本日はお日柄もよくとある日、なんてことない日。俺はガチガチに固まってこぶしを膝の上で握りしめていた。
(こういうときって何から話しかければいいんだ…?今日の服可愛いね…とか…?いや…いつも同じ服だから意味ないな…。髪型…も同じだから意味がないし…)
ベッドに座る隣に同じく緊張したお面持ちで腰かけて、小さな手をぎゅっと握りしめている 彼女。恥ずかしながらマスターとサーヴァントという関係性でありながら、それ以上でも ある。ここは格好良くリードしてあげたいところなのに…こういう場面になるといつも情けなくなってしまう。
(コルデーも緊張しちゃうよな…これだと…)
「マスター、」
「コルデー!あのさ…」
「えっ はいっ…な、なんでしょう…?」
「ほ、本日は、お日柄も…いいね」
「………お日柄も、よく…?」
…なんて意味の分からない事を…もっと気の利いたことが言えないのか俺は…!
頭を抱えたくなるもどうにか堪えて、視線をそらしながら焦って次の言葉を探す。初めてのデート と言うていでとりあえず部屋でのんびりしているものの、こういうのってたぶん…もっと仲良くなってからするべきものだよな…!
(ランスロットとかガウェインあたりに色々聞いておけばよかった…!)
そうすればもっと、気の利いたことが言えただろうに…!
「えーっと…その…ごめん。コルデー…」
「い、いえ!そうですね!お日柄も良く!です」
「あはは…。あれ、そういえば…今日は帽子被ってないんだな」
「はい。外なら被っていこうと思ったんですが…今日は部屋の中なので…邪魔かなと思っておいてきました」
「そっか。帽子がなくても可愛いね」
「えっ」
「…?あ」
少し会話が弾んで話をするも、無意識にコルデーのことを可愛いと言ってしまう。一瞬自分がなんて言ったか気づかずに彼女の頬が真っ赤に染まっていくのを見て、自然と口から出た言葉にあとから自分の顔も熱くなる。情けないと思いつつも自然現象なのでどうすることも出来ず、結局お互い真っ赤になった頬を見つめて…また最初に戻ってしまった。
(ダヴィンチちゃんとかにまた天然タラシっていわれそうだな…)
「マスター、あの、私…今日 帽子被ってこなかったの、他にも意味があるんです」
「他にも…?」
「…なんだと、思いますか…?」
彼女はチラチラとこちらを横目で見て、みつあみに結った髪の毛を指先で弄る。その可愛い仕草についずっと見とれていたくなるものの、せっかく会話が続くチャンスを彼女がくれたんだ。ここはきちんと答えなければ…!
(帽子をかぶってこなかった、他にも考えられる理由……)
……今みたいに真っ赤になると、熱いから…とか?
(いやいやさすがにそれはない)
さすがにこれはアホ過ぎる回答だ。もっと何か特別な理由があるはず。なんて言ったってわざわざ俺になんだと思います?って聞いてきたぐらいなんだから…!
(…あ)
頭の中で考えながら、チラリと隣の彼女を盗み見する。いつも通り可愛くて、いつも通り恥じらいの気持ちを持って隣に座る姿に、本当に胸がときめく。指先まで細くてしなやかで、髪の毛の隙間から見える横顔はまだ少女らしい面影がある。まつ毛も長いし唇も…いつもより色づいていて、もしかしたら今日のために必死でおめかしを してきてくれたのかもしれない。
「…コルデー」
「はいっ?あ、あの…わ わかりましたか…?」
「き、 キスしてもいいかな…?」
「えっ」
「帽子が、ないから…しやすいと思うんだけど…」
「…!」
はたして帽子をしてこなかった二つ目の理由が、これで正しいのかはわからない。でもここまでおめかしをしてくれているのに…いつまでも俺がずっとこの状態は格好悪いと思ったんだ。
コルデーのことが好きだから、キスだってしたい。
「…コルデー?」
「……正解です」
「せ、正解?」
「…はい。マスター。私、せっかくのデートなので…めいっぱい甘えるつもりで 来たんです」
「…」
「だ、だからその…どうぞ……」
その言葉を皮切りに、彼女はスッとこちらを見つめてまぶたを伏せる。少しだけ唇を引き結んで胸の前で組んだ手がぎゅっと強く握られて…真っ赤に染まった頬を見て俺は気合を入れる。膨らむ肩の部分の布をそっと掴んで細い肩を支えて、見上げる顔にちょっと自分の顔を近づける。こういう時はまぶたを開けておくべきなのか閉じておくべきなのか…経験があったのに全然思い出せない。
(どっちだったっけ…?)
ぐるぐる悩みながらもどんどん近づいていく顔に、やっぱりまぶたを伏せようと閉じれば、見た目よりも柔らかい唇に自分の口が重なる。ふにゃり とマシュマロみたいに柔らかいそこにキスをして、口に塗っているリップのせいなのかほんのり甘い気もする。慎重にそっと離れていくと伏せていたまぶたがゆっくりと開いて、いつもにもまして彼女の瞳は大きくキラキラと輝いていた。
「マスター…」
「ん?…なに?」
「私のこと…もっと甘やかしてくださいますか?」
「え、もっと…?」
「はい。……私…もっとマスターと親睦を深めたいんです」
「えっ…うわぁ⁉」
見つめ合って会話をしていると突如コルデーの細い腕が首に絡まって、そのまま力任せにグッと前に倒される。幸い床ではなくベッドに倒れ込んで痛い思いをさせずに済んだけど、反射的に閉じたまぶたを開くと、彼女を 押し倒してしまっている。
「コルデー、でも…」
「いいんです。私は…あなたのシャルロットですから」
「……」
「……うっ……」
「え?」
「あはは…あの、なんか…慣れないことすると、だめですね…」
首に絡まる腕が解けると彼女は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆って隠してしまって、蚊の鳴くような声で話す。ここまでされて何もしないのはさすがに俺も良くないのは分かっているので…手の甲にそっとキスをすると、指の隙間からようやく瞳が見える。潤む大きな瞳ににっこりと笑いかけてありがとうとお礼を言えば、コルデーは上目遣いでこっちを見て、頬に手を添えてふにゃりと笑いかけてくれた。
「えっと…俺あんまり上手じゃないと思うけど…」
「上手じゃなくていいんです!むしろ上手だったらちょっとショックですし!」
「え?そう?」
「そうですよ!…やっぱり、マスターとは…立香さんとは…こうして二人で一緒に、色んなことを 学んでいきたいですから」
「……」
ついまた可愛いねと口から言葉が出るところだった。開きかけた口を閉じてまた笑いかけると彼女は相変わらず照れくさそうに笑って、押し倒した下で動く足を感じる。もう一度、下手でも許してねと話せば、シャルロットはそんなところも好きなんですと 言ってくれたのだった。
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