると…やっぱり小次郎はわたしよりも大きくて 頼りがいがあるんだ。
「おおきい」
「小さかったら困るだろ」
「…ふふ。ありがとう」
「…。まあ、本当は撤退できれば一番いいんだろうが…そう簡単には出来ないんだろう?」
「というより、マシュに今の状況を話すのが怖くてできない」
いや。怖いというか…恥ずかしいというか。パンツが消えた!なんて…マシュには言いたくない…。可愛い後輩にこんな醜態、言えるわけがないのだ。
(…ていうか、なんで下着が消えるのよ…)
改めて考えると、あまりにも変だ。よりにもよってそこだけピンポイントで消えるか?っていう疑問もあるし…こうやって今何もつけていないんだなって言うのを真剣に考えると…急に、恥ずかしさが……
「……、や やっぱり撤退しようかな…」
「そちらの方がいいと思うが。…なかなか自分からそれを言わぬから、てっきり立香がそういう性癖にでも目覚めてしまったのかと…」
「そんなわけあるか!!」
大きな声で反論すれば控えめにマシュがおずおずと尋ねてきて、慌てていい先輩の顔をする。他のみんなも周辺の危険はもうないと判断して戻ってきたようで、せっかくレイシフトしたばかりだけど…仕方なく。ダヴィンチちゃんに通信を繋いで、撤退する旨を伝える。
『すぐに撤退するなんて珍しいね。なにかあった?』
「えーっと…」
「すまぬなダヴィンチ殿。マスターは少々調子がよくないようだ」
『え?そうなの?チェックした感じそんな風には見えないけど…』
咄嗟に庇って話してくれた小次郎の言葉に乗っかって、ちょっと寒気が…なんて言って腕をさすれば心配そうにマシュがわたしを見つめる。嘘をついているときに彼女のこの純粋な目線はとても心苦しいんだけれど…仕方ない。みんなが傍にいるのに下着が消えましたなんて言えるわけがない。
『うーん…まあでも、本人がそう違和感を感じているのなら、一回撤退した方がいいのかもね』
「ごめんね。ダヴィンチちゃん」
『いいよ。気にしないで。じゃあ撤退の準備するからそのままでいてね』
「はぁい」
うまく誤魔化せた と言えるかは分からないけれど…とにかくこのまま戦闘を続けなければいけないという危険は免れた。ホッと安堵して心配そうに見つめるマシュに寄り添えば、帰ったらゆっくり休んでくださいね。とねぎらいの言葉をかけてくれて、申し訳なさが倍になってしまったのだった。
◆
「で?なぜすぐに部屋に帰ってきたんだ?」
「この格好のままダヴィンチちゃんの部屋までいくのも大変でしょ!」
レイシフトから戻ってそうそう、そそくさと部屋まで戻ってきたわたしは急いでクローゼットから着替えを漁る。本当は小次郎の言う通り真っ直ぐ部屋に向かいたかったところだけど…この下着のないまま廊下を歩いて彼女の部屋までいくのはさすがにちょっと抵抗があった。
「いちいち着替えにこずともまっすぐ行った方が良かったと思うんだがなぁ…」
「もう部屋に来ちゃったからいいよ!はい、小次郎。上着ありがとう」
「いやしかし…意外と平然といられたな?てっきりもっと慌てるのかと」
淡々と会話をしながら彼から借りた上着を返して、適当に礼装を選別して引きだしから引っ張り出す。もっと慌てると思った という小次郎の言葉通り、本当のところはもっとパニックになるところだったのだ。でもやっぱり…ほら。たくさん人がいたから…どうにか羞恥を耐えていたのだ。
「あんまり慌てると怪しまれちゃうでしょ」
「…本当はなくなっていない、とかあるのでは?」
「……はぁ?」
ここ一番の間抜けな返事。小次郎はわたしが嘘をついたのでは というのだ。あんまり慌てなかっただけで嘘をついたと疑われるのは、正直あまり気持ちのいいことじゃない。だから間抜けな返事をしてからキッと後ろにいる彼を睨みつけて、ありったけの怒りの視線で見つめ返す。
「…そもそも小次郎は、わたしのこと抱えていたから嘘じゃないってわかると思うんだけど」
「それが戦闘中だったからよく分からなくてな」
「……」
かといって、じゃあわたしは嘘をついていない!という証拠なんてどこにもあらず。見せるわけにもいかないし、あくまでわたしの言葉だけだからそう思われても仕方がないのかもしれないけど…
「小次郎はわたしがうそつきだと思う?」
「いや」
「へ?」
「冗談に決まっているだろう。少々からかってみただけだ」
出た。いつものだ。少しだけからかってみた。…小次郎はいっつもこう。わたしのことをからかって面白がって、反応を見てはくすくす笑うのだ。
「…」
「なくなっていたのは事実だしなぁ。まさか抱えた瞬間、立香の柔い尻に直接触れるとは思わなんだ」
「…やっぱり触ってたんじゃん‼」
まるで触ったときの感触を思い出すように軽く手をにぎにぎとした小次郎に、エロおやじか!なんて反論して抱えた着替えの礼装をつい投げつける。彼はそれをいとも簡単にキャッチするとまあまあ となだめて面白おかしく笑って、かろうじて投げなかった新しいパンツを悔しさのあまりぎゅっと握りしめてしまった。
「しかし毎回下着が消えては立香も困ろう?消えたものはどこにいっているのか分からぬし」
「……そういえば…言われてみれば…」
きっと彼はなんとなし言ったことなんだろうけど、その言葉に思わずハッと目を剥く。せっかくお気に入りの下着をつけていたのに、消えてしまったパンツはいったいどこに消えたのか……まさか、永久に没収⁉
「……」
「脱げば戻るのでは?」
「え?」
「それを着ていて消えたのなら脱げば元に戻るのではないか?」
「……そう、かな?」
「不安ならば今ここで脱いでも」
「脱ぎません」
くわっと目を見開いて彼に手を差し出し、その礼装返して!と声を荒げれば、仕方がない。とくしゃくしゃになった礼装を渡される。ともかく早く着替えてダヴィンチちゃんにこのことを相談しなければ。どうにか誤魔化していたけど、本当はさっきから下半身がスース―して仕方がないし…。
「ぅひゃっ⁉」
「…どうせなら抱えたときにもっと堪能しておけばよかったな…」
「ちょ、ちょっと触んないでよっ…小次郎、」
ぼんやり考え事をしている隙に、ぎゅっと後ろから抱きすくめられた体にびくりと肩を震わせる。お腹に回った腕はがっしり掴んで離さないし、もう片方の腕はすりすりとスカートの裾ギリギリのところを撫でて、きわどいとこを撫でつける手に無意識にぎゅっと内股になる。
(さ、さいあくだっ…)
肩越しに見下ろす顔が首筋に顔を埋めるとちゅ と控えめにキスをして、まさかここまでしてくるとは思わずに情けない声が漏れる。内股になった太ももの隙間に指先が入り込んでつらつらと撫でて、徐々に上に向かいそうなそれに着替えを床に投げ捨てる。急いで両腕でその手を掴んで下に向けて力を込めれば、ギリギリと音がしそうなほどの攻防が始まった。
「それは、よくないと思いますがっ…!」
「いやはや。立香はそう言うがな。添え善食わぬはなんとやらとも言うし、むしろ今食わずしていつ食べる?」
「少なくともいまではない…‼」
ただでさえもこの礼装を着て下着が消えたことにだいぶショックを受けているのに、追い打ちをかけるようにこういうことをするのはやめて欲しい…!
ぐぬぬ、と歯を食いしばって腕に力を込め続けると、突然フッと力が緩んでそのまま勢いで床に膝をつく。お腹に回る腕も離れてしまったせいで思いっきり四つん這いに倒れてしまい、わたしは慌てて座り込んでスカートをグッと抑えた。
「……」
「…」
「……き、着替えてこようかなぁ~…」
「いつものことだが相変わらずきれいだな」
「感想とか言わなくていいから…!」
さらりと悪気もなくそう話した小次郎は腕を組んだまままぶたを伏せて、感慨深そうに言葉を紡ぎなぜだか少しだけ誇らしげである。さっき倒れたときに彼の方に一体どういう光景が広がっていたのか…出来れば今はもう考えたくもない…。
◆
「立香ちゃんの言う通り調べてみたけど、それこの礼装の仕様みたいで」
「へ⁉し、仕様…ってなんのために…?」
「さあ。それは私もよく分かんないや」
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